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11話・共和国樹立記念祭-1
乃愛と買い物デートしてからまた数日が過ぎた。
咲夜が朝起きて王城の食堂に向かうと、なにやら女子たちが集まって熱心に話し込んでいた。
「おはよう、みんな。どうしたんだ?」
「あっ、藤原くん。おはよー!」
咲夜はクラスの子たちと挨拶を交わし、配膳のおばちゃんから食事を受け取って女子の輪から少し離れたテーブルにつく。
すると硝子や心たちが近寄ってきた。
「あのね、咲夜。なんでも来月あたりに城下町でお祭をやるらしいのよ」
「へぇ……祭りねぇ。なんでまた急に」
やや固いライ麦パンを頬張りながら硝子の話を聞く。
「オルレスさんがヘリアルが共和国になったことを国民に知らせるためと、新しい国のあり方をお披露目するために大々的にやるらしいわよ」
「……なんか、共和国樹立記念祭とか言ってたよ」
硝子の発言に、心が付け足した。
共和国樹立記念祭、か。
咲夜は聞いてなかった話だ。
まぁ国の政治のことを咲夜に言われても分からない。
それに祭りのような国民的行事をやるのは、今までハスティスや国王の悪政に振り回され疲弊しきった国民の士気を、今一度上げるためにも良いことかもしれない。
「そのお祭りにあたしたちも参加しようと思って」
「参加って一般客としてじゃなくて、自分たちで何かやるって意味で?」
「そそ。屋台で何か作って売ったりとか、合唱みたいな出し物でもして国民のみんなに見てもらうか。今クラスの子たちで何がいいかなーって相談してたのよね」
うんうん、と硝子の後ろの女子たちが頷いた。
「商売なんかしなくても、オルレスから十分なお給金はもらってるはずだろ」
咲夜がそう言うと硝子は首をひねる。
「うーん、お金が欲しいわけじゃないんだけど……。なんかさ、あたしたち日本では秋に飛ばされたから文化祭とかまだやってなかったじゃない? このクラスのみんなで何かやろー! ってのあんまり経験してないから、せっかく異世界でお祭りが開かれるんだから何かやろうかと思って」
スクールカースト最上位の硝子らしい考え方だった。
クラスの中でも上の人たち、キラキラオーラを放っている人たちは、たいてい学校行事やクラスみんなで何かするのが大好きな人種だ。
「まぁ……それはいいんじゃないか? 頑張ってくれ」
しかし、咲夜にはこういうクラス行事など無縁の存在である。
ダテに高校では底辺だったわけではない。
咲夜も今でこそ2-4の中心人物的存在だが、こういうクラス行事があると自分の立ち位置を再認識できる。
キラキラしている女子たちに混ざってはしゃげるほど、咲夜はリア充ではないのだ……。
そんなことを考えながら「じゃあ俺は隅のほうで見とくから……」と言った咲夜に、硝子たちは不思議そうな顔をした。
「何言ってんの? あんたもやるに決まってんじゃない」
「俺が?」
「そう」
「なんで?」
「なんでって……逆にどうしてやりたくないのよ」
硝子が戸惑いの表情を浮かべて言った。
「別にやりたくないわけじゃないけど。でもそういうの、俺はちょっとキャラじゃないだろ……」
咲夜がそう言うと、硝子たち女子一同は呆れたように息を吐いた。
「あのねぇ、みんなあんたと一緒に何かがやりたいの。あんたがいないと意味がないし、女子だけでやってもつまんないでしょ」
「それこそ男子が俺1人混ざるより、気心の知れた女子だけでやった方がいいんじゃないかと思うけど……そう言えば他の奴らは?」
ふと疑問に思ったことを尋ねた。
「まだオルレスさんや議員さんたちの小間使いとして使われてるわよ。あと、あたしたちがやったプロメテウス作戦で壊れた建物の修理とか」
「あいつらも大変だな……」
王都の建物を壊したのは咲夜と女子の責任によるものなのに、何もしてなかった男子たちがそれの修理に駆り出されているのはなんとも悲哀を感じる。
いやまぁ、非常事態に何もしなかったのがあいつらの罪と言えるのかもしれないけど。
「そんなことどうでもいいでしょ! ね、咲夜も一緒にやるでしょ? 男子がいた方が楽しいし!」
「まぁ。俺が必要だって言うならやるけど……」
「はい決まり! 咲夜も参加決定ー!」
わー、ぱちぱちぱち、と万雷の拍手が咲夜に降り注いだ。
その熱烈な歓迎に肩をすくめながら咲夜は聞いた。
「それで何をするつもりなんだ?」
「やっぱり日本人の文化祭っぽく、たこ焼きとか焼きそばを作って売ろうかなーって思ってたんだけど、材料の面で厳しそうなのよねー」
「……たこ焼きはたこがないし、焼きそばはめんとソースがないんだよね」
心がそう言った。
「あぁ……日本の祭りって言えばそれが王道だけど、確かに材料調達が難しそうだな」
「だから何かいい案がないかなってみんなで考えてたんだけど」
ふーむ……。
共和国記念祭でみんなでできること、ねぇ……。
「文化祭っぽいことがやりたいなら、舞台劇とかやってみたらどうなんだ? 白雪姫とか」
「あぁー! それもいいかもしんない! 異世界の人って白雪姫知らないだろうし」
「……うんっ、わたしも劇がいいと思うよ」
硝子と心が弾むように賛同し、
「アタシもそれで賛成かなぁ。あくまで裏方をやるって意味だけど」
鈴姫がそう言った。
「いやー、鈴姫はもっと表に出ていくべきでしょー。歌的な意味で」
「ね。鈴姫には人間バックグランドミュージックを任せようよ」
「それいいね。常時歌をうたって劇を盛り上げる的な?」
クラスの女子たちがそう言って鈴姫を推した。
「いやいやいやぁ! 人間BGMってミュージカルか! アタシ絶対いやだからね、大勢の人の前で歌うとか絶対やりたくないからねぇ!」
「はい、鈴姫、音楽担当決定ー」
「ちょぉぉっ!」
硝子は無情にも羊皮紙に劇の役割分担『音楽・鈴姫』と書きなぐった。
一体いつの間にそんなものを用意していたのか……。
「白雪姫ってなると、やっぱりアレよね。王子様は自動的に咲夜よね」
反論する隙も見せずに硝子は『王子様・咲夜』と羊皮紙に書き込んだ。
「俺が言い出しっぺなんだし別に構わないけど……あっ!」
そこで咲夜は重大なことに気づいた。
「あっ、ってなによ咲夜? 嫌でもあんたに拒否権はないわよ」
「いや、そうじゃなくて……。白雪姫ってたしか……ストーリーの終盤で眠り姫にキスして目を覚まさせる話じゃなかったっけ……?」
咲夜の発言に、クラス中に衝撃が走る。
「そっ、そうかっ! あの話って王子様のキスでお姫様が目覚める話だったっけ!」
「……わすれてました、心ちゃん完全な不覚をつかれましたよっ」
白雪姫の原点はグリム童話だ。
映画やアニメになる中で色々な脚色がなされたが、そのストーリーは、メインヒロイン・白雪姫の美しさに嫉妬した悪女が、白雪姫に毒のリンゴを食べさせ、永遠の眠りに落ちいらせるところから始まる。
眠り姫となった白雪姫を救うために白馬に乗った王子様が奮闘し、最後には王子様のキスで白雪姫を救うという話である。
つまり、この劇で白雪姫の役をやるということは、咲夜とその役の子がキスをするというわけで……。
「「「こっ、これはっ……!」」」
『何がなんでも白雪姫の座を手に入れなくてはならないっ!』
――と、女子たちのあいだで壮絶なライバル蹴落とし合戦が、今ここに幕を開けた。
「や、あれでしょ。やっぱりここは咲夜の恋人であるあたし以外に白雪姫役はいないでしょ」
「硝子? 硝子はダメだよ。おっぱいだもん」
「ね。お姫様役にはその乳は似合わないよねー」
「いやらしくなっちゃうよね。ドレス姿が」
「はい硝子、却下ー」
「ちょっ、胸は関係ないじゃないのっ!?」
硝子は涙目で抗議したが、一笑に付された。
次は心がアピールする。
「……みんなに隠しておりましたが、じつわたくし佐々木心はお姫様になるために生まれてきた女の子なんです。……そう、生まれながらにしてのプリンセスこころ。……ですから白雪姫はわたしがやるべきなのではないかと」
「はぁ? 心がお姫様?」
「それはないよね。わがまま姫ってなら同意だけど」
「あと空気よめない姫」
「「「それなー!」」」
「……ひっ、ひどすぎませんかっっ……!?」
心もまたクラスの女子たちに中傷され、涙目になって敗走する。
次にみんなの視線が集まったのは鈴姫だったが、当然彼女は身を引いた。
「や。アタシは最初から辞退しますんで……」
「うん。鈴姫のそういうトコ、あたし好き」
「いいよね。身の程を知ってる感が」
「好感度高いわー鈴姫」
「彼氏にしたい同性ナンバーワン!」
「なんか……それも微妙に傷つくんですけどねぇ……」
それはそれでつらいらしい。
咲夜は鈴姫の複雑な心中を察した。
「じゃあさ~私がやってあげてもいいよぉ~」
次に名乗りでたのは明日香だった。
これまで狙った男は100発100中で落としてきたと言われる、魔性の女。
「はっ。性格ブスの明日香がお姫様役?」
「なに言ってんの、この子」
「ありえない」
「つーかお前もう帰れ。ここじゃないどこかに」
もはや批判ではなく誹謗中傷のレベルにまで落ちている。
「こっ……こいつら殺してやりてぇー……!」
明日香は顔に笑みを貼り付けたまま、ぴくぴくと青筋を立てて激怒する。
その後も『白雪姫には誰がふさわしいのか議論』という名の、女子による同性の壮絶な足の引っ張り合いが続く。
咲夜はすでに途中からこれを聞いていなかった。
食堂の隅っこに席を移し。1人で静かに魔法書を読んでいる。
しばらくそうしていると、食堂に入ってくる女がいた。
すらりと伸びた手足に、涼し気な目元。
クール美女と言っても差し支えないだろう。
その女性は流れるように美しい黒髪を引いて、つかつかと咲夜に歩み寄ってくる。
雪枝夢。
多くの謎に包まれた2代目勇者の生き残りかつ、現段階では圧倒的なほど他を寄せ付けない魔導師。
最強の魔法・対魔法用魔法を所持する人物であった。
「バカな女どもが騒いでるけど、雁首そろえて何してるのかな?」
喧騒に包まれる2-4女子をちらりと見て、夢は毒を吐く。
いつもであれば硝子や心がこれに激昂し、「ちょっと雪枝夢! その言い草はなんなのよ!」「……そーだそーだ。……年増おばさんのくせにー」などと言い、夢との悪口バトルのすえ無様にも敗北して、「うわぁーん! 咲夜ー! 夢がいじめるぅー!」という展開になるのだが、今は彼女たちも夢には構っていられない様子であった。
夢をまるっきりシカトし、内部抗争に明け暮れる2-4女子一同。
夢はそんな彼女たちを意にも介さない様子で咲夜の前に座る。
「あの子たち、一体どうしたの?」
「あぁ……白雪姫の劇をやることになって、そのメインヒロインを誰がやるかで揉めてる」
「劇?」
きょとん、と夢は聞き返してきた。
「来月に共和国樹立記念祭があるんだと。それで俺たちも何か出し物をしようと」
「ふーん……」
夢は一瞬で興味をそがれた様子だった。
だが咲夜は聞き逃さなかった。
夢が「……幸せな馬鹿女ども。せめて今だけは夢を見るといいよ」と独り言を漏らしたのを。
「……なぁ、夢さん」
「ん?」
「あんた……今までどこにいた?」
「どこにって、王城に、だけど?」
「そうじゃない。俺が言ってるのは、神殿で過去のオルレスたちと戦った時。なんであのタイミングで、俺たちを助けに来ることができた」
そう。
あれはまるでずっと前から狙いすましていたような――。
咲夜の疑問に、夢はふっと笑う。
一瞬の静寂のあと、夢は口を開く。
「今まで陽の究極魔道具の所在を独自で探してたんだ。やっとつかめたのが、ハスティスがあの段階で究極魔道具を持ち出すこと。別にキミたちを見殺しにするつもりだったわけじゃないよ。仮にも同じ日本人だし、よしみもあるからいつかはキミたちをハスティスから救うつもりだった」
…………。
確かにあの神殿での戦いは夢がいなければ負けていた。
負けていたが、彼女に助けてもらったことを『同じ日本人のよしみ』だと考えるには、あまりに夢の行動は不自然に過ぎた。
「今も今で、私は究極魔道具を修理するための方法を探してるんだ。図書館とかに残されてる古い文献を漁ってるんだよ」
陽の究極魔道具を修理することは重要だ。
陽と陰の究極魔道具を揃えれば最終魔法グランバレアを使うことができ、それで日本に帰れると言われている。
だから咲夜たちもいずれは陽と陰の究極魔道具2つを揃えるつもりでいるが、なぜこの女はそこまで生き急いでいるんだ……?
まるで、あと少しで目的が達成できるかのような――。
「…………。夢さん、あんた、陰の究極魔道具の在処を知っているな?」
咲夜が爆撃を投下した。
だが夢は涼し気な表情を崩さず、
「知ってるよ。陰の世界・レストアにいる魔王が持ってるんでしょ」
そう言って、周知の事実を口にした。
咲夜が聞きたいのはそんな答えではなかった。
やはり、この女は何かを隠している。
けれど、ここで問いただしてもその秘密には迫れないだろうし、こちらの洞察力のなさを露呈してしまうだけだ。
何が目的で自分たちに近づいてきたのか知らないが、利害が相反するまでは行動をともにし、観察するしかないだろう……。
咲夜は、はぁーっと息を吐いて言った。
「そうだな。だから陽の究極魔道具の修理は急がないといけないな」
「そうだね。まぁこっちはこっちでやっておくから、キミたちは白雪姫の劇でもやってなよ」
「……俺にできることがあったらなんでも手伝うからな」
「頼りにしてるよ。じゃ、私はこれで」
そう言って、夢はテーブルにあった果物を手にとって食堂を出て行った。
食堂の中央では、未だに女子が『誰が白雪姫役をやるのか』で激論を交わしていた。
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