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「だから…?」
スオウの皇太子はこのところ、常に不機嫌だ。
美しい銀髪は肩より長くなり、正装時のマントが似合うほどに背も高くなっている。
紺桔梗の瞳は優しさの奥に抗えない強さを湛えるようになった。
あの旅の後、幾度となく争いの地に自らが赴きその刃を振るうこともあった。
そのせいだろう。
どこか憎めなくてあどけなかったフィルはもういない。
ここにいるのは青年となったフィラディルである。
端整な面立ちは鋭さが増し、その仕草には優雅さが増した。
当然スオウの女性たちの憧れの的でもあり噂の的でもある。
いったいこの独身の皇太子を射止める女性は誰なのか?と。
そんなスオウの真珠は不機嫌だ。
自分の執務室で夕べの不満をぶつけているのだ。
本日の紺桔梗の瞳はロイに疑問をぶつける。
「なんで、全員が金髪なの?」
昨夜の舞踏会での出来事。
招待された女性が全員金髪だったのである。
ライダックやルリには金髪の女性が多いが、ここスオウでは多種多様な人種がいるためか人々の髪の色は色々。
銀髪は王家の者が多いために一般にはいなかったが、それでも華やかである。
金髪、ブラウン、黒、赤、あるいは、ブロンズ。
お洒落な者は好きな色に染めたりもする。青、緑、紫、ピンクは少ないが。
それなのに、である。
夕べの舞踏会でこの独身の皇太子に差し出された娘達。
「自慢の娘でして」と目の前に現れた女性達が、全員見事に金髪、であった。
そんなこともあるかもしれない、が、黒い頭の男から金髪を娘だと紹介されても不自然だ。
ましてや、その彼の妻も黒髪だと言うのに。
彼女達は髪を染めている。
「理由はおわかりでしょう?」
ロイは、いつもの癇癪が始まった、とばかりに冷たくあしらう。
フィルに差し出される娘達が全て金髪の理由。
それは、彼の初恋の姫が金髪だったから、である。
彼が気づいた時には、すでに愛していた女性。
それも17の時に《完全に振られるまで》の長い間である。
金髪で瑠璃色の瞳を持つ彼女は、とても長い間フィラディルの心を独占していたのだ。
残念なことにその物語は、真実に色々な話が盛られた上で、広まってしまっている。
『彼の愛した女性は軍神の元に行き彼がどんなに懇願しようともその愛を貫いた』
それは事実とは違っていた。
が、どこか似ているこの話はスオウの隅々にまで知られている。
彼女と軍神は今は別々に暮らし互いに伴侶を見つけ幸せに暮らしているというのに。
しかし、心地よい話を求める人々にはつまらない真実など必要ないらしい。
そして残った印象は《金髪の娘に弱いスオウの皇太子》なのである。
金髪の娘をそれほど長い間愛した彼ならば、次もきっと金髪の女性が彼を虜にするであろう。
そう考える人間が多すぎた。
その結果が昨夜の舞踏会である。
「レイナが金髪だから、なんだろう?」
フィラディルは遠慮なしに怒りをロイに向ける。
「じゃなに?俺は金髪の女じゃないと感じないの?」
だがフィラディルが1つ言うとその倍は返すのが、ロイの常だ。
「夕べの令嬢達はお美しい方々ばかりだったではありませんか?何がご不満なのですか?髪の色くらい好みに染め替えれば良いだけではないのですか?」
フィラディルはこの漆黒の前では少しだけ昔の自分を出すのだ。
「そうじゃないことぐらい分かっているくせに…」
「分かっているのと、我が侭を聞くのは別です」
「なにが我が侭なの?」
「もういい加減に諦めて、どなたかと結婚なさって下さい」
「だから、父上と母上の仰るとおりに舞踏会という名のお見合いをしてるじゃないか」
「何度目の舞踏会でしょうか?もうスオウの国内にいる見目麗しい令嬢には、全てお目にかかっていると思いますが?」
フィラディルはため息をついた。
「どいつもこいつも噂を信じて髪を染める馬鹿ばかりだ」
これは2年ばかり繰り返されている会話だ。
フィラディル・フィス・クレイア。
スオウ国皇太子は今年で23歳になる。
この世界の平均寿命は60代。23歳ならばそろそろ人生の半ばに差し掛かる。
そろそろ正式な妃や側室がいてもいい、いや、いなくてはならないというのに、この王子は今でもフラフラとしている。
大国であるスオウの人口は1000万人を越えているのだ。
1人くらい彼の気を引く女性が現れてもいいと思うが、どうやら現れていない。
相変わらず《優しいお姉さん》の元に通っている。
そしてそのお姉さんもコロコロ変わるのだ。
「ウンザリなんだ」
「フィル様」
彼は窓の外を眺めた。
どうしようもない閉塞感に襲われる。
生涯の伴侶さえ差し出される娘のなかから選ぶと言う自分の身分。
わかっていてもだ、時々抗いたくなる。
「別にいいんだよ。俺はスオウの皇太子だから色眼鏡で見てもらってもさ。けどレイナと同じ外見じゃないと愛されないと考える馬鹿な奴らの行いにウンザリしてるんだ」
しかしロイは容赦ない。
「じゃ、どうしましょうか?金髪の女性は入場禁止の舞踏会を行いますか?」
「ロイ…」
「それとも他国からの姫を受け入れますか?」
「もう、いい」
不機嫌なフィラディルはロイとの会話を打ち切った。
「父上との約束の時間だ。出かける」
「畏まりました」
ロイは出て行ったフィラディルをこれ以上ない優しい瞳で見送った。
彼だってフィラディルの気持ちはわかってはいる。
だが、そう頻繁ではないにしろ夜を過ごす相手が娼婦だけなのだ。
その行為はあってもそこに本当に相手を思いやって求めるという喜びはない。
ロイが焦るのはそこだった。
信頼できる部下がいて精力的に執務をこなして、今やフィルは次期国王としての尊敬を受ける立場になっている。
だからこそなのだ。
心から寄り添える方と人生を育んでいただきたい、と。
漆黒は真珠を心配しているのだ。
我が侭な真珠の主人公フィルの青年編です。
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