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期末テストの結果が出た。もちろん私の名前は貼り出されていない。
今回のトップ3も前回と同じで、鏑木、円城、若葉ちゃんの順だった。若葉ちゃん、本当に頭良いんだな。凄いな~。一部の目がさらに厳しくなっているけど…。
そして、おぉっ同志当て馬が7位になっている!同志よ、少し順位を落としたのではないか?!私のぶんも頑張ってくれたまえよ。君は我が村の期待の星なのだから。次期村長候補として。
そんな私の順位は86位。おうっ、ひとのこと言えないくらい落ちてる!このままでは2学期には3桁台転落なんてことも充分ありうるな。夏期講習で気合を入れ直さないと。今年の夏は勉強に、ダイエットに、修行と大忙しだ。
「ねぇ今年の夏休みはみんなでどこかに遊びに行きません?」
菊乃さんが私達に提案した。
ええっ!友達とお出かけ!素敵!
「これからのシーズンに予約が取れるかしら」
「あら私の家の別荘にいらっしゃる?」
きゃあきゃあとみんなが計画を立て始めた。
ほとんどの家が別荘を持っているので、誰の家の別荘を使うかを協議する。とりあえず家族にも聞かないとね。
そしてもちろん、その別荘計画に私も入っているよね?ね?あ、うちの別荘を使ってもいいよ?だからちゃんと、仲間に入れてね?
夏休み前最後の休日に、私は桜ちゃんに座禅に連れて行かれた。
始めに和尚さんから座禅の仕方を聞いて、お堂に入る。蒸し暑かったらどうしようと思ったけど、ひんやり涼しくて良かった。
先に教えられた通り、結跏趺坐は出来ないので半跏趺坐で座り、目を半眼にする。呼吸を整え心を整える。呼吸はともかく心は整えられるかな~。私、雑念だらけだけど。
シーンと静まり返った薄暗いお堂でひたすら座っていると、目が段々閉じてくる。あぁ心が静まると眠くなるものなんだなー。
あ、和尚さんが私の後ろに立った。やっぱりばれた?右肩を出して警策をありがたくいただく。想像していたよりも痛くない。か弱い女の子だから手加減してくれているのかな?でもそれだとまた眠気が…。パシッ。
最後はあまりの眠気に体が左右に揺れだして、警策を受けたかもよく覚えていない。
30分程の座禅の後は、お茶をいただきながら和尚さんの法話を聞き、今度は写経に入る。座禅だけかと思っていたら、写経もやるのね。
渡されたお手本の上に紙を置いて、その上からなぞるだけなので思ったよりも簡単。小さい頃から書道も習っていたし、こんなの楽勝楽勝とやってみたけど、先に、同じお手本を書き写すのでもその人間の心持で全く違うと教えられた通り、漢字が整然と並んだ桜ちゃんの写経と比べて、私のは時々字が踊っているような部分があった。
きっとここは、これから行く和カフェのことを考えてた時だな。煩悩だらけだ、私。
写経をお堂に納めて、本日の修行終了。
「麗華、貴女全然自分の心を見つめ直してなかったでしょう」
和カフェに着いた途端、桜ちゃんから厳しいご指摘があった。そういえば最初の目的ってそれだったっけ。
「座禅の時、隣からバシバシ叩かれる音がして、気が散ってしょうがなかったわよ。そのうち体が揺れてきてる気配もするし…」
「それは桜ちゃんの精神が試されていたのよ。この程度のことで集中が乱されてはならぬという」
「…あんたなんか警策じゃなくて罰策受ければいいのよ」
和尚さんの話では、座禅の時に受けたのは警策で、ほかに修行中のお坊さんが規則を破った時に受ける罰策というのがあるんだって。こっちは本気で痛いらしい。
「今日のお寺さんは優しいところを選んだんだからね。厳しいお寺なら麗華なんて百叩きよ」
「え~。桜ちゃんだって叩かれてたじゃない」
「私は自らお願いしたの」
そりゃ凄い。
「それで、座禅をして精神修行をした成果は…全然なさそうね」
メニューの和風スイーツ欄をジッと見つめる私に、桜ちゃんがため息をついた。
違うよ、見てるだけだよ。食べるなんて一言も言ってないよ。
「人間、そう簡単にニルヴァーナの世界には行けないものなのよ~」
「デブ道に落ちろ」
やめて。和尚さんが言っていたでしょう。言霊はあるのだから、ひとに対して悪い言葉は口にしてはいけないと。私が本当にデブになったらどうするの?
「麗華は運動をしないからよくないのよ。ホットヨガとかエアリアルヨガとかどう?」
「桜ちゃんヨガ、好きだよね」
今は毎日腹筋とフラフープを頑張っているし、家でもヨガをやってるからいいや。やるならほかのスポーツがいいな。
私はなんとか和風スイーツの誘惑を断ち切り、冷たい抹茶ドリンクのみで我慢した。
私のおなかは食べないとへっこむ。でも食べると膨らむ。これが油断を誘うんだよな~。食べなきゃすぐに痩せられるわって。
しかし今回こそは頑張るよ。妊婦さんに間違えられたのは本気でショックだったから。実は今もまだ引き摺ってるから。
あの時着ていたワンピースは封印した。妊婦さんに見えるような服は絶対着ない。座る時はおなかの贅肉がでろんとなりがちなので、常に力を入れておく。
「ねぇ、桜ちゃん。私って老けてるかな?」
「そんなことないと思うわよ?最近は前より顔が丸くなったから余計に若く見えるもの。気にしなくて大丈夫よ」
私、顔も丸くなったんだ…。
夏期講習に通う塾には初めてきた。
中等科まで通っていた塾とは、受講人数が違うな。
席は自由のようなので、真ん中より少し後ろ側の席に座る。瑞鸞生はいないかな。う~ん、なんだかみんな頭が良さそう。
すると男女数人のグループが、私の席の隣と後ろに座った。全員友達らしい。わー…孤立感が凄いよ。
私の隣に座った男の子の荷物が、どんどん私のテリトリーを侵食してくる。でも彼は私に背を向けて、横の友達と夢中でしゃべっているから気がつかない。なにこのないがしろ感。
やばい、中等科時代の補習のトラウマが…。
その時、オーバーリアクションで笑った男の子の手が私にぶつかってきた。痛い…。
「あ、ごめん」
「…いえ」
ついでに荷物にも気がついてくれるとありがたいです。
「うわっ、この子すげーお嬢様っぽい!」
「髪、きれいに巻いてるね~」
げ。
「ねぇねぇ、どこの学校?」
後ろの男の子が話しかけてきた。耳にピアスを何個も付けている。チャラい。
「瑞鸞です」
「うおーっ、瑞鸞!マジお嬢!」
なにが面白いのか、全員が大受けしていた。
女の子達は笑いながらも私を値踏みしている。怖い…。
「ねぇ、名前なんていうの?」
「…吉祥院麗華です」
「名前もお嬢!受けるー!」
……こいつら。
席選びを完全に失敗した。いや、塾選びもだ。この吉祥院麗華、今までの人生でここまで粗末な扱いをされたことはない。
妊婦さん事件に続きこの扱い。今ならおみくじで確実に大凶を引く自信がある。
「やめろよ、可哀想じゃん。困ってるよ。瑞鸞のお嬢様は俺らとは違うんだから」
チャラピアスの隣の子が止めてくれた。女の子達も「そうだよ~、やめなよ~」とか言っている。ふん、本心じゃないくせに。
私はなにも気にしていませんよという態度で、問題集を見ているフリをした。今こそ何事にも揺れない座禅の心を!
それなのに、後ろのバカが私の髪を引っ張ったりしてちょっかいをかけてきた!よりにもよって私のこの巻き髪を!あんたなんて、世が世ならバスティーユ送りだ!
だいたい女の子の髪を引っ張るって、高校生のやることか?なんてバカなんだ。
そして講義が始まると、そのバカ達が私よりよっぽど頭が良かったことに、さらに心を抉られた。
私は家に帰ると、部屋の四隅に盛り塩をした。
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