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短篇集

Slave

作者:海見みみみ
「その赤髪は私達家族の血が流れている証拠であり誇りなんだよ」
 そういってお婆ちゃんはいつも私の赤髪を撫でてくれた。お婆ちゃんの手から甘く優しい香りがする。その香りに私の心はとても穏やかな気持ちになるのだ。
 他の子とは少し違う赤い色をした私の髪。私はお婆ちゃんの言葉を信じてそれを誇りとして生きてきた。そう、少なくともこの高校に入学するまでは。

 私の入った高校は極めて一般的な偏差値のありふれた普通の高校だった。しかしそれはもう過去の話だ。
 私が入学したその年、高校に大きな変化が起きた。学校側が生徒指導を異常なまでに厳しく行うようになったのだ。なんでも国のモデル校に選ばれたとかなんとかで、色々と学校側が張り切っているらしい。今までなら黙認されていた頭髪を染める行為もこれからは厳しく罰せられるとのことで、生徒からの反発は大きかった。
 しかし私にはまったく関係のない話でもあった。確かに私の髪は赤色をしている。だが私のこの髪は地毛なのだ。事実、親から渡された書類を頭髪指導の際に教師に渡すと、嫌な顔をされたものの許可が普通に下りた。
 これであとは真面目に日々を過ごせば高校生活は平和な物になるだろう。そう私は信じていた。

「たく、なんで黒染めしなきゃなんないわけぇ」
 頭髪指導後の教室でのこと。小笠原さんは大変不機嫌だった。 今朝まで金色に染めていたその髪を教師の手によって黒く染められてしまったからだ。
 他にも彼女の周りには頭髪を無理やり黒染めされたことに不満を持つ女子が固まり集まっている。小笠原さんは既にこのクラスのボスとしての地位を手に入れていた。
 その中に真面目な性格の私が馴染めるはずもない。私は彼女達の輪から少し離れたところからその様子を見ていた。
「中学の頃からメッチャ手入れして綺麗にしてたのに、マジ不満。ありえなくない?」
 小笠原さんの声に対して周りでは「ありえない」の大合唱だ。実に女子らしい集団の嫌な雰囲気だ。
 すると偶然小笠原さんと私の視線があった。むしろあってしまった、というべきだろう。小笠原さんは不快そうに眉を顰めると私に向かって大声をあげた。
「なんでアンタその髪で許可出てるわけ?」
 どうやら小笠原さんは私が赤髪であることに不満を抱いているらしい。しかし私の赤髪にはしっかりとした理由があるのだ。
「私の髪は地毛なの。だから頭髪指導も問題ないって言われたわ」
 簡潔にそう述べる。事実それ以上私が説明すべき内容はなかった。だがそれが小笠原さんには余計に不満だったらしい。小笠原さんは顔を真っ赤にすると私のところまでズカズカと歩いてきた。
「調子乗らないでくれる? 地毛だがなんだか知らないけど、私は中学の頃から大事にしてた金髪を黒染めさせられたのよ! アンタだけ黙認されるなんて卑怯よ!」
 卑怯、その一言に私の胸にキツイ痛みのようなものが走る。いわれのない侮辱を受けたのはこれが初めての経験だった。
「私だって染められたんだから、アンタだって染めなさいよ」
 それから小笠原さんを中心にして「染めろ」コールが鳴り響く。多対一の争い。既に勝ち目はない。
「ほら、これ使いなよ」
 仲間の一人が黒染め用の染色剤を取り出した。その瞬間「染めろ」コールをしていた女子達が暴徒と化す。皆が私を無理やり押さえつけると、染色剤で私の赤髪を黒く染めようとした。
「やめて!」
 誇りである赤髪を失いたくない。その一心で叫び声をあげる。しかしその悲痛な叫びは小笠原さん達には届かない。
「私達だって染められたんだから、別にいいじゃん」
 小笠原さんの声が冷たく響く。
 この日、私は誇りである赤髪を失った。

 私は大きな喪失感を抱えたまま帰路についていた。誇りに思っていた赤髪を奪われてしまったのだ。私はどうすれば良いのか、うじうじと悩んでいた。
 しかしいつまでも悩んでいるわけにはいかない。私は鎮痛な面持ちのまま玄関を開けた。そこにいたのは私の大好きなお婆ちゃんだった。
「おかえりなさ……」
 私の黒くなった髪を見てお婆ちゃんが言葉を失う。お婆ちゃんにとっても私の赤髪はとても大切なものだったのだ。
 きっと事情を察したのだろう。お婆ちゃんは私を抱きしめると優しく頭を撫でてくれた。
「辛かったね」
 お婆ちゃんの一言に私の目からは耐えていた涙がボロボロと零れ落ちる。お婆ちゃんの手からはいつものように甘く優しい香りがした。

 それからの間、私にとって高校生活は苦難のものになった。何かあれば小笠原さん達の使い走りにされるようになってしまったのだ。
 一度決まった格付は覆せない。私は小笠原さん達の奴隷であることを受け入れる以外他になかった。
「ちょっとさぁ、ジュース買ってきてくれない? 今お財布がないから、後で払うからさ」
 小笠原さん達が私にそう命令する。もちろんジュース代が支払われることはない。彼女達の言う「後で」とは果てしなき先の未来の事なのだ。
 そんな彼女達に従わなくてはならない自分が悔しくてならない。やはり赤髪で無くなったあの日、私の誇りは消え失せてしまったのだ。
 しかしこれも仕方のないことなのかもしれない。あの小笠原さんですら自慢の金髪を黒染めさせられてしまったのだ。だから私も我慢しなくてはならない。そう必死に自分に言い聞かせるしかなかった。

 夏休みが終わり二学期になってからのことだ。
 うちのクラスに一人の転校生がやってきた。上条茜、それが彼女の名前だ。
 上条茜は変わった人物だった。彼女は登校初日から誰もが驚くような姿で現れたのだ。
 黄金色に輝く金髪、綺麗に磨かれ飾り付けられたネイル、ファッショナブルに改造された制服。全てが校則違反だ。
 生徒指導で厳しく改めさせられることだろう。上条茜を見た人間は誰もがそう思った。

「私のこのファッションには理由があります」
 生徒指導室で上条茜はそう堂々と宣言した。
 小笠原さん達は生意気な転校生の末路を見ものにすべく生徒指導室の前で聞き耳を立てていた。私はそれに無理やり付き合わされているわけだ。
「この学校では自立心を養うために生徒のアルバイトを許可していますよね」
 上条茜ははっきりと告げた。その言葉に間違いはない。この学校では昔から生徒のアルバイトが校則で認められていた。
「しかしそれとこれに何の関係があるというのかね」
 教師の一人が不機嫌そうに声をあげる。すると上条茜は凛とした声でそれに答えた。
「私がしているのはモデルの仕事です。契約の際、私生活でもモデルとしてのファッションイメージを壊さないようにと言われています。つまり私のこのファッションは契約に基づくものなんですよ」
 なんという強引な理屈だろう。だが契約という言葉が持つ力は大きい。教師達は黙り込んでしまう。
「だ、だがね」
「では先生方は私がファッションを変えたことにより契約違反が発生した場合、その違約金を支払ってくださるのでしょうか?」
 とどめのような一言に教師達は一切反論できなかった。重い沈黙が辺りを包む。そんな中、すぐ手が出ることで有名な体育教師が一人だけ声を荒げた。
「何が契約だ! 子供が大人に逆らうんじゃない!」
 理不尽な言葉と共に派手な音が生徒指導室に鳴り響く。上条茜が殴られたのだろう。その場にいた誰もがそう思ったはずだ。
 生徒指導室の扉が開く。現れたのはまったく無傷の上条茜だった。慌てて生徒指導室の中を覗き込む。そこには床に向かって思い切り投げ飛ばされたと思われる体育教師の姿があった。
「これは正当防衛ですので。まだご不満があるようでしたらまた呼び出してください」
 そう言って上条茜は生徒指導室から立ち去った。まさに上条茜の完全勝利だ。
 こうして上条茜は自らのスタイルを貫き通すことに成功したのであった。

 しかしそれに小笠原さんが納得するわけがない。彼女は昼休み、私を含む取り巻きを連れて上条茜の席まで集団で押しかけ喧嘩をふっかけた。
「なんでアンタだけそんな格好が許されるわけ? ありえないんだけど」
 小笠原さんの嫌悪感に塗れた声が響く。しかし上条茜は気にする様子すら見せない。それが余計に小笠原さんを腹立たせているようだ。
「私はね、中学の頃から大事にしてた金髪を黒く染めさせられたの。こっちの子は彼氏からもらったアクセサリーを没収されたし、こっちの子も入学祝いに買ってもらったブランド物のカーディガンを没収されたの」
「つまり、何が言いたいわけ?」
 上条茜の声がはっきりと響いた。生徒指導室から聞こえてきたものと同じ凛とした声だ。それが私にはとても魅力的なもののように感じられた。
 上条茜の言葉に対して小笠原さんが怒りで体を震わせる。その顔は真っ赤に染まっていた。
「私達だってルールを受け入れてるんだから、アンタもルールを受け入れろって言ってるのよ!」
 小笠原さんの声が教室に響き渡る。すると上条茜は突然大声で笑い出してしまった。
「なんだ、ただの奴隷の鎖自慢か」
「奴隷?」
 聞きなれない言葉に小笠原さんが問い直す。しかし上条茜はそれに答えない。それどころかいきなりその場から立ち上がると教室を出て行こうとした。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」
「鎖の自慢は奴隷同士で楽しんでてよ」
 そう言って今度こそ上条茜は教室から出て行ってしまった。
 奴隷の鎖、その聞きなれない言葉に小笠原さんは毒気を抜かれたように呆然としていた。

 その日の放課後、私は走っていた。どうしても上条茜と話がしてみたい。そう思っていたのだ。
 一人学校から出て行こうとする上条茜を追いかける。ぎりぎりのところで私は上条茜を捕まえることができた。
「ちょっと待って!」
 私の声に上条茜が振り返る。その顔はどこか不機嫌そうだ。
「何か用?」
 凛とした大人らしい声が響く。その声に私は少しばかり緊張していた。
「もしかしてあなたも私にルールに従えっていうのかしら?」
 上条茜が問いかけてくる。その言葉に対して私は必死になって首を横に振った。
「あんなの私もおかしいと思う。上手く言葉にできないけど、何か違うと思うの!」
 私はようやく言いたかったことを口にできた。
 すると上条茜の表情が大きく変わった。柔らかく微笑んでみせたのだ。まるでようやく仲間を見つけたことを喜ぶように。
「ちょっと付き合ってくれる?」
 上条茜がそう問いかける。そのまま私の返事を聞かず上条茜は歩き始めてしまった。

 上条茜が向かったのは一軒のカフェだった。まだ新規開店したばかりといった感じのオシャレなカフェだ。
「ここ、私の家」
 そう、ここは引っ越してきた上条茜の家でもあった。
 何人かのお客さんが静かにくつろいでる中、私は一番奥の席に通された。そこで上条茜と一対一で向き合う。手元には上条茜が淹れてくれたアイスコーヒーが置かれていた。
「聞きたいことがあるの」
 私がおずおずと尋ねると、上条茜はそれが自然であるようにアイスコーヒーを口にし、そして尋ね返してきた。
「奴隷の鎖自慢のこと?」
 それはまさに私が聞きたかったことだった。奴隷の鎖自慢とは一体なんなのか、私にはそれが不思議でならなかった。
 私の態度から自分の問いかけが正しかったことを理解したのだろう。上条茜が話を始める。
「人って自分のステータスを自慢したがるじゃない。綺麗な洋服とか」
「中学の頃から大事にしてた金髪とか」
 私の言葉に上条茜が吹き出す。私が小笠原さんを揶揄したことがわかったらしい。
「それじゃあそういう自慢できるステータスのない奴隷になってしまったら、人は何を自慢すると思う?」
 そう言われても私にはまったく想像がつかない。すると上条茜はすぐに答えを口にした。
「自分の首輪を繋ぐ鎖を自慢するのよ」
 その答えはとても意外なものだった。同時に疑問も生まれてくる。なぜ奴隷はわざわざ鎖なんて物を自慢するのか。それにどうして上条茜はこの言葉を小笠原さん達にぶつけたのだろうか。
 上条茜が話を続ける。
「奴隷は自分の繋がれてる鎖がどれだけ重いものか自慢したがるものなのよ。どれだけ自分が苦しい思いをしているのか自慢して、相手にも同じ苦しみを強要するためにね」
 そう言ってから上条茜がアイスコーヒーに再び口をつける。
「例えばあの小笠原って女。アイツは校則という首輪を嵌められた奴隷よ。彼女は自分が中学の頃から大事にしていた金髪を黒染めされたという鎖を自慢したいわけ。そして同時に、その鎖を他の人間にも強要しようとしている」
 そこまで説明されてようやく上条茜の言葉を理解することができた。
 つまり上条茜は小笠原さん達がやっていることは自分本位な不遇の押し付け合いでしかないと言っているのだ。それは私にとって革新的な事実だった。
 自分は苦労している、とても酷い目にあっている。だからお前も同じくらい苦労して酷い目に合えばいい。なんと身勝手な考え方だろう。それが奴隷の鎖自慢であり、小笠原さん達のしていることの本質なのだ。
 私は小笠原さん達に従っているのが急にバカらしくなった。自分を繋ぐ鎖を自慢する愚か者に従うなんて意味のない事だと思ったのだ。
 彼女達に反発して報復を受けるのは怖い。でも、それ以上にこれ以上奴隷として生きていく方が私には恥のように感じられた。
「さて、あなたはどうするのかしら?」
 上条茜が挑むように問いかける。私はその言葉に対し、静かに思考を巡らせた。

 その晩、私はお風呂場にあるものを持って入った。食用のお酢だ。それをお湯に溶かし、石鹸と一緒に髪を洗う。すると水が黒色に染まり、髪を染めていた薬剤が落ちていった。
 これは染色剤を落とす方法として上条茜から教えてもらったものだ。効果は抜群で、私の髪は沈んだ黒から、元の生き生きした赤色に戻っていった。私は自らの赤髪を取り戻したのだ。
「私はもう奴隷じゃない」
 そう一人宣言する。すると自然と胸の中に勇気が湧いてきた。私は赤髪を取り戻したと同時に、自らの誇りもまた取り戻したようだった。

ご覧頂きありがとうございました!
もしよろしければ他作品もよろしくお願いします。

海見みみみマイページ
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