シード投資家から見た、スタートアップに向いている人、いない人の特徴と素質


by 佐俣アンリ(投資家)


僕はシード投資家です。シードとは、会社と事業の設立準備をしている段階を意味するのですが、今後、どのような市場を狙い、どのような事業を展開させていくか、などはこのタイミングで検討します。

僕は21~52歳という幅広い年齢層の起業家たちを支援していますが、基本的に若い・若くないに関わらず「スタートアップをやれる気配」があれば支援することにしています。一方で、やはり年齢が高くなればなるほど、スタートアップをやるのが難しくなる傾向があるなぁと感じてしまいます。

30歳過ぎると起業が難しくなる


なぜ、年齢が高くなるほど、スタートアップをやるのが難しくなるのでしょうか。

まず、スタートアップをやるときは、年齢が高い人ほど経験や実績が邪魔になってしまうということが挙げられます。

人は、経験値が増えると「何かをうまくやること」が上手になります。しかし、スタートアップでは、どんな事業がヒットするのかわからない。今までにない発想ややり方で事業を動かす必要がありますが、そのときに、これまでの経験値を活かした方法で乗り越えようとすると失敗しやすくなってしまいます。

思考スタイルをスタートアップ用に変形する必要があるのに、今までの経験をアンラーニング(学習棄却)できずに、うまくやろうとしてしまう人は、起業には向いていないということになってしまいます。若いうちは、経験や実績がないので、それらを捨てる努力は必要ないのですが、年齢が高くなるほど、経験のアンラーニングが必要になるので難しくなると考えています。

2つ目には、30歳を超えたあたりから、守りの姿勢ばかりとってしまうような環境になってしまうことが挙げられます。スタートアップでは、攻めの姿勢が大事なのですが、守りの姿勢に入ってしまう人が多くなります。

たとえば、僕のところに起業相談に来る30歳を超えた方の場合、とても優秀なので、すでに個人事業主として1,000万円稼いでいたり、スタートアップ的ではない現状の会社の安定した事業で社員を何人か抱えていたり、大手のメーカーなどのナショナルクライアントを顧客として抱えていたりします。そういった環境では、スタートアップ用の組織に変えていく、ということは難しくなります。今の年収を捨てたり、社員の安定さを失うことになってしまうからです。

また、まだ事業を始めていないケースでも、前職の給与が高いために、起業しづらい、というケースもあります。たとえば、起業を志すような人の場合、大手の企業に勤めていて実績も出していて評価が高い、というケースがよくあります。その場合、30歳になるころには年収1,000万円の人も登場します。起業をしたら、年収は場合によっては300万などまで下がるので、なかなか意思決定しづらくなってしまう。結婚して家も買って、というケースの場合は、かなり難しいと言えるでしょう。

そして、給料が下がって意外に大変なのが、前職を辞めた翌年に請求される税金です。給料が前職時代の半分になった場合、その年の給料はほぼ税金でとられてしまうので、最悪の場合、実質0円になってしまうのです。

このように、年齢が高くなればなるほど起業はしづらくなると思っています。僕は、27歳〜28歳くらいが起業のしやすさのピークであり、そこから先は難易度が上がっていくと思っています。

とはいえ、30歳を超えたら起業はやめたほうがいい、と言っているわけではありません。もちろん30歳を超えても、スタートアップで起業できるタイプはたくさんいます。

僕の中で「30歳を超えて起業した人」として一番熱いなぁと感じたのは、マイネットの上原仁さんです。上原さんの場合、前職はNTTで、起業時にはすでに結婚されてお子さんが2人いました。その状態から「ソーシャルのニュースがしたい!」と言って…NTTを出て起業する。「そんなにも恵まれた環境から!?」という驚きと同時に、「この人は本物の起業家だ」と強く感じました。

起業家に向いている人、いない人の違い


僕が投資を決めるときは「スタートアップとしてやっていけるかどうか」はもちろん、一時的に生活のバランスを欠くほど事業に傾倒できるパワーがあるかどうかにも注目しています。

最近、資金がなさすぎて会社登記ができないという起業家がいました。彼はお金がない上に結婚したばかりで、ご両親も養わなければいけないという状況下でした。しかし、全然お金がないにも関わらず、月15万円は広告出稿に使っていたりします。

そういった事業に偏りすぎたバランス感の人に出会うと「いい!」と思ってしまいます。ちなみに、彼にはその場で30万を振り込み、会社登記させました(笑)。

本当に起業したい人は、常に攻めの姿勢です。そういった人たちは自分の事業に対する思い入れや情熱をはるかに超えた「怨念めいたもの」を持っています。そのため、事業への傾倒にもすさまじいものを感じます。事業に対して怨念のような強い思いを持てる人は、起業家に向いています。

たとえば、スクーの森健志郎さんは、見ているこちらが「ちょっとヤバイな」と思うレベルの事業に対する怨念を持っています。「スクーというサービスで世の中から卒業をなくしたい」という彼を見ていると、「卒業式で何があったんだ?」「卒業式で相当嫌なことがあったに違いない」と思ってしまいます。尋常ならざる「事業狂」は起業家として好ましいです。

起業家に向いていない人は、良くも悪くもちゃんとしています。ちゃんとしている人は「守れるもの」を意識しています。だから、新しいことに挑戦したがらない。

「守備がうまい人は、起業家に向いていない」とは、VCの大先輩であるインフィニティ・ベンチャー・パートナーズの小林雅さんも言っています。「起業したい」と言って投資家に会いに来るわりには、初っ端から◯◯商事といった大企業の名刺を差し出しているようではダメだ、という話をしていました。スタートアップで起業したいというのなら、まずは会社を辞めてくるような勢いがなければ話になりません。

一方で、事業への強い怨念も、方向性が間違っていると大問題です。抱えているコンプレックスやマイナス要素が強すぎると、メンタルがヤバイ方向へ行ってしまう可能性があります。

特に良くないのは、他責の念を持つことです。基本的に、起業したいという人は強いエネルギーを持っています。そこに他責の念があると、強いエネルギーがびゅーんとそちらへ流れてしまいます。結果、周りに当たり散らしてしまうことになります。

起業は長い戦いです。そういった、ちょっとした水漏れが後々大きなトラブルになることがあります。

「クレイジーな人ほど成功する」論は、ちょっと違う


こういう話をすると「クレイジーであればいいのか!」という結論に達しがちですが、少し違います。もちろん、スタートアップの世界では「クレイジーな起業家のほうが成功する」と言われる風潮がありますし、クレイジーと言われるほどのパワーがあるのはいいことです。しかし、クレイジーをむやみに褒めすぎるのはよくないと考えています。

クレイジーな起業家には「失敗しててもいいから、とにかくデカイことを言っていればいい」というビッグマウスな人も時には見受けられます。こういったスタイルを褒めすぎると、特に今の若い起業家は「とにかくデカイことを言うぞ!」となり、ちゃんと仕事をしなくなってしまいます。

クレイジーであろうとしてビッグマウスを目指すと、事業は単なるおもしろゲームへと変貌します。会社経営のために事業を変えることは間違いではありませんが、せめて1つひとつの事業にくらい、執念を持つべきです。クレイジーのためのビッグマウスは、注目を集めるため、褒められるため、発言内容がどんどん過激になります。しかし、実際の事業の成長率はゆるやかにしか伸びません。さらにいうと、スタートアップは簡単に成功しません。

ビッグマウスを続けていると、発言内容の期待値と現実的な事業の成長率がどんどん乖離していきます。その差が大きくなるにつれ、プレッシャーも大きくなります。結果的に、自分を苦しめるだけになってしまうのです。

若くして結果を出している、リブセンスの村上太一さんや、パンダグラフィックスの倉富佑也さんも、驚くほど謙虚で、ビッグマウスではありません。当然ですが、まじめに仕事をして実績を積み上げていくほうが偉いのです。


「The First Penguin」は起業家の軌跡から学ぶメディアです。

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