今日の日経注目記事は、日本経済新聞の経済教室面にある「」です。
現在の日本の状況では増税には賛成しがたい。1997年には財政出動による景気刺激策が功を奏した後に消費増税に踏み切ったところ、大幅な景気後退に陥った。今年4月には再び増税を実施し、まだ本格回復していなかった経済を2四半期連続でのマイナス成長に落ち込ませた。
今回の総選挙で与党は大勝し、足場を固めることができた。しかし、なぜ日本では増税がこのように景気低迷を招くのか、アベノミクスは回避不能にみえる財政危機から日本をどう救い出すのか、という疑問は解消していない。これらに答えるには、いま日本で何が問題なのかを正確に理解する必要がある。
第一に、日本の政府部門は既発債の相当量を保有しているため、債務が二重にカウントされている。企業を評価する際には資産総額から債務を差し引いた純資産をみるように、政府も債務総額から資産を差し引いた純債務こそが、現在の財政状態を表す経済的に意味のある数字といえる。
第二に、企業の連結決算には子会社が含まれるように、政府の連結決算にも、公的企業の資産と債務を含めるべきである。筆者が日本政府のバランスシートを連結ベースで作成したところ、今年6月時点では純債務はGDP比132%だった。
しかもこの数字も、日本の問題を実態以上に深刻にみせている。アベノミクスの第1の矢は金融政策に重点が置かれていた。日銀の黒田東彦総裁がこれを見事に実行した結果、現在日銀は既発債の相当量を保有している。日銀は原理的には国債を永久に保有できるので、政府はその償還に頭を悩ます必要はない。日銀を政府のバランスシートに含めた場合、今年6月時点の純債務はGDP比80%となり、グロスの3分の1になる。
言い換えれば、日本政府は債務をカバーする潤沢な資産を持ち合わせており、仮に危機が起きても、公式統計上の総債務や純債務の手当てを迫られるわけではない。
だからといって、危機にならないということではない。日本の国債金利が突如として(現在のギリシャ国債の金利水準に近い)8%になったら、不足を補うために大幅増税を迫られよう。
だが、日本政府が破綻するとは思えない。日本の国債金利が低水準を維持しているのは、多くの国が日本はデフォルト(債務不履行)にはならず、また、インフレに頼らずとも債務を償還できるとみているからだ。万が一、危機となった場合のより現実的な対応は、一種の金融抑圧(金融機関に日本国債を割り当てる)と、一部の公的企業の払い下げ、増税、歳出削減の組み合わせとなろう。
以上の数字からわかるように、日本が抱える問題は債務残高の水準ではなく、政府支出の今後の道筋である。
多くの人が、日本は持続不能な借金増加の道に転じたと主張してきた。この意見を評価する一つの方法として、持続可能と予想される債務残高に比して、実際の債務がどれだけ増えたかを見てみよう。ここ数十年ほど多くの経済学者が日本の財政危機を予想してきたが、少なくともクリスチャン・ブローダ氏(元シカゴ大学教授)と筆者は、その見方にくみしない。
筆者らは04年に発表した「陰鬱な学問からの明るいニュース 日本の財政政策とその持続可能性を再評価する」と題する論文のなかで、日本政府が持続可能な財政政策をとった場合の純債務残高を15年時点でGDP比84%と試算している。14年時点の実績がGDP比80%だから、この予想はまずまず正確といえそうだ。いやむしろ債務の増え方は予想より鈍化している。
当時筆者らは、日本の財政危機を真剣に考えていないと手厳しく批判されたが、実際には予想はいい線をいっている。危機が起きないのは決して謎ではない。日本の財政の合理的な予想としては、債務が増えても危機は起きないとみるのが正しい。債務が予想したほど増えなかった主な原因の一つは、日本は成長率も低かったが、金利も低かったことにある。税収の伸びは経済成長と比例する。よって財政危機を回避できているのは、巨額の金利負担を免れているおかげといえる。
この場合にも市場が突然、日本国債に高い金利を要求したら状況は変わってくる。しかしその可能性は低い。日本が成長に転じれば、なおのことだ。したがってアベノミクスにとって、日本の成長回復が何よりも重要である。成長は財政状態を改善すると同時に、増税を容易にする。
アベノミクスが近い将来に成長率を押し上げることは可能だろうか。たしかに安倍首相は構造改革を推進している。たとえば、女性の昇進機会の拡大、外国人労働規制の緩和、貿易自由化の推進などは、長期的には所得押し上げ効果が期待できよう。
これらの改革が実を結ぶのは、数十年先とはいわないまでも数年先である。だからといって、やらなくてよいわけではない(たとえば米国における生産性の向上の20%は、性や人種による不平等を減らしたことに起因する)。ただ、理解すべきなのは、これらの変化は短期的には効果を感じにくいことだ。
構造改革には短期的な変化が期待できず、財政政策は引き締めが続くとなれば、金融政策に成長を刺激する効果があるのかどうかを考えなければならない。だが、この点に関して筆者は楽観的だ。
日本の緩和政策がもたらした大きな影響の一つは、円安である(図参照)。安倍氏が首相の座に就き、黒田氏を日銀総裁に指名して以降、1ドル=80円未満だったドル円レートは1ドル=120円前後になり、50%以上、ドル高・円安が進んだ。つまりわずか2年の間に、金融政策によって、日本企業の労働コストは外国企業に対して3分の1ほども押し下げられたことになる。
歴史的にみて、大幅な通貨下落は、デフレ傾向に終止符を打つきわめて効果的な手段だ。現在南欧諸国が抱えている問題の多くも、もし通貨切り下げができるのなら、すぐに片付くだろう。
日本の輸出はまだ活況を呈すにはいたっていないが、その一因は、東日本大震災後の原子力発電所の稼働停止によりエネルギー価格が大幅に上昇し、せっかくの円安効果の大半が打ち消されたためだ。さらに重要なことは、調査によれば、為替レート変動の半分が輸出価格に反映されるだけでも、3~5年を要するとされていることだ。というのも企業は、当面は為替の変動に伴う価格調整を行わずに済まそうとするからである。
だが、黒田総裁が円安を維持でき、引き締めを求める国内外からの圧力に屈しなければ、円安は早晩、輸出の追い風となり、日本企業に多大な恩恵をもたらす。その結果、日本は成長軌道に乗るであろう。それは、安倍首相にとって成功の可能性が最も高い道になるはずだ。
〈ポイント〉○日本政府の純債務水準は事前推計下回る○成長回復なら財政が改善し増税も可能に○日銀は国内外の圧力に屈せず円安維持を
David Weinstein 64年生まれ。ミシガン大博士。コロンビア大日本経済経営研究所副所長