社説:視点:米中関係 対立前提は短絡的だ=坂東賢治
毎日新聞 2015年07月12日 02時30分
安全保障法制をめぐる議論の前提として中国の台頭と米国の国力後退が挙げられる。米国の力が足りなくなる部分を日本など同盟国が補い、中国に対する抑止力を維持していこうという考え方だ。
それ自体が間違いだとは思わないが、安保法制を正当化するために米中の対立や中国の脅威を過度に強調していては冷静な議論にならない。米中関係の現状や将来像を慎重に分析することも重要だ。
6月にワシントンで開かれた米中の戦略・経済対話では南シナ海での中国の埋め立てやサイバー問題をめぐる対立に関心が集まったが、一方で安全保障や地球温暖化、環境保護、投資、金融など幅広い分野で約200の合意が達成された。
対立しているはずの南シナ海で中国が津波警報センターを作ることに米国が支持を表明。来年、中国が議長国となる主要20カ国・地域(G20)首脳会議で習近平(しゅう・きんぺい)政権の目玉政策である腐敗防止に向けた国際協力を進める方針も確認された。
9月に予定される習国家主席の訪米に向けた配慮もあるのだろうが、ケリー米国務長官は「長期的、包括的な課題について真剣な議論が行われた点でより建設的、生産的だった」と総括している。
もちろん、対立が解けたわけではない。米国内にも米中関係の行方に悲観的な見方は少なくない。ただ、対立を危機的な状況に高めないために戦略対話の場が存在し、機能していることも確かだ。
第1期オバマ政権で米国家安全保障会議のアジア上級部長を務めたジェフリー・ベーダー氏は最近、発表した論文で「中国を現在、あるいは将来の敵とみなすような戦略は我々や同盟国の安全保障には役に立たない」と指摘した。
中国からも「(米中関係の)確実性を増し、不安定さを減らすべきだ」「米国が不正確な情報で対中政策を判断しないように積極的に中国の意図や政策を説明すべきだ」(傅瑩(ふえい)・元外務次官)などと対立緩和に向けた自省の動きがある。
米中関係は複雑で重層的だ。中国の大国化で利害の衝突も地球規模に拡大している。しかし、米中の対立を過大視し、中国への警戒感を安保法制整備に利用しようとすれば、実態から離れた論議になる恐れがある。
上海株の暴落が世界に波及する時代だ。どの国も単独では平和、繁栄を維持できない。将来的には米中が平和共存の体制作りに動く事態もありうる。そこまで見据えた論議を望みたい。(論説委員)