オカルト
2008/日本 監督:白石晃士
「世の中には不思議なものなどないのだよ」というのは、京極夏彦による“百鬼夜行シリーズ”の主人公、中禅寺秋彦こと京極堂の決め台詞である。
対して、「世の中には不思議なものしかないのだよ」と言い放ったのは、京極堂の宿敵、堂島静軒だ。
僕は当シリーズの大ファンであり、京極堂を崇拝しているが、このセリフに関しては、どちらかといえば堂島に賛同せざるを得ない。いくら科学万能の時代とはいえ、宇宙開闢の謎はもちろん、地球の大半を占める海の底の現状や、摩擦のメカニズムに至るまで、万物のほとんどが解明されていないのが現実なのだ。
僕も子供の頃、岡山の田舎で体長1メートル近いカナブンに襲われた経験があるのだが、長い話になるので多くは語るまい。
やはり、科学的解明をとことん試みて、それでも分からなければ謎として認定する“当たり前”のスタンスが重要といえよう。何もしないで、“ある訳ないと否定する”、または“妄信する”といった行為ほど、発展のない愚行はあるまい。
という訳で本作は、雑誌『ムー』でお馴染みの超常現象をありったけ詰め込んだブッ飛びムービーである。
一応、例の如く拙文により解説していくが、もし不肖、小生を信じて頂けるのなら、本作に限ってはぜひ予備知識ナシでご覧頂きたい。もしかしたら内容に「なんじゃこりゃ!」と怒り出す人もいるかもしれないが、そこはそれ(笑)。ギャンブルとして試して頂けたら幸いである。

3年前、とある観光地で、女性2名が死亡し、男性1名が重傷を負う通り魔事件が発生。犯人はその場の断崖から飛び降り自殺を図るも、遺体は発見されなかった。そんな謎に包まれた事件の真相を探るべくドキュメンタリーを撮っていた映画監督、白石晃士は事件の生き残りである江野祥平(宇野詳平)に接触。インタビューを試みると、江野は「事件は“神のお導き”により起こされた必然であった」と意味不明の事柄を語りだし、さらに自分の周りでは日常的に超常現象が発生しているという。訝りながらも興味を抱いた白石は、江野に密着取材することを決意するのだが…。

もうはじめに断わっておくが、本作はモキュメンタリー、いわゆるフェイク・ドキュメンタリーである。リアル取材素材を編集した体をとった、レンタル向け心霊ビデオ定番のスタイルではあるが、侮るなかれ、本作はそんじょそこらのその手の作品が束になっても敵わない一大エンターテインメントになっている。

発端こそ、未解決殺人事件を題材にした生々しい犯罪ドキュメンタリーとして開幕するが、やがて関係者への取材を重ねる内に、UFO、ポルターガイスト、心霊映像、古代遺跡といった数々の怪現象が関わっている事実が発覚。物語は何処に向かうのか皆目見当がつかない、ごった煮のカオスと化し、観る者をグイグイ異世界の迷宮へといざなっていく。
フェイクと分かっていてもつい引き込まれる、これぞ、“オカルト”への根源的恐怖と好奇心をついた名プロットといえよう。

しかも、そこにネットカフェ難民、派遣労働、通り魔殺人、といった社会問題を組み込んでいるのだから、一筋縄にはいかない。今日性のあるリアルな肌触りが、「どうせヤラセだろ」と簡単には切り捨てられない効果を生んでいるのである。
それに同時に醸される憐れなユーモアが、これまた癖になる面白さ!絶妙なセンスに、思わず笑みがこぼれてしまう。

加えて、現実の人間として登場する“役者”陣の、ビビッドな存在感も特筆モノ!
出て来るキャラクター全てに血が通っており、もはや現実のドキュメンタリーにしか見えない。こうした芝居には、勘の良さやアドリブ能力をはじめとした特殊な才能が必要なのだが、その点、監督のキャスティング眼は完璧である。
特に世の中の底辺を彷徨うダメ人間、江野祥平に扮した宇野詳平が絶品中の絶品!腰が低いようで図々しく、酒が入ると強気になる胡散臭い男を大好演!一気に僕は彼の虜となった。
あと、映画監督、黒沢清が本人役で登場し、まさかの妙演を残しているのでお見逃しなく!

監督・脚本・編集を務めたのは、本人役で出演し、同時にカメラも回している白石晃士。
日本ホラー界を怒涛の勢いで席捲している新鋭である。ドラマ作品も手掛けている氏であるが、氏が本領を発揮するのは何といっても、このフェイク・ドキュメンタリーの分野といえよう。
監督の知名度を上げた初期作品『ノロイ』(05)から、『バチアタリ暴力人間』(10)、『超・悪人』(11)といった近作に至るまで問題作を連打。作品毎にクオリティ+下劣度は上昇しており、低予算を逆手にとってスケール感や娯楽感を生み出す超絶技巧もますます研きがかかっている。もはや当ジャンルで右に出る者はない第一人者と見なして過言ではあるまい。

海外では当ジャンルは、古くは『食人族』(83)、『スパイナル・タップ』(84)、『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』(99)、『REC/レック』(07)、『クローバーフィールド/HAKAISHA』(08)、『パラノーマル・アクティビティ』(09)と進化を遂げ、現在でも何気に隆盛を誇っているが、我が国の心霊フェイク・ドキュメンタリーもそうした作品群に勝るとも劣らないユニークな形式である。大いに誇って然るべきであろう。
ジャパニーズ・ホラーが受け入れられたのだから、いずれ世界を震撼させるジャパニーズ・フェイク・ドキュメンタリーを白石監督が生み出す日も、そう遠くはないかもしれない。

さて。
ネタバレになるので記さないが、本作のラストに至る驚愕の展開は、まさに圧巻の一言!陳腐な表現だが、観る者の想像を越えるとでもいおうか。商業映画ではまずありえないタブーに真っ正面から切り込んでいるのだから、さもありなん。この展開ひとつとっても、本作はいつ封印作品になってもおかしくはない。というか、普通に流通しているのが不思議なくらいである。そういう意味でも必見作といえよう。
個人的には、良く出来た脚本に大いに唸った。一見、脚本ナシで野放図に撮影されているように見えるが、さにあらず。裏では隅々まで緻密に計算し尽くされている。
実は本作、お手軽おバカの仮面をかぶった、実にハイレベルな職人芸作品なのだ。
笑撃、否、衝撃の“オチ”をぜひご体験あれ!



相木 悟/東京都
映画監督、脚本家を志し世に凄む日々。座右の銘は「世の人は我を何とも言わば言え。我が成す事は我のみぞ知る」。小生の拙文が、ほんの少しでも新たな可能性を開拓する手助けになれば、幸せで御座います。

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