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8・かしこまりましたわ、お姉さま
さて、無事に調合室とやらにたどり着けたわけだが。
「なんというか……うん」
室内の様相は、俺の想像していたよりも非常に優雅というか、もっと毒々しい中身を想像していたために、逆に拍子抜けだった。
もっと毒々しい材料とかが棚に並んでいるのを想像していたが、まったく違っていた。
木造の壁に、白く塗装された木の棚。その棚には、確かに毒々しい素材がビンにつめられて並んでいるものの、ちゃんとビンの表面にはラベルが貼ってあり、その中身を若干隠すようにしているため、パッと見てすぐに毒々しさを感じるような外見ではない。さらに綺麗に陳列されている。
室内は非常に整っていて、かつほのかな消毒液のような香りが漂っている。
そして、おそらく調合を行うためにあるのであろう机。その上にはフラスコや、おそらく加熱のためであろう、火種も用意されていた。重量を測る重りと秤。調合のための道具はそろっていると言える。
まぁなんで俺が道具がそろっていると言えるかってのは、やっぱりゲームでもこの道具を使って調合していたためで……
「リリィ、はやくしなさい。こうなったら早くわたくしが元に戻らないと、どんどんわたくしの評価が下がってしまいますわ!」
鞄から飛び出したサフィは、俺の身体をよじ登ると、なぜか俺の肩の上に位置取った。
「わかったよ。うるさいなぁもう。そもそも本当に薬ができるかどうか……」
「いいから作りなさい!」
やわらかいぬいぐるみの手で頬がぽかぽかと叩かれる。痛くはないが、あまり愉快でないのも確か。
まぁいいや。まずはさっさと作ってみよう。
「ええと、先生に言われた治癒薬より、まずはサフィを治す薬だよな」
材料はユニコーンの体毛に、B級反魔力物質、柔らかい石にポーション素材だ。で、材料を探し始めようとしたが。
「読めない……」
そうだ。俺はこの世界の文字を読むことができなかった。となると……
「リリィ、あなた読めないですの!?」
「だから問題にも答えられなかったんだよ」
「ならなんでこの世界の言葉を話せていますの!?」
「知らない。俺は俺の世界の言葉をしゃべっているつもりだ。で、読めないからサフィに頼みたい」
幸い、今サフィは俺の肩に乗っかっている。これならビンのラベルとかも見やすいだろう。
「仕方がありませんわ。必要な材料はなんだったかしら?」
「まずは……」
俺の言う素材を、サフィがどこにあるのか指示してくれた。
肩の上に載ったぬいぐるみが、丸っこい手でどこの棚か指差す……いや、指はなくなっているか。
そんな肩に乗っているサフィだが……すごくかわいい。人間的なかわいさではなく、ファンタジー的な意味でかわいい。
だってさ、猫を模したぬいぐるみが、動いて、それもしゃべっているんだ。かわいいに決まっている。
肩に乗られていても重くないし、なによりも面白いのは。
「きゃっ! リリィ、もっとゆっくり歩きなさい!」
たまに落ちそうになって、両手で俺の肩を挟んでなんとか落ちないようこらえるところだ。
……にしても、指がないってのに結構器用なものだと思う。なにせ、手は丸っこくなって物をまともにつかめないはずなのに、サフィは俺の足元から、必死に俺の肩まで両手両足を湯使ってよじ登ってくるのだから。
若干ケモノのようにつんととがった鼻、黒っぽい耳と尻尾。よく見たら、尻尾にはリボンがついている。
「かわいいな……」
「何かおっしゃいました?」
「いや、なんでもない」
なんでもない。なんでもないんだ。
あれ? おかしいな。ちょっと前まで俺、ぬいぐるみなんてまったく興味なかったのに、なんでこんなにぬいぐるみになったサフィをかわいいと感じているのだろう。
うーん、不思議だ。
「ユニコーンの体毛はその棚の中の箱のようですわ」
「了解」
「B級反魔法物質はその……」
と、そんなこんなで素材は全部集まった。驚いたのは、素材すべてが俺のやっていたゲームの中のものとまったく同じ外見をしていたことだ。
これ、本当に薬、もといポーションを作れるんじゃないか?
「さて、必要な道具はと」
「リリィ、あなたの腕前を見せていただきますわ」
俺の肩からぴょんと飛び降りたサフィ。飛び降りた先は、調合を行う机の上だ。
その机の上で走り回る猫のぬいぐるみ。ぱたぱたと走り回るぬいぐるみ。なんだろう、なんかそそるな。
ちなみに言い忘れていたが、ぬいぐるみは俺と同じ、この学園の制服のぬいぐるみバージョンを身に着けている。これはメイドが一晩で作ってくれたものだとか。
「なんだか周りが大きく見えますわ!」
「そりゃぁサフィが小さくなっているから」
「それより早く作りなさい! わたくしをはやく元に戻すのですわ!」
「はいはい、わかりましたよー、お姉さま」
お姉さま、なんて言葉は俺はいわば冗談で言ったつもりだった。
だがなぜかこの言葉を聴いたサフィが、動きを止めた。
「今……なんとおっしゃいました?」
「ん? えっと、そりゃあサフィが小さくなって……」
「そのあとですわ!」
な、なんでそんなに強い口調で言うんだ? 何も怒らせるようなことは言っていないはずなんだが……
「えっと……わかりましたよ、お姉さま……」
「……よ、ではありませんわ」
「は?」
「かしこまりましたわ、お姉さま、ですわ!」
いや、なんでそこに食いつくんだ!? ぬいぐるみの姿になっていてもその表情はよく見て取れるが、なにやら必死というか、真剣なまなざしだ。
仕方がない、別に減るものではないし、言ってやろう。
「かしこまりましたわ、お姉さま」
「もう一度、お姉さまといいなさい」
「えっと……お姉さま?」
「もっと大きな声で!」
「お姉さま!」
と、三回連続お姉さまと言ったわけだが、なぜかぬいぐるみは足を止め、両手を頬に当てて恍惚の表情を浮かべていた。
……俺、なんか変なことをしたか?
「わたくしがお姉さま……ずっと一人だったわたくしに……妹……」
「まぁいいや。とりあえず調合を始めるぞ。火が危ないから離れてろ」
恍惚とした表情のまま、なにかブツブツとつぶやいているサフィをよそに、俺は調合を始めた。
えーと、確かゲームでは、まずユニコーンの体毛とB級反魔法物質と一緒に火にかける……これでユニコーンの力の宿った粉末ができるはずだ。
ためしに机の上にある火種……よく見たらこれ、中学のときに理科で使っていたアルコールランプってやつじゃないか? 中学三年になったらガスバーナーになったが、そうなるまではアルコールランプを使っていた記憶がある。
話を戻して、このアルコールランプに火をつけて、二つの素材を加熱すること三分。
「本当にできたよ……」
小さな鉄製の皿の上に乗せて加熱したが、三分経った今、白く輝く粉末状になっている。
「次は、やわらかい石をポーション素材に漬ける……そうすることで、ポーション素材にやわらかい石が溶け込むはずだ」
少し大きな容器にやわらかい石とポーション素材を入れる。すぐにやわらかい石は溶け、ポーション素材である液体が輝き始めた。
「あとは簡単だ。加熱をしながらユニコーンの粉末と、輝くポーション素材を混ぜるだけだ」
加熱しながら、二つの素材をゆっくりと混ぜ合わせてゆく。そしてだんだんと粘りけをおび、白濁職に変色し……最後にフラスコに移せば。
「完成だ」
俺のゲーム内でそこそこ取引されていたアイテム、「アンチマジックポーション」の完成だ。
しかし色も外見も、まさにゲームの中のアイテムと一緒だな。
ふとサフィのほうを見ると、なぜか俺のほうを目を丸くしてみている。
「どうした?」
「驚きましたわ……今の調合レシピ、わたくしも一度も聞いたことがないものですわ。まさか、リリィが新しいポーションを!?」
「効果があるかどうかは試してみないとな」
ふと出来上がったポーションのにおいを嗅いで見る。意外にも、ほのかなハーブの香りがして、なかなか悪くないものだろ思う。
さて、早速。
「サフィ、覚悟しろよ」
「あら? それはどういう」
俺のやっていたゲームでは、ぬいぐるみ化するとポーションを飲めなくなる、というバッドステータスが付与された。おそらくこの様子だと、サフィも同じだろう。
でだ。そんなぬいぐるみ化したものにゲームではどうやってポーションを使っていたかと思うと。
方法は簡単。ぶっ掛ける。
「というわけで動くな」
「や、やめてくださいまし! そんな白くてネバネバしたものを……」
「かけないとダメなんだってば」
と、机の上から逃げようとするサフィ。俺はその脚を咄嗟に掴んだ。すると、サフィは机の上で盛大にこけた。
「きゃっ!」
サフィの足を完全に掴み、動けなくする。こうなってしまえばこっちのものだ。
「さぁ、動くなよ」
「嫌……嫌ああああ!」
ネバネバとした液体が、机の上のぬいぐるみにかかる。
「ひぃぃぃ! 気持ちが悪いですわ!」
「我慢しろって」
そのまま液体がぬいぐるみの全身を包み込み、染み渡ってゆく。
……
……
「何も起きないな」
「どういうことですの!?」
「いやだからさ、ゲームの中のレシピだから効果が本当にあるかなんて……!?」
その時だった。液体のかかったサフィの身体が、白く光り始めた。
「な、なんだ!?」
「わたくしの身体が……!」
白く輝くサフィの身体。その影がだんだんと大きくなってゆく。
耳が頭の上から消え、尻尾も引っ込む。大きさは数十センチから、瞬く間に俺と同じくらいの身長へ。そして。
「サフィ?」
「わ、わたくし……」
さらさらの金髪ロング。そして緑と赤のオッドアイ。
元に戻る際に、ぬいぐるみ用に衣服はやぶれてしまったのだろう。下着も、制服もなにも身に着けていない。
胸元は貧しく、肌は白い。体中にポーション、あの白い液体がついているが、間違いない。
そこには紛れもない、人間のサフィの姿があった。
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