平和の主人 血統の主人

(10-4)
平和の主人の最も本質となるみ言に迫ります。
どんな大先輩家庭であっても、お父様が分からなくなってしまう理由がここにあります。

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◆◆第14弾 (10-4)削除・・・逆理の摂理が明らかになる・・・お父様による顕進様献際・・・お父様の生き様が私の生き様になるように

本日のブログは前回の続きになります。


【 】は削除されたヶ所
原文は黒文字 解説は紺文字


↓ーーーーーー引用はじめ


(10-4)
【 ・・・ラマ教(=統一教会)では、夫(=お父様)が自分の妻(=お母様)をお客(=サタン側の天宙的カイン、金百文牧師、金補佐官・・、ここでは金補佐官)に譲り渡すのです。』 】


↑ーーーーーー引用おわり


上記の「妻を譲り渡す」という概念を、お父様が自分の為に第三者に対してこのような行動を起こした場合は、妻を売った、子女を売った、祝福家庭を売ったことになりますから、お父様はサタン以上のサタンになります。言語道断、絶対に許されるものではありません。


本日のテーマは、この「妻を譲り渡す」ということの原理的根拠を考察します。


↓ーーーーーーー本日のテーマはじめ


お父様が、(10-4)で
お客様に妻を譲り渡した」と語られたことは、前回のブログでその意義について説明しました。これはお父様が愛する者を怨讐に与えることを意味していますから、


この他に子女様を犠牲にする」こともあります。


更に、祝福家庭を犠牲にする」こともあります。


それでは、①②③の原理的観点を明らかにします。


そうすれば、お母様が、子女様が、祝福家庭がその時にどうすれば良いのかが見えてきます。


↑ーーーーーーー本日のテーマおわり



「お客様に妻を譲り渡した」ことの原理的根拠


これは原理講論《第三節 アブラハムの家庭を中心とする復帰摂理 (一)信仰基台 (2) 信仰基台を復帰するための条件物  ① アブラハムの象徴献祭 》にあります。


アブラハム路程はイエス様と再臨主が歩まなければならない典型路程になっていますから、お父様もアブラハム家庭が通過した路程を実体として通過することになります。


この様な実体として通過することをお父様はラマ教に喩えて、「夫(=お父様)が自分の妻(=お母様)をお客(=サタンの相対者・表示体、金百文牧師、ここでは金補佐官)に譲り渡すのです。」と語られました。


統一教会は遠い昔のアブラハムのことは抵抗なく受け入れてきたのですが、お父様が語られたみ言「「わたしの代わりに、わたし以上に愛しなさい」」に対しては、これまでの統一教会は社会的風評を心配して語られることなく奥の院に隠してきました。


このアブラハム家庭の典型路程とも言える摂理を「隠す」という行為はサタンの行為であり、お父様との不一致を意味しています。
そしてその不一致が原因でサタンの侵入を招く結果になり、これによって、中心家庭と祝福家庭の更なる受難の始まりになります。


しかしお父様は、平和の主人で「妻を譲り渡す」という表現で再び明らかにされましたが、平和の主人からこの文言がピンポイントで削除されてしまいました。この様な削除こそ、サタンが統一教会の奥深くに侵入していることを明確に顕しています。


これはパロディーではありません。


これによって再びサタンの侵入を招くことになりますから、中心家庭と祝福家庭の受難が更に加重されることになります。この「隠す」ことが今日の統一教会、そのグループ全体から見えてくる大混乱時代を招いている要因となっています。


再臨主が歩まれるアブラハム家庭の典型路程からも分かりますように、「譲り渡されたお母様」は再びお父様の元に帰ってこなければなりませんでした。


しかし、お母様がお父様とご成婚されてからお父様が聖和されるまでの52年になりますが、お父様の晩年に語られた訓読会のみ言を読んでいきますと、「真のと精子がお母様に定着していない」「絶対「性」の基準がお母様に立っていない」と幾度も厳しく語り続けられました。そして、「原理本体論」の講義も同じ意味を持っていましたが、二度と語られることがないように奥の院に隠されてしまいました。この様なことは平和の主人にも語られています。また、最近亨進様が語れている説教や神山先生の講話とも一致しています。


堕落の最も中心とした根幹が隠すという行為こそ、サタンの侵入を招いているのですが、更に重傷なことはそのこと事態を全く自覚していないことにあります。清平の1995年あたりから始まったサタンによる幽閉時代に突入したと言えます。


平和の主人の前半は圧倒的にお母様の「血筋問題」のことを語られています。その中から二つほど簡単に紹介します。


↓ーーーーーーー平和の主人の紹介はじめ


(1-4)


「天地(真の父と母)が分離して堕落することにも気づきませんでした。・・・・・(母が)堕落して変わったということを知らなければなりません。



(3-5)


【 「私(=妻)もあのように(=お父様のように)回ってやる」と思ったのですが、そのように回ることができないので、これを占領して回ろうとするのです。愛を中心とした血統問題です。 


相対がいなくなる時(お父様の前に原理的な妻として立たなくなるとき)には、いくら王でもいなくなる(聖和する)のです。


↑ーーーーーーー平和の主人の紹介おわり



お母様が通過された試練はこればかりではありませんでした。
上記の「妻を譲り渡す」という試練は計り知れない十字架であるにもかかわらず、同時に反対の立場になる「六マリア摂理」が重なるような試練として中心家庭に展開されることになります。これは堕落したエバがサタン側から神側に帰ってくる摂理であります。重要な本妻と妾が一つとなる摂理でした。


「六マリア摂理」はキリスト教を失うことによって起こった、再度蕩減する為に出てきた二次的摂理でありました。即ち、キリスト教の失敗によってメシヤをこの地上に誕生させる条件にサタンが侵入することになりましたから、もう一度やり直しの摂理が必要になりました。それがレアとラケル、タマル、エリサベツとマリアの全てが入ることになる、本妻と妾が恨まず、妬まずに一つになる摂理、それが「六マリア摂理」になります。


即ち、「真の種」を持ったアダムを生むエバを復帰する蕩減条件をもう一度立てるのが「六マリア摂理」だったのです。
たとえ「六マリア摂理」故に、国家から社会から断罪されるような死の道であろうと、本妻も妾もお父様と一つになって堂々と超えていかなければならなかった道です。


「六マリア摂理」の前にも重要な摂理がありました。それは、3弟子の祝福式です。この祝福式も国家的な試練の暴風が吹いた祝福式でした。その基台と基準が立った上でお父様とお母様のご成婚式がなされ、その基台の上で、その後の合同祝福結婚式が世界の前で行われるようになったのです。


このように、お父様がお母様を妻として迎えられる背景には蕩減すべきことが数多くありました。
お父様は神様の心情も原理原則も知り尽くされたお方ですが、お母様は人類を代表して、堕落したエバの蕩減として、逆理(第二次)の摂理なので全くみ言をお聞きにならない立場で、お父様から妻としてまともな扱いを受けたことがない中であっても、お父様に絶対信仰、絶対服従、絶対愛を貫いて真の母の位置を勝利しなければなりませんでした。


この様に、「お客様に妻を譲り渡す」ということの背景には、堕落によって失ったエバを兄弟の立場から始まって、堕落した時のエバを通過して、それから神様の懐に戻って来るという蕩減の道を歩まなければならなかった理由がありました。


「子女を犠牲にした」ことの原理的根拠


これは原理講論《第三節 アブラハムの家庭を中心とする復帰摂理 (一)信仰基台 (2) 信仰基台を復帰するための条件物  ② アブラハムのイサク献祭 》にあります。


アブラハムの象徴献際の失敗を蕩減復帰するために神様はアブハムにイサク献際を命じられました。これはお父様が子女様を犠牲にされることに摂理的につながりますから、子女様はお父様のイサク献際はご自身の献際であると捉える必要がありました。


即ち、お父様の命令に対して、たとえ、逆理のように見える命令にも絶対信仰、絶対服従、絶対愛を捧げなければなりませんでした。カインの子女である祝福家庭に対して絶対信仰、絶対服従、絶対愛を求められるお父様でしたから、当然アベルの子女様はそれ以上の基準が求められることになります。


逆理とは第一次摂理の失敗によって始まる第二次摂理のことを言っています。


カインアベルが一体化できない場合は、お父様の足場となる基台が喪失するばかりではなく、カインとアベル自身も受難の道を行かざるを得なくなります。カインアベルは数珠つなぎになっていますから、カインアベルの不一致がある限り、末端の信徒達にもその受難がやってくるようになります。


この様な観点からみます時、今日の混乱は単に金補佐官一人の問題ではありません。彼は私たちの心に内在している罪という問題に相対圏をつくり出して、不一致を導き出そうとする存在に過ぎません。
あくまでもサタンの相対者である金補佐官は、謀略を企てるだけで、初めから所有権を持っているわけではありません。


カインアベルが不一致して不平不満を持つことによってサタンの謀略にひっかかった為に、サタンは神様に所有権を主張するに過ぎないのです。そして、誰も彼もサタンの謀略にひっかかっているのです。ひっかからないのはお父様、たったお一人です。


自分の子女を悲しみもなく犠牲にする親が何処にいますでしょうか。カインアベルの不一致はお父様と言えども、どうしようもないのです。カインアベル自身が自ら統一の道を探るしかありません。


サタンが金補佐官と用いて、お母様を食べ、子女様を食べ、祝福家庭を食べて口を血で染めて満腹になっても、それでも満腹感はありません。ただ食い尽くしていくだけです。


しかしお父様はサタンを許し愛するが為に、サタンの全ての悪事を許すことに専念されて、サタンの相対者である金補佐官の申し出のままに、彼がお父様に何一つ警戒心を持つことがないように関係しました。
老練なサタン、金補佐官も成長して知恵深くなり、お父様の「闘わない戦法」を知り尽くしていますから、お父様は負けるが勝ちの戦略をとります。彼は百戦百勝のように見えます。しかし彼は勝つことが目的ではないのです。愛がほしいだけなのです。


(しかし、彼の食欲はお父様をも食い尽くしてしまいましたから、愛されるお父様はいなくなってしまいました。もう彼の力の源泉がおられなくなりましたから、これからは萎えるだけとなるでしょう。)


そして、子女様よりもお父様は自分を愛しているという実体の愛を欲しているサタンは、子女様に対してお父様が全く未練を持たないで犠牲にしていることを冷静にいつも確認しています。


この様にお父様に対してサタンが執拗なまでの疑う心で見ていたことが理解できますでしょうか。


事実は小説よりも奇なり!!蕩減の道は観念でもなく、パロディーでもありません。人間が持っている全ての理性と感情が総動員された、実体として存在する生々しい生き様です。
どんな哲学書であろうと、人生読本であろうと、この実体として展開される蕩減路程の前には色あせてしまいます。


例えば、顕進様の追放における爆破者宣言においても仕掛け人は金補佐官であることはお父様はご存知であったのですが、懺訴されるべき条件が子女様のカインアベルの不一致にあった為に、お父様はサタンの要求を受け入れざるを得なかったのです。
現在のブロガーの方達の中に、この様な原理的観点から考察しているブログは残念ながら見当たりません。


その為にお父様は「闘わない戦法」によって、顕進様の追放をサタン主導ではなく、お父様の主導とされる為に逆理のような方法ととらざるを得ませんでした。


理解できますでしょうか。


顕進様の人事をサタンの唾がついたものではなく、お父様によるものであるとしなければならなかったからです。それでは何故、お父様がアラスカで顕進様に対してUCIを持っていった「盗賊」と厳しく指摘されて、ビデオまで撮らせたのでしょうか。


これは後天時代から見えてくるギリギリの映像ですが、お父様がたったお一人で「闘わない戦法」でサタンに向き合っていたお父様だからできた、それが、アブラハムのイサク献際と同様のお父様による顕進様献際だったのです。


この時、顕進様が全てを捨てて信徒達の前には罪人のように見られることを恐れず、一端死んだ立場になって再び生きるという、お父様の懐に戻られれば新たな局面が展開された可能性があるのです。


それでは何故この様な逆理となる道をお父様も顕進様も行かなければならなかったのでしょうか。
それは「愛する者を犠牲にして怨讐を愛する」という、逆理の道を行かなければならないからです。


そして、顕進様が長子としての責任ある立場にあられるからです。理由の如何を問わず、カインアベルの不一致を長子の責任として判断されたからだと思います。顕進様が長子権を復帰したヤコブのように全てを捨ててお父様の懐に戻られたなら、亨進様、国進様との一体化の新たな局面が開かれたに違いありません。


顕進様、たったお一人だけでも、全てを失って死の前に立たれているお父様と一つになれば、亨進様、国進様との一体化の道が開いたに違いないのです。


お父様に命を捨てでもお父様のレガシーを相続して立ち上がった顕進様に対して、お父様がどれほどお喜びになられたことかはかり知れません。お父様が顕進様の手を取られて歩かれているお写真を見ると、お父様のご心情が伝わってきます。そのうえで、逆理の摂理を行かれるお父様と神様にとって、顕進様は聖別された供え物としてこれ以上尊い供え物はありませんでした。


そうすれば、束草事件と言われている偽霊界メッセージに端を発した、金補佐官(サタン)主導による亨進様の世界会長就任ではなく、お父様主導の亨進様世界会長就任式となったに違いありません。


これは(7-3)から理解できます。お父様主導における二代目の王権相続が成されれば、自動的に三代目の王権を顕進様が譲り受けることができたと、明確に過去形で語られてるのはその為です。


お父様はたったお一人で「闘わない戦法」をとられました。聖和される時にはお父様の基盤は全てサタンの所有するものになっていました。サタンから、奪われ、利用され、嘘をつかれ、騙され、唾を吐かれ、悪口を言われ、サタンのなすがままに、最も愚か者のように、闘いを放棄した弱者のように、弱点を握られた敗者のように、死刑宣告される被告人のように、最も惨めな姿でサタンの相対者・金補佐官の前に立たれていました。


この時の晩年のお父様の姿は、心の内を誰とも語ることができない、最も孤独な時をお過ごしになっておられました。この姿は、十字架に向かわれるイエス様と完全に重なるものがあります。神山先生の講話からも懐かしくお父様の姿が忍ばれ、不足な心情をお父様に馳せました。


せめて、顕進様が最も試練をお受けなられていた時、お父様のご心情を理解してお慰めできる立場にあられたと思います。
今、顕進様のご心情を思うと、切なくなります。お父様のご心情と完全に一体化できる環境を失ってしまったことを、顕進様は理解していると確信しています。だからこそ、今は何も語ることなく黙されているのだと思います。
これらの事情を知られて、顕進様が大きく心を痛めておられることを思うと切なくなります。



長くなりました。本日はここまでにします。



次回は
③「祝福家庭を犠牲にした」 ことの原理的根拠 です。

◆◆第13弾 (10-4)を何故、削除したのか??・・・食口必読・・・「妻をお客様に譲り渡して」とは・・・お父様はサタンの化身か・・・お父様の本質に迫る

いよいよ、平和の主人の最も本質となるみ言に迫ります。
どんな大先輩家庭であっても、お父様が分からなくなってしまう理由がここにあります。


もう一度(10-4)の原文を紹介します。


【 】は本から削除されているみ言です。このヶ所をピンポイントで削除したのは 、削除(を指示)した人間がサタンの遣いであることを最も証明しています。


↓ーーーーーー引用はじめ


(10-4)原文


『文総裁の家庭はなくならないので、血筋を中心として同族圏をつくるのです。



【 韓国とモンゴルは同じ種族です。モンゴルのラマ教(チベット仏教)が、どんな主義か知っていますか。 外部からお客が来ると、妻と関係して子を生むことを望む思想があります。


ラマ教では、夫が自分の妻をお客に譲り渡すのです。譲り渡して生んだ息子を自分の国の王に立てるという思想があるので、堕落していない伝統の血筋を中心として上がっていくのです。


アロンの芽の出た杖のように杖を挿しておき、そこから反対に大きくなれる既婚者の血筋でなければ、天に帰ることができないのです。 


↑ーーーーーー引用おわり



次に上記の原文に解説を入れます。


原文は黒文字、解説は青文字になります。
【 】は本から削除されているみ言です。


↓ーーーーーー解説はじめ
(10-4)


文総裁の家庭はなくならないので、(真の愛の)血筋を中心として同族圏をつくるのです。 


【 韓国(=天一国、復帰された韓国)とモンゴル(神様の救援摂理の中心となっている選民)は同じ種族(=第三イスラエル)です。


モンゴル(=選民)のラマ教(チベット仏教)(=統一教会の)が、どんな主義か知っていますか。


(※1)外部からお客(=サタン側の天宙的カイン、金百文牧師、金補佐官・・、ここでは金補佐官)が来ると、妻と関係して子を生むことを望む思想があります。


ラマ教(=統一教会)では、夫(=お父様)が自分の妻(=お母様)をお客(=サタン側の天宙的カイン、金百文牧師、金補佐官・・、ここでは金補佐官)に譲り渡すのです。

ーーーーーーーーーーー


〔ここで、(※1)を茶文字で解説します。〕


前々回のブログで紹介した二つのみ言をもう一度アップします。
(※1)と重なってくる内容ですので、ご確認ください。


① 七七七双聖酒式後の御言 (ユダ、皆さん、聖進様のお母様)
② 第3回 聖進様の母親 「七・八節」の御言 


次のみ言は、お父様が何故その様な道を行かれるのかについてのみ言が次のみ言です。
 後天時代の生活信仰  


③のみ言は神様には怨讐という概念すらないのですから、お父様はサタン圏に来られてどのような道を歩まれるのかについて語られています。
つまり、サタンが求めるものは無条件で何でも与え尽くすということです。お母様も、子女様も、祝福家庭も・・・、最も愛する者から順番に無条件で供え物になると言うことになります。


もちろん、他に対して犠牲を強いる時に、供え物になるべき人物(達)が不平を言って逃げ出したりしたら、お父様は次の供え物を捧げます。それでも不足ならご自身の命を惜しみなく捧げられる覚悟でおられることは、メシヤですから言うまでもないはずです。


その証明がお父様の自叙伝であり、最期となった聖和でした。


(もう私にはため息しかありません)


ーーーーーーーーーーー



((10-4)のつづきです。)


(※2)(恩讐を愛するために妻を)譲り渡して生んだ息子を自分(=メシヤ)の国の王に立てるという思想があるので、(お父様の)堕落していない伝統(サタンに勝利した条件)の血筋を中心として(長成期の完成級から完成期の期間を)上がっていくのです。


ーーーーーーーーーーー


〔ここで(※2)を茶文字で解説します。〕


皆さんは「お客様に妻を譲り渡して」という表現をどのように理解しますか。


お父様に対してサタン側に立つ天宙的カインが、お父様の奥様に対してちょっとでも奪おう(愛そう)としているなら、潔く自ら進んで差し出すということです。


いや、もう既にその前に差し出しているということがから分かります。
②→『先生も、聖進様の母親をそのような位置に立てようとしました。「どのような怨讐にでも会いなさい」と言うことができ、紹介してあげることができたのです。だからといって、そのように行動するのではありません。そのような心情圏を通過するということです。
自分の最愛の人が男性たちと仲良くしていても目をつむり、「神様がエバの喜びの日を迎えられることができなかったことを、自分の家庭において神様が喜びの日を持たれることによって、解いて越えていかなければならない」と考えた人なのです。何のことか、分かりますか?』


真の愛には無条件で惜しみなく与えるだけで、奪われるという概念がないということです。


天宙的カインとは昔はに登場する金百文牧師であり、平和の主人では金補佐官になります。


聖書にも同じ、惜しみなく与えるという概念があります。
それがマタイによる福音書5章38~48です。

「5:40 あなたを訴えて下着を取ろうとする者には、上着をも取らせなさい。
 5:41 だれかが、一ミリオン行くように強いるなら、一緒に二ミリオン行きなさい。」



上記「下着をとろうとする者には、上着をも与えなさい」という聖句は、(10-4)の「お客様に妻を譲り渡して」と同じ意味を持っています。


しかし、個人レベルの自己犠牲は称賛されるべきことでしょうが、これが夫婦間にも適用されることになると、驚天動地、私たち堕落人間には理解を超えてしまいます。


この概念をもって再臨時代の初期に現れたのが混婬派と言われるキリスト教でしたから、大いに参考になります。


(10-4)にある「お客様に妻を譲り渡して」というみ言が前述のとも整合性がとれて解読できたときが昨年11月でした。
あまりにもの驚きで、このみ言の前に数ヵ月間、立ちつくしてしまったというのはこの事だったのです。


皆さん、如何ですか。


神様の真の愛の概念が理解できましたでしょうか。(深いため息でしょう 。)


神様には敵とか怨讐という概念がない為に、「お客様」と呼んでいるのですね。堕落人間にはない概念、国語です。


「お客様に妻を譲り渡して」を堕落人間が自分の為に実行するとするなら、これはフリーセックス、混婬になってしまいます。


「お客様に妻を譲り渡して」という夫がいるとするなら、堕落世界の女性にはとても受け入れられる概念ではありません。上記のによると聖進様のお母様に対してお父様はそのような道を通過したと語られていますが、現在のお母様にもその様にされたと言うことが平和の主人で語られたのです。


お父様の「闘わない戦法」によるこの姿にこそ天国の概念(上記の)が見えてくるのですから驚きなのです。自分の妻を奪おう(愛そう)とする敵に敵対するな、受け入れて「お客様に妻を譲り渡して」しまうのです。


お父様は人情のない、愛情のないサタンなのでしょうか。妻ばかりではありません。お客様(サタン)が子女様をも奪おうとするなら与えるのです。祝福家庭をも奪おうとするなら与えるのです


もちろん、サタンと言えどもサタンが狙いをつけた人物に対して、信仰条件を失うように誘導することができても、無条件に強制的には奪うことができません。しかし、その人物が信仰条件を失うようになればサタンは一気に飲み込んでしまいます。


そして、捧げるものがなくなってしまって、お客様(サタン)が自分の命をも奪おうとするなら惜しみなく与えるのです。サタン世界で神様の愛を顕そうとするとこの様な反転した姿で顕れるのです。


だから・・・、どんな大先輩家庭であっても、お父様が分からなくなってしまう理由がここにあります。たとえ、イエス様の3弟子にあたるような大先輩家庭のお方であってもお父様が分からなくなってしまうのです。


もしお父様がサタンの愛で敵にこのような行動を起こした場合は、妻を売った、子女を売った、祝福家庭を売ったことになりますから、言語道断、絶対に許されるものではありません。


もしそうなら・・・、お父様はサタンの化身になります。



本日はここまで・・・。


次回は・・・、


お父様が神様の愛で「お客様に妻を譲った、子女を差し出した、祝福家庭を差し出した」とするなら、譲られたお母様、差し出された子女様、差し出された祝福家庭はどうすべきなのでしょうか。


そして、「お客様に妻を譲り渡して」という概念の目的となる動機は何処にあるのでしょうか。


これについて考察します。



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◆◆第12弾 (10-4)を何故、削除したのか??・・・この時期のお父様は「裸の王様」のようであった・・・お父様にとって死刑台に向かわれるような3年かでした・・・お父様の精誠の総仕上げとなる3年間・・・これを隠す為に削除した

今回のブログは少し長いですので、二日間でじっくりお読みください。明日はお休みします。


 この時期のお父様をたとえるなら、「裸の王様」が最もふさわしい姿でした。
統一教会に在籍している者から、誰からも理解されずに、お父様は天宙的摂理を一身に背負われてたったお一人で立っておられました。


今日、紹介するみ言は、幹部たちが封印してしまったがために、知らされていない信徒たちが読めば、「お父様が気が狂ってしまった」と思えるような、驚天動地の内容です。このような御言をお父様は何度も何度も語られています。しかし、信徒には全く知らされていませんでした。


復帰摂理の最も困難な道をお父様が通過されているゴルゴダの道につながる最期に至る三年、命の道を歩もうとする信徒なら、このみ言から絶対に目を背けてはなりません。


2009/10/29 訓読会 の御言


最初は原文です。


如何に難解であるか、お分かり頂けると思います。


↓ーーーーーーー引用はじめ


『全て記録しなさい。その仕事を始めるのです。


この本が何かといえば、平和の主人と血統の主人、このようになることのできる道を、祝福を受けて神様のアダム家庭を堕落せずに、17歳から結婚して28歳まで、32歳まで、王権伝授を受けることのできる準備をしていたならば、王権がそのときに伝授されなかったことが、数千万年の蕩減、神様として、結婚を経験して愛することを経験できなかったのです。


そうでしょう?育ててから17歳のときに堕落してしまったため、その神様の前に全て謀判となり、実体圏世界の一体になり、縦横の勝利の覇権基盤を磨いたため、真の父母の名前で皆さんの前にここに表彰される保証金を中心として、その補助の恩恵を受けた祝福家庭たちは先生の後ろについてきて、自身の生命全てを捧げて一体圏をなし、峠を越えなければならないという、このような宣布をしたので、そのためにはその決定的な狙いの実体が何かというと、平和の主人!


平和の主人がただ出てきたのではなく、今日、私たち自由世界で主張する、神様の自由平等平和、信仰から堕落して、自由世界で堕落したために、これを取り戻すためには歌が自由平等平和、自由の中には何がなければなりませんか?』


↑ーーーーーーー引用おわり



次は解説付きです。
《 》青文字が御言  赤文字は理解しやすくするために私の方で入れました。
  紫文字は解説です
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

↓ーーーーーー解説はじめ


《『全て記録しなさい。 その仕事(=「平和の主人、血統の主人」の解読)を始めるのです。


この本が何かといえば、平和の主人と血統の主人


このようになることのできる道を、祝福を受けて神様のアダム家庭(お父様に絶対信仰、絶対服従して蕩減して)堕落せずに(=堕落していない立場に立ってお母様が)、17歳から結婚して28歳まで、32歳まで(第二次七年路程最後の年、エバが堕落した長成期完成級を越えて)、王権伝授を受けることのできる準備をしていたならば、(王権は伝授されていたはずでした。)


(しかし、)王権がそのときに伝授されなかったことが、(今日まで)数千万年の蕩減(の道を歩んできたとしても)、神様として、(今なお)結婚を経験して愛することを経験できなかったのです。(その為に基元節まで延長されました。)



(ちょっとここで、茶文字で解説します。)
ーーーーーーーー
お母様が堕落したとここで語られていますが、私たちが言っている一般的な姦淫の堕落を言っていると言うよりは、サタン側に立ったことを堕落と言っていると捉えることが必要です。
もちろん、サタン側に立つと言うことの延長には姦淫という問題も起こる可能性を持っています。


あくまでもお母様は堕落人間の代表として選ばれたお方です。お母様の血統は元々サタンの血統圏です。しかし、六マリア摂理を韓国ではお父様の間違いとし、日本では作り話のでっち上げとして無かったこととしたが為に、お母様をお父様の完全相対として無縫の純白なベールをかけて純粋化してきました。


亨進様のお母様に対する説教もこの様な観点からして納得できる内容です。しかし、幹部たちはお母様がこの様な原理的立場を全く認めようとしませんから、現在の統一教会の信徒達はこの事実に全く気がついていないのです。教えても聞こうとしませんし、教える側に石が飛んできます。


お母様はお父様の花嫁になられて最初の三年間は他人の家に仮住まいの生活でした。お父様に対して絶対信仰、絶対服従の基準を立てるのに、たったお一人で、誰も教えてくれない、メシヤの花嫁という、女達の愛の戦争の真っ直中で、多くの蔑みと妬みの言葉を受ける中で過ごされたのですから、身も心も凍りつく心情を通過されたのだと思います。


ここで重要なことは、お母様や子女様はみ言を受けることができない中にあり、反面、信徒たちは溢れんばかりのみ言と愛を受けていましたから、その様なお母様に対して善の天使長の立場で、お母様がお父様に絶対信仰、絶対服従の基準を立てられるようにサポートしなければなりませんでした。


しかし、先輩家庭の信徒たちがその様な責任分担はなされることはありませんでした。
それどころか反対に、血統転換の核心となる六マリア摂理に対して信徒たちがとった行動は、六マリア摂理はお父様の間違いであって、お母様に間違いはないとしてしまいました。


この様な信徒たちの不信仰によって、み言と愛でお父様から防備されていないお母様を守る条件が失われてしまいました。


付け加えておきますが、16万人女性摂理もやはり同じ様な繰り返しになってしまいました。16万人女性摂理も上記同様であって、本妻と妾、レアとラケルという血統転換の核心をなす摂理でしたが、この基準の信仰をたてることができず、16万人摂理はサタンからの攻撃の防壁になってお母様と子女様を守ることができませんでした。


本来ならお父様から愛とみ言を溢れんばかりに受けていた私たちが善の天使長の使命を果たして、サタンからの攻撃の防壁になってお母様と子女様をお守りしなければなりませんでした。
これらのことからも分かりますように、成約時代は聖徒の責任分担時代ですから、聖徒の責任分担が果たされていないなかで、聖徒がお母様や子女様を攻撃することは原理的な立場ではありません。


今後、聖徒が成すべきことは、過去の不信仰の何が不信仰だったのか、一人一人が八大教本に添って自らの悔い改めてとして学び直す必要があると言えます。)


ーーーーーーーー
(み言に戻ります)


そうでしょう?


(真のアダムの花嫁として)育ててから17歳のときに堕落してしまったため、その神様の前に(これまで築いてきた覇権的勝利が)全て謀判(偽りの押印)となり(ました。)


(しかし、お父様が神様と)実体圏世界の一体になり、縦横(=天と地)の勝利の覇権基盤を(真のお母様がお父様と共に)磨いた(=蕩減条件を立てた)ため、(17歳の時、お母様が堕落したとしても)真の父母の名前で皆さんの前にここに表彰される(=公認される)保証金(=お父様が立てられた蕩減条件)を中心として(覇権の位置に立っているのです。)


その(お父様が立てられた蕩減条件の)補助の恩恵を受けた祝福家庭たちは先生の後ろについてきて、(祝福家庭一人一人が)自身の生命全てを捧げて(真の父母様と)一体圏をなし、(最後の完成期の長成級の)峠を越えなければならないという(ことです。


そして)、このような宣布をしたので、そのためにはその決定的な(最終的摂理の)狙いの実体が何かというと、平和の主人!平和の主人(=「平和の主人、血統の主人」にあります。) 


(「平和の主人、血統の主人」)がただ (目的もなく)出てきたのではなく、(50年、お父様が心に抱いてきた天倫の秘密を全て明らかにする為に出てきたのです。)  


今日、私たち自由世界(=アメリカ=責任が求められる統一教会)で主張する(=責任を果たして)、神様の自由平等平和〔(=責任を果たすべきお母様)自由は責任を果たすことを意味し、平等平和はエバ=お母様をあらわします〕(絶対信仰、絶対服従という)信仰から堕落して、自由世界(=責任が求められる統一教会)で堕落したために、


これを(=お母様の堕落を)取り戻すためには、(もう一度)歌が自由平等平和(=歌うときのようにお父様とお母様が完全一体となる責任を果たすこと)


(その為には)自由(=お母様の責任分担)の中には何がなければなりませんか?(お父様の真の愛が必要です。)』》


↑ーーーーーー解説終わり


この様なみ言を何度も何度も語られ続けましたが、誰も本気で聞く者がいませんでした、この事実をお父様がみんなに伝えたくて「原理本体論」を全世界に向かって語り続けましたが、今は完全にお蔵入りになって、「原理本体論」の一言も語ることすら禁じられてしまいました。


お父様は生前、「原理本体論」を伝えるにあたり、真の精子が定着できていないこと、新たな堕落はエバからであったことを必ず伝えるように指示されましたが、今まで長い間、六マリアはお父様の間違いであったとしていましたから、守られることはありませんでした。


この様な六マリアに砂をかけて隠したこと、また、あまりにも日本女性が幼くて本妻と妾の摂理を理解できませんでした。
さらには、「原理本体論」においても血統転換の核心を伝えることができなかったために、統一教会はいまなお、サタンの主管から抜け出せなくなっています。


結論です。


(10-4)がピンポイントで削除された理由は簡単です。


一つは、これを削除した人間、金補佐官はお父様が進めている摂理をよく理解しているからです。
天宙的カイン(7-2)であり、背後にサタンが付いていますから、当然と言えば当然のことです。


二つは、これが削除されないで、このみ言葉が白日にさらされるようになれば、これまでサタンが最も封印してきた六マリア摂理まで表に出てくることになるからです。


三つ目は、周囲から金補佐官を見つめれば、彼は中心家庭の中を自由に出入りしている特別な人間であるという信頼にヒビが入り、彼の真実の正体が暴かれてしますからです。



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