挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
やる気なし英雄譚 作者:津田彷徨

第1部 第1章 カーリン編

10/180

反乱

「それで規模はどの程度のものなのですか?」
 ユイは素早く思考を切り替えると、エルンストに向けて尋ねた。

「クレハ君の報告だと、人数は 五十名ほどらしい。中身は殆ど傭兵くずれのようだな。あとうちの軍のゴロツキ連中が引き抜かれているようだ。ただ問題は、風と炎の魔法士が 二名ほど混じっていると、この報告書では強調されているな。魔法士が急に雇えるとは思えんが、元々の伯爵の子飼いのものかな」
 エルンストは戦略部所属で、タリムの監視に当てられていたクレハの報告書を読み上げた。

「軍務長、ひとつお聞きしますが、クロセオン山脈の魔石工房は、山のどのあたりにありますか?」
 ユイは魔法士を含む構成に嫌な予感を感じ、矢継ぎ早に尋ねた。

「工房かね、あれは魔石がクロセオンの頂上あたりからしか出土しないからな。たしか完全な麓には作らずに、中腹のあたりに作られていたと思うが」
 ユイはその答えを聞くと、最悪の想定が思い描かれた。

「旦那、何を心配してんですか?」
「ええ、王都の近衛兵が三十騎も控えているんですよ。何も心配いらないと思いますが」
 クレイリーとカインスは、それぞれユイの懸念を不思議に感じていた。王都の近衛と言えば一騎で並の歩兵五騎に相当するとされている。たかだか傭兵混じりの五十人程度の兵員では、全く勝負にはならないと考えていたのである。

「クレイリー、タリムにとっての今回の反乱の成功条件はわかるかい?」
「そりゃあ、王女さんを殺害するか、人質にするあたりですかね」

 ユイはクレイリーの答えに一度頷き、補足した。
「そうだね。反乱と言っても、王国に対する反乱を起こすほどの力はタリム達には無い。だとすれば、彼らは最終的には帝国かアイエル共和国に亡命するしかないわけだ。そこまでうまくいって初めて彼らの勝利だと言えるわけだけど、当面の目標は王女の殺害か誘拐だろうね。では逆に王女たちにとっての、今回の反乱兵との戦闘における勝利条件はなんだい?」

「そりゃあ、奴らを全滅させるか、追い払うことでしょう」
 この質問に対しても、クレイリーはあっさり返答した。

「その通りだ。つまり近衛は王女を守りながら反乱兵全員を相手しなければならないが、反乱兵たちはただ王女だけを狙えば良い。これは大きなハンデだよ。そして何よりのハンデは、反乱兵たちが圧倒的に優位な状況で戦闘をしかけるだろうということだ」
 その場に居合わせたものは、お互いに答えを探すように顔を見合わせる。

「それは何かな、イスターツ君?」
 咳払いを一つして、エルンストがユイに問いただした。

「焼き討ちですよ。だから状況は一刻を争います。すぐカーリン全軍の出陣の準備を」




「どうやらここも当たりみたいね」
目の前に、両手を縛られ、放置された二名の工房職員が転がされていた。

 様々な生活や軍務上の動力源となる魔石の生産工房は、クロセオンの中腹にあたる木々の合間に立てられており、その魔石は本来カーリン市の専売品として王都等に売られるはずのものである。しかしながらユイたちの調査の資料によると、その半数近くがタリムたちの懐に流れ込んでいることが判明していた。

「エリーゼ様、そろそろ下山しませんか?」
「そうですね、では物証となる帳簿と、いくつかの横流しされた事を証明する伝票を確保したら、ここを下山しましょう」
 エリーゼは当初の目的が達成されたことに、満足気な笑みを浮かべていた。ただここで実際横流しが行われていることは、ユイの投げつけてきた資料の内容が、ほぼ事実であることが証明される。そのため事件の決着を喜ぶ反面、釈然としない抵抗感も感じてはいた。


 そうしてエリーゼのもとに、事件の物証が揃い、帰還の指示を出そうとした時である。突然、工房の外から近衛兵たちの慌てる声が聞こえてきた。

「山火事です!」
 工房の外から慌てて中に飛び込んできた近衛は、有らん限りの声で叫び、報告した。

「なんだと!」
 リュートは、報告を受けるやいなや、外に飛び出す。またエリーゼのそばに控えていたエインスは、工房の窓に向かい、周囲から火の手が押し寄せてくるのを確認した。

「間違いありません。火事です! すぐさま脱出の用意を」
 そうエインスは叫ぶと、すぐ周りの侍従に指示を出し、動揺するものを無理やり追い立てるようにし、一同を工房の外へ追い立てた。

 工房から飛び出したエリーゼが見たものは、工房の周囲を取り囲むように発生した、嵐のような炎の壁であった。

「脱出路はあるのか?」
「わかりません。いま護衛用に残した八名の近衛以外は、全て周囲の脱出ルートを探させています」
「よし、脱出ルートが確認出来次第、強行下山を行う」
 そうリュートが指示を出すと、返答した近衛も炎の弱い場所を探すため、駆け出していった。

 エリーゼは多少気の強い女性であったが、未だ十七歳の少女であり、周囲の壁のように燃え上がる炎の勢いに、完全に足がすくんでしまっていた。それを見たエインスは周りの状況を確認し、すぐさま小屋に戻ると、バケツいっぱいに水をくみ、王女の頭の上から水をぶっ掛けた。

「失礼、エリーゼ様。ですが、こんな時でも水も滴る良い女性でいらっしゃいますよ。では、覚悟はいいですか?」
 そのエインスの言葉に、エリーゼは我を取り戻すと、足は多少震えながらであるが、自らの足で歩くことができるようになった。

「ありがとう、エインス。あなたは良い男にならなくていいのかしら?」
 エインスに向けて軽口を叩いて、エリーゼは気を持ち直す。そして比較的冷静そうに見える近衛と異なり、動揺を隠し切れない侍従の者達を何度も励ましながら、脱出の準備を促した。

「報告します、麓に向かう下山ルートが、やや炎の勢いが弱いかと思われます。このルートから下山を試みるより他に方法はないでしょう」
 近衛の一人がそう報告した段階で、リュートはすぐエリーゼに向かい振り返った。

「報告のとおりです。今からこのまま麓に向かって駆け抜けて頂きます」
「わかりました。では隊長さんたちは?」
「もちろん我々も同行しますが、事は一刻を争います。近衛四名を先導にエリーゼ様とエインスは先に下山を試みてください。後衛としてあと四名の近衛を付けさせますので。では、今すぐ下山を!」
 リュートの声に屈強な近衛の兵士たちがエリーゼを取り囲んだ。

「わかりました。隊長、他の侍従たちをお願いします」
「お任せください。全員を無事に下山させるのが私の使命です。先発のエリーゼ様たちの部隊の後に続いて、順次下山を行いますのでご心配なく。とにかく炎がこれ以上強くなる前に行ってください」
 エリーゼはリュートの言葉に力強くうなずき、近衛に前後を護衛され、エインスに伴われながら、比較的足場の良い道を選びながら下山を開始した。

 その時、彼らはまだ気づいていなかった。その燃え盛る炎の裏側で、エリーゼの姿を追いかけている影が、存在することを。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ