挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
やる気なし英雄譚 作者:津田彷徨

第1部 第1章 カーリン編

9/180

事件の行方

「なんなの、あいつ」

 ユイ達が穀物庫を出て行くのを呆然と見送り、エリーゼは思わずつぶやいた。

「すいません、本当に失礼な言動があったこと思うのですが、あれでも僕の大事な先生で先輩なんです。どうか僕に免じてお許しいただけませんでしょうか」
 エインスはエリーゼの言動を非難の言葉と受け取り、すぐさま頭を下げた。そしてリュートも「どうか」という小さい声のみ発して頭を下げる。

 自分は間違っていないと思ってはいたが、エリーゼはさすがに気まずそうに二人に声をかけた。
「フン、まあいいわ、あんな木っ端軍人。あんなの相手に一々構っていられないしね。問題はこれね」
 エリーゼはさきほど投げつけられた紙束に再度目を通す。

「これが事実なら、ここの下級貴族の半数は処断できるわね。とはいえ、鵜呑みにするのもね」

 エリーゼは内容の詳細さと分量に、おそらくその資料の内容が事実であると確信していた。よくもこれだけのものを集めていたものだと感心さえする。
 しかし逆にこれだけのものを準備していながら、何も行動に移していなかったことと、先ほどの態度を踏まえて、感情的に相手を拒否する気持ちが生じてしまい、そのまま素直に認めることができなくなっていた。

「それで、今後どうされますか?」
 その葛藤が周囲に伝わったため、リュートは警備主任としての立場から、エリーゼに今後の方針を問いただした。

「そうね、とりあえず今日は一度カーリンへ戻りましょう。明日はクロセオン山脈への視察の予定だったから、あそこにある魔石工房を強行視察しましょう。この資料を見る限りでは、その工房も彼らが一枚噛んでいると書かれているしね」
「そうすると、ユイのやつの書いたその資料をお信じになられるということですか?」
「さあこれが本当に信用に足りるかはわからないわ。ただこれが正しいのかどうかも、明日の視察ではっきりするでしょう。もし明日の視察でこの内容が事実とわかったら、この資料を信じることにして、下衆どもを中央の裁判所送りにすることにしましょう」
 そうエリーゼが方針を定めると、リュートは一礼し、カーリンへ引き返すため部下に指示を飛ばした。

「ユイ・イスターツか。本当に嫌なやつね……」

 その王女が漏らしたつぶやきを聞き、エインスは片手で頭を抱え、深い溜息をついた。







「やっちゃった」

 苦笑いを浮かべながら、戦略部の部屋にて全員の前でユイはそう第一声を発した。

「このバカ上司が!」
 赤髪で魔法戦士用の軽装に身を包んだ長身女性が、ユイに向かって怒声を放つ。
「うう、ごめんなさい」
 昨日の王女護衛にて王女とトラブルを引き起こしたと聞き、一人で待機任務につかされていた戦略部所属のナーニャは激怒していた。

「ナーニャ落ち着けって。旦那も俺達の事を思ってだな」
 そう言ってカインスがとりなそうとしたが、ナーニャはカインスとクレイリーを見回すと、彼らをも罵倒した。

「あんたらもだよ、このハゲ腰巾着と無駄筋肉が!」
「「はい、すいません」」
 二人は異口同音に謝罪した。

「はぁ、しかしどうしよう。あんな大見得を切ってきちゃったけど。首かな。やっぱり首なのかな……」

 ユイ自身を罵倒されても彼は滅多なことでは怒ることはない。ただ部下を罵倒されると、たまに熱くなるのは彼の悪癖であった。クレイリー達にしてみれば、だからこそこの若い隊長を敬愛しているのだが、今回は最悪の結果を招いてしまった。

「なあ、カインス。お前の家って確か商人だったよな、店で賊が暴れてもすぐ取り押さえられる、優秀な警備員を雇う気はないか?」
「賊そのものの警備員がいる店なんて、そんな店には客が来ないですよ」
 そう言ってカインスはクレイリーに向かって豪快に笑った。クレイリーは、うーんと唸り、自分の将来設計を考え悩みだした。

 そんな二人は相手にしていられないとばかりに、ナーニャがユイの机の前に歩み寄ると、ユイに問いただした。

「隊長。こうなる前にタリムの首根っこを押さえることはできなかったのかい?」
「それは無理だね。情況証拠やある程度の物証も押さえていたけど、実際王都の司直に根回しして、初めて捕縛の辞令が出る。そう考えると、もう少し物証を抑えない限りはタリムまで辿りつけない可能性があった。部下やその他の下級貴族なんて、あっさり尻尾切りするだろうしね」

 三年前にユイがこの街に赴任して来て、行なっていたのは軍内部の調査であった。
 陸軍省のみの単独人事で運営されてきたカーリン軍であるが、内部の規律が緩みきっていた事によるユイの駐在派遣である。そこでカーリン軍トップのエルンストは、ユイに内部調査を依頼し、ユイは軍内部の調査の結果とし、タリム派の関与と腐敗を掴み、その物証を整えている最終段階であった。

「しかし、これで全ては姫さんの手柄にされちまうよ。私達はともかく、隊長にとっては中央に帰るせっかくのチャンスだったっていうのに」
 ナーニャはユイのことを思うと、少し悲しげな表情を浮かべた。冒険者崩れとして、この街で暴れていたところを、拾ってくれたのがユイであった。このやる気はないけど有能かつ寛容で、そして恩人であるこの上官を、中央へ帰してあげたいと彼女なりに考えていたのである。

「私はもう中央に戻る気はないよ。だから元々タリムたちに関する資料は、私の名前を介さず、自然な形で司法省に渡るよう準備していたのだからね。だって私はこの街が好きだし、私がいないと誰がこの問題児たちの面倒を見るんだい?」
「揉め事を起こしてきた、あんたがいうな!」
 言葉上、先ほどのように上官を咎める言葉を発したが、ナーニャの表情には笑みが浮かんでいた。

 その時、ドアが急に開けられ、フートを伴いエルンストが部屋に入ってきた。
「先に言っておくがイスターツ君、君の解任は無しだよ。おそらく君たちのことだからそんな話をしているところだと思うが、どちらにせよ、その前に一働きして貰わないといけなくなってね」
「何がありました?」
 ユイは普段にないエルンストの言葉に、最悪の事態が思い浮かんだ。

「タリムが私兵と傭兵を私邸に集めている……つまり反乱だよ」

 ユイは当たらないでほしい予想ばかりが当たると、思わず内心で神を呪った。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ