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やる気なし英雄譚 作者:津田彷徨

第1部 第1章 カーリン編

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決別

 視察二日目である翌日は、カーリン市内の視察ということで、市内各所の案内と説明に1日忙殺されたが、特に大きなトラブル無く過ぎていった。

 問題が起こったのは、視察三日目の郊外視察の際である。王女一行は郊外の農業現場を視察する予定であったが、市内を抜けた途端、急に予定を変更したのである。

「これはどういうことなのかしら?」

 エリーゼは租税代わりに収められる穀物庫内にて、管理担当官の前で仁王立ちしていた。

「いや、これはたまたま記載の間違いでして」
 担当官であるアスピール三等官は、王女の視線に耐えられず思わず下を向いて答えた。

「そうですか。では、租税にて徴収された穀物が半分も貯蔵されていないことは、たまたまで済むことなのね」
「いえ、そうではありませんが、何分すぐに原因がわかりませんので」
 担当官は予想外の王女の追求を前に、それ以上の言葉を発することができなくなってしまった。



 事の初めは、彼が穀物庫の詰所に出勤して、いつもの様に同僚とチェスを嗜んでいたのことである。突然入口のドアが勢い良く開けられたかと思うと、王女を含む一行が事務所内に飛び込んで来たのである。

「私も王家の一員としては、民の皆さんが納められたものを、実際にその目で確認してみたいの」

 そう切り出したエリーゼは、急に護衛の近衛にアスピール達を拘束させると、侍従たちに納税記録書を探させ、本人はそのまま穀物庫内へと足を進めていった。

 当初は何が起こったのかさえわからず、呆然としてしまったアスピール達であるが、取り押さえられ、納税記録書を探され始めた段階で、事の重大性に気づいた。

「お待ちください! この施設への訪問など私達にはなんの連絡もありません。これはどういう法的根拠を持っての訪問ですか?」
 アスピールは王女たちの行動を止めようと、必死に喚き、暴れたが、近衛たちの強靭な力の前には、為す術がなかった。
 そして侍従の一人がアスピールの机の引き出しから、納税記録書を見つけた時点で、彼は自らの運命の終わりを悟った。その後、記録書の内容と明らかに少ない穀物庫内の食料を照らし合わせて、エリーゼは笑みを浮かべながら、彼を見下ろすように尋ねたのである。

「エリーゼ様、一応記録書の内容と穀物の照会が全て終わりました。まぁ、見事に抜かれてますね、これ」
 なぜか事務作業をやらされるはめになったエインスは、笑いながら王女のもとに歩み寄った。
「ご苦労様。じゃあ、リュートさん、彼らを拘束してサムエル伯の元に帰りましょう」
「しかし本当に構わないのですか。私たちはあくまで視察の名目で訪れたはず。このようなことをしては、当地の行政担当者たちの反発が予想されますが」
 リュート自身も、このような予定は一切聞かされておらず、ただの視察の護衛と考えていたため、突然の出来事に未だ動揺を隠しきれなかった。

「反発は多少あるでしょうが、それを気にしては何もできませんでしょ」
「しかし」
 リュートは生来真面目であり、これまでもすべての任務を規則どおり完璧に行なってきたからこそ、ここまで早く昇進してきた男である。その彼にとって、このような王家の力を背景とする超法規的な監査は、心理的に受け入れることができなかった。

「そうね、じゃあ当地の関係者に意見を聞いてみましょうか。だれか外で待機しているイスターツさん達を呼んで来てくれるかしら」
 王女の言葉を受けて侍従の一人が慌てて建物外に向かい、説明なく建物内の査察から外され、外で待機させられ続けたユイ達を呼び込んできた。

「あらあら、また派手にやりましたね」
 ユイは周りの状況と、捉えられた行政官の姿を見て事情を察した。

「あら、もう少し驚きがあると思ったけど意外と冷静なのね?」
「まあ、予定を変更して、いきなり穀物庫を案内させられましたからね。多少何かあるとは思いますしね」
 そう言ってユイは苦笑いを浮かべると両腕を広げた。

「それで現地の軍務省の人間としてはどうされますか」
「どうするとは?」
「だからこの人達を牢に入れるとか、そのまま関係者の捜索に向かうとか、色々とすることがあるんじゃないの?」
 エリーゼはユイを挑発するかのように言ったが、当のユイは頭をかいてに困った顔を浮かべるだけであった。

「ああ、そうですね。とりあえず上官のエルンストに報告しますかね」
「旦那はいつも報告せずに動きますからね。エルンストの親父さんはホント苦労してるんですぜ」
 横に立つクレイリーにそう笑われ、ユイも「そうだよね」と受け答えをしながら、後ろに控えていたフートに指示を出した。フートは眠そうな顔で一礼し、報告のため外へ出て行った。

「報告するだけなの」
「ええ、そうですがなにか?」
 苦笑いを浮かべたまま、全く表情が変わらないユイに向かって、エリーゼは腹をたてると、ユイを睨みつけてきた。

「いい? そうやって型通りの仕事しかしないから、何時まで経っても、この土地の改革が進まないんじゃない!」
「そう言われましてもね。今の私の仕事は、案内と護衛ですからね。では、本当はあまり聞きたくはありませんが、あえて聞きます。あなたはこの程度の証拠で、タリム一派まで罪状として問えるとお考えですか? まあ、その正確なところは司法省に確認しないとなんとも言えませんがね」
 そう言って、ユイは困った表情を浮かべると頭を掻いた。

「ふん、所詮はお役所仕事しかしない左遷軍人の発想ね。この土地の腐敗した役人や下級貴族の綱紀を粛清する、まさに良い機会だとは思わないの?」
「エリーゼ様。約束破って、規則違反を暴くのを役人に要求するのは如何なものですかね? 私達の当地での仕事は、規則を守らせることであって、規則を破ることではないのです。そしてそれはたとえそれが犯罪者に対してもです。なのに当地の治安警備を担う軍の人間に、そのようなことを強要して、自分たちの片棒を担がせようとなさるのは、いくら王家でも感心しませんね」
 ユイはそう言って踵を返すと、建物の外へ向かおうとした。

 エリーゼはユイの思わぬ自分への非難めいた言動に立ち去ろうとするユイの背中を睨みつけた。そのエリーゼに向かってユイのそばにいたクレイリーがやや呆れ気味に声をかけた。
「無礼を承知で言いやすが、旦那が言われるとおりですぜ。まあ、王都のお偉いさん方は自分が法律だと思っていらっしゃるので、気にもしないんでしょうがね」
 そう皮肉げに言うと、護衛の近衛達は無礼だとばかりに跳びかかろうとした。それを感じ取ったエリーゼは彼らを片手で抑えた。
「そうだとしたら、そんな法律違反を放置し続けていた、まさにあなた達にも責任があるでしょ。人のことをどうこう言う前に、自分も給料分くらいは働いたら如何かしら? どうかしら、カーリンの昼行灯さん」

 ユイを馬鹿にする一言に、クレイリーばかりか、普段温厚なカインスまで思わず、王女に向かって一歩進み出る。それを見た護衛の近衛は慌てて王女の前に立ちふさがり、カインスとクレイリーを半包囲し、一種即発の状況が生まれた。

「なによ、山賊みたい野蛮人が! あなたたちなんかの護衛はいらないわ。さっさと引き払って!」

 そうエリーゼがクレイリーたちに向かって言葉を投げつけると、ユイは王女たちの方に向き直り、腰に備え付けていた筒を開けると、中に入っていた紙束を、王女に向かって放り投げた。

「そいつをあげるよ、王女さん。それがあれば、あんたのカーリンでの仕事はなくなるから、さっさと王都に帰って正義の政治家ごっこでもしてたらどうですか? あと給料分の働きは、そいつであると思いますので満足してください。では御下命に従って、私達は護衛から外させてもらいますね。お前ら帰るよ」

 そう言って、背中を向けてた上で、頭の上で手をひらひらさせ、建物から出て行くと、近衛に半包囲されていたクレイリーとカインスも慌てて後に続いた。


 その場に残されたエリーゼは、手元の紙面を目で追うと、大量のタリム派の人間の名前とその金の流れから、物資の動き、市職員に関する採用での口利き等の流れが、事細かに記載されていた。
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