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理由
その後、ユイは晩餐会場からオー・ド・ヴィを一本くすねると、酔っ払ったリュートに引き摺られ、伯爵家のビリヤード場へと連行された。
「ユイ、こいつで勝負しろ!」
「勝負しろと言われても、魔法士とビリヤードなんて勝負にならないよ……」
古くは王都で庶民に流行した遊びであるビリヤードであるが、現在の魔法文化全盛期にあって、その遊び方は旧来のものとは異なる。
以前は単純にボールを、キューと呼ばれるスティックで突く遊びであったが、近年は魔法にてボールにアクセントを加えることが、ルール上では認められており、魔法士でないものには、圧倒的に不利な遊びとなっている。そのため、近年では魔法使いのビリヤードを、マジックボールと別称されるようになり、旧来のものとは分けて扱われることも増えていた。
「お前が相手なら別に変わらないだろ。まぁ、いい。だったら何でなら勝負するんだ?」
「そうだな、魔法がかかわらない勝負ならいいかな」
負けず嫌いというわけではなかったが、ほとんどの魔法が使えないユイとしては、魔法の専門家に一方的に蹂躙されるのは、さすがに遠慮願いたかった。
そんな二人の横で、借りてきた猫のようにおとなしくしていたエインスが、ひょこっと顔を覗かせると、やや小さな声で二人に向かって提案をした。
「トランプなんていかがですか? あれなら魔法使わず遊べますし。それに三人でできますので、僕も参加することが出来ますから」
ユイとしては、エインスの提案したトランプならば、あまり厄介な事態にならないだろうと即断し、これに乗ることとした。
「私もトランプならいいかな。じゃあ、勝負を切り出したんだから、リュートがトランプを借りてきてくれないか?」
「フン、いいだろう。いいか、逃げるなよ」
そう鼻息ひとつ立てると、リュートはすっと踵を返し、手近な使用人を探すために部屋から出て行った。
リュートが部屋を出ると、エインスは改めてユイに声をかけた。
「改めてユイ先輩、お久しぶりです」
「ああ、三年ぶりだな。しかしまさかお前がカーリンに来るとは、夢にも思わなかったよ。来るなら来るで、連絡の一つでも寄越せばいいのに」
ユイは少し拗ねたような口調で後輩をからかうも、二人は再会を喜んだ。
「さすがに王家の機密視察の情報を漏らしちゃ、色々とマズイでしょ」
わかっていながら連絡をしろと言ってくるユイに向かい、エインスは笑みを浮かべて返答数日する。
「たしかにその通りだ。しかし、まさか王女同伴で来るとは思わなかったよ」
「実は以前から先輩の赴任地を一度見て見たかったんですが……まさか僕もこんな形で来ることになるとは思ってませんでしたよ」
「そうだろう。私がもしあのとんでもお姫様の同伴ならば、完全に胃を壊すところだけどな。しかし先ほどの演説にはしびれたよ」
エインスは先程の「あなた方が嫌いです」という王女の演説を思い出すと、複雑な表情を浮かべた。
「王女が変わり者であるのは、有名ですからね。何かやらかすだろうとは思ってはいたんですが、まさかあんなことを言い出すとは……」
「私の勘だが、ここに来る前に、彼らの下調べをしてきたということだろう。本当は今は動いてほしくないんだが……一体、彼女はどうしたいんだ?」
ユイはこの街で三年間過ごしながら気づき、そして調べてきた事実を思い起こすと、エインスに問いかけた。
「それはわかりません。ただ市長である伯爵は良い方のようですが、一部の方々は多少やりすぎてますからね。先輩がここへ飛ばされた三年前の段階から、既に話は軍内部にも漏れ聞こえていましたし、王家も懸念を持っていたようです。しかし王家の直轄地でないにもかかわらず、エリーゼ様がこのように動かれるのは、軍でも完全に予想外でした。とりあえず今回の僕の同行の役割は、エリーゼ様が起こす混乱を、できる範囲でうまく収めることだと思っています」
そう答えたエインスに対して、ユイは思わず笑いかけた。
「お前もちゃんと大公の後継者らしくなってるじゃないか。昔はあんなのだったのに」
「僕の性格を矯正した元凶は誰だと思っているんですか? それに僕も多少は軍に身を置いたわけですし、そりゃあ少しは成長もしますよ」
エインスはユイの子供扱いに、多少抗議の意味も含め、ユイの手に持ったオー・ド・ヴィを奪うと、コルクを開けて手近にあったグラスに移し、喉に流し込んだ。
「すまんすまん。階級もついに同じ六位に並ばれたし、いつまでも先生気分じゃいけないな。実際に来年辺りには追い越されてるかもしれないしね」
「まあ、僕には家庭の事情もありますから。たとえそうなったとしても、先輩が僕の先生であった事実は変わりませんよ。まあそれはそれとして、今回はその家庭の事情のおかげで無理を通せたので、父親には感謝はしています」
庶民出身のユイとは違い、エインスは王国の四大公の一人であるライン公爵の長子である。つまり将来はこの国を背負って立つ立場であった。そのため、通常の士官学校卒業者とは扱いや待遇が異なり、ユイが王都を離れた後は、ほぼ貴族専用の後方勤務部署に配属となっていた。
そんな中で、今回の王女の視察が急遽決まった際に、随員として魔法省の近衛を中心に人選が行われたものの、戦略省からも各省庁からのバランス人事という名目で人材を出すこととなった。その際に、大公の子息であるエインスに、この随員としての話が回って来ることとなり、エインスにとってはまさに願ったり叶ったりと、同行を快諾したのである。
「しかし、よくライン公が許可したな。こんな僻地への任務は、普通なら反対されるものじゃないか?」
「もちろん最初は反対されていましたよ。ですけど、姫様の同乗相手という話をしたら、『そうか、ならいい』と言ってそれっきりです。まぁ、あの人のことですからね。あわよくば姫とうちの息子がうまく行けば良い、なんていう助平心を出してるのかもしれませんがね」
「そんな方だったかな。私がお前の所に居た頃は、基本的には豪快で闊達だけど、根は真面目な方だと思っていたが」
ユイは士官学校入学前のエインスに家庭教師をしていたことを思い出すと、あの頃の懐かしい記憶が、いくつか蘇ってきた。
士官学校時代のユイは両親を亡くし、王国の奨学金のみで生活をしていた。生活に困っていたユイに対して、当時の士官学校の教官で、ユイを気に入っていたアーマッドが、家庭教師の仕事を持って来たのである。アーマッドはライン公の親戚筋に当たり、その家庭教師の相手というのがエインス当人であった。
実際にエインスは、若く緩いにもかかわらず、どことなく理知的なこの教師にとても良くなついた。一方、家庭教師の紹介を依頼したライン公としては、もっと実績豊かな人物を希望し、アーマッドに依頼したつもりであった。そのため、当時学生であったユイを当初はよく思っておらず、早々と解任するつもりであった。
しかし、エインスが彼になつく様子を見て、一ヶ月、二ヶ月と契約を延長し、気がつけばライン公当人が、誰よりもユイを気に入るようになってしまった。
結局、家庭教師はライン公によるユイへの援助の意味合いを帯び、エインスが士官学校一年生として入学しても、そのまま一年間は続けられ、ユイが戦略省に入省するまで家庭教師は継続された。
ユイの戦略省への入省に際しては、ライン公は今後エインスの下として仕えて欲しいと考えており、当初はライン家への士官をユイに薦めた。ただユイはこれ以上お世話になれないと固辞したのである。そうして当時のことを思い出すたびに、ユイは必ずライン家のこの父子には恩を返すと、その日から何度も心に誓っていた。
そんな記憶の中のエインスと、目の前の男を比べると、本当にたくましくなったとユイは感慨に浸り、エインスの右手に持ったグラスにオー・ド・ヴィを注ぎ入れると、彼に飲むよう促した。
「ありがとうございます。で、ですよ。うちの父親ですが、あのとおり変に生真面目だから、王女を落としてこい、なんて言い出すこともできないんです。まあ、その程度の野心が、あの人の身の丈にあっていいとは思いますし、いい所でもありますからね」
そう言ったところでエインスは、継がれたオー・ド・ヴィでゆっくりと喉を濡らす。
「まあ、多少の野心は若さの源なんじゃないか? 目標もなくのんべんだらりと老成しては、4大公としていかがなものだと思うしな」
「じゃあ、先輩は完全に老成していますね。なんで左遷人事になんかに乗るかな。そんなに王都が嫌だったですか?」
「そうだ、なぜ王都を出たんだ?」
その時、片手にトランプを握りしめたリュートは、ユイにつかつかと歩み寄った。そして右手に持つオー・ド・ヴィの瓶を奪うと、そのまま瓶ごと一気に飲み干した。
「あ〜あ、一本しかくすねて来れなかったのにな……」
「うるさい! それより質問に答えろ。なんで王都を出たんだ?」
ユイはリュートの剣幕に一つため息を吐き、彼に向き直った。
「リュート、周りは誰もいなかったかい?」
「ああ、確認してきた。間違いなくこの周りは俺たちだけだ」
リュートなりに、ユイの左遷が表向きの軍部における各省間の調整だけでなかったことには感づいていた。そして公にできない何かがあることを予測し、その話をさせるために彼を連れ出したのである。そのリュートの剣幕に、ユイはため息を吐いて覚悟を決めると、リュートとエインスを見回した後に、やや渋い顔をしながら話し始めた。
「コートマン三位を知っているかい?」
「コートマンと言うと、戦略省情報局局長だったコートマン三位のことですか」
エインスはメガネを掛け、いつも身なりの整った、官僚臭の漂う小男のことを思い出していた。
「ああ、そのコートマンだ」
「あの方のことは俺も知っている。魔法省の大規模演習にも必ず顔を出されていたからな。それでそのコートマン三位がどうした?」
「ああ、大した話じゃないんだが、クーデターを起こしかけていてね」
「なんだと!」
リュートは思わず目を見開き、空となったオー・ド・ヴィの瓶を落としてしまった。ユイはリュートの反応に一つ頷き、話を続けた。
「もともとケルム帝国に軍部の情報を横流しして小銭を稼ぐ、まあその程度の男だったんだがね。それをシャレム二位にバレて脅されたわけだ」
「シャレムと言うと、元戦略省次官殿じゃないか」
リュートは出て来た人物の名前に、思わずつばを飲んだ。
「シャレムはコートマンを動かして、当時の政敵を尽く排除しようとしたわけだ。そのリスト中に私の上司だったラインバーグ局長がいたのが、不幸の始まりでね」
当時ユイは戦略省戦略局にて対外戦略の立案を担当しており、主に情報部から入る情報を分析し、今後の軍事計画の立案に携わっていた。もちろん若手のユイにそんな計画自体の権限はなく、主な仕事は軍部各省の調整と外務省や内務省との調整が主な仕事であった。その時の戦略局のトップがラインバーグ三位である。
「ラインバーグ局長も多少後ろめたいところはあったけど、とてもいい人でね。私をよく可愛がってくれたんだ。まぁ、そのゴタゴタで色々あってね。追い詰められた彼らはクーデターを企画して、帝国にこの国を売ろうと画策したわけだ」
「ほんとですか、先輩?」
想像を超える話にエインスは思わずユイを見返した。ユイは彼の半信半疑の眼差しを見て、疑いたくなる気持ちはわからないでもないかなと思いながら、肯定の意味で軽く頷いた。
「ああ、残念ながらね。ともあれ、彼らの計画をなんとか未然に防ぐことができて、その後関係者を芋づる式に辿ることで、彼らの派閥を解体することには成功したんだ。だけど連中の恨みは正直私の想定を超えたものでね、不幸にも私にまで火の粉が飛んで来てしまったんだよ。そこで局長が、彼らの手の及ばない場所へと私を逃がすために、他省との合同企画の人事という形で、ここへ送り出してくださったというわけだ」
ユイの説明に、二人はやや凍りついた表情を浮かべた。しかし数人の軍首脳が突然左遷や退任させられるという出来事があったことを思い出したリュートは、ユイの話の信憑性を疑う気にはなれず、彼が間違いなく一枚噛んでいたと確信する。
「その事件に関して何もしなかった男に、そうそう火の粉が飛ぶとは思えんがな」
「まぁ、多少のいたずらと工作はしたけどね。それはそれとして、最終的にコートマンは帝国への内通が明るみになって、投獄されに至ったわけだ。もっとも事の発端のシャレム自体は、ギリギリまで尻尾を掴ませてくれなかったので、次官辞任だけで、未だに自分の領地でのうのうと生活しているけどね。ただ、これらの騒動の責任をとってラインバーグ局長が、閑職である士官学校の校長職へ左遷されてしまったのは、私の計算外だった。まあ後になって思うと、上司ともども二人で仲良く左遷されたということかな」
ユイは苦笑いを浮かべて、二人から視線を外し、天井を眺めた。その視線は天井の壁を超え、空へと向けられていた。
「それが真実としてだ、なぜ俺達に一言も言わなかった? 俺はお前のことは嫌いだが、アレックスのやつも含めて、俺はお前たちを今でもライバルだと思っている。それにエインスがお前がいなくなってから、どれだけ荒れていたか知らんのか?」
「リュート先輩、それは勘弁して下さいよ」
「ふん、ともかく俺から勝ち逃げして行ったんだ。今日はこいつできっちり借りを返させてもらうぞ」
そう言うと、リュートはにやりと笑みを浮かべ、トランプの箱をユイに向かって放り投げた。
その後、ユイがトランプで圧勝し、またリュートの逆鱗に触れたことは、この視察におけるエインスの新たな頭痛の種となった。
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