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やる気なし英雄譚 作者:津田彷徨

第1部 第1章 カーリン編

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晩餐会にて

 エリーゼ一行を迎えたユイは、彼女たちを案内するため、一行を先導し始めるも、その行軍は遅々として進まぬものであった。というのもユイやリュート達の心配をよそに、エリーゼは市内に馬車が入るやいなや、何度も馬車を止めては、街の建物を見学したり、彼女らの存在に驚く街の人々になんの気兼ねなく声をかけていったからである。また時には急に馬車を離れて裏通りに向かったり、露店に立ち寄ったりと、終始その自由な振る舞いに、同行したものたちは右往左往させられ続けた。

 そんな想定外の事情もあり、本来の予定より大幅に遅れてサムエル伯爵の別邸に到着すると、その頃には、エリーゼ本人を除き、護衛を始め侍従のものまで含めて、皆が皆疲れ果ててしまっていた。

 もちろんユイも例外ではなく、市内各所を突発的に案内させられ、次々と質問を投げかけてくる王女に気力と体力を奪われてしまい、伯爵亭に用意された部屋でさっさと寝てしまいたいと考えていた。しかし彼のそんな願望も虚しく、伯爵亭に到着したユイを待っていたのは、カーリン側の護衛責任者として王女一行を歓迎する晩餐会への参加義務であった。

 ユイとしてはまったく出席したくはなかったが、仕事上サボるわけにはいかず、ため息交じりに出席することを了承した。彼はただで夕食が食べれるという一点のみを理由に、自分を無理やり納得させると、部屋に荷物を置くなり会場へと向かう。そうしてユイが伯爵別邸の大広間に到着すると、中では普段お目にかかる事のない豪華な料理の数々が、所狭しと並べられていた。

 ユイは見知った顔を探そうと周りを見渡してみたが、会場には王女の護衛の近衛たちに加え、伯爵を筆頭とするカーリンのお偉方で溢れかえっており、早々と断念する。そしてとりあえず乾杯用のシャンパンを受け取ると、部屋の入口の壁にもたれかかり、会が始まるのを待つこととした。

「皆さん、おまたせしました」

 そう言いながら、純白のドレスに身を包み、その場にいる誰もが息を飲む可憐さを撒き散らすエリーゼが姿を見せたのは、シャンパンの気泡が見えにくくなり始めた頃であった。


 彼女の侍従たちと、父であるライン大公の代理であるエインスを脇に従えながら、奥に用意された壇上に上がると、会場は盛大な拍手に包まれた。

「皆さん、今日はこのような心尽くしの歓待をありがとうございます。また突然の訪問になりましたこと、お詫び申し上げます」
 そう言って、そっと頭を下げて一礼すると、突然エリーゼは表情を引き締めた。


「さて、私はこの街に来て間もないのですが、一つ確信したことがあります。それは私はあなた方が嫌いだということです」


 これまで和やかな歓迎モードであった室内が、予想だにしないその一言で凍りつくと、その瞬間に晩餐会場は突然時間が停止したかのように静寂に包まれる。そして誰もが次なる王女の一挙手一投足につばを飲んだ。

 その会場内の反応に、エリーゼは満足したかのような笑みを浮かべると、彼女の端正な唇は改めて火種をその場に解き放った。

「重ねて言いますが、私はあなた方が嫌いです。では、本日はこれにて失礼させて頂きます」

 そう言い切ると、他の誰にも真似できないような優雅な振る舞いで一礼する。そして微笑をたたえたまま、壇上から降りると、部屋を出て行くため、入り口へ向けて歩き出した。その場に居合わせた人々は、お互い顔を見合わせながらも、彼女の前から蜘蛛の子を散らすように道を開けると、エリーゼは開けた道を悠々と歩いて行く。

 そうして入口の手前まで来た時に、そばの壁にもたれかかったユイと視線が合った。エリーゼはそれまで凍ったような微笑を浮かべていたが、ユイに対して蔑むような笑みを浮かべ直すと、すぐさま視線を外してそのまま部屋から立ち去っていった。


 残された者たちは、あまりに突然のことに、なんら動きを見せることができなかった。しかし多少時間が経つにつれ、次第に凍ったような呪縛を解くきっかけを待望する空気が、その空間を包み出した。

 そして、その役目を担うものとして、その場に残された中で最高位と考えられる、サムエル伯爵と今回大公代理として姫の視察に同行したエインスに、人々の視線は集中した。

 予想外の出来事の動揺から最も早く立ち直ったサムエルは、エインスに向けて目配せをして促すと、エインスもやむを得ないという表情を浮かべ、サムエルの前に立ち一礼する。

「この度は身に余る御歓待ありがとうございます。姫は長旅にて少し疲れておりまして、改めて私より皆様方へお礼申し上げます」

「エインス大公代理、お気遣い痛み入ります。姫の真意はわかりませんが、我々に対するより良い領地経営を望むという姫からの叱咤と思い、今後も王国のために忠誠を尽くすつもりです」
 言葉には多少の動揺が残っていたものの、伯爵は王家からの何らかの介入の可能性等も考慮し、最大限の警戒を行って言葉を選んだ。

 エインスは、そのようなサムエルの意図を察知し、害意がないこと理解したようにアピールする。
「その言葉、我が父はもちろん、必ずや国王陛下にもお伝えいたします」
「かたじけない。では、長旅でお疲れの皆様、そしてカーリンの皆、今日は思う存分楽しんでいただき英気を養って頂きたい。では、遅ればせながらご唱和いただきたい。乾杯!」

 その瞬間、全ての者の口から、本来あるべき音より数トーン低い響きで乾杯が唱和された。




 晩餐会も時間が進み、皆にアルコールが入り始めると、次第に先ほどの王女の行為への非難の声が、漏れ聞こえるようになっていた。

「少し大事に育てられると、女でもやはり鼻というものは高くなるようですね」
「ふん、あんなガキのでしゃばりに、なぜ我々が付き合わねばならないのだ。そもそもサムエル伯が舐められているから、同じカーリンの我々までなめられるのだ!」
「タリム伯爵なら威厳を持って、このような視察など突っぱねたでしょうに」

 五十代半ばで小太りのタリム伯爵を中心とし、反伯爵の急先鋒であるタリム派の人々が、このような話題をあちこちに拡散するようになると、今回の護衛兵一同はもちろん、王都から赴任したユイも、その空間にいるのがだんだんと億劫になってきた。

 そろそろ給料分の義理は果たしただろうとユイは思い、手元のグラスを近くの執事に預ける。そして部屋を出ようと、入口に向けて足を踏み出した瞬間、突然後ろからその肩が掴まれた。

「少し顔を貸せ」

 そこにはすっかり出来上がり赤裸顔を浮かべるリュートと、リュートに首根っこを掴まれた哀れな大公代理の姿があった。
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