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ネットの海の渚にて

古池や蛙飛び込む水の音 ドボン

ミニマリストの姫

http://www.flickr.com/photos/24379591@N03/2499954109
photo by Jeff Power

ブログを書くという行為はボトルに手紙を入れて海へ放つことに似ている。

恥ずかしながら私のブログのタイトルは「ネットの海の渚にて」だ。
これはネットの海に向かって自分の思ったことや感じたことを文にしたためて、ボトルに詰めて放つというイメージからつけた名前だ。
こうやって説明するとなんだか気恥ずかしいからやっぱり忘れて欲しい。


ブログという媒体は誰が覗きに来るかまったくわからない。
不特定多数の目に曝されることと同義なのだが、それを根本的に理解していない人がちらほらいる。

最近のはてなでは「ミニマリスト」が喧しい。
撮影禁止のビックカメラの店内で悪ふざけ(に見える)したうえで、仕事にくたびれてマッサージ器を欲する人を「働き過ぎの社畜」と嘲ってみせた。
普段から褒め合いしかしない内輪へ向けた記事だったのだろうが、ブログは誰に読まれるかわかっていないからこうやって迂闊な記事を出すことになる。




本人は「ネタ」のつもりなのだろうが、結果としていろんな人の琴線に触れてしまってかなり手厳しいコメントがたくさんついた。
規模はそれほど大きくは無いものの一応「炎上」ということになるのだろうと思う。

自分の意図に反してネガティブなコメントが山ほどつくというのは、間違いなく原因がある。燃料がなければ火はつかない。


書いた文章がなぜそのような読まれ方をしたのかを分析するのが本来重要なのだが、なぜかあの界隈は「ネガコメハスルー教」を信奉しているので、批判や批評を全て「誹謗中傷ガー」と決めつける悪い癖を持っている。

内輪以外からの厳しい指摘は全て「攻撃」と変換して内にこもる。
そういう性質をあの界隈から感じるのだ。


普段だったらスルーしていたはずなのに、さすがに今回は姫が燃やされてしまったので、ナイト気取りの若者が「おっさんどもが若い娘に相手にしてもいらいたくて因縁付けてる」という謎の理論を振り上げて擁護の記事を上げて見たものの、きょうもえさんに一刀両断にされた。kyoumoe.hatenablog.com

きょうもえさんのこの記事が本当によくまとまっていて、あの界隈はありがちな「サークルの姫」をやっているだけだったというのがよくわかる。





その姫を「おっさん共から守ってあげる」と言って鼻息を荒くしている若者を見ていると、小汚いおっさん代表としてはなんだかとても胸が苦しくなって切ない気持ちになってくるのだ。