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再会と出会いと
ユイはクレイリー、カインス、フートを連れ、街の正門前で待機していた。
指定の時刻である正午を多少少々過ぎた頃、周囲の出入りの商人とは明らかに違う集団が、この街に向かって来るのが確認できた。その集団は三十騎ほどの騎馬兵が、一台の馬車の周囲を取り囲むようにしながら、ゆるやかに近づいて来る。
「旦那、あれが貴族様の馬車ですかい?」
「ばか、声が大きい。それと貴族じゃなく王家のだ」
ユイはクレイリーをたしなめると、その頃には先頭の護衛兵がユイたちの目の前まで近づいていたため、慌てて片膝を折って頭を垂らす。残りの三人も最初はそのまま突っ立ていたが、ユイが同じようにすることを指示すると、ぎこちないながらも、同じように姿勢をとった。
「旦那。実は以前サムエル伯爵の護衛の任務に、一度同行したことがあるんですが、こいつはサムエル伯爵のより一回り大きいですね」
クレイリーはユイにだけ聞こえるように、頭を下げたまま軽口をたたく。
正式な他国訪問等でなく、国内のお忍びの視察であるため、本来の王家仕様の馬車よりは地味なものを使用している。それでもなお、王家所有の馬車となると威風が違った。確かにサムエルはこの地方では、二本の指に挙げられる貴族ではあるが、王家と比べるのはいささか酷である。
ユイは頭を下げながらも、上目でその馬車を覗き見ると、あの馬車一台が自分の給料の何年分だろうかと、らちのあかないことが頭をよぎった。そんなくだらないことに思考が覆われているうちに、先ほどまでユイに向かって照りつけていた太陽の日差しが、急に遮られたことに気がつく。
ユイが思考を切り離して顔を上げると、彼の目の前には先ほどまで馬車の真横に控えていた隊長らしき人物が、馬上からユイを見下すように立ちはだかっており、唐突に声をかけてきた。
「現地の駐在武官が当地を案内すると聞いたが、よりによってお前か!」
隊長らしき人物はそう言い放つと、舌打ちを一つして馬上から地面に降り立つ。逆光のため、ユイは相手の顔を一瞬捉えることができず、その言動に当惑を覚えたが、その男の銀色の髪と聞き覚えのある声から、脳の中の懐かしい記憶を呼び起こされると、とっさに相手の名前を呼んだ。
「リュート! リュートじゃないか。久しぶりだな」
「ふん。近衛殿と呼べ。俺はこの護衛任務前に六位に昇進し、近衛の部隊長に就任したんだ」
士官学校を卒後六年で六位への昇進は、かなり早い昇進である。
通常の士官学校の卒業生は、卒業時に八位の身分から軍部へ入隊し、卒後四年で七位に、そして特に支障なく勤め上げれば卒後八年で六位へと昇格する規定となっている。
階級に関しては、ユイは三年で六位と異例の昇進を遂げている。しかしこれに関しては、地方への左遷や各省の綱引きという特殊な事情によるものであり、その後十年は昇進しないと言われていた。そのことから、実質は落ちこぼれと見る者が大多数であった。どちらにせよリュートが六位へ昇進したことは、彼が軍部のエリートコースを歩んでいることを示していた。その上、リュートの所属する近衛は魔法省の精鋭のみが配属される王家直轄の部隊であり、ユイは先任の六位であるが、一般的には近衛の方が格が高いとされていた。
「そっか良かったな、リュート。士官学校を出てお互い六年だけど、もう近衛の部隊長に昇格したのか」
「だから近衛殿だと言ってるだろ。それか今は護衛主任殿だ。お前はこんな地方に左遷された身だと立場をわきまえろ」
ユイのヘラヘラした笑顔に、神経を逆なでされ思わずリュートは声を荒げた。
「ははは、わかったよ、リュート」
しかしユイは昔からリュートは尖っているからなと、気にもかけず笑いかけた。それがリュートを刺激し一層大きな声を上げる。
「だからお前は!」
「何を騒いでいるのですか?」
リュートの苛立ちが周囲に響いた瞬間、透き通るような声が馬車内から届くと、リュートはハッとした顔で馬車へ向き直る。そのタイミングで馬車の重厚な扉が開き、白いドレスに身を包んだ少女が降りて来た。
ユイはその姿に思わず視線を吸い寄せられた。確かにその少女は細身で白く美しい女性であった。しかし何よりも、その少女の瞳はまるで輝きを放っているかのように、強い活力に満ちあふれていたからである。
「こ、これはエリーゼ様。申し訳ありません。この駐在武官が礼儀を知りませんもので」
「確か同期生なんでしょ、士官学校の。ここに来る道すがら、馬車の中でエインスから聞いたわ。たしかここの戦略部の部隊長さんが学年次席で、魔法科所属だったあなたが三席だったのよね」
「エインス?」「エインス!」
二人の異なった呼びかけに答えるように、馬車から金髪碧眼の美青年が、罰の悪そうに顔を覗かせた。
「えっと、どうも先輩方。というか姫様、先輩たちは昔から仲が悪いんですから、勘弁して下さいよ。そういったこと言わないという約束だから、内緒でお話ししたんじゃないですか」
「あら、そうだったかしら。まあいいじゃない。お二人さんも私に免じて、エインスを許してやってくださいね」
エリーゼは整った顔に無邪気な笑みを浮かべ、舌を控えめに前に突き出した。それを目にすると、リュートはここに来るまで、散々苦労したのか、怒気が消え、肩を落としてしまった。
「だから姫様、勘弁してくださいよ」
エインスが、この後のリュートからの説教を恐れて、言い訳を連ねる。しかしエリーゼはエインスの言葉に目もくれず、そのまま馬車の元から歩き出した。
周囲の動揺をよそに、彼女はユイの元へ真っ直ぐ歩み寄ると、片膝をついて頭を垂れるユイに対し片手を差し出した。
「あなたがイスターツ部隊長さんね。私がエリーゼ・フォン・エルトブートです。この度はよろしくお願いしますね」
「はい、こちらこそよろしくお願いします。エリーゼ様」
ユイはその細く白い手を左手でそっと取り、恭しく一礼した。
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