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やる気なし英雄譚 作者:津田彷徨

第1部 第1章 カーリン編

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戦略部

「それで旦那。エルンストのおやっさんは、一体何の用でしたか?」
 市庁舎内の戦略部の部屋に戻ると、時間通りに出勤していたクレイリーが、ユイに向かって興味深そうに尋ねてきた。

 クレイリーはユイがカーリンへ赴任して、最初に付けられた部下であった。見た目は盗賊や山賊の一味のような人相ではあるが、歴とした元陸軍省の現地採用兵である。
 彼は元々市内外の情報を収集し、エルンストに報告する役目を担っていた。それ故、王都からやってくる人物の下に信頼出来る部下を配置したいという計算も有り、戦略部に配属される事となったのである。

 クレイリー自身は、この自分より十歳も若くそして緩い性格をした上官を好んでいた。そして単独行動が中心の戦略部の中でも、比較的ユイと行動を共にすることが多く、ユイもその能力には全面的に信頼を置いていた。

「もう聞いたのか。相変わらず噂を聞きつけるのが早いな」
 ユイはそう言いながら、六つある机のうち最も奥に位置する机の上へと直接腰掛けると、クレイリーへと向き直る。


「へえ。まあ、普段なら昼過ぎから出勤する旦那が、こんな早朝に出勤したと話題になってやしてね。そうしたら市長も来ていると言うじゃないですか。そりゃあ、色々勘ぐって話する奴もでてきますぜ」
「なるほどね」

 たしかに普段から出勤が遅いのは、言い訳できない事実である。しかしユイにしても、たまに時間通り出勤したからといって、騒がれるとは流石に不本意であり、ため息と共に俯いてしまう。しかしすぐに今は先ほどのエルンストの話を検討することが優先だと考え直すと、首を左右に振って思考を切り替えた。そうして視線を上げたところで、話を聞きたいという言葉が滲み出ているクレイリーの視線にぶつかり、苦笑いをひとつ浮かべ説明を始めた。

「要するにだな、エルトブートさんという貴婦人に、この土地の観光案内をしてくれという話さ」
「エルトブートさんですか。旦那も女性の観光案内なら、いい仕事じゃないですか。それで、そのエルトブートさんって方は、お若いんですか。えっ、あれ、エルト……ブートですか」

「ああ、エリーゼ・フォン・エルトブートさんだ。確かまだ十七歳だったかな」
「ええ、マジであのエルトブートですか!」
 クレイリーが目を見開き、語調が強くなるのを見て取って、ユイはひとつ頷いてみせた。

「ああ、第一王女だそうだ。地方都市の視察だな。ま、適当に観光地の案内をすれば、おそらく満足して帰ってくれるだろ」
「観光案内ですか。しかしなんでまた旦那が?」

「さあな。たぶん王都に長いこと居たから、多少の礼儀作法でも期待されているんだろう」
「なるほどね、旦那も貧乏くじを引かされたわけだ」
 クレイリーは苦笑いを浮かべ、ユイはそれを見て頭を二度掻いた。

「そうだね、当たらずとも遠からずといったところかな」
 苦笑いを返して答えると、そのタイミングで戦略部の木製のドアが無造作に開き、でかい弓を手にした筋骨隆々の大男が入ってくる。さらにその影に隠れて抜き身の刀を肩に乗せた蒼髪の女性が、目が半開きのまま、後ろから続くように入ってきた。

「カインス、弓は外に立てかけて市庁舎内に持って入るなと言っただろ。というかフートの剣は論外だ、せめて鞘に収めろ!」

 ユイは以前から幾ら言っても素行の直らない二人に絶望し、机に直接腰掛けたまま、前のめりに突っ伏した。

「あ、隊長おはようございます。しかしこんな時間に出勤とは珍しいですね。おっと、クレイリーの兄貴も来てたんですね」
 大きな声でニコニコと入ってきたカインスと、抜き身の剣を鞘に収めることなくそのまま壁に立てかけたフートをみて、ユイは頭を二度掻いて、諦めのため息を付いた。

「おい、お前ら。今日から数日は護衛の仕事だそうだ。旦那の前では別にいいが、護衛対象の前では、多少の礼儀とかマナーとかいうものを見せろよ!」
「まて、なんで私の前ではいいんだ?」

 ユイはすでに彼らのマナーなどとっくに諦めていたが、一応抗議の声を上げるだけは上げてみる。そしてこれからのことを考えるために目をつむると、今後の予定と人員の配置を考え始めた。
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