社説:川内核燃料装着 住民避難は置き去りか

毎日新聞 2015年07月09日 02時30分

 九州電力は、川内原発1号機(鹿児島県薩摩川内市)の原子炉に核燃料を装着する作業を始めた。8月中旬の再稼働を目指している。川内原発は原子力規制委員会の安全審査に合格しており、新規制基準に基づく初の原発再稼働に向け、手続きは最終段階に入ったことになる。

 だが、再稼働が目前に迫りつつあるにもかかわらず、事故に備えた避難計画は不十分な状態で置き去りにされている。政府は川内原発をひな型に、原発の再稼働を順次推し進める考えだが、こうした課題を積み残したまま、原発回帰に踏み出すことには大きな疑問がある。

 政府は昨年9月、鹿児島県と川内原発30キロ圏内の9市町の避難計画を「具体的かつ合理的」として了承した。ところが、それから約10カ月を経ても、事故への備えが整ったとは言い難い状況にある。

 策定された計画を円滑に進めるには住民参加の訓練が不可欠だが、県や関係自治体はまだ実施していない。県は、再稼働前は九電の態勢に余裕がなく、十分な協力が得にくいことを理由に挙げるが、再稼働よりも訓練を優先するのは当然だ。

 事故時の甲状腺被ばくを低減するため、原発5キロ圏の住民には安定ヨウ素剤を事前配布する。使用方法などに関する説明会への住民参加が停滞し、配布率は7割にとどまる。避難した住民の放射能汚染状況をチェックし、除染する場所をどこに設けるかも決まっていない。

 県は先月、県バス協会などと事故時の緊急輸送協定を締結した。ただし、放射能が大量に漏れ出る事故が起きた場合、バス事業者にどこまで協力を求められるか不透明だ。「本当に事故が起これば自衛隊頼みだ」と漏らす県幹部もいるという。

 九電は川内原発の再稼働に際し、県と薩摩川内市から同意を得た。他の自治体から同意を得る義務はないものの、県内外の自治体の議会で九電に住民説明会の開催を求める動きが広がっている。九電は応じていないが、住民の不安を受け止め、再稼働前に説明会を開くべきだ。

 私たちは、避難計画を含めた原発の安全性確保を前提に、最小限の再稼働は否定しないものの、できるだけ早く原発ゼロを実現する道筋を描くよう求めてきた。一方、政府が近く正式決定する2030年の電源構成で、原発比率は「20〜22%」とされた。この目標は、経済産業省の審議会で話し合われたが、国民の間で論議を深めた結果ではない。

 どんなに対策を強化しても事故のリスクはゼロにならない。脱原発依存の道筋を示さず、国民の懸念にも向き合わずに、再稼働を進める政府の姿勢は容認できない。

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