現象面から見るいまの中国市場の混乱は、多くの経済メディアが盛んに書き立てている通り大変な状況に陥っており、株式市場を通じての銘柄そのものの売買停止や、報告が義務付けられている上場銘柄の株式の大量保有者に半年間の売却を禁じるなど、市場の混乱を抑えようと当局が躍起になっている姿ばかりが見受けられます。
まがりなりにも90年代から中国経済と係わり合いを持ってきた身としては、いつか中国がこのような問題をやらかすだろうとは思いつつも、中国共産党の懐の深さ、人材の豊富さが中国の金融政策のダイナミズムをうまく制御しているように見えてもいました。いわば「共産党員が資本主義を操縦している」にもかかわらず、そのお手並みは実に見事であって、シャドーバンキングが表面化し始めた2004年や、流行病であったSARS禍、リーマン・ショックといった事変の後の速やかな立ち直りはむしろ驚嘆に値するほど素晴らしい手腕であると感じられました。
私事ながら、私自身は2006年から07年までに、中国上海、深センでの事業の将来性に不安を感じ、大幅に規模を縮小しました。わずかに残した不動産を残余の不動産管理の部門を現地にいる法人との合弁会社に移管し、また英蘭系の金融会社経由でわずかな取引を残すのみの状態です。
中国市場から撤収した動機は単純に他の新興国への投資のほうが利幅が多く稼げるからであって、いまなお中国で頑張っておられる日本系企業ほか中国にとっての外資系企業は中国国内市場の大きさに魅力を感じていたり、中国市場も睨みつつ中間財を扱い、アメリカやオーストラリア、南米、EUといった消費地に輸出する事業に従事されています。我が国の貿易相手国としての中国の役割が大きいという直接の意味のほかに、これらの外-外、つまり日本資本下にある中国現地法人からその他市場への輸出による儲けが日本の経常収支のそれなりの部分を支えているということは良く踏まえておく必要はあるでしょう。つまり、中国経済の変調は、ただちに日本経済の行く末にも大きな悪い影響を及ぼす可能性が高く、また回避不能であるということです。
私達のように、事業性よりも市場の成長性といった相場を見て中国経済を判断している業種からしますと中国本土にある銀行にお金を預けること自体がリスクを孕みます。まず中国の銀行運営は仮に外資系であったとしても信用できない場合があり、中国の政策如何で突然海外送金が禁止されてしまったり、ファンドや法人に対する税制が変更になるリスクを拭い去れません。
日本人の中国経済に関わる知恵として、日本人だけでファンドを組まず、必ずアメリカ人やドイツ人、ロシア人とご一緒するであるとか、投資の元金になる口座は必ず香港に置いておいて、中国投資をする場合にはこれを担保にして中国本土の銀行から金を借り、いつ政策がおかしくなっても香港と本土の銀行間での取引上の問題になるよう仕組みを構築するとかいう技巧が求められます。つまり、理不尽に資金を凍結されたときに、政策上の問題で資産が不当に拘束されたのは中国当局のせいだ、といつでも言える体制にしておくことで資産を保全することができるということです。
逆に言えば、日本の外務省は中国政府なみに信用できません。中国本土で理由なく資本が差し押さえられたので現地の領事館に泣きついたところで日本の役所は何もしてくれない、何もできないことがほとんどです。結局は、現地で中国人弁護士を立て、不利な司法で戦い抜いて、稀にしか勝てない裁判を経るしか方法がありません。それならば、より中国政府や金融当局、地方政府に強硬な態度をとることのできる米独露といったコワモテでちゃんと対応してくれるような人たちをバックにつけない限りいつでも酷い取引を押し付けられることになるからです。
そういう不利でどうしようもない市場である中国に何故投資をするのかといえば、そのリスクを承知で踏み込んでいってもなお儲かる可能性があるからです。国際金融をある程度やっている人には当たり前のことですが、新興国に対する投資は、野蛮な政府、不可解なことをやる当局、無能な現地法人といった幾つもの障害がある以上に利益率が良いと見込んで投資するのです。ベトナムもラオスもミャンマーもカンボジアも、いまでこそそこそこ日本人を見るようになりましたが、参入した当初は見た目のインフラが整わない以上に常識も理屈も通じない現地政府の人たちとの接触を繰り返して、相互理解し、お互いきちんと儲けてしっかり発展しようと握手をし、酒を飲み交わしてようやく前に進む話ばかりです。日本でこんなビジネスをしたら単純に贈賄以外の何者でもないことでも、投資をするからには現地の人たちのやり方を知り、愛されなければならないということです。
これは新興国を笑う話ではなくて、かつての日本だって戦後初期はそうだったということです。田中角栄さんや自民党の55年体制といったいろんな仕組みがありましたが、経済成長というのはどこもだいたい似たような経路を踏むものです。
今回の中国の場合は、そういう途上国、新興国経済特有の、地域のボス、政府の権力者が振り回す経済から、徐々に発展を遂げて、世界貿易体制の一角としての中国、世界金融市場での存在感を大きく示す中国となったわけです。要は、もう新興国のようなボス政治で金を包めば利権を分け合える社会から脱却しなければなりません。しかしながら、いまの習近平国家主席が目指している反腐敗運動は過渡期であり将来の中国に絶対に必要なこととはいえ、豊かになると共に多くの蓄財をした中国共産党の要職にいた先人を見たいまの担当者が「俺だってああいう風に儲けたい」と思うのが人情です。中国は2012年ごろから不動産バブルの崩壊ともいえる地方都市での開発計画の失敗が繰り返され、値上がりする不動産を担保にして金を借りて投資を膨らませていくことでリッチになる道が閉ざされてしまいました。
不動産価格の低迷が実体経済の成長を押し下げる傾向を強めると、証券市場の盛り上がりで代替しようとするのは日本も同じ轍を踏みました。このあたりは、日本も中国もブラジルもあまり変わりません。課題は均衡な発展、富の再分配機能をいかに働かせるかであって、ここに中国はあまり気を払うことはありませんでした。
結果として、中国国民のみに解放されているA株に公的資金が注ぎ込まれますが、国民のみに押し込まれてもインデックス投資は外資系資本が現地法人を作って運用する分には開放されておりますので、結果的には外資系資本が入ってくるうちは値段は上がりますし、直接売買のできるB株やレッドチップ、各種商品先物も連動して価格が上昇することでその実態はともかく収益性は担保できるようになり、中国経済の成長率をやや底上げすることになります。