(ナレーション)四季折々鮮やかな自然に囲まれた古都・京都。
8世紀後半から1000年以上にわたり日本の首都として栄えそれぞれの時代に新しい文化を創造してきた街。
ゴーン
(鐘の音)建築芸術産業食習慣。
日本文化の神髄が京都で育まれ更に磨きをかけて現代へと受け継がれています。
世界が認めるジャパンクオリティーの原点。
それが「MADEINKYOTO」。
京都には美しい風があります。
松原通高倉西入。
そこに一軒の店があります。
昭和初期から京扇子を商う「大西常商店」。
何気ない通りの風景に京の風情が漂います。
扇子は平安時代京都で生まれました。
貴重品だった紙の代わりに使われた木簡をとじ合わせ扇子の原型である檜扇が生まれたといわれています。
平安時代の中期になると紙の扇子が作られます。
当時扇子は貴族や公家の装飾品でした。
庶民が扇子を使いはじめるのは室町時代になってからです。
精緻な透かし彫りが施された白檀扇。
香りを楽しむ扇子です。
雲や霞水などの図柄が描かれることが多い舞扇子。
扇子は竹で出来た扇骨と地紙からなっています。
作業は分業制で扇子作りは87回職人の手を通るといわれています。
装飾が施された地紙が職人の手により折られていきます。
地紙は折りやすいようあらかじめ湿らせてあります。
折り型は職人の命。
和紙を何枚も貼り合わせて作られます。
骨を入れるための中差し。
地吹きによって隙間を広げます。
獣の毛を使ったコシの強いはけでのりを塗ります。
外側の2本の親骨を火鉢で温めながら曲げのりで貼り付けます。
親骨を曲げることでかっちりと仕上がります。
職人さんのいろんな手を経た扇子というのはやっぱりどこにでも通じる商品やと思いますんでそれを製造して皆さんの手にお渡ししたいとそう思っております。
チリンチリン…
(風鈴の音)うちわの起源は中国・周時代。
紀元前3世紀にさかのぼるといわれています。
日本へ伝わったのは6世紀から7世紀頃。
貴人や貴婦人が顔を隠すかざしとして用いられました。
戦国時代には武将の軍配や家臣への褒美にもなりました。
京都にうちわが伝わったのは14世紀頃。
16世紀から17世紀には現在のような竹を骨とする製法が生み出されました。
京うちわは別に作られた握り手が後から付けられるのが特徴です。
柳馬場通六角下る。
京うちわの…。
元禄2年初代・長兵衛が近江国の饗庭より京に出て商いを始めました。
創業320年。
京都でただ一軒の京うちわ専門店です。
骨となる竹にのりを付けます。
のりは米と麦で作られたものです。
仮張りは放射状に骨を並べるための作業。
下に敷かれた薄紙は後からがされます。
(饗庭)ただただまっすぐしゃんとした面のうちわをあの…皆さんの方にお届けをしたいと。
まっすぐピンと紙が張ってる状態ちょうどこの部屋でいうと障子がそうですよね。
であの…障子を張るときに紙にのりを付ける人はいないわけです。
でこれはなんやというと紙にのりが付いてしまうとそれが乾燥したときにひずんでモロモロとこう…面が崩れるやないですか。
それはやっぱりこう…見てきれいなうちわではないのでああいう形で骨並べだけを全体に先にしておくと。
それをのり板にこう…伏せてのりを付けますと骨にだけ均一に薄〜いのりを付ける。
そうやって全体にひっついてますから全体として紙をひっつけることができるっていうようなことですね。
裏面になる紙を張ったら仮張りに使った薄紙に水を含ませがします。
骨にのりを付ける表面の紙を合わせます。
(饗庭)骨の両側に障子のようにピンと紙が張られてる状態というふうに考えてください。
それをうちわとしてお使いいただくときにまあこう動かすわけですよね。
で竹がこうしなってくれるわけなんですが紙がピ〜ンと張ってしまってるもんですからこっちへ曲がるとしたらこの外側の紙がこれ以上伸びないぞって頑張るわけですね。
逆はこっちですよね。
そうするとほんとに硬いうちわをあおいでるみたいな格好になるんですよ。
やっぱりそこのしなりも付けてやりたいっていうことで紙に傷は付くんですが骨に沿ってガリガリガリガリっと紙を伸ばしてやってるんです。
あれによって傷は付くんですけど紙が伸びますんで竹のしなりに紙が付いてくる。
縁を飾る。
最後に柄を挿して完成です。
(饗庭)意外といろんな用途がもともとあったはずなんですよね。
メッセージツールとしてのうちわであったり装飾のうちわであったり風起こしのうちわであったりいろいろあるわけですけどまだやっぱりその…いろんな文化とセッションをさせてもうてその時々の風を受けて何を皆さんが求めてはるのかなと。
お知恵を得ながら物が作っていけるとうれしいかなっていう感じですね。
京都には美しい風があります。
昭和40年代の京都。
暮らしの中に風呂敷がありました。
呉服問屋が軒を連ねる室町通です。
「宮井」は創業100年を超える風呂敷の卸問屋で日本風呂敷協会を立ち上げました。
小さな方形の布帛…単なる方形の布帛なんですけどそこには美しさとかですね日本人の持ってる品だとかですねそういうものが凝縮されてるのが風呂敷じゃないかなっていうふうに思うんですね。
なおかついろいろな形のものを包み込むことができる。
まあ非常にすばらしいものやというふうに思ってますけどね。
ハレの日にめでたい席に欠かせなかった風呂敷。
花鳥風月四季の風情。
物を包むという人類共通の行いに日本人は美を求めました。
どこまでも伸びるつる草を図案化した唐草模様。
長寿延命子孫繁栄の願いを込めています。
風呂敷の歴史は人が初めて物を包んだときにさかのぼります。
奈良・東大寺の正倉院には宝物を包む「布ぼく」という布が伝わっています。
室町時代に足利義満が京都の室町に湯殿を造ったわけですね。
当時は蒸し風呂ですのでその風呂の底にですね蒸気がまんべんなくいくように布を敷いたという…。
それで風呂敷というふうにいわれる説もあります。
江戸時代になると銭湯が生まれ人々は湯具を布で包み足を運びました。
風呂場に敷く布を指す風呂敷はいつしか物を包む布の名前として定着していきました。
縦長のものは縦に。
丸いものは丸く。
風呂敷は形を選びません。
四角いものを包むのに適したおつかい包み。
細長いものを品よく包むことができるふたつ結び。
解かねばならない結び目がないため縁結びの場で用いられる平包み。
婚礼など家同士のつきあいでは家紋入りが欠かせません。
祝儀も不祝儀も平包みで手渡します。
結婚式の帰り道。
入学式や卒業式。
小さくても大きくても物を包み運ぶとなれば風呂敷の出番でした。
昭和38年ある百貨店が紙袋のサービスを始めます。
やがて町から風呂敷のある風景が消えました。
油小路高辻下る。
平井友禅工場は伝統的な揚板友禅で風呂敷を染める工房です。
四代目の主平井良和さんはこの道35年。
京都で生まれた友禅染めを風呂敷に生かした揚板友禅。
図柄をひと色ずつ染めるため色の数だけ型がいります。
型を何度も載せ替えるため生地はずれないよう捺染板に地張りします。
のりで色染みを防ぎぼかしを入れます。
ひととおりの工程が終わったら捺染板ごと上に上げ乾燥させます。
こうして複数の作業を並行して進めます。
まず土台に赤を染めといて黒を染める。
青を染めといて黒を染める。
そういう黒が奥深い黒やと昔からいわれてるんですけど。
ほかの色に関してもしっとりとした味わいのある色に染め上がる。
それが理想ですね。
お客さんにとって何か魅力…「あっ!」って思われるような魅力を発信できるような色作りに励んでおりますので使えば使い込むほど「ああ〜これは私の宝物」と思っていただけるような風呂敷であってもらいたいですね。
風呂敷が暮らしの必需品だった時代は終わりました。
しかし今その価値が改めて見直されています。
古いもののよさを知り大切にする人々が暮らす街京都。
誰かが今日も風呂敷を手にしています。
2014年世界で最も権威あるアメリカの旅行雑誌「Travel+Leisure」で京都が世界一の観光都市に選ばれました。
京都観光の魅力はひと言で語り尽くせません。
神社仏閣や風情のある町並み洗練されたおもてなし職人のこだわりから生まれた質の高い品々。
京都は選りすぐりの日本文化が味わえる和のテーマパークなのです。
2015/07/06(月) 02:30〜03:00
MBS毎日放送
MADE IN KYOTO 特別編[字]
世界が認めるジャパン・クオリティーの原点、京都。千年以上にわたり都が置かれ日本文化の神髄が育まれてきた技と心を体感。
詳細情報
番組内容
▼京の「手しごと」特集
▼扇子(せんす)、団扇(うちわ)、友禅染めの風呂敷(ふろしき)
・・・そのルーツと、数百年にわたる伝統の技を紹介します。
出演者
【ナレーション】
水野晶子(MBSアナウンサー)
ジャンル :
情報/ワイドショー – 暮らし・住まい
ドキュメンタリー/教養 – カルチャー・伝統文化
福祉 – 文字(字幕)
映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
音声 : 2/0モード(ステレオ)
サンプリングレート : 48kHz
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