愛情料理研究家 土岐山協子の 『食べることは生きること』を発信するブログ

愛情料理研究家の土岐山協子と申します。私は元々教職に就ておりました。その時に教育における母親の役割の重要性に気付き、日本の国力を上げかつ愛情に溢れた幸せな日本国を作るためには女性が愛情に溢れ、賢く美しくある必要があるのだという考えに至りました。

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皆様こんばんは

土岐山です( ´ ▽ ` )

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こちらの短冊は
沖永良部島で土岐山お帰り飲み会をしてくれた
酔っ払い二人組が

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「しあわせ」

と書こうとしてしくじった跡です

この二人組は十分幸せそうです
泥酔しても笑いっぱなしだからです( ̄▽ ̄)

しあわせはやはり自分の手で掴むものです

子どもにならいざ知らず、いい歳した大人には
待っているだけでは誰もしあわせを与えてはくれません


土岐山家の家訓に
「身銭を切ったものではないと真に自分のものにならない」

というものがあります

身銭を切る=自分の金で払う。自腹を切る。
(デジタル大辞泉より)


この「自分の金」という定義ですが

土岐山は、労働の対価である、と単純に考えます

労働をしてお給料をもらうサラリーマンしかり

企業をして稼ぐ社長しかり

家事労働に対して生活費をもらう専業主婦しかり

そして、自腹を切る、とは
文字通りそのお金がなくなったら自分の他の何かを我慢する必要が出てくること
すなわちそのお金を支払うことにより、少なからず自分の身を削る思いをする行為であります

ものごとを自分のものにするためには、自分の金で自腹を切る、身銭を切る
当たり前のことです


さらに準備することにかかる時間や
段取りのために連絡をする手間や
不慣れでなかなかうまくいかないストレスなど
自分自身がお金も含め、全てそのことに伴う準備をして痛みを伴うからこそ、やっと身体と心に自身の経験として刻まれるわけです

例えば、会いたい人が会いに来てくれるのをただ待つなんて人は

例えその人と会えたとしても
自分が会いに行くという気持ち
自分の時間を削る覚悟
自分のお金を使う痛み

を伴っていないので

楽して会った分
その縁は、遠からず切れます

土岐山が今繋がっている人たちは
お互いに「会いたい」と言った方が身銭を切って会いたい方に会いに行くことをしている人たちばかりです


巷でよくある「無料のセミナー」
土岐山は、「無料のセミナー」に出席する時の自分ルールを決めています

それは

何かしら主催の方に対してお金を支払うこと


「無料」の裏にあるものが、実は宣伝行為だったりする場合は理解ができますが、それでもその時に販売されているもの
書籍やグッズなどを必ず購入します

グッズ販売がない場合を想定して、何かしら手土産は渡せる状態にもしておきます


無料でものを手に入れることがやむを得ないのは、社会人になる前段階だけです

その社会人前の高校生や大学生の方で
アルバイトしたお金が自分のお金だと錯覚している人がたまにいますが

養われている上に学校まで行かせてもらっておいて、空き時間でしている労働の対価を自分のお金だなんて
バカなこと言ってんじゃない(´・Д・)」

(専業主婦の方は家事労働の対価としての生活費ですから、それはもちろん感謝の気持ちとともに自分のお金と認識して差し支えないと思います)


最近、気がついたことがあります

土岐山が友人としてお付き合いさせていただいている男性陣

「社長」や「個人事業主」が多いのですが

全員年齢が40歳から下なんですね

いわゆる「ベンチャー企業」というところの社長さんは
皆さんわりと若くして創業されている

そして、その人たちのほとんどは
大学も自分のお金で行っている

だからお金の有り難みは嫌というほどわかっています

バブル期が終わった直後に社会人になった時代のその方達は気づいています

もう、与えられて当たり前の時代は来ないのだ、ということを

すでにサラリーマン稼業が危うい時代になっている、ということを


ゼロやマイナスから創業した人たちは

もちろん、身銭を切っています

自分の腹を痛めての企業なわけです
リスクも承知です

リスクも承知ということは
失敗した時の対処法、失敗する覚悟
も、当然頭に入っています

切腹のための腹切り刀を常に携えているようなものです

ですから、自分のお金はもとより、人のお金も丁寧に扱います

自分から人を食事に誘った=人の時間を買った
→自分が多く、または全額支払う

みんなでキャンプに行った時に車を出して運転してくれた人がいた
→ガソリン代プラス、運転代を支払う

誰かが主催してくれた飲み会のおかげで楽しい時間を過ごすことができた
→主催者、もしくは幹事にお礼を渡す
または、主催者や幹事の飲み代は他のみんなで割る

身銭を切って仕事や人生をものにした人達は
こうした目に見えないものに対してお金を支払うという行為を、ごく当たり前にしています


ですが成人しても、不惑の年を過ぎても

こうした「目に見えないところで発生しているお金」に対して無頓着な人がいます

切腹のための刀を携えていない人たちです

その人たちにはまず、危機感なるものが存在しません
ですが危機感ではなく、不安感と不満感は常に持っています

目の前に与えられたお金をどう守ろうか
今の地位や肩書きをどう守ろうか、と、自分のことには一生懸命ですから、人のためにお金を使うことの大切さや豊かさも知り得ません

そうした人はほとんど
親の金で大学に行き、そのまま企業人や公務員となって
または親が敷いたレールをそのまま乗っかっての二代目、三代目となって

自動的にお金を受け取るのが当たり前の人生
しか送っていません
もちろん、そうした方々でも途中挫折を経験し、這い上がって築き上げたなどの例外はあります

そして、お金を受け取ること自体は別に悪いことではありません
ですが、感謝をしにくい環境であることは否めない
感謝をしにくい環境に身を置くと、どうしても現状に不満が出てくる

「初任給が12万円しかもらえなかった。学生の時のアルバイトの方が稼げた」
なんて身の程知らずなことをほざき続ける輩は

一生、出世はしないでしょう

ちなみに「出世」とは
「人から喜ばれる仕事が自分からできるようになること」です

スタートから12万円もプラスって
本当はあり得ないことなんです

大学に行くためにも
企業するためにも

入学金がかかる
設立費用がかかる

投資にはお金がかかります

自分の腹を痛めてない人は

親がお金をだしてくれて当たり前
会社から給料をもらうのが当たり前

頭の中がお花畑になっています

給料がいただけることは当たり前のことじゃないんだよ


身銭を切ったことがない人は
他人の時間にもコストが発生していることがわからない

給料をいただけることに感謝ができない人は自分の仕事を死に物狂いでやったことがないのです

残業代をもらえないとグズグズ文句を言う人も、そのタイプには多い

定時で終わらせる能力がないか
不当労働行為をさせる会社だ、と思うならこちらからおさらばして新しい仕事で食って行く、という自信がないかどちらかです

権利を主張する人ほど、会社や社会の役に立っていないし、何より、そういう人が好かれているためしがない

株式会社WAVESTの松村淳平社長のブログ記事
会社は学校じゃねえんだよ

こちらの記事を書かれた松村淳平社長は
土岐山よりも18歳もお若い
20代前半の男性です
土岐山も大変勉強になりました
(↓以下本文より抜粋)

教えてもらってる時間だって、
給料は発生してるし、
能力のある先輩の仕事時間まで頂いてる事になる。

1時間教えてもらったとしたら、
自分と先輩の1時間分の給料すべてをもらってる事になる。
そしたらその分死ぬ気で稼げ、と思います。



相手の労力や心遣いなど、目に見えないものにお金を払うことがスマートにできる
また、相手の時間に対して時給が発生していると考えることができる人が
本当の意味での大人と言えると

土岐山は思います

無償でお金をもらってもいいのは
子どもだけです


最悪なのは
無料で使っているコンテンツや
無料のサービスに対して文句を言う輩

文句を言うなら全部自分でやれよ
もちろん、身銭を切ってね( ´ ▽ ` )


いい歳していつまでも自分のお金を懐に入れておくことだけ考えてたら

お金はあるけど満たされない、って気持ちが一生続きますよ

要するに
身銭を切ることの大切さを知らない人は
自分の人生を生きることが出来ないんです

タダ、無料、はラッキーなんかじゃない
人生、受け取ることが当たり前と思うきっかけを作る恐ろしい落とし穴です

それは、だから会社を起こしましょう、という意味ではなく
与えられたものを当たり前だと思って受け取る勘違いをしないように、ということです

大金持ちには腐る程会っていても、自分は小金ぐらいしか持ったことのない土岐山が言っても説得力ないでしょうから

億万長者のたぐっちゃん(登場二回目)が言っていたセリフをご紹介

上場してもお金たくさんあってもどこかで冷めてるのは幸せとお金がリンクしないことを「知ってる」からだと思います。いつか2チャンネルのひろゆきも言ってましたね。ひとつの要素ではあっても全てではありませんお金は。遮二無二に働かされると幸せが相対的なものだと勘違いします。

幸せは、絶対的なものですからね
なぜなら、幸せは自分の心が決めるから

誰かと比べて感じる幸せなんて
ゆがんでますわ
ちゃんちゃらおかしい(←流行り)

これからの若い人たちには
偏差値や学歴や肩書きなど
誰かと比べて幸せを感じるための物差しなんて必要ない

それをわからずに、塾なんかいって知識の取得に一生懸命になって、親の金で大学に行って親のコネで就職したりする時代遅れの人生を歩もうとしたら

自分の人生なんて死ぬまでこないよ
自分の人生を生きていない人が与えられて当たり前と思って不満や文句を言うんだよ

そんなかっこ悪い大人になりたいかい

最後に残るのは生き様しかないんだ

自分の足でしっかり人生を生きるためにも
身銭を切ることを習慣化しましょう

年がいってからは
手遅れですから(´・Д・)」

でもどうせ手遅れになるなら

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ここまで極めたいよね!!( ´ ▽ ` )ノ

さあ、今宵も身銭を切って
大好きなラーメンライス食べに行こうっと( ´ ▽ ` )

皆様も素敵な夜食タイムを( ´ ▽ ` )


土岐山拝
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