ハマ・オカモトさんは、1991年東京生まれのミュージシャン。ロックバンドOKAMOTO'Sのベーシストとして高い評価を受けています。
実は彼、浜田雅功さんと小川菜摘さんの息子なんです。偉大な両親を持つがゆえの、”七光り”の苦悩もありました…
偉大な親の元に生まれ過ごした少年時代
タレントで漫才コンビ・ダウンタウンの浜田雅功、タレントで女優の小川菜摘の長男として生まれる。兄弟は四歳下に弟がひとり。
偉大なご両親の元に生まれたハマ・オカモトさん。
特にお父さんは、お笑い界の第一線で活躍し続ける・ダウンタウンの浜田雅功さんですから、普通の人には思いもつかない経験もあったのかもしれません。
後にハマ・オカモトさんがパーソナリティを務める番組で父子共演をした際に、子供の頃、外食が嫌だった思い出を語っていました。
以下は放送の様子を記したTwitterです。
浜「親父がテレビに出てるという感覚が俺には分からんあ。俺の親父はペンキ屋やったし」ハマ「おじいちゃん」浜「君ら兄弟2人とも小さい頃から一緒に外食行くの嫌がったよな。お母さんとは良くても、俺が入ったら嫌がる」ハマ「それはね、嫌ですよ。店の人とかお客さんとかみんなコソコソするし」
— いのじゅんAM (@inojun1001) 2013, 1月 3
ハマ「家族で外食に行くと色んなミッションがあるんですよ。入店から注文から色々」浜「たまに俺が大声出すんが嫌とか」ハマ「それですよ」浜「たまにね、無礼な人が居るから。でもそういうのが重なって外食が嫌になったんかな。それは申し訳ない事したな」 その後、民生の話。
— いのじゅんAM (@inojun1001) 2013, 1月 3
楽しいはずの家族一緒の外食が、どうしても家族水入らずとはいかないのですね。
◎中学時代より音楽に目覚める
中学時代、野球部に入部したが1日で辞め、ジャムセッション研究部に入部、友人(現オカモトコウキ)の勧めによりベースを始める。洋邦問わず様々な音楽を愛するも徐々にブラックミュージックへ傾倒していく。
中学入学の頃には、すでに音楽への関心が芽生えていたようですね。
ご両親の考えでユニークな校風で他とは一線を画す和光幼稚園へ入学、以後同学園一筋の学校生活を送っていたそうです。
中学1年のお祝いでベースを買ってもらった日から、1日も欠かさずに、独学で練習をしてきました。今も家に居る時は練習を欠かしません。
出典 http://www.nikkansports.com
有名になるための手段として音楽を選んだわけではなくて純粋にベースを弾くことが好きだったのでしょうね。
◎親の七光りに対する世間の声
高校生になってバンド活動を始めると、インターネットに心無いことを書かれるようになったそうです。
「『なんにもしなくても一生食っていける奴が、親の金で遊んでる』と。バンド始めたその時点でそう書かれてたんですよね。要は生まれてきたことを否定されてる気分なんですよね」
何をどのようにしたところで、ある種の人たちはそのようなことを言うのかもしれません。
そんなことがあっても、「どうせ…」とか「だったら…」と道を逸れたりせずに、ハマ・オカモトさんはますます夢に向かって決意を固めたようです。
◎本格的に音楽を志す
17歳の時にインディ—ズでスカウトされた際も、事務所は両親のことを知らず、そのチャンスをつかんでいたそうです。
その後もご両親は、自らの力で道を切り開くことを望む息子さんへの「七光り」という言葉をさけるため、その活動について語らなかったのだとか。
人生において大切なことを掴んでいる息子さんと、その息子さんを尊重し見守るご両親の姿は、健全で理想的な親子関係に見えます。
◎ハマ・オカモト&浜田雅功 ラジオで初の親子共演
2013年1月3日、ナビゲーターを務めるラジオ番組「RADIPEDIA」にて父親である浜田雅功と初共演。
ここで語られたハマ・オカモトさんのご両親への思い、浜田雅功さんの語る息子さんのことはなかなか興味深いです。
放送の様子をツイッターから拾いました。
浜田「俺忘れてへんぞ。高校くらいの時、お前に『お前音楽で飯食って行こうと思ってんの?』て聞いたら、『そんなに甘くねえよ!』て答えたな。その言葉、口調今でも覚えてるぞ」ハマ「あの頃は尖ってたのかな」
— いのじゅんAM (@inojun1001) 2013, 1月 3
その言葉、口調今でも覚えている、と。浜田さんからすると息子さんの「本気」を垣間見た瞬間だったのかもしれません。
息子さんから見た父・浜田雅功さんのイメージは…。
ハマ「俺のイメージでは、ガキの使いでジャージを着てる感じ。よく分からないんですけど、畑が違うから」 浜「いやね、違う畑行ってくれて助かったよ。たまにおるけども。お前がお笑いやりたい言うたらボコボコやで。そんな甘いもんちゃうし」ハマ「小さい頃から見てるからマネしようとも思わない」
— いのじゅんAM (@inojun1001) 2013, 1月 3
浜「あなた年間通して俺に聞いてくる仕事の事は『今年の年末のガキの使いは何をするの?』だけやもんな」ハマ「それは気になるでしょ」浜「でも見てるの?年末は君らの『フェス』いうのがあるんとちゃうの?」ハマ「フェスはいいじゃないですか。ガキの使いは後で見てますよ」
— いのじゅんAM (@inojun1001) 2013, 1月 3
長年芸能界でトップに居続けるお父さんへの敬意、ということでしょうか。お笑いの仕事でテレビに出ているお父さんに対しては、言葉少ないのですね。
世の中まで巻き込んで自分の同級生みたいな人と一緒にものを作ってるのが、もちろん大変なんでしょうけど、ああやって仕事してんの楽しそうだなあって思ったことがあって。こういうふうになれたらいいなあと思ったし
お父さんのしてきたことが、息子さんには素敵に見えたのですね。
母・小川菜摘の思い
息子、ハマ・オカモトにつきまとう「七光り」について、母、小川菜摘さんは、このように述べています。
「これだけは長男の名誉のために言います、、彼は中学1年のお祝いでベースを買ってもらった日から、1日も欠かさずに、独学で練習をしてきました。今も家に居る時は練習を欠かしません。デビューしてからも私たちが何かをお膳立てしたことは1度もありません」と強調。
そして、「それは、もちろん息子も望んでないし、私達もそれをすることが全く息子の為にはならないカッコ悪い事だと思っているからです。だから、今までも、これからも、彼は自分の力で道を切り開くでしょう…」とハマの独力による活動を願っています、と。
「父親の背中を見て育った子です。大丈夫です!努力をし、人と人との繋がりを大切にし、どんどん自分の木に枝葉を付け、実を結んでいってほしいです。彼なら間違いなくそれが出来ると、私達夫婦は思っています」と。
他の誰が、どんな言葉で応援するよりも力強い、お母さんから息子さんへのエールですね。
◎親の力に頼らず自ら掴み取った成功
息子・ハマ・オカモトと父・浜田雅功が共演したラジオ番組で、父が歌う「ラブレター」という曲が流れたそうです。
この曲は、雑誌「SWITCH」2012年12月号の付録として同梱されたもので、浜田雅功が作詞、作曲は奥田民生が担当し、バックで演奏するベーシストは息子、ハマ・オカモト。
親の七光りを誰より嫌ってきた息子さんも、父の芸能活動30周年に華を添える形で参戦したのだそうです。彼がベースを務めるOKAMOTO'Sの曲をぜひ聞いてみてください。