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いじめ問題・必ずしもいじめられっ子が本当の被害者とは限りません

いじめを受けた結果いじめられっ子が自殺するというニュースが定期的に出てきているように思えます。
この問題は日ごろよく出る問題ではありますが、これらの問題は「いじめっ子がいじめられっ子を最悪の事態に陥れた」という単純な問題では見てはいけないと感じています。


こういった事態は何がきっかけで起きるのか、ということを辿ると実は必ずしもすべてがいじめっ子だけが非があるとも限りません。
それどころか実はいじめられっ子こそに非があり、それが「本当の加害者」だった、そういったケースもあるということを忘れてはなりません。


学校教育を受ける上で青少年は、大人になってこれからの国の社会をよくしながら生きていくために必要な知識と正しい考え方を持たせなければなりません。
その前提で、こういった問題を起きた時に、元々いじめられっ子がそれに反するような生き方をしててそうなって孤立していたのなら自業自得である部分もあるでしょう。
ただし、こういった事があったからといって暴力で解決するのではなくしかるべき大人がいじめられっ子に間違いがあったのなら正していく方法もあったのではないでしょうか。
もちろん、いじめっ子の方が間違った考え方であったらそちらを正していくのも当然ですが。


学校教員に問題があるという報道もこの問題ではよく取り上げられますが、学校教員というものはあくまでも社会としての中立の立場でなければならず、特定の児童や生徒を特別扱いすることは問題です。

基本的に彼らはあくまでも社会に対して間違いを犯さないために必要な教育をしているにすぎません。
(教員自身が間違いを犯したり、犯罪を起こすケースもありますがこれはその教員が論外なので別の話です)
社会的に間違った考え方をする児童や生徒の我儘を認めるということは本来正しいことをしているほかの児童や生徒が納得できるわけもなく、そんな我儘な児童を認めていては、その他の児童や生徒が正しい道から外れる、ということも起きかねません。そういったことを防ぐことが教員の役目であり、それゆえ、いじめ問題は単純にいかなるいじめはいじめっ子だけが問題だなんていうことを考えてはいけないのです。


「みんな同じでみんなよい」
本来の学校教育はこうでなければなりません。「みんな違ってみんなよい」という間違った考え方は物事がすぐ決まらない要因にもなりますし、争いの原因ともなります。
現実に政治の世界においてねじれ国会など物事がスムーズに進まなかった時期があったというのはこういった考え方の違いがあったからということがあったということも学び、物事や社会がより方向に行くにはどうしていかなければならないかということを考えさせて教育しなけれななりません。
それが教員の義務でなければならないでしょう。

ただ、すべての教員が正しいとも限らず、国歌に反対したり、反社会的な側につく教員がいることも忘れてはならず、さらには性犯罪を犯すといったそういった教員もいることも児童や生徒に注意させなければなりません。

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