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本能の底から

作者:32文字以内
 世界は広いはずだ。
空は天高く伸び続けるだけでなく、遠くの山々をも包み込む広がりさえある。
山が存在するということは、地もまた遍いて存在しているのであろう。
だが、無限に続くはずの地平は大きな固い壁の向こう側。
壁の内には雑多にうごめく群集共。
俺の世界は狭い。
空は刻々表情を変えながら嬉々と俺をあざ笑う。

 だから俺は跳ぶ。
眼前の壁の向こうの存在を信じて。
俺は越えられるという所在のない確信、諦めない自分への陶酔、まだ見ぬ世界への好奇心と不安を胸にして。
それらが入り混じる混濁とした思いと意識は息を詰まらせる。
 気づいた時にはすでに俺の跳躍は力を失い、一瞬の浮遊感は俺を底へと突き落とす。
数えきれないほど試行したルーチンだが、めげるわけにはいかない。
俺は再び跳ぶ。
 体力の続く限り跳んだのだが、今日も外は俺を拒んだ。

 次の日、俺が飯を食らっていると、
「なんで飽きもせずに跳んでるの?」
と聞かれた。俺は当然、外に行きたいからだと答えた。
「外に出て何がしたいの?おいしいご飯なら湧いて出てくるし、今でも生きられてんじゃん。」
答えに詰まった。言葉にするほど考えたことがなかったからだ。
俺の心の奥底から湧き出る渇望の海。知識として知らなくとも、それが思考を通して叫んでいる。
お前はこんな狭い世界で生を閉じ満足できるのか。お前はもっと自由に揺蕩う世界を遊泳するんだと。
言うなれば本能というやつである。

 その本能に従い、俺の挑戦は終わらない。
一回一回に全力を振り絞る。妥協は敗北を招く。
高みへの道は周りの者達より一回り俺を強くした。
努力の積み重ねが、短いながらも少しずつ、少しずつだが壁を縮めている。
あと少し、あと少し。
 そして俺は壁に遮られた先の緑の地平を見た。
草花は生き生きと天を仰ぎ、木は日に向かいまっすぐ伸びている。
深々しい色は日に照らされうららかに。
そこには美しい世界があった。
世界の広さを目にやきつけながら、俺は重力の浮流に抗う。
もっとこの景色を見ていたい。まだ落ちたくない。
荒くなる呼吸と薄れゆく意識のなか、空が俺をすくいあげた。





「いやー、大将。この鮭の刺し身うまいねぇ。」
「刺し身の味は包丁で変わるってもんよ。それに魚自体も天然じゃあないが、俺自ら餌に拘って完全養殖やってるからね。」
店主は刺し身をほおばる客を満足気に眺めながら、自身の仕事を自慢気に放く。そして付け加えるように、
「それに、そいつは最近でも特に活きがよかった。お客さんいい時にきたよ。」

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