「ノー」からは何も始まらない 人生を変える7つのルールを即興のプロが教える
あなたは「即興」と聞いて何を思い浮かべますか? 即興者のDave Morris(デイブ・モリス)氏は、「即興は過程であり、何かを作る方法」だという持論を展開します。また「人生は即興である」とも語り、これまでの生活を劇的に改善する7つの流儀を紹介しました。(TEDxVictoriaより)
- スピーカー
- 即興者 Dave Morris(デイブ・モリス) 氏
即興とは何かを作る方法のこと
デイブ・モリス氏:こんにちは。わお。とても魅力的な聴衆の皆さんですね。私の今日の服装、即興者だと一目でわかる様な服装にしてきました(笑)。
私の専門は即興をすることです。会場にいる人は皆さんは、即興が何かは知っていらっしゃいますよね? 首を縦に振って頷いて頂けたら嬉しいです。皆さんとのやり取りが好きなので。
即興とは手にしているものだけで何かを作り上げることです。無から有を創造することです。私たちが「即興」という単語を聞くとき、何かを思い浮かべるはずです。「即興」と聞いて、「即興のコメディ」を思い浮かべる人はいますか? 手を上げてみてください。あるいは、「ジャズ」を思い浮かべる人はいませんか? 手を上げたあなた、セクシーですね。
(会場笑)
フリースタイルのラップだったり、ヒップホップの音楽を思い浮かべる人はいますか? 何人か手を挙げて下さってますね。では、『マクガイバー』(注:テレビシリーズ)を思い浮かべる人は? 主人公のマックは素晴らしいものを即興で生み出しています。
皆さんの「即興」に対するイメージは正しいです。即興とはこれまでに挙げた例です。でも、私が「即興」で好きなことは、先ほど挙げた例の中のひとつではありません。「即興」は「物」ですらないのです。考えてみれば、「即興」は「過程」なのです。「即興」は何かを作る「方法」なのです。
私が提供したりお見せしたりできる商品ではありません。私がすることとは、劇場のステージだったり、ヒップホップだったり、あるいは爆破装置だったりを、「即興」することなのです(笑)。
「即興の流儀」を習得して、生活を改善しよう
その「即興」こそが、今日私がお話しすることです。私は「即興の流儀」と呼んでいます。私が「即興」を教える時、生徒が高校生でも大人であっても、誰も実際に即興の専門家になりたいとは思っていません。彼らはいつも生活そのものを改善したいだけなのです。
結果わかったのは、即興を教える時に使っている技術は、私が日々の生活をする時に使う技術だということです。なぜなら、皆さんが信じるかどうかは別として、人生は「即興」だからです。
今日は皆さんに、私が生徒に教える即興の7つの技術を紹介し、それを日々の日常に当てはめていきたいと思っています。興味出てきましたか? もし興味が出てきたら頷いてくださいね。皆さんの反応は嬉しいものですから。
頭の中の不安ではなく、目の前ことに目を向けること
1番最初の技術として、特に大人に教えなければと思うことが、「PLAY(遊ぶ)」ということです。とても単純なことで、私たちはみんな子どもの時には当たり前のように知っていたことです。
しかしながら、成長するにしたがって、私たちはゆっくりと「PLAY」という感覚を失い始めます。「PLAY」というのは楽しそうで、あなたが好きな「何か」に没頭するということです。この感覚を私たちは年を取るにつれて失います。
子どもの時の「PLAY」は目の前で、その瞬間に、体感として生まれます。年を取るにつれて、「PLAY」はより深刻化してしまい、結果「PLAY」とは反対の「WORK(仕事)」になるのです。
「WORK」は皆さん嫌いですよね? なぜなら「WORK」には冗談がきかず、考え出すと不安になったり頭にこびりついてしまったり、結果「現在」を楽しめなくなってしまうからです。目の前の「現在」こそが人生が起こっている瞬間です。頭の中の不安ではなく、その目の前の現在に目を向けてみましょう。
失敗したら再スタートすればいいだけ
ふたつめの項目は、「自分が失敗することを許す」ということです。
本日はもう既に、とてもハンサムな研究者から失敗についてのお話をたくさん聞いているので、私はそんなにたくさんの時間をここでは割きませんが……、とてもハンサムな研究者でしたよね?
(会場笑)
言葉に注目してください。私は「失敗しろ」と言っているわけではなく、「自分が失敗することを許す」と言っています。なぜなら失敗そのものは簡単で、誰もができるからです。難しいのは失敗そのものを受け止め、失敗をすることを自分に許し、失敗は自然の流れだということを受け入れることです。
先ほどの研究者はもっと知的にお話ししていましたね……(笑)。でも私は即興者。なんだかんだでハンサムな研究者と一緒です。
(会場笑)
そして、失敗への恐怖こそが肝心なのです。人は失敗をしだすと不安になり、そしてまた頭から離れなくなります。不安になり、考えられる失敗で頭は埋め尽くされ、そしてきっと失敗してしまうのです。
即興者は、もし失敗をしても、その当人が失敗作ではないということを理解しています。そこには大きな違いがあります。たとえ失敗をしても、その人の存在が失敗ではないのです。
即興者にとっての失敗とは、再スタートを意味するだけです。「失敗してしまった。こりゃ大変だ。ま、でももう一度始めればいいか」というように。この再スタートだけが起こりうる最悪の結果なのです。
相手の話を都合よく聞いてはいないか?
次の項目は、「LISTENING(聞くこと)」です。もしかしたら皆さんは聞いたことがあるかもしれませんが、こういう格言があります。
「私たち人間は、ふたつの目とふたつの耳、そしてひとつの口を持っている」
つまり私たちは口を使って話すよりも、その2倍目を使って見て、2倍耳を使って聞くべきだという格言です。
この格言はなかなか現実では起こりません。ほとんどの人は、返事をするだけのために必要なだけのことを聞いているのです。人が話していることのすべてを聞いているわけではないのです。昔とても賢い方が教えてくれました……。
(会場笑)
「聞くことは、変化を望むことだ」と。もし私が、あなたが話している事において変化を望んでいないのであれば、私はほとんどあなたの話を聞いていないのです。私のアイディアは既に固まっていますし、どう考えてどう感じるかも決まっています。あなたが話を続けても、私は返事をするのに必要なだけの情報のみを聞いているのです。
でも即興者は、すべての「存在」を聞いています。なぜなら即興者は、あなたと一緒にいて共に話している「現在」に集中をしているからです。即興者である私は、変化しなければいけないかどうかは別として、変わることを望んでいるのです。
即興は「人々と共同して作る芸術」であり、「共同」というのは、私自身をその方程式から抜いてしまうことにあります。何を信じるかとか、何を考えているかというエゴを捨て、「あなたのアイディア」や「私のアイディア」という代わりに、「最初のアイディア」や「2番目のアイディア」、「3番目のアイディア」という形で、聞き、返事をし、そして変化していくのです。
1回の「ノー」は10,000回の「イエス」で進んできた歩みすら終らせてしまう
次の項目は、おそらく即興の法則の中ではもっとも同意を得ているもので、「SAY YES(イエスと言う)」ことです。
ここで、楽しめるデモンストレーションをしてみましょう。私がただ話をしているだけよりもおもしろいでしょうし。私がいまからカウントをしますので、「イエス」と返事をしてください。お願いできますか? それではいきましょう。
モリス:1、2、3……。
会場:イエス。
モリス:素晴らしい。次は感情を込めて。1、2、3……。
会場:イエス。
モリス:ではここで質問をしますので、その質問にただ「YES」と答えてください。どうなるか見てみましょう。私を信じてついてきてください(笑)。
(会場笑)
モリス:皆さんは私と一緒に物語を話したいですか?
会場:イエス。
モリス:それは騎士に関する物語ですか?
会場:イエス。
モリス:その騎士は光り輝く鎧を着ていますか?
会場:イエス。
モリス:その騎士は少女を救おうとしていますか?
会場:イエス。
モリス:その少女はドラゴンに捕まってしまっていますか?
会場:イエス。
モリス:そのドラゴンは火を口から吐いていますか?
会場:イエス。
モリス:その騎士は勇気を持って少女を救いますか?
会場:イエス。
モリス:騎士と少女はその後幸せに暮らしていきますか?
会場:イエス。
モリス:素晴らしいコラボレーションでした。
(会場拍手)
私たちは一緒に作り上げたのです。素晴らしい。もう一度同じことをしてみましょう。今度は皆さんに「ノー」と答えて欲しいのです。私が何を言っても、「ノー」と答えてください。
モリス:準備はいいですか?
会場:ノー。
モリス:そうそう。そういう感じで(笑)。ありがとうございます。
(会場笑)
モリス:皆さんは私と一緒に物語を話したいですか?
会場:ノー。
(モリスの動きが止まる)
(会場笑)
モリス:では、この場から立ち去りますね(笑)。
このデモンストレーションは、まさしく今私たちが話していることの詳細を説明し、「即興」のシンプルなポイントを証明してくれているのです。「イエス」と言い続けることは、私たちをどこかへと連れていってくれるのです。
「ノー」と言い続けることからは、何も始まりません。どこにもいきませんし、ただその場に座って、「ノー」「ノー」と言い続けることしかできないのです。そして、「ノー」ということの悲しいところは、たとえ10,000回「イエス」と言い続けても、ただ1回の「ノー」で全てを止めてしまう、そして終わらせてしまうのです。「イエス」と言いましょう。
イエスマンから「YES AND」と言える人になろう
次の項目は、今お伝えしたことと連結するものなのですが、「AND(そして)」ということです。「YES MAN(YESと言う人)」は素晴らしいですし、皆さんもきっと今までに出会ったこともあるでしょう。
彼らは私たちのしていることに快適さをもたらしてくれます。ここにいる皆さんは、「YES」と言って私に話をさせてくださっているわけですし。ありがとうございます。
「AND MAN」こそ、一緒に働きたいと思う人たちです。私たちの考えに「YES」と同意をし、そして「AND」と言うことで何かを与えてくれる人たちです。
「AND MAN」と一緒に働くことで何が起こると言うと、彼がレンガをひとつ持ってきて、私がレンガをひとつ持ってきて、そして他の誰かがレンガをひとつ持ってきて、それぞれのレンガを積み上げていくのです。私たちの誰もが1人では作り上げることができなかった何かができるまで。これが「AND」の全てです。「YES AND」はとても大切なのです。
「YES BUT」ではありません。BUTは対峙し、YESは結合させるものですから。何かを創造するときは、「YES AND」を使って誰かと一緒に動いてみましょう。
制限されることで想像力が向上する
次に紹介する項目は少々変かもしれません。まずはスライドの文章を読んで考えてみてください。
「Play the Game (ゲームをしてみて)」。変に聞こえるかもしれません。即興者は人生に関係のないゲームで遊んでいるのかもしれません。まず、「Game」という言葉について定義をさせてください。ここで私が話す「Game」には、ルールが存在していれば何でも「Game」になります。
「モノポリー」はゲームです。仕事の求人票の欄を埋めていくことも、私にとってはゲームです。そこには私が従っているルールがあるからです。そのルールがどういう役割を持っているかというと、私たちに即興ができるようにしてくれるのです。
ルールによって制限が加えられることで、私たちの一時の心の動きが、漏斗を通して液体が流れるように1点に集中し、創造的な段階を経て作品になっていくのです。即興の過程と、そこに存在するルールが、私たちが何かを想像する手助けになるのです。
例えば私がいま話しているプレゼンテーションです。皆さんにお見せするスライドがあります。これはひとつのルールです。スライドは順番になっていますし、予定していた様に「即興」について話をする必要があります。
皆さんは私についての記述を読んでいるでしょうから、そのルールに従う必要もあります。そして私は皆さんに対して話をする必要があります。それらが私がいま従っているルールです。
そのルールの中では、どんな即興も自由です。そして、即興できることは素晴らしいのです(笑)。いま即興で作り上げた話ですが(笑)。
(会場笑)
「Play the Game」
ゲームをすることが、私たちに即興をさせてくれるのです。
正しくある必要はない、リラックスしよう
そして、最後の項目は「Relax and have fun(リラックスして楽しんで)」です。
これを技術として紹介しなければいけないのは、馬鹿らしく聞こえてしまうかもしれませんが、人々はこれを明記しないと実際に行わないので、紹介が必要な項目なのです。リラックスして、楽しむことです。
皆さんは驚かれるかもしれませんが、「遊んで」、「失敗して」、「ヘマをすればいい」と私が人に教えると、人々は「正しくしなきゃいけない。デイブが見てるから、正しくしっかりと失敗しなきゃいけない」と、緊張してしまうのです(笑)。
(会場笑)
リラックスして楽しんでいる限り、朝起きて深呼吸をしながらこう思えるはずです。「人生には従わなければいけないルールがあって、仕事にも行かなきゃいけないし、恋人に愛していると伝えなければならならないといったルールに従わなければいけない。でも私はリラックスしている」と。
恋人に愛していると伝えるのはルールですよ。信じてください(笑)。
リラックスしてルールに従います。すると、ゲームをしていることになるのです。そして、自分自身の失敗を許すことになります。リラックスしているから、結局人の話もよく聞くことになります。
「YES」と言うことになるでしょうし、「AND」と付け加えるようにもなるでしょう。そして目の前にあるゲームを一層楽しめるようになり、楽しい人生をもっと楽しめるようになるでしょう。リラックスし、単純に遊び、目の前の現実を楽しむことで。
皆さん、ありがとうございました。デイブ・モリスの、「即興の流儀」でした。