千の証言・投稿:<引き揚げ>命つないだ手さげなべ=埼玉県所沢市・安達久里子さん(80)

2015年07月08日

 北朝鮮・羅南(ラナム)におりましたが、1945(昭和20)年8月、ロシア参戦を聞き、リュック一つで家を出ました。父は出張で不在。母と子供4人、私は長女で国民学校5年生でした。

 母のリュックには手さげなべがぶらさがり、小さな妹(3歳)をリュックの上に乗せ、野宿をしながら、38度線を越えるため、南に歩き続けました。手さげなべで(調理をして)命をつなぎ、翌年5月、やっと日本に帰りました。

 その手さげなべが今、私の手元で健在です。使っています。丈夫で使い勝手が良いデザインで、父が若い頃にアメリカから持ち帰ったようです。この手さげなべが終戦、引き揚げの「証し」で、処分することができません。私にとっての宝です。

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