オンリーワンのリーダーからチームワーク型リーダーへの転換を

 社会がさまざまな困難に直面している一方で、これらの困難を解決に導くリーダーが不足している。このニーズに応えるには、どのようなビジョンで、どのようなリーダーを育てれば良いのだろうか。グローバルリーダー養成に取り組んでいる経験と、人間の性格に関する認知科学の研究成果をもとに、この難問への答えを探してみよう。

ビッグファイブ:人間の性格は5つに要約できる

 人間の性格は実に多様だ。この多様性を、いくつかの基本的な性質に要約できないだろうか。この疑問に応えるために、科学者は100年以上にわたって、さまざまな研究を積み重ねてきた。その結果、最近になってようやくその答えが出た。人間の性格は5つの基本要素に要約できる。この結果を紹介する前に、「要約」とはどういう作業かについて説明しておこう。

 人間の体型を例に取り上げよう。体型を調べるには、体重・身長・胸囲・腹囲など、体のさまざまな部分の大きさを測定する。これらの測定値の間には、多くの場合に相関がある。例えば、体重が重い人は身長が高く、胸囲や腹囲も大きい傾向がある。主成分分析という方法を使えば、これらの相関した測定値を1つの量(成分)に要約して、「全体的な大きさ」を表すことができる。

 この方法で「全体的な大きさ」を表す量を要約すると、次にはこの量とは相関がない別の成分を特定できる。その成分は、「プロポーション」を表す。「プロポーション」は、体重の割には背が高い(あるいは低い)、といった体型の違いを表す量だ。

 こうやって、人間の体型は、「全体的な大きさ」と「プロポーション」という2つの主成分に要約できる。統計学的な「要約」とは、この例のように、たくさんの測定値を、互いに相関のない少数の量にまとめる作業のことである。人間の性格では、主成分分析ではなく因子分析という少し違った方法を使い、要約された量のことを因子と呼ぶ。この統計的方法によって、人間の性格の場合は、5つの基本因子に要約された。

 この方法を人間の性格に適用するうえでは、「性格」をどのように測るかが大きな課題だ。この課題に最初に取り組んだのは、進化論で有名なダーウィンのいとこにあたる遺伝学者ゴールトンだ。彼は1884年に、人間の性格を表す英語表現を約1000個選び出した。

 この研究は心理学者に引き継がれ、1936年には4504語の性格用語が整理された。そして、これらを要約する研究が始まった。類似の性格用語をまとめた上で、それぞれの性格特性を被験者の自己評価や他者評価によって数値化し、その数値を要約する研究が続けられた。その結果、1990年代になって、人間の性格は5つの基本要素(ビッグファイブ)に要約できるという点で、研究者の間の意見が一致した。そのビッグファイブとは、外向性・開放性・協調性・良心性・情緒安定性の5つだ。

 外向性とは行動的な積極性であり、外向性が高い人は精力的で、冒険的だ。また、そのような行為を評価されたいという報酬感受性が高い。これに対して、開放性は認知的な積極性であり、開放性が高い人は好奇心が強く、思慮深く、創造的だ。報酬にはとらわれない。協調性は他者に協力的な性質であり、協調性が高い人は世話好きで、他人を信じやすい。良心性とは、責任感、勤勉性、計画性に関係しており、良心性が高い人は規則や計画を守り、任務をしっかりまっとうしようとする。情緒安定性は感情の制御に関係しており、情緒安定性が低い人は感情的であり、神経質で、緊張しやすい。

 優れたリーダーには、外向性・開放性・協調性・良心性・情緒安定性が高いことが求められる。ただし、これらが極端に高すぎる人は、リーダーには適さない。あまりに冒険的で創造的な人物は組織を危機に陥れがちだし、協調性が高すぎる人は決断を躊躇しがちだ。規則に忠実すぎると危機に柔軟に対応できないし、情緒安定性が高すぎる人は人間関係の機微に気付けない。行き過ぎない程度に、外向性・開放性・協調性・良心性・情緒安定性が高いことが、優れたリーダーの条件だ。

優れた人材は希少な存在

 ここで、これら5つの基本要素(ビッグファイブ)は、互いに相関がないことを条件として要約された因子であることに注意してほしい。例えば、外向性が高いからといって、開放性が高いわけではない(精力的な人が創造的であるとは限らない)。同様に、協調性が高いからといって情緒が安定しているわけでもない。このため、ビッグファイブ全てにおいて秀でた人は、希少な存在となる。

 ビッグファイブの各因子において、上位10%に入る人の割合を考えてみよう。その割合は、10分の1の5乗、つまり10万人に1人だ。一方で、18歳人口が約120万人、東大入学者が約3000人なので、日本社会の中で東大に合格できる人の割合は約400人に1人である。この数字と比べれば、ビッグファイブの全てにおいて秀でた人材がいかに希少な存在かが分かるだろう。

 ビッグファイブ全てに優れ、なおかつ、能力も高い人の割合はさらに小さい。人間にはさまざまな能力があるが、その中で一般的な認知能力は「知能」と呼ばれる。知能とは、高度な記憶力や知的集中力によって、たくさんの情報を迅速かつ正確に処理する能力である。

 ビッグファイブの中で、知能と関係しているのは、開放性である。好奇心が強く考えるのが好きな人ほどさまざまな知識を得やすいので、知能を高める機会が増える。

 実際に両者には相関があることが分かっている。しかし、両者の相関は必ずしも強くなく、両者に関与する脳の領域は異なっている。知能には、その人の脳が持つ潜在的な演算能力と、学習や経験を通じて得られる知識量(学力)の両方が関わっていると考えられる。

 このように開放性と知能には相関があるので、ビッグファイブの各因子において上位10%に入る、10万人に1人の逸材を探せば、その人はかなり高い知能を持っていると予想される。しかし、優れたリーダーにはしばしば、学習や経験ではなかなか身につかない高度な知性が要求される。このような能力を持つ人材は、100万人に1人か、あるいはもっと希少だろう。

傑出したリーダーよりもチームワーク型のリーダーを

 以上のように、高度な資質と能力を1人のリーダーに求めようとすれば、その要求を満たす人材の発見はきわめて困難である。したがって、私たちは発想を転換する必要がある

 組織にとって必要とされるリーダーシップを1人の人材に委ねること自体が、実情にそぐわない。仮に、そのようなリーダーを得て、一時的には成功を収めることができたとしても、そのリーダーが退けば、組織はたちまち危機に陥るだろう。

 このような危機を回避するには、チームワーク型のリーダーシップを育てる必要がある。すなわち、リーダーに必要とされるタスクを分業化し、チームワークによって組織を動かすほうが、組織のパーフォーマンスを高める上で、より有望な道である。

 では、チームワーク型のリーダーシップを育てる上で鍵を握る要素とは何か。私の考えでは、ビジョン、実行力、共感力だ。これらはビッグファイブのうち、開放性、良心性、協調性に関係する資質だ。

 チームワークによって組織をリードする上では、みんなが共通の目標として追及できる魅力的なビジョンを描ける人材、このビジョン実現をリードする実行力に満ちた人材、各メンバーの個性を生かしながらうまくチームをコーディネートできる共感力の高い人材が揃っていることが必要だ。

 これらのどれかを欠くとチームワーク型のリーダーシップはうまくはたらかないと私は考えている。高い意欲(外向性)や専門的能力を持つスタッフも必要だが、これらについては事足りていることが多い。

 あなたが何かの組織の長であれば、ビジョン、実行力、共感力のうちで、自分に不足している資質を見極めるべきだ。ビジョンを買われてリーダーになった人には実行力、共感力のあるスタッフが必要だし、人望によってリーダーになった人は、ビジョンを描ける人材や実行力のあるスタッフを必要とする。

 このようなチーム編成の技術こそ、今日のリーダーに求められる能力だろう。その技術を体系化して、教育によって習得できるようにすることが、リーダー養成プログラムの大きな課題である。

 なお、ここで述べたことは、あくまでも一般論である。リーダーに求められる資質は状況によって変化するので、チーム編成の考え方もまた状況に応じて調整する必要がある。

 例えば、危機に対応するためのチームなら、情緒安定性が高いスタッフが必要だし、プロジェクトの立ち上げ段階なら、外向性の高いスタッフが必要だ。また、ビッグファイブとして要約された資質の中にさまざまな性格要素があるので、その多様性に配慮した判断が現場では必要になる。

 このような実践的な課題については、機会を改めて考えてみたい。

筆者:矢原 徹一