「紛争解決請負人」が語る安保関連法案

問題意識は正しいけど、ディティールがズレている!? PKOの考え方が変わるいま、「紛争解決請負人」からみた安保関連法案の問題点とは。 2015年06月16日放送、TBSラジオ荻上チキSession- 22『紛争解決請負人』が語る安保関連法案より抄録。(構成/島田昌樹)

 

■ 荻上チキ・Session22とは

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近年の国連PKOの変化

 

荻上 今夜のゲストは、国連PKO幹部として東ティモール、シエラレオネ、アフガニスタンで紛争処理、武装解除の実務に当たった経験から「武装解除人」「紛争解決請負人」の異名を持つ伊勢崎賢治さんです。

 

現在は東京外国語大学教授として紛争に関する授業などを行っておられるわけですが、伊勢崎さんのお弟子さんは育っているんですか?

 

伊勢崎 以前は世界的に見ても武装解除の専門家はいなかったのですが、今は国連のミッションに従事して現場で働いている若い日本人もいます。特に女性の活躍が著しくて、海外進出している日本人のほとんどは女性です。男はやっぱり……内向きなんでしょう(笑)。

 

荻上 日本国内でまだまだ女性は評価されにくいから、海外に行くんでしょうか?

 

伊勢崎 日本から女性たちがプッシュされるひとつの要因だと思います。

 

荻上 ここ最近で紛争解決の考え方に変化はありますか?

 

伊勢崎 国連平和維持活動(PKO)自体の考え方が、ここ10年でガラッと変わりました。政治交渉の末、停戦したところで、第三者として中立な武力を入れる。その状態を長続きさせ、和平に繋げる。昔はこれが主要任務でした。

 

しかし、1994年のルワンダのジェノサイドのように、PKOの目の前で停戦が破られ住民が虐殺される。当時は、国連が中立性を失い「紛争の当事者」になることを恐れ、撤退し、100万人の住民を見殺しにしてしまった。この教訓から「保護する責任」という考え方が生まれ、それが実行されるまでに10年以上の時間がかかるわけです。

 

だって、住民の保護は、そもそもその国家の役割ですので、国家に代わって、住民を傷つけようとする勢力に対して「武力の行使」をする、つまり、国連が「紛争の当事者」になる。今では、国連は中立性をかなぐり捨てて、住民を守ることを決意したんです。

 

荻上 今の国会の答弁でもそうですが、雰囲気的にも、「集団的自衛権はどこかの勢力に肩入れすること。中立的ではないから危険」「PKOは他の国もやっているし、連帯のためにも協力すべき」というストーリーになりがちですよね。

 

伊勢崎 もちろん住民を助けるわけですから、PKOは良いことなんでしょうけど。しかし、現在は国連PKOへの派遣は、「紛争の当事者」になることが前提になります。日本にはいまだにPKO派遣5原則があり「停戦が破れたら自衛隊は帰ってくればいい」というような話になっていますが、それだったら最初から行くなということなんです。もし停戦が破れたとしても、住民を守らなくてはいけないんです。

 

この変化について日本の政府も野党もまったく分かっていません。今、国会で行われている議論は根本的に間違えています。憲法9条によって国際紛争の解決には武力を使わないことになっているのだから、憲法を変えなければ自衛隊を派遣できないと考えるべきです。

 

荻上 安保について議論する際、憲法を取り巻く状況も重要ですが、同時に国際的な動きも抑えておく必要がありますよね。

 

伊勢崎 激動している国際情勢を前提に、自衛隊派遣に関する法律を作るわけですからね。当然です。この点で安部総理の主張は正しいのですが、具体的にどう激動しているのかは正しく把握していません(笑)。

 

荻上 問題意識は正しいけど、ディティールがズレているというわけですか。

 

伊勢崎 国連PKOの話に戻しますと、現在、国連が中立性を喪失しているというのは、国連自身にとっての深刻なジレンマなのです。やっぱり国連は戦争したくないし、しちゃいかんのですよ。

 

荻上 国連が中立なのかと言うと、その趣旨からして思惑はあります。でも、建前としては中立ですね。

 

伊勢崎 中立の立場を取っている限り、国連の職員や兵士によって構成されるピースキーパーを傷つけることは国際法違反になります。しかし、敵対勢力と交戦になり「紛争の当事者」になったら、このプロテクションは無くなり、ピースキーパーは敵対勢力から見る国際人道法上の合法的な攻撃目標になります。この国際法の解釈については、国連の事務局と法務局が1999年以降はっきりさせています。

 

それでも、国連が中立の立場を捨てたのは、ルワンダの虐殺で100万人を犠牲にしてしまった経験があるためです。何もせずに撤退したために起きた結果です。あの時、紛争当事者になる覚悟があれば命を救えたはずなんです。

 

このことを忘れてはいけません。国連は好き好んで「武力の行使」をしているのではなく、住民を死なせないためにやむを得ずやっているんです。

 

この最たる例が、コンゴ民主共和国です。国連がいながら、ここ20年の間に内戦で540万人死んでいます。現在、コンゴ民主共和国、それに隣接する南スーダン、中央アフリカ共和国という3つの国で起きている紛争がPKOのチャンレンジのスタンダードです。

 

これらすべてにおいて、住民の保護は−――すべてのPKOミッションには安保理が与えるマンデート(任務と権限)がありますが――筆頭マンデートになっています。現在、自衛隊が派遣されている南スーダンも、です。

 

荻上 安全保障の話は保守派で「軍事通」な人の意見に寄る節がある一方、リベラル側の改憲観、安全保障観はなかなか表に出てきません。

 

また、今年は戦後70年にあたり、証言がとれる最後のチャンスかもしれないということで、証言ベースの声が多くなるかもしれません。それも大切なことですが、組織論ベースの検証を踏まえたうえで今後の自衛隊のあり方を議論することもやっていかなくてはいけませんよね。

 

伊勢崎 PKOに関しては、日本のような先進国が部隊を出すニーズはありません。過去に自衛隊が担ってきた兵站・工兵部隊でも、その武器使用基準は、戦闘部隊と同じですから、ニーズはありません。

 

それらは、まず、伝統的に、余っている部隊を国連に貸し出して外貨稼ぎをしたい発展途上国。そして、昔は「中立性」が損なわれると問題視されていた周辺国です。

 

でも、住民の保護が筆頭マンデートになるなかで、派遣国の問題が自国にも降りかかるという集団的自衛権的な動機で“真剣”になって戦ってくれるということで、周辺国が主力になるということは、PKOミッションの設計の前提になっています。先進国は、それ以外の“非戦闘的”で軍事作戦の運用に直接的に関わる地位の獲得を目指します。その一つが、国連軍事監視団。

 

国連には伝統的に、非武装で行う軍事監視という役割があります。多国籍の将官クラスの軍人が武装を解いたチームを作り、敵対勢力の懐の中に入り込み、交戦を未然に防ぐ信頼醸成装置のなるんです。軍人が非武装だから意味があることで、僕がやっても意味がありません(笑)。

 

荻上 特別な意味が出てくるわけですね。

 

伊勢崎 これはPKO部隊とは一線を画していて「安保理の目」と呼ばれています。PKOという概念が生まれる前から存在する機能で、国連PKOのミッションでは必ず軍事監視団が存在します。国連自体が中立性を失った時代だからこそ、国連の中に唯一残された中立の部署なのです。これは、周辺国では、もちろんダメです。利害関係が全くないということ、そして、国のイメージが非常にいいということで、日本に一番向いている業務だと思います。

 

他方、日本は、9条との兼ね合いから「武力の行使」ということに気を遣ってきた。そうなら、現代PKOの国際人道法の運用にも、もっと気を遣うべきです。ご存知のとおり、国際人道法とは、人道的な戦争をやるための流儀を定めるものです。攻撃していいものと悪いものを区別する。

 

例えば、今までのように自衛隊が工兵部隊としてあるPKOに派遣されるとしますね。その同じPKO内の戦闘部隊が住民の保護のために武装勢力と交戦しますよね。このとき、その戦闘部隊だけが国際人道法上の紛争の当事者なのか、それとも、PKO部隊全体なのか、という議論があります。現在は、これは後者だということになっています。

 

荻上 一部の部隊の行動で、全体が戦闘当事者になるんですか。

 

伊勢崎 敵側から見て区別ができないためですね。敵も合法的な紛争当事者ですから、交戦はフェアでないといけません。ですので、自衛隊が一発も撃たず基地の中でジッとしていても、他の部隊が交戦になれば、国際人道法上の紛争当事者になるのです。つまり、政府が「一体化しない」というのは、真っ赤なウソです。そして、この状況は、国際紛争に武力を使わないという9条と、モロにバッティングします。

 

荻上 「こういう事情があるためにやる必要があるんだ」という説得をしたうえで、憲法9条改正などを踏まえた憲法論や安全保障論に発展しないんでしょうね。今のところ範囲内はこれだけだし、後方支援だからリスクも少ないし、ホルム海峡以外は想定してないという話になってしまうのは不思議ですね。

 

伊勢崎 あと、僕は「後方支援」という言葉を使わず、「兵站」と言うようにしています。とてもミスリーディングな言葉なので(笑)。

 

荻上 訳し方のまずさはありますよね。対外的には「兵站」(logistics)と説明している部分を、日本語訳では「後方支援」としています。

 

伊勢崎 日本で通用する「後方支援」や「非戦闘地域」という言葉は、現場の人間からするとおかしな言葉です。戦闘地域と非戦闘地域を区別することはありません。強いて言えば、基地の中だけが非戦闘地域で、一歩外に出たら戦闘地域になります。そこにあるのは、危険度のグラデーションです。通常、5段階に分けています。そして、それは日時変化します。白黒スッパリと分けられるようなシロモノではありません。

 

荻上 今の報道のされ方だと、白の時に行き、黒になったら即座に注視して撤退するみたいな話になっています。

 

伊勢崎 ありえない話です(笑)。【次ページにつづく】

 

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