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【歴史戦 第11部 もうひとつの慰安婦問題(5)】「教訓」選別する馬総統

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「教訓」選別する馬総統

歴史戦 第11部 もうひとつの慰安婦問題(5)更新

 

 台北市内で8月14日に「AMAミュージアム」と呼ばれる新施設の看板掛けが行われる。「AMA」とは中国語の「阿媽(アマ)(おばあちゃん)」のアルファベット表記。台湾で初となる慰安婦記念館だ。韓国で元慰安婦を「ハルモニ」と呼ぶのに似ている。

 韓国や中国などの元慰安婦支援団体はこの日を「慰安婦メモリアルデー」としている。韓国人の金学順(キム・ハクスン)が慰安婦だったと名乗り出た日を記念したものだ。

 元台湾人慰安婦を支援してきた台北市の女性人権団体「婦女救援基金会」(婦援会)によると、正式オープンは世界人権デーの12月10日を予定している。

 婦援会が1994年に行った調査で36人いた元慰安婦は4人になった。婦援会執行長、康淑華は看板掛けを先行することで「おばあちゃんたちを安心させたい」と話す。

 記念館は商業施設の一部を改装。約360平方メートルのうち半分を慰安婦関連の展示場とし、残りは家庭内暴力(DV)被害者女性の作業場などにする。

 開館日をめぐってはちょっとした騒動があった。6月3日夜、総統、馬英九は台北市内で開かれた「抗日戦争勝利70周年」の学術討論会で「慰安婦記念館を10月25日の台湾光復節に開館する」と唐突に発表した。慌てたのは事務方だ。内政部(内務省に相当)などの当局者は「聞いていない」と繰り返した。

 結局、馬が開設時期を誤って発表していたことが判明し、総統府は4日夜、発表文を差し替え、馬が「12月に開館する」と発言していたことにした。

 馬が日付を間違えた理由は分からない。だが、10月25日は45年、台北で台湾方面の旧日本軍の降伏式典が行われた日だ。馬が記念館の開館をこの日に重ねることで、慰安婦と「抗日戦争」を結びつけようとしたとの推測は成り立つ。

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 婦援会と馬との関係は、馬が法務部長(法相)に就任した93年に遡(さかのぼ)る。死刑制度を批判するなど「人権派」として知られた馬は、そのころ台湾でも活動が始まった慰安婦問題に高い関心を示した。総統就任後も、元慰安婦を訪ねたり総統府の食事会に招いたりした。康によると馬は「一貫して阿媽の最大の支持者だった」という。

 今年5月20日の就任7周年の記念演説では貴賓席に元慰安婦の陳蓮花を招待。演説の冒頭、「蓮花おばあちゃん」と声をかけた。任期最後の記念演説でのパフォーマンスに、日本側関係者は「日台関係が過去最良だというなら、演説の冒頭に慰安婦はないだろう」と不快感を隠さない。

 12月の開幕式典には、日本だけでなく韓国、中国の関係者も招待するが、康は「過去から何を学ぶかを大切にする施設で、抗日の意図はない。展示を見れば私たちの気持ちが分かるはずだ」と強調する。

 もっとも婦援会は日本政府に慰安婦問題での謝罪を求めている。昨年の8月14日には台北市内の日本の対台湾窓口機関、交流協会台北事務所前で抗議活動を行った。首相、安倍晋三の退陣を求めるプラカードもあり「過去」を振り返るだけの団体ではない。

 活動には中国での慰安婦問題の研究者を自称する中国人男性も参加していたが、最後まで報道陣に身元を明かさなかった。

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 台湾独立派の研究者でつくる台湾教授協会秘書長の許文堂は、馬が慰安婦問題を強調するのは、天安門事件への批判など、人権派が訴えるべき主張を「中国に配慮して言えないからだ」と見る。その上で、台湾で戦後、長く続いた慰安所を挙げ「もし慰安婦が問題だというなら『軍中楽園』にも向き合うべきで、(日本だけを)選択的に取り上げるべきではない」と話す。

 「軍中楽園」とは、49年の中台分断以降、台湾各地に設けられた中国国民党軍向けの「慰安所」の通称で、多くの台湾人女性が働いた。昨年には同名の映画も上映されたが、女性の人権問題としての認識は広まっていない。

 馬は先の戦争に触れるたびに「歴史の過ちは許せても歴史の教訓は忘れてはならない」と繰り返す。だが、その「歴史」を自ら選別しているとの自覚はないようだ。(敬称略)