新日本有限責任監査法人
金融アドバイザリー部 エグゼクティブディレクター
警察庁は、平成27年6月19日、「犯罪による収益の移転防止に関する法律の一部を改正する法律の施行に伴う関係政令の整備等に関する政令案」及び「犯罪による収益の移転防止に関する法律施行規則の一部を改正する命令案(仮称)」を公表し、意見募集を行った。
平成25年4月に全面施行された「犯罪による収益の移転防止に関する法律(平成19年法律第22号。以下「改正犯収法」という。)」等について、FATF(「資金洗浄に関する金融活動作業部会」)から、「マネー・ローンダリング対策等について各国が遵守すべき国際基準であるFATF勧告への対応に不備がある」と指摘されたこと等から、昨年11月に「改正犯収法」は再改正された(以下「再改正犯収法」という。)」。今般の政令案等の改正は、「再改正犯収法」を踏まえ、特定事業者が「取引時確認を行わなければならない取引」の明確化及び厳格な顧客管理を行う取引として「外国PEPsとの特定取引の追加」等の整備を行うものである。以下は、今回改正案のポイントである。なお、同日付で、厳格な取引時確認や顧客管理における厳格な措置を、リスクベース・アプローチの観点から実現するための「犯罪収益移転危険度調査書(案)」が公表されており、意見募集の締め切りは、ともに7月18日となっている。
1. 「取引時確認の厳正化」(再改正犯収法第4条第1項)
現状、本人確認に用いることができる証明書類については、「写真なし保険証」などが認められているが、FATFの指摘を踏まえ、写真なしの証明書を利用する場合には、国民健康保険組合員証や国民年金手帳など二種類の書類を提示する方法や国民健康保険組合員証等のほか当該顧客等の現在の住居の記載がある補完書類(国税又は地方税の領収証書又は納税証明書等)を提示する方法が定められている(主務省令案第6条)。
なお、法人顧客の取引担当者への権限委任の確認については、現状、社員証等により確認した場合も認められているが、FATFの指摘を踏まえ、改正案では削除されている(主務省令案第12条第4項)。
2. 「法人顧客の実質的支配者の確認」(再改正犯収法第4条第1項第4号)
法人顧客の実質的支配者の確認については、現状、株式会社等の資本多数決原則を取る法人については、議決権の四分の一超を有する者、それ以外の法人については、当該法人を代表する権限を有している者とされているが、FATFからの「顧客が法人である場合には常に自然人まで遡った実質的支配者の確認を行わなければならない」との指摘や法人の透明性の確保が世界的な課題となっていることも踏まえ、主務省令では自然人まで遡った実質的支配者を確認することとなっている(主務省令案第11条第2項)。また、主務省令では当該自然人が資本多数決法人の議決権の総数の四分の一又は二分の一を超える議決権を直接又は間接に有するかどうかの判定する際の算定方法が定められている(主務省令案第11条第2項)。なお、負担軽減の観点からか、確認方法は、従前どおり、当該法人顧客等の代表者等からの申告ベースとなっている。
3. 関連する複数の取引が敷居値を超える場合の取り扱い(再改正犯収法第4条第2項)
犯収法第4条は、金融機関等特定事業者に対し、一定の特定取引について取引時確認を求めており、200万円を超えるもの等が敷居値として定められている(政令案第7条)。
敷居値の判断については、取引が単独で行われた場合のほか、関連するとみられる複数の取引で行われた場合を含むとされており、すでに「改正犯収法」の施行の際、警察庁は「ごく短期間に同種の取引が多数行われた場合等で、その取引全体実質的に一つの取引と認められることもある」との解釈をウェブサイトで公開している。しかしながら、FATFからは「解釈による取り扱いでは不十分であり、敷居値の取り扱いについては、法令により明確にされる必要がある。」と指摘されており、これを踏まえ、現金等受払取引や預金等払戻し等について、複数回の取引が一回当たりの取引の金額を減少させるために行われたことが明らかな場合には、取引時確認を実施する必要があることが明文化されている(政令案第7条第3項)。
4. 「外国PEPsとの取引等に係る厳格な顧客管理」(再改正犯収法第4条2項)
FATF勧告においては、金融機関等特定事業者に対し、顧客がPEPs(Politically Exposed Persons)である場合には、通常の顧客管理措置に加えて一定の措置を求めているが、現状、我が国の法令にはPEPsに関しこうした措置を義務付ける規定が置かれていない旨、指摘を受けている。これを踏まえ、「犯罪による収益の移転防止のために厳格な顧客管理を行う必要性が特に高いと認められる取引として政令で定めるもの」として、「外国の元首及び外国の政府、中央銀行その他これらに類する機関において重要な地位を占める者等」(政令案第12条第3項)を定め、具体的には、主務省令において「外国政府等において重要な地位を占める者」として「我が国における内閣総理大臣その他の国務大臣及び副大臣に相当する職等」を定めている(主務省令案第15条)。
5. 「疑わしい取引の届出の要否の判断の明確化」(再改正犯収法第8条、第11条)
金融機関等特定事業者は、特定業務に係る取引が、マネー・ローンダリングの疑いがあるかどうか等を判断し、疑いがあると認められる場合においては、速やかに行政庁に届け出なければならないこととされている。この義務を履行するためには、金融機関等特定事業者は、顧客に関する情報その他の事情等を勘案して判断する必要があり、継続的な顧客管理が求められることとなるが、現状、法令上の明文化された規定はなく、FATFから、法令により金融機関等特定事業者に対し義務付けられなければならないと改善を求められている。これを踏まえ、再改正犯収法第11条第4号に基づき、「犯罪収益移転危険度調査書」の内容を勘案して講ずべき措置として、必要な情報の収集、整理、分析及び書面の作成を行い、当該確認記録及び取引記録等を継続的に精査するなど、継続的な顧客管理が明文化されている。(主務省令案第32条)
また、マネー・ローンダリングの疑いがあるかどうか等の判断にあたっては、「主務省令で定める項目に従って当該取引に疑わしい点があるかどうかを確認する方法その他の主務省令で定める方法により行わなければならない(再改正犯収法第8条第2項)。」とされ、「主務省令で定める項目」は、①通常行う取引の態様との比較、②当該顧客等との間で行った他の取引の態様との比較、③取引の態様と当該取引時確認の結果に関して有する情報との整合性 が定められ(主務省令案第26条)、「主務省令で定める方法」は、①主務省令第26条に規定する項目に従って当該取引に疑わしい点があるかどうかを確認する方法、②「既存顧客」との間で行った特定業務に係る取引については、当該顧客等の確認記録、当該顧客等に係る取引記録、特定事業者作成書面等の内容を勘案する方法、③「犯罪収益移転危険度調査書」の内容を勘案して犯罪による収益の移転の危険性の程度が高いと認められる取引については、取引時確認等の措置の的確な実施のために必要な監査その他の業務を統括管理する者に当該取引に疑わしい点があるかどうかを確認させる方法 が定められている(主務省令案第27条)。なお、犯罪による収益の移転の危険性の程度が高いと認められるものについては、「統括管理者からの承認を受けさせること。」と取引実行のプロセスについて言及されていることには留意を要する(主務省令案第32条第1項第4号)。
以上が、今般、公表・パブリックコメントに付された改正案のポイントであるが、上記のほか「簡素な顧客管理を行うことが許容される取引として主務省令で定めるもの」として、「電気、ガス、水道料金や入学金・授業料」が規定されるなど、改正は多岐にわたっている。いずれにせよ継続的な顧客管理が明文化されるなど金融機関等特定事業者の業務プロセスの変更やシステム対応などが必要と考えられ、再改正犯収法が昨年11月に公布され、「公布の日から起算して二年を超えない範囲内において政令で定める日から施行する。」とされており、時間的余裕はあまりないものと考えられる。