ソニーはどこで間違えたか②
「革新」という美名のもとに、本質を見失った
連載 通算第70回
出井伸之が大賀典雄社長に提言した中期戦略「レポート3部作」。情報・娯楽の流通革命に備え、ネットワークビジネスに着眼したことは間違いではない。問題は、経営そのものにあった。人気連載「盛田昭夫 グローバル・リーダーはいかにして生まれたか」(のちに単行本化を予定)。
社員の胸に届かないメッセージ
出井伸之は、アナログからデジタルへの「戦略転換点」で表に登場してきた。IT時代にソニーが向かうべきビジョンを見出せなかった大賀典雄社長の眼の前に、「アナリスト」として中期戦略を提言した「レポート3部作」を並べ、“未来のレシピ”を示して見せた。
さらにマーケティングとプロダクト・フィロソフィーの社内向け報告書2冊も加え、ソニーDNAに対する知悉ぶりまで披露した。次期社長と目された候補者たちが消えていったなかで、大賀は「消去法で」出井を後継者に抜擢した(ここまでは前回の連載で詳述した)。
だが改めて言うまでもないが、「アナリスト」として優秀であることと、現場で汗して働くエンジニアや社員たちを動機づけ、実践のなかで成果を上げる「経営者」の優秀さとは別のものだ。
社長になった出井伸之は、実際にどんなメッセージを社内に発信していただろうか。
経営に関する基本的な考えを披露した97年5月のマネジメント会同(千数百人の経営幹部・グループ首脳を集めトップの方針を伝える大会合)のケースを、取り上げてみる。
その場で彼は、ソニーのミッションは「夢の創造と実現」であるとし、経営理念は「夢のある企業活動をしていく。夢のある個人を大切にしていく。夢のある技術や商品を開発すること」と表明し、当時、注目されはじめた「複雑系」の概念を持ち出し、ここから“出井節”が発揮される。
「複雑系とは多くの構成要素からなる集団で、それぞれの要素がお互いに影響しあって新しい価値を生み出し、全体は単体の合計以上になる」ことだと説明(ちなみに「全体は部分の総和に勝る」はアリストテレスの言葉である)。さらに複雑系のキーワード「創発」に触れる。
「創発とは、個々の構成要素が、カオス状態から突然、規則的な安定状態に進化すること。たとえば氷が水となり、水が水蒸気に変わる『相転移』が起こるようなこと」だと解説。
「この概念をソニーの経営に当てはめてみると、各事業ユニットがお互いに競争したり影響しあうことで、トップマネジメントに『創発的進化』をもたらし、今度はそれがトップダウンで各事業ユニットにフィードバックされ、創発的進化を促すという感じで」、CSデジタル放送の「JスカイB」の事業をその「典型」として、「トップダウンで始めた」事例をあげてみせる。
あたかも出井が最初から主導したように聞こえるが、実際はソフトバンクの孫正義と“メディア王”ニューズ・コーポレーションのルパート・マードックがはじめた事業に出資をしたという話であり、「創発的進化」の「典型」例とはとても言えない代物だ。それに複雑系の概念を援用して見せても、地に足がついていないから、聴き手の胸にメッセージが届かない。
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