社説:視点・安保転換を問う…環境の変化
毎日新聞 2015年07月06日 02時30分
◇もっと丁寧な議論を=論説委員・布施広
安倍晋三首相がよく言う「安全保障環境の変化」が気になる。そもそも分かりにくい言葉だし、安保法制の根幹にも関わるので、「変化」の内実をもっと丁寧に論議した方がいい。
論議がないわけではない。安倍首相は時に北朝鮮の核・ミサイル開発や中国の海洋進出などを挙げる。およそ聞きごたえのある質疑にならないのは、中国への遠慮や日本の手の内を明かしたくない気持ちが先立つためか。だが、突っ込んだ議論もせずに法案採決を図るようでは国民置き去りというものだ。
では「変化」とは何か。今月公表された米国の「国家軍事戦略」が参考になろう。この報告書はロシアや北朝鮮、中国などの問題行動を、国名を挙げて詳述している。興味深いのは米軍制服組トップのデンプシー統合参謀本部議長が、自分の40年に及ぶ軍務経験の中で「今日の世界の安保環境が最も予測しがたい」と言っている点だ。
なぜ「予測しがたい」か。米国の力が相対的に低下し米主導の国際秩序に挑戦する動きが出てきたこと、組織と国が結託した新型の「ハイブリッド紛争」の危険性が高まったことが一因のようだ。後者には武装した中国漁民が尖閣諸島を乗っ取る可能性も含まれよう。大国間の軍事衝突の恐れも「低いけれど高まっている」という。
思うに2001年の米同時多発テロで安全をめぐる常識が揺らぎ、従来の価値観が色あせる「パラダイムシフト」が世界的に進行したのだろう。無謀なイラク戦争(03年)が米国の信用も体力も失わせ、「イスラム国」(IS)のような過激派組織を生み出し、同時進行的な二つの大規模紛争に米軍が勝利する「二正面作戦」も維持できなくなった。かくてオバマ大統領が米国は世界の警察官ではないと明言し、この言葉がまた世界の風向きを微妙に変えている。
だが、これは米国を主語とした分析であり、それが日本にどう関係するのか考えるのも政治家の務めだ。国会論戦が物足りないのは、与野党とも日本を主語として世界を語る視点と知見に欠けるからではないか。中国などの長期戦略を見据えて安保環境を多角的に論じてほしい。主要な論点を日本周辺の安全保障に絞り込むのは当然である。
湾岸戦争(1991年)などを取材したので日本外交に「湾岸のトラウマ」があるのは承知しているが、「ホルムズ海峡の機雷掃海」の意義を説かれても話がややこしくなるだけだ。分かりにくい法案とコンセプトを整理し、国民の得心がいくまで国会論議を続けてほしい。