50’〜のコンパクトな暮らし 読み物
4、こころ 自分の心にヒットする言葉3
6月の折々のうたは、

この4つ。
選者も多方面から言葉をピックアップしているから面白いのだが
其の中から自分にヒットする言葉をピックアップするのだから
偏りがある。
でも 今年はこれを続けてみるのだ。(笑)
○いい思い出だけが残ること、それを成仏と言うんです。
橋本峰雄
時が癒してくれる。
其の一言に尽きるか。。。
大人になるとなんだかライフイベントさえもう、遠くのことの様。
其の位自分の心が鈍くなって来たのか、
はたまた故人に執着していた自分の心が成仏したのか。
「成仏」って逝った人のことだけじゃなく、
「自分の心の執着」のこともまるっと含めて、のことなんじゃないか、
とこの頃思うのである。
まぁ、なんにせよ 時間が必要だと思う。
○年とともに人生はクロノジー(年代記)から
パースペクティブ(遠近法)になり、
最後は一枚のピクチュア(絵)になる。
中井久夫
付け加えるなら
『そして最期はドット(点)となり、消失していく。』
中井久夫氏は精神科医である。
うちにも一冊あって

もう一回、パラパラめくってみたところ。
”シリーズ ケアをひらく” の一冊。
人を「指導する」、というより「沿う」という視点でみておられる。
医療現場にいなくても 介護でも、もちろん普段の生活の中でも
中井氏の説かれる話は参考になる。
○「公」のもの、皆のものであるからこれは私のもの以上に
大切にしなくてはいけないというふうになりにくい。
加藤哲夫
公共のもの=誰のものでもない→
「だから私が勝手にしてもいいのだ」というふうに私物化される。
(鷲田氏の言葉を引用)
それゆえ最近の公共トイレはそこを逆手にとって
「きれいにつかってくれてありがとう。」
と先制攻撃をして制御するパターンが増えて来た。
私はそれを
「感謝性攻撃」と名付けている。
「いつも キレイに使ってくれてありがとうございます」
という張り紙をみると
「お、おうっ、、、」とひるむ。
「いや、いつもココ、使っている訳じゃないけどね」
と心で突っ込みつつ なんだかバツの悪い気がして退散する。
「個室の中の ”北風と太陽”」である。
抑制より感謝のほうが効力があるということを
最近の「公」は学んだようである。
あと、「公」のキレイを保つにはやはり
「キレイを維持すること」。
何故か人は 汚れている所は「汚していい所」とかってに解釈をして
増々汚れる。ヤバイ人も集まる場所になる。
マイナスがマイナスを呼ぶ、という悪循環が生まれるのだ。
なんにせよどこもキレイな空間にしていて損はない。
あ、話がそれたか。
○信条というのは、おそらく硬化というか、いわば
心の糊付けであって、糊はなるべく少ない方がいい。
E・M・フォースター
実父がほぼ同じこと言っていた。
「私は信念というものを持たないのが信念である。」と。
なんにしても
「ねばならない、ということに縛られないように生きたい。」ものである。
と6月のピックアップはこの4つ。
ことさら ゆる〜く 生きたい、この頃である。
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コーヒーが飲めるようになったら 愉しみが増えた♡
圏央道も繋がって 楽しみも増えた♡
というわけで行って来た「ゼブラコーヒー」。
ZEBRA coffee&croissant(クリックすると飛びます)。

使わなくなった倉庫を改造して

扉を開けると 馬がお迎え。

店内。
何処座ってもOK。

おされな横文字本が机に置いてあって

こんなカタチでコーヒーが出される。
2杯飲める。 クロワッサンもデカい。
(行った時はもう、クロワッサンはなくて
中に具が挟んであるやつを頼んだ。)
園芸部長と半分こ。
ここのコーヒー豆の選ぶ基準は「ナッティとフルーティ」。
(コーヒー初心者の私には まだまだよく判らないが)
豆はあえて4種類に絞ったそうだ。
”通”のためのコーヒーというより、
あえて「非日常を楽しんでもらいたい」というコンセプトが強い。

もとは「橋本」にあるお店らしい。
(ちなみにいったとこは「津久井」。)
なんでもそうだけど 知ると奥が深い。
コーヒーのことは「炒りが深い、酸味がある」位しか分らないけれど
おもしろそうである。
次狙っている所は
こことは真逆のラボ風のところ。
こだわりって凄いなぁ、、、と思う。(笑)
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8、お・や・か・た 親の家は片付いた8
まとめ1
先代の、又は現在の自分のモノを所有するなら
投機的価値をみいださないに限る
先祖代々の蔵でもないかぎり 「お宝」は ない。
親の家の片付けをはじめると
たぶん皆『これはひょっとしたら お宝?』
といったモノが出てくるかもしれない。
が
それは「何でも鑑定団」の見過ぎ である。
先祖代々の蔵があるような旧家でない限りは
手放すだけでもお金がかかって収支的には「赤」である。
中途半端な収集のもの、
例えば勢いでかった記念コイン数枚、記念切手パラパラ、
記念乗車券パラパラ
なぞ、
投機的価値を見いだせないモノにあたる。
突き詰めて言うなら モノを所有するなら
『一つのものをとことん集めて
コレクション部屋を作る位 集めた方が良い』。
(あと、人が集めなさそうなもの、ニッチなモノに眼を向ける)
其のくらいでないと 換金しにいく労力の無駄。
キッパリ断言する。
でもふつーの家庭の持ち物ってなんだか中途半端なモノが多いのが
特徴と言えば特徴。
これ、諸悪の根源っす。
もし、集めるのなら
例えば歴代の「トミカ」のミニカーをですねっ、(ニッチじゃないけど)
ぜーんぶコンプリートするくらいの気持ちで所有して欲しいんですわ。
其のくらいの「勢い」「覚悟」「資金」「維持管理」「スペース」をもって
モノを所有して欲しい。
中途半端なモノ集め、買ったもの は 哀しいかなゴミへと運命を変える。。。
それほど モノを買うって実は慎重にすべきものなんだ、と
親の家を片付けた私が思うコト。
50’〜はいかにモノを減らせるかが
健康的な生活の質を維持するポイントであると
今の私は感じている。
まとめ2へ続く。
あとちょっと、(汗)
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とうとう箱根も警戒レベル3に。
なんだかあちこち火山が噴火する。
「生きている、日本列島」を実感。。。(汗)
なので改めて
『家の中の揺れの備え』を見直す事にした。
一番気になっていた 開き戸。↓

ココがパカーンと開くと 食器がザラザラ。たぶん。。。
食器が壊れるのはしかたがないのだが、
やっかいなのは「飛散」すること。
落とした食器って案外遠くまで「飛散」する。
そういった片付けが面倒だし、
なによりニャンコが踏んでしまって怪我でもしたら大変。
(そこかよっ)
というわけで

取り付けた。
万が一 中でガタガタして 食器が割れたとしても
それはそれで良し。
飛び散らなければ。。。。
使い方は
小さいレバーを下げて
プッシュボタンを押すと 初めて開くという2行程。
閉める時は左サイドに飛び出たフックを元に戻して
小さいレバーを上げる。
面倒かなぁ、と思っていたけれど
何回かやっているうちに
「あ、このメカっぽい行程 す、好きかも♡」
東魔女に説明して何回か試してもらう。
「そういえば、じいじと淡路島の地震記念館みたいなの見学したとき、
地震に遭った家をそのまま展示していたわよ。
食器が床に全部落ちていて 凄かった。恐いのよね、食器。」
そうですか、そうですか。
「ぐりちゃん、下の炊飯器とか電子レンジは?
じいじは四角いクッションみたいなの付けてたわよ」
「はっ!そ、そうだね、ここも必要かぁ〜(滝汗)」
冷蔵庫には「突っ張り棒」、
TVには耐震のパットみたいなのをかませてあるが、
炊飯器、電子レンジ、トースターは無防備だった。。。。
一番凶器になりそうなのが電子レンジ?
(そうすると固定電話の下にも必要かも?)
ああ、地震のない国に住みたいぜ・・・・
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早くも夏のバーゲンが始まった。
ものの、観に行くだけで納得。
手ぶらで帰宅。
気持ちも変わるもんだ。
その前に今年購入した夏ものといえば

DO CLASSEのダブルフロントTシャツ。5部袖、7部袖Sサイズ。
(XSでも良かったかなー、肩が1センチ大きいかんじ)
ダブルフロント・ジュエルネック5部袖(クリックすると飛びます)
やっとこの歳になって「白Tシャツ」を着る勇気が出て来た。
ただの「白いTシャツ」にたどり着くまで偉い時間がかかったな。
まるで『肉はやっぱ塩だけで食べるのが一番美味いよねー』
の境地に至るまで時間がかかるのと同じ。
(なんじゃ、そのたとえ)
シンプルこそむつかしいのである。
「白Tシャツ」は
・シミをつけやすい&シミが目立つ。
・薄いと透ける。
それを危惧してずーーーと避けていた。
でもこれはダブルフロント(前見ごろ二枚仕立て)で透けない。
なにより「丈」がショート・ミディアム・ロングと選べる。
ピチピチパンツを卒業して、ガウチョ系やロングスカートになったので
上は短いものの方がよろしい。で、ショートを。
二の腕が冷えるので5部袖、7部袖。
ユニクロよりお高めだけれど
夏のヘビロテ定番ということで。
いやー「白Tシャツ」一枚選ぶにも
色々考えるお年頃になったものだ。
(シミ予防対策は、、エプロンをつける、もしも白で出かけたら
カレーやトマト系のものは食べないようにする、笑)
そして靴。

ラクチンでこの3年くらい履いていたのだが

サヨナラは突然に。(凄く楽だったのにぃ〜泣)
いままでありがとうね〜さらば。
サンダルはあと一つあるから それを使い倒そう。
そのかわり

ローヒールの本革 ダブルベルト。
しっかり足の甲を押さえ、土踏まずをキープする中敷も入れた。
ら、らくちんや♡
無理しない ゆるいおされ。
着るモノもほぼ全面改訂となり、量も少なく。
あとは 横に成長しないようにしよう。。。
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昨日今年の後半は「水」かなぁ〜とぼやいたらめちゃ雨の本日。。。
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8、お・や・か・た 親の家は片付いた7
義理父の急死
残ったモノはその人のゴールデンタイムのモノ
新居に移って数ヶ月後 まさかの義理父の急死。
相続なども協議書を作成して無事終わり、
49日が終わって新盆を迎える頃に
義理父の「負の遺産」(残したモノ)の整理に入った。
義理母は義理父のジャケットを一枚だけ残し衣類は処分。
他のものは夫が主に整理を担当した。
この時あっさり処分したのが
・旅行記(日程、車の走行距離、地図、写真など)。
旅行に行くとまとめたものをいつも見せてくれて義理父にとっては
旅行記は「結構楽しみなまとめ」であった。
しかし故人がいなくなると
「無用」のジャンルにっ。
まとめて「紙ゴミ」直行。
せつねー。
その他
・昔のPCの記憶媒体(フロッピー以前のもの)
→あっても開くPCがない。
・俳句の季語に関する風景のCD?DVD?全集
→興味無し。
・古い年賀状→問答無用シュレッター
印象深かったのが
やはり「仕事のもの」
・社史、社員バッチ、名刺。
義理父は良き時代のサラリーマン、会社を愛していたのだ。
それらは夫も義理父を偲ぶのに残してある。
私がとって置いてもらったのが
義理父が書き残した「俳句集」。
(編集して一冊にまとめたいのだが、センスがっ、、、
気力が無くなったら義理兄に押し付けちゃおう、えへへ)
特筆すべきは義理父が新居にまで持ち込んだ昔の思い出は
「小学校時代のもの」。ギャフン。
ブログでも以前夏休み帳とか紹介したが
たぶん
小学校の時期とサラリーマン時代の一番良い時期が
義理父のゴールデンタイムだったのだと思う。
(そう思うと
私の実母が最後まで持っていたのが
働いて居た時の社員名簿だったし、
実父は、、、あ、本だ、、、汗)。
そうか、
人は自分が一番輝いていた頃のモノを
大切に残すのかもっと気付いた。
ならば私のゴールデンタイムはいつだったのだろうか、
何を最期まで執着して残すのか、、、
ともかく自分が大切なものでも
他人にとっては何の価値を見いだせないことがままあるので、
自分が好きなものでも処分されてしまうのなら
いっそ自分の手で処分したほうが良いっ!
という考えに至って行った。
モノを残して
「残されたものに迷惑をかけるから片付ける」という気持ちより
「私のものは 私が責任を持って処分したい」
と言う気持ちが増々強くなった。
(あくまでも自分中心)
あと惰性で所有していたものの中に
「え〜グリちゃんったらこんなもの取っておいたのーーー(笑)」
と笑い者になるのもちとイタイ。
and、処分に困りそうなものをあらかじめ棺桶に入れる為の精査=就活
も始める事になる。
こうして親の家を片付け終え、
自分の身辺へとシフトチェンジしていくのであった。
追記
義理母が居るので
義理父の撮った夫婦のアルバムは未だ手を付けられないまま我が家に有る。
(特に後半線の老人の写った写真は なんの面白みもないーー)
義理父のまとめた「○○家のルーツ」と「○○家のまとめ写真アルバム」は
夫がすべてPCに読み込み済み。
たぶん、そのうち兄に渡すのだろう。
たぶん。
まだ 「要らないモノ」は残念ながらすこおし 存在する。
(次は義理母が肉体を卒業する時だな、、)
あとちょっとだけ
続く。
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夏の大祓をしに 地元神社ツアー。
♪茅の輪くぐり♪できるかな♪

おお!出来立てほやほやじゃん♡

が、阻まれた。
神事は14時から。
な、なんだ、と、、、。
いいもんね、もう一つ西の方向に神社があったはず。
そちらに移動。

第六天を祀る神社。(第六天って魔王なんだぜ。うひひ)

いぇ〜いV あったV
しかも 誰もいないV

お作法どうりにお参り。
この間も 誰も来ず。
私だけの空間〜♡
裏のパワースポットにもまわって
夏の大祓無事終了。
あとは ご近所の和菓子屋に寄って「水無月」を買おう♡
とお店に入るが
「水無月」は昨日で終了なんですよ〜と。
ええ、、そんなことって。(号泣)
家に帰ると
新幹線で火災、箱根レベル3引き上げと
「火」にまつわる事柄が目白押し。
今年の前半は「火」、
後半は「水」になるのかなぁ、、、、
そして私の穢れは払えたのか?
ざわつく6月30日だが
今年の後半も平常運行で過ごしたいものである。(祈)
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8、 お・や・か・た 親の家は片付いた6
堆積した「家の歴史」の地層をはがす
モノ離れがいいのは どちらかといえば「女性」のほうかもしれない。
女性は「嫁ぐ」という強制リセットが生じると、
否が応でも自分の生活をゼロスタートし始めるからだ。
元々”月のもの”も体のリセット機能だし。
わが義理母が特殊&スーパー柔軟性回路の持ち主なのかもしれないが
「新しい土地に暮らす」期待と好奇心の方が強く
カオスの納戸(義理母の桐の箪笥2、引き出し箪笥1その他所有のもの)
はそうと決まれば「いらない〜」とあっさり。
どちらかというと
「処分の仕方が判らないからとっておいたの」というモノが多かった。
※それと兄弟姉妹の中で「家を継ぐ」という立ち位置になかったというのも
影響していると思う。
対して男性は
過ぎ行く方に囚われる傾向があると思う。
「責任」とか「引き継ぎ」とか「足跡」が気になるからか。
義理父は それ+本来の「もったいない性分」があわさって
モノ離れの決断が鈍った。
特に義理父管轄の
秘境の物置は有る時点まで活躍していたモノ
(車のメンテナンス類、大工道具)が多かったので
時が止まった時点で
「とりあえず 置いておこう」の魔窟と化していた。
しかしながら引っ越しの期日は決定し
義理父母の家の処分も決まったので
「とりあえず、要る」
と主張した義理父が差配したモノを
段ボールに詰めるしかなかった。
(人のものなので 私の強引な判断で処分するのはためらわれた)
この時点で処分したもの
・食器の一部、家事道具、箪笥類(複数)、冷蔵庫、洗濯機、TV
義理父手作りの家具複数、文机、☎台等。
物置、大型のものは業者に撤去を頼み いざ引っ越しとなる。
堆積した「家の地層」をブルトーザーで粗く削り、
その地層の「たぶんあんまり要らないもの」をそのまま新居に運んだ。
新居でも其の精査は続き、
毎日シュレッターがけが義理父母の仕事となる。
それほどいっぺんでは片付かない諸々が多かったのである。
気持ちの切り替えの難しさを改めて実感した。
それは加齢による判断力の低下と
過去に対する執着なのかなぁ、と思ってみたりした。
引っ越しと同時に新居には新しい家電がが入り、
まだ荷解きがすべて終わっていない中で生活が始まった。
いざ、持ち込むとまだまだモノが溢れており、
これは大変と
私も多過ぎる自分たちの荷物を改めて
福祉関係の施設に声を掛けてバザー用にと放出した。
3世帯のものが1世帯に落ち着くまでは
新居に入ってからもまだまだ続いた。
あちゃー。
自分が老人になってからではおそいっ!
「気持ちよく暮らす為には 先の事を視野に入れつつ
今までをさらに清算していかないと駄目だ。」
と新しい視点が私の中にプラスされた。
続く。
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今年のバタフライファーム、蝶界の口コミがあったのか
ファーム利用者が増えた。(笑)初のクロアゲハ↓6月22日

園芸部部長 小躍り♪
羽化寸前、スケスケ。
「写真、写真撮っといて!」と言い残して仕事へ。

ハッチが開く。

出てくる。

よっこら、 がんばれ。

よいしょ、よいしょ。

ふぅ。 体液を巡らせて羽根を拡げる。

乾かし中。

どうよ。
・蝶達、幼虫から〜終齢になるまでのリスクはというと、
寄生蜂、寄生バエにやられる&アシナガバチに肉団子にされて拐かされる。
・蛹になる時のリスク→足場が堅牢でないと滑落→アウト。
・蛹から成虫のリスク→捉まる場所にうまくつかまれなくて
ちょっとでもそこで転落したら→アウト。
と、変容する場面で
いつも 命を賭けている。
そして
いつもうまくいくとは限らないのだ。
昨年 後半期の子達は最後の成虫になる段階で滑落が多く、(泣)
そのまま空に飛び立つ事無く ICUでその命を終えた。(号泣)
当たり前と思って過ごしている事も
実は
本当は賭けの連続なんだと 蝶に教えられる。
命って 奇跡の連続なんだよな。
日々 「ありがたい、と思って生きる。」
これが毎日で来たらサイコーである。
でも、忘れがちなんだけれどね。
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50’〜からのコンパクトな暮らし 読み物
8、お・や・か・た 親の家は片付いた5
「ん〜とっておいて&ひょっとしたら居るかもしれない、
要らないものの判断がむつかしい老夫婦」
婚家はいつも整理されており 一見するといつも片付いているように見えた。
が、
実は有る時点(夫が独立したあたり)から
ほぼ生活の中身が更新されていない状態であった。
家電の買い替えや全自動にしたトイレ、洗面台のリフォームなど
家のマイナーチェンジはあったが
「二人を取り巻く環境」
(二人の歴史のような、 堆積していった様々なもの)
は動いていなかった。
完成された、、というか
『時が止まった』状態。
本棚の本は古い情報だったし(人の事は言えない)
飾り棚の飾りは それで?というかんじだし、
2Fの空きスペースは
過去義理父が日曜大工で家具を作っていた名残の空間がそのまま。
台所も同じで
義理母がパン教室に長年通っていたパン&お菓子づくりの道具が
所狭しと置かれていた。
そしてカオスの納戸。
秘境の外物置2つ。
(でも人を非難出来ない、我が家もそうだったから)
特に「ええ〜?」と思ったのはモノが入っていた
空箱。
義理父は自分で色々工夫してあれこれ作るのが好きだったので
そうめんの木の箱など沢山とってあった。
いつか使うかもしれない
小型家電を手放す時も箱が居るかもしれない
等の理由で大事にとってあったのである。
戦争体験世代だけにがっちりもったいないおばけがとりついていた。
最初のうちは本人の意志を尊重して
一つひとつ聞いて片付けていた。
が
「ん〜とっておいて」
「ひょっとしたら 使うかもしれない」と
なかなかエンジンがかからなかった。(泣)
一番片付けやすかったのは夫本人の部屋。
結婚して出て行ったままの状態で残っていた其の部屋は
本人の手でやっと片付けられた。
ココでの整理はやはり
・週末に大型ゴミを市のリサイクルセンターに毎週運ぶ。
・アンティーク家具を扱うお店に売る。
(最近はどの家も小さい家具しか置かない為、
大型なものは引き取られず。)
・毎度おなじみのNPOショップに来てもらい、
パン作りの道具など一式引き取ってもらう。
・毎週ひたすらゴミ出し。。。
ここでも手放す為に 労力&出費が必要だった。
※時代も変わり行政もリサイクルを推進し始める。
不要物を出すにも分別が煩雑になり、老人にはそれも負担になり
モノが溜まって行く一因にもなった。
義理母などは
・「いつか居るかもと思っていたものが
不要と判っても今の出し方が判らない、、」
という状態だったのである。
例えば義理母結婚前所有の「スケートのマイシューズ」。
ボディは革、ブレードは金属。
分解して出すの?
不燃ゴミ?
革は燃えるゴミ?
なんかわからないし、めんどくさいワ、、、
いつか、、、ね。
と今まで引っ張って来てしまった。
そういった過去の遺産がすこ〜しずつ 静かに堆積していった。
居るかもしれない、と思っているうちに
老老の二人は時代から取り残された、そんな感じであった。
続く。
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