日曜夕方の池上ワールド【「アンネの日記」に隠された秘密とは?池上彰が読み解く】 2015.07.05


日曜日の夕方ちょっと不思議な番組を作ってみました。
またイギリスの…。
何をやってんですか何を?あ〜!おじゃましてます。
はいいらっしゃいませ。
よろしくお願いします。
私の仕事部屋なんですけどそれがそのまま解説部屋になってると。
でも池上先生の本がちょっと少なくないですか?いやここには全然ないですね。
ないんですね。
私はですねちょっとあまりに次々出るので全部っていうわけじゃないんですけど。
確かに。
少しは読んでると。
正直正直ですね。
ひどいな。
いくつか読んでますと言ったらあとで読んでるかどうかテストしようと思ったんですけど。
あぁ正直にすみません。
というわけで改めまして私の解説部屋にようこそいらっしゃいました。
いえおじゃましてます。
今日読み解く歴史と本の世界なんですが…。
これは誰かわかります?アンネじゃない?違った?えぇ…。
え違う日記じゃない。
内容ってご存じですか?
池上彰は著書『世界を変えた10冊の本』で最初の1冊に選んでいるのです
いったいどういうことなのでしょうか?
うわぁ。
池上彰は…
大江麻理子は…
相内アナは…
そこから見えた…
いましたね。
いましたね。
そしてイギリスで新たな出会いが。
アンネのお姉さんに話を聞くことができました
『アンネの日記』を巡る…
更に…
なんと『アンネの日記』が現在の国際情勢に大きな影響を与えているというのです
『アンネの日記』の一節を私は思い出すわけです。
読んだ人も読んでいない人も
世界的な大ベストセラーなんですけどああやって街頭インタビューすると意外に知らない人多いんですね。
日本の方はみんな読んでるんじゃないんですね。
これが『アンネの日記』なんですけど小島さん読みました?はい。
どういう歴史で書かれたかこの女の子はどういう境遇にいたかも…。
あっそうなんだ。
教科書に出てきたんですね。
で全文は読んだんですか?全文は読んでないです。
読んでないんだ!?はい。
え〜っ!少なくとも僕の世代僕の地域はみんな必修で読まなきゃいけない。
で僕1回しか読んでないですけどその内容はもうすごい鮮明にまだ覚えてまして。
読んだほうがいいですよ今からでも遅くないです。
まずは読んでいないあなたへ。
1分で分かる『アンネの日記』。
作者は…
アンネは迫害を逃れるため窮屈な隠れ家に一家で身を潜めて暮らしますしかしやがて捕まり…
戦争が終わったあと生き残った…
娘が綴っていた日記を引き取ります。
出版すると世界的なベストセラーに
今も世界中で読み続けられています
宮崎さんはお読みになりました?近年になってまた…。
はい増補改訂版ね。
それを読みました。
私ね大人が読まなきゃいけないと思いました。
子供ももちろんだけどそんな気がしました。
さあそのアンネ・フランクのこの実は『アンネの日記』って日本語に訳されてますけど。
そうなんですか。
ええそもそも隠れ家に隠れてたわけですね。
そうなんです。
こちらがドイツ語の原文です。
日記のほとんどはアンネが隠れ家で過ごした2年間に書かれたもの
オランダアムステルダムにあるこの細長い建物が実際の隠れ家。
アンネは13歳から15歳までの多感な時期をこの中だけで過ごしたのです
その実際の隠れ家。
模型を用意いたしました。
オランダのアムステルダムの隠れ家ですね。
はいこちらが表通りだったわけなんですが表から見るとこういう建物になっているんですね。
なんですが実はですね奥には…。
奥行きが。
はいこのような奥行きがありましてここがアンネの隠れ家になっていたんですね。
ちょっとこの内部を見てみましょう。
おぉ。
うわぁすごい。
ここはいろんなもの資材置き場倉庫になっていたんです。
でここでは…。
ですからここで物音を立てると気づかれてしまう。
トイレに行くのもはばかられるような状態だった。
こちらにいる人からはまったくわからないようにですね実は隠れ家の入り口のところが本棚になってまして。
ほ〜。
すごいな。
この本棚が隠し部屋ですね。
ここが開くと中に入れるというわけなんですね。
ずいぶん狭い空間ですよね。
そうですよね。
つらいでしょうね。
ですよね。
日中動けないいちばん動きたい歳なのにね。
そうですよね遊びたいですよね外で。
ではその『アンネの日記』どんなものだったのか。
これがその『アンネの日記』の部分なんですがちょっとここを拡大してみましょうか。
はいこの日記キティーという名前がついていたんですよね。
誕生日のプレゼントで日記をもらってそれでアンネはこの日記にキティーと名づけて親愛なるキティーへというかたちで日記を綴っていたんですね。
さあどんなことが書かれていたかといいますと。
強い気持も書かれています。
日本の読者はこのかわいらしいかわいそうな女の子の物語として少女の心あるいは将来の夢ここまでは読むんですけど。
実はここにユダヤ人としての自覚も書かれているってことに意外に気がついていないということなんです。
池上さんが世界を変えた1冊に選んだ『アンネの日記』。
そこにはどんな理由があるのでしょうか。
池上はこの春から名古屋の名城大学で教壇に立っています。
テーマは…
今日は『アンネの日記』であります。
ナチスドイツの迫害を受けて隠れ家にずっと暮らしていたアンネ・フランクが日記を書いていたわけですね。
まずは…。
ちょっとその動画を出していただきましょう。
生前の…
これは1940年頃のアムステルダムの様子です。
ユダヤ人の暮らしぶりを撮影したものです。
この頃はまだナチスの迫害はオランダまで及んでいませんでした
窓から顔を出す少女がアンネ・フランクです。
隠れ家で暮らす前の時代ですね。
これがアンネ・フランクだというわけですが彼女はもちろんドイツで裕福な家の次女として生まれたわけですね。
お姉さんがいました。
しかし…。
身の危険を感じたアンネ・フランク一家は…。
父は銀行を経営。
裕福なユダヤ人家庭でした。
アンネが生まれた年世界恐慌が発生。
ドイツ国内には失業者が溢れました。
そんななか登場したのが独裁者…
ヒトラーはドイツの不景気はユダヤ人のせいだと訴え徹底してアンネたちユダヤ人を弾圧します
独裁者というのはですねどこかに…。
ユダヤ人を敵だすべてはユダヤ人が悪いんだ。
みんなの失業者が多い。
これはユダヤ人が悪いんだ。
そして結果アンネ・フランクもその弾圧の対象になったということです。
ユダヤ人はひと目でユダヤ人とわかるように胸にこのような印をつけさせられました。
街の至るところにユダヤ人立ち入り禁止の文字が掲げられ買い物は限られた店で限られた時間しかできませんでした。
学校や職業も制限されたのです。
そして強制隔離が始まります。
街の一角を高さ3mのフェンスで囲ったゲットーと呼ばれる地域にユダヤ人を閉じ込めたのです。
劣悪な環境のなか伝染病が蔓延。
まともな食事も与えられませんでした。
連日多くのユダヤ人が亡くなります。
これは街角の遺体を運ぶ様子です。
人々は遺体に目もくれず横を通りすぎていきます。
アンネたち一家はオランダへと逃げました
ドイツから逃げてきたアンネたちはこのアパートの3階部分に家を借りていたそうです。
隠れ家に入る前に一家が暮らしたアパート。
ここはナチスから逃れた…
近くにはアンネが通った小学校も残っていました
ここがアンネが使っていた教室です。
池上彰が世界を変えた本に挙げる『アンネの日記』
隠れ家に入る前にアンネが通っていた小学校が残っていました
ここで友人たちと学校生活を送ったアンネ
おしゃべりが大好きな活発な少女だったといいます
アンネが使っていた机も当時のまま残されていました
13歳の誕生日両親から手帳をプレゼントされたアンネは日記を書き始めます
アンネ・フランクの日記を読んでいきましょう。
最初のところはまだ隠れ家に入る前ですね。
友達に対して実に辛辣なことを書いています。
あぁ幼い少女っていうのは…。
読んでください。
はい。
「ジャクリーヌ・ファン・マールセンは一応私のいちばんの親友ってことになってますけど実を言うと私まだ本当の親友を持ったことがありません」。
辛辣ですよね。
で今これ…。
まあこれくらいはいいよねっていう子は本名で書いてあるんですが。
日記を書き始めてわずか…
ナチス・ドイツはポーランドを皮切りに周辺国に攻め入りヨーロッパの大部分を占領しました
オランダでもユダヤ人迫害が始まったのです
アンネたちはアムステルダム市内にある隠れ家に逃げ込むことになりました
こちらアンネ・フランク・ハウスと書いてあります。
アンネが13歳から15歳までの2年間を暮らした隠れ家ですね。
今では博物館になっています。
今でも多くの人が訪れるこの場所でアンネはどんな生活を送ったのでしょうか
1階と2階はジャム工場の倉庫や事務所でした。
アンネたちは3階の奥にある隠し部屋で友人家族らと合計8人で隠れていました。
このことを下で働く従業員たちには気づかれないようにしました。
密告を恐れたためです。
この本棚が…。
ふだんは固く閉じられていました。
本棚の先には8畳ほどの部屋が。
ここで両親など4人が寝起きしていました。
とりわけトイレを使うとトイレで水を流すとその音がわかってしまうという非常に苦しいなかでひっそりと暮らしそして夜になってこの従業員がみんないなくなるとようやくホッとして食事の支度をしたりという束の間のひと時が訪れるこういう状態だったわけですね。
いろんなポスターや写真が壁いちめんに貼ってありますね。
アンネは大好きだったアメリカの俳優の切り抜きを壁に貼って眺めていたそうです
こちらには何かこうさまざまな線が引いてあります。
壁に刻まれた成長の証し。
育ち盛りだった彼女は…
え〜私160センチですけどアンネは更に大きかったんですね。
へ〜。
この机で日記を綴りながらアンネは体も心も成長していったのです
アンネが大きくなる過程で今度は母親との関係が非常にうまくいかないわけですね。
アンネ・フランクはお父さんは大好きなんですがお母さんのことを徹底的に嫌っています。
今度は母親との関係について書いてるところを読んでもらいましょう。
はい。
「やれやれまたしても黒星を取ってしまいました。
ゆうべのことです」。
このへんでやめときましょうね。
はい。
これもまた成長の記録のひとつということが言えるんではないでしょうか。
更に今度はアンネが1人の女性として成長する過程を話を読んでもらいましょうか。
この隠れ家には別の家のペーターという男の子がいました。
第一印象は本当に悪いものでした。
しかしやがてそのペーターに対してアンネ・フランクは淡い恋心を抱きます。
一緒に隠れていた友人一家の息子です
2人のお気に入りだった場所が…
あ〜ここでキスをしたんですね。
特に男性の場合女性が少女からやがて一人前の女性になっていく過程というのはなかなか見ることができません。
書物によってそういうことを知るそういうこともできるわけですね。
『アンネの日記』はそういう読み方もできます。
ここまでは少女の成長の物語でした。
しかし彼女はやがて今度はユダヤ人としての自覚に目覚めます。
はい女性が手を挙げました。
どうぞ。
先生のご意見でよろしいので…。
わかりました。
いい質問ですね。
出ましたねいい質問。
さぁユダヤ人とは何かということなんですが…。
この2つがユダヤ人であるという定義なんですね。
ユダヤ人とは…
これが不思議なんですよ。
普通民族というのは…。
この『アンネの日記』というとなんとなくかわいそうな少女の日記という印象を持っている人がいるかもしれませんが…。
アンネたちに危機が訪れます
恐怖に震えながら息を潜めるアンネたち。
幸い隠れ家は発見されませんでした
しかしこの時アンネの心にある疑問が生まれます
何でユダヤ人はこんなに迫害をされるんだろうか?という疑問からやがてユダヤ人としての自覚を持っていく。
ユダヤ人というのがどんな存在なのかっていうことがわかる一節があります。
子供の頃『アンネの日記』を読んだ方いらっしゃるんではないかと思います。
でもこの一節が意外に記憶に残っていないんではないでしょうか。
アンネが生きた時代…
そのうち600万人がナチスの迫害で命を落としたのです
そうですよね。
その根っこには宗教が関わってると言われているんですね。
ヨーロッパといいますとキリスト教社会ですよね。
迫害の理由がいろいろとあるんですね。
キリスト教の新約聖書のなかにマタイによる福音書というのがありましてそのなかにこんなエピソードが出てくるんですね。
イエスはユダヤ教の改革運動をしたために死刑判決を下されるんですね。
その時当時の支配者…。
ここはローマ帝国だったもんですからローマ帝国の総督ピラトがイエスを死刑にするのはおかしいんじゃないかと個人的に思ってたと言われてます。
そしてそこに集まってきたユダヤ人たちに本当に彼を十字架にかける必要があるのか?と問いかけたというんですね。
そうするとそこに押しかけたユダヤ人たちはイエスを十字架につけろと叫んだというんです。
そしてこう言ったというんですね。
「その血の責任は我々と子孫にある」。
つまり「イエスを死刑にしたためにもし報いがその子孫に及んでもかまわない」。
こう言ったというふうにここに書いてあるんですね。
その結果ヨーロッパに移り住んだユダヤ人たちはイエスを十字架にかけた…。
張本人…。
張本人あるいはその子孫である。
その子孫は報いを受けてもしかたがないって言ったんだろっていうかたちで徹底した差別を受けるんですね。
これは中世ヨーロッパで行われていたユダヤ人迫害の様子を描いたイラストです。
ユダヤ教からキリスト教への改宗を迫られ拒否すれば火あぶりにされたといいます
迫害の理由その2です。
中世のヨーロッパではですねユダヤ人が就ける職業というのが非常に限られていて当時の多くのキリスト教徒たちが仕事をやりたくなかった金融業などの仕事しかユダヤ人には与えられなかった。
そしてユダヤ人たちはこの仕事で頑張るしかないわけですね。
これで一生懸命頑張って成功するんですね。
お金持ちになる人が次々に出てくるわけです。
そうすると貧しいキリスト教徒の人たちからはまた恨まれてしまうわけですね。
うん…そういう歴史があっても迫害するのはどういうことかと思うんですけど。
確かに成功する方が多いんですよね。
頭がいいんですよね。
中世ヨーロッパで迫害されててですね土地を所有することが許されなかったんですよ。
土地が持てないんですね。
そうすると現金で持つしかない。
っていうことになったりその現金もいつ取り上げられるかもしれないとなると子供たちに残せるものは教育しかないわけですね。
子供への教育に力をいれる。
当時のヒトラーにしてみればどこかに敵をつくる。
敵をつくることによって自分の支持を得ようとしてすべてドイツでいろんなことが悪いのはユダヤ人のせいだ。
ユダヤ人を差別することによってヒトラーが力を得てくるその結果こんな目になったということなんですね。
文章を書くのが何より好きだったアンネ
キティーと名づけられた…
2年間書き続けられた日記の日付は…
ナチスの秘密警察がついに隠し部屋へと入ってきたのです。
何者かによる密告だと言われています
2年1か月に及んだ隠れ家生活が終わりました
一家が連れていかれた場所へと向かいます
そこは…
当時の映像が残っていました。
映っているのはユダヤ人たちの楽しそうな姿。
いったいどういうことなのでしょうか?
池上彰が世界を変えた本にあげる
ナチスにとらえられたアンネたちはある施設に運ばれました
アンネたちオランダのユダヤ人は逮捕後
アンネが運ばれた当時の実際の映像が残っています。
サッカーやフォークダンスを楽しむユダヤ人たち。
収容所の中には劇場までありました。
何も知らされないアンネたちにつかの間の娯楽が与えられたのです。
ここはアンネが実際に収容されていた建物の跡地
アンネは1か月ほどこの収容所で過ごし次の場所へ運ばれました
池上はナチスの強制収容所の一つを訪ねました
結構重たい扉ですね。
うわぁかなり広い敷地ですね。
広いですね。
ここをモデルにヨーロッパ各地に強制収容所がつくられます。
ユダヤ人たちは過酷な労働を課され働けない者は容赦なく処刑されました
実際に使われていたムチですね。
うわぁ。
本人に数えさせた。
囚人をあそこに並べてこんな目にあうんだぞというので…。
ポーランドのアウシュビッツ。
ずいぶん遠いところまで。
オランダから1000キロ以上離れたポーランドのアウシュビッツ強制収容所
家畜用の貨車に70人もが押し込まれたといいます
4日かけてたどり着いたのはポーランド。
ここはアウシュビッツにほど近いクラクフという町。
かつてポーランド王国の都として栄えました
この町を大江麻理子が訪れました
今回私ポーランドには初めて来たんですけれども。
町並みがきれいですね。
町の中を馬車が走ってるんですね。
これは観光用ですか。
世界中から観光客が集まる美しい町。
ここから車でわずか1時間ほどの場所にアンネが運ばれたアウシュビッツ強制収容所があります。
死の門と呼ばれたゲート。
誰ともなく言った言葉
300もの収容棟が並んだアウシュビッツ第2収容所
70年前ここはユダヤ人であふれ返っていたのです。
アウシュビッツで公式ガイドを務める日本人中谷剛さんに話を聞きます
当時の証言によれば生死の選別。
到着してすぐ多くのユダヤ人がガス室に送られました。
大小7つの建物で1日数千人が殺されていきました。
ガス室の1つが残っています。
ユダヤ人たちはシャワーを浴びろと言われ服を脱ぎ入っていきました。
労働力にならない14歳以下の子どもは母親とともにガス室へと送られました。
15歳になっていたアンネは生死の選別を免れました。
しかし待っていたのは
アンネはこのような宿舎で生活していました
3段ベッドがすき間なく並べられています
こんなに幅が狭いんですか?もう栄養失調になっていくとたいていみんな痩せ細っていってそういう人たちが
与えられたのはわずかな食事だけ
皆並んで用を足します。
1人に与えられた時間はわずか20秒ほどでした
この穴から落ちてしまうくらい痩せていたんですか?
アンネはここで2か月間生き続けました
しかし次に移されたドイツのベルゲン・ベルゼン収容所で…
世界を変えた10冊のなかの1冊だと選ばれて当然だと思うんですけど。
本当に戦争っていけないなとそれを知らせる本当に大事な1冊だなと思いますね。
アンネが淡い恋心をよせたペーターって男の子。
あの子はまた別の収容所に入れられていてなんと非常に皮肉なことに強制収容所のなかで病気にかかって…。
第二次世界大戦時のヨーロッパの地図です。
アンネ・フランクは一家で各地を転々としたんですね。
もともとの出身地はドイツのフランクフルトですね。
ここにいたわけですがナチスが政権をとる。
このままでは危ないというのでオランダのアムステルダムに家族で移り住んだんですね。
ここで隠れ家の生活を送っていたんですがそのオランダもドイツによって占領されてしまってある日この隠れ家にいるところが見つかってしまって…。
今度はポーランドのアウシュビッツ強制収容所に送られた。
その後更にドイツのベルゲン・ベルゼン強制収容所に送られて15歳でチフスと栄養失調で亡くなったと。
こんなに転々としたんですね。
私たちは生前のアンネをよく知る人物に会うことができました
姉だけが知る
池上はドイツでの取材中あるものを見つけました
アンネ・フランクがいましたね。
はいいましたね。
アンネの写真を掲げる人々。
戦後開かれたナチスに対する裁判のようすです
ナチのメンバーに対する判決が生ぬるいといってこの抗議活動をしてる…その時の写真なんだそうです。
やっぱりそういうときにアンネ・フランクの写真がシンボルとして使われますね。
そんな彼女には夢がありました
アンネの家族でただ一人生き残った
隠れ家に戻ったオットーはアンネが日記を書いていたことを知ります
アンネの夢はこういう形で叶えられました
実は『アンネの日記』には続きがあるのです
私たちが会いにいったのはアンネの義理のお姉さん
ハロー。
ナイストゥーミートユー。
エバ・シュロスさん86歳。
オーストリア生まれのユダヤ人です。
第二次世界大戦後エバさんの母親は…。
実はエバさん小学校時代アンネと同じ学校に通った同級生だったのです
当時の写真を見せてくれました
小学生のアンネ
だってずっと話しているんだもの。
たしかエバさんもナチスの迫害を逃れるため協力者の家に身を潜め隠れ家生活を送りました。
しかし
ナチスはこう言ったといいます
エバさんの腕には70年経った今も当時ナチスに刻まれた入れ墨の痕が残っています
生き抜いたエバさんはアンネがつづることのなかった収容所の様子を多くの人に知ってほしいといいます。
彼女のほんとにむごい戦争だった。
各国で翻訳された『アンネの日記』は
世界的ベストセラーになりました
世界中の人々が『アンネの日記』を読んでいると本当に第二次世界大戦が終わりユダヤ人はユダヤ人でそれは祖国を持ってこそこういうことはないんだ。
祖国を持ちたい。
こういう思いが募ってくるわけですね。
迫害を受けたユダヤ人は戦後自分たちの国を持ちたいと熱望します。
選んだ場所は
1948年ユダヤ人の国イスラエルが誕生しました
ユダヤ人の少女が過酷な運命になったということをこの本をきっかけに世界中に知られるようになりあんな酷い目にあったユダヤ人たちが自分の国を作りたい。
応援してやろうじゃないかという気になった。
そういう歴史的な意味のある本なんだということですね。
『アンネの日記』はまさに歴史を変えた一冊なのです
ところがこの『アンネの日記』が本となって出版されて世界の人がこれを読むことによってまたもうひとつの問題というのがややこしいことになってくる。
それが中東問題なんですね。
さぁ『アンネの日記』と中東問題。
いったいどんな関係があるのでしょうか。
国連はイスラエル建国にあたってパレスチナの地をユダヤ人とアラブ人の土地に分けようと提案します
しかし…
周辺の国々にしてみればこんな話聞いてないよっていうことになるわけですね。
突然異教徒のそこでイスラエルという国を攻撃する。
これがここから中東戦争が始まっていくわけですね。
1948年のイスラエル建国直後第一次中東戦争が起こります
ユダヤ人とアラブ人の領土を巡る戦いはその後も続き大きなものだけで
70年経った今も相次ぐテロや空爆などで犠牲者を生み続けています
現在はユダヤ人が支配地域を広げアラブ人は2つのパレスチナ自治区。
ヨルダン川西岸地区とガザ地区に暮らしています
それに対してでこれをイスラエルは「フェンス」と呼んでるんですけど。
実際には見てください。
壁ですよね。
イスラエルがパレスチナ自治区の周りに建設した壁。
その名も…
身長160センチの相内アナと比べると…
その高さに圧倒されます
パレスチナで暮らす人々は基本的にこの壁を越えて行き来することはできません
壁の内側パレスチナ自治区でアラブ人に聞きました
今の中東問題についてどう思いますか?
かつて虐げられていたユダヤ人の別の姿がここにはありました
その『アンネの日記』と中東問題についての関係性ですね。
こちらの地図を見て考えていきましょう。
イスラエルとパレスチナ自治区の地図になります。
ユダヤ人が住んでいるイスラエル。
それからアラブ人ですね。
今パレスチナ人という言い方もされていますけど。
そういう人たちが住んでいるパレスチナ自治区。
そのパレスチナ自治区はヨルダン川西岸地区とガザ地区の2つに分けられているわけですね。
先ほどVTRにありました分離壁はここを取り囲むように作られていましたね。
この分離壁が出来て以降イスラエル側での自爆テロっていうのは激減したんですね。
確かにテロを防いだという効果があることもまた事実なんですね。
なんでイスラエルがこんなに強行な態度をとっているのかっていうことが『アンネの日記』の一節でうかがうことができます。
「弱いものは狙われる強くなければいけない」。
今のイスラエルってまさにそれでしょ?ねえ?強いですね。
アンネのこの一節はまさに今のイスラエルの方針。
世界からどんなに非難を浴びてもなかなか『アンネの日記』読んでてもちょっとあの…ちゃんと読み込めてなかったなっていう気がします。
学校ではどうだった?そういうところまではやってないですね。
イスラエルと対立するパレスチナ自治区ガザ。
ガザ地区には
イスラエルと緊張状態が続いています
池上彰はどうしても見ておきたいとガザへ入りました
イスラエルからガザ地区に入るとき非常に厳しいチェックを受けまして現在これガザ側に入るまでの緩衝地帯ですね。
延々と歩いていきます。
非常に高い塀ですね。
ガザ地区側に入りますとほんとに
歩くことおよそ20分。
1.5kmの緩衝地帯を抜けガザ側に到着。
治安が悪化しているため移動には国連の車を使います
ガザ地区に入って最初の印象はイスラエル側に比べて非常に荒涼たる光景が広がっているということです。
無人の建物がずいぶんありました。
ガソリンスタンドが営業していませんでした。
ようやくここ町なかに入ってきましたけれどもとにかく排水がなってませんね道路が水浸しです。
ちょっとの雨ですぐに溢れてしまうんだそうです。
閉まってる店も多いですね。
なんか非常にこうさびれたという感じ。
そんな印象がします。
それから街のあちこちにこれまで
ガザ地区の住民は1948年の第一次中東戦争以来60年以上難民として暮らしています
壁で隔離されているため生活物資も十分ではありません
後ろに見えます橋これ実は去年の11月イスラエル軍の空爆によって破壊されたあと急遽建て替えられたものなんですね。
この橋のたもとの奥のほうに残骸が溜まってるのが見えます。
それからここに立っていますとこのガザ地区大変な悪臭があります。
ほんとに生活環境が悪いんだなと思います。
街には
川に直接たれ流される生活排水が鼻を突く異臭を放ちます
コンクリートむき出しの建物は
すでに50年以上が経過し老朽化は進む一方です
この辺りの難民キャンプは50年前に造られたものなんです。
ですからもちろん最初はそれこそテントのようなものだったわけですが長期化するにわたってだんだんだんだんこういう恒久的なものに変わっていったわけですね。
こういうコンクリートになりましたけれども…。
ちょっとでも雨が降れば全部これが溢れ出ると…。
非常に歴史を振り返ってみるとかつてユダヤ人たちはヨーロッパで強制収容所に入れられたわけですよね。
今どうですか?今度はそのイスラエルの中のパレスチナ人たちがまるで強制収容所のような刑務所のようなところに入れられているように思えませんか?本当にこう歴史の皮肉といいますか…。
という批判があるわけですね。
でもその一方でイスラエルに対する国際的な非難というのがなかなか盛り上がらないところがあります。
それは1人の少女が書いた日記がその後の中東問題に大きな影響を与えたんではないか。
世界を変えた10冊の本の1冊に私が『アンネの日記』を選んだのはそういう理由だということなんですね。
でもなんかそれはでしょうね。
彼女どう感じるかなっていうことを非常に感じながら見てましたが。
っていうことをわかってほしいですよね。
そこですよね。
『アンネの日記』みたいなものがパレスチナ人の目線で書かれたものが登場したらまた違うかもしれないですね。
池上彰が真に伝えたかったこととは…
これまでさまざまな紛争戦争があったその仲直りってのがいかに難しいことなのか。
今の日本の周辺でもまだ仲直りができていない部分もあるわけですよね。
それは世界の他の場所でもあるんだっていうこと。
この歴史からさあ私たちは何を学べばいいのかそしてどのような未来をつくっていけばいいのかっていうことを考えるひとつのヒントにしていただければと思います。
2015/07/05(日) 16:00〜17:15
テレビ大阪1
日曜夕方の池上ワールド【「アンネの日記」に隠された秘密とは?池上彰が読み解く】[字]

日曜夕方、池上彰の自称“解説部屋”にゲストを招いて展開する解説ショーの第2弾。池上彰はドイツと中東へ、相内優香はオランダへ、大江麻理子はポーランドへ総力取材

詳細情報
番組内容
ジャーナリストというだけでなく、大学の特別講師の肩書も持つ池上彰が、スタジオ、教室、歴史の現場と様々な角度から世界の現代史を紐解きます。今回は「アンネの日記」に隠された秘密を池上彰が読み解きます!「アンネの日記」を読めば、今の中東問題が分かる。思わず「へぇ〜」と納得する池上解説の嵐!教科書には載っていない歴史の世界に池上彰がお連れします。

出演者
【出演者】池上彰、相内優香(テレビ東京アナウンサー)
【ゲスト】宮崎美子 パックン 小島瑠璃子

ホームページ
http://www.tv-tokyo.co.jp/ikegamiakira/

ジャンル :
ニュース/報道 – 定時・総合

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