今朝おこなわれた
 なでしこ VS アメリカのワールドカップ決勝戦
 ここまで無失点のアメリカに得点2を上げましたが
 試合開始直後の4失点をばん回できずに
 残念な結果(2対5)になってしまいました。

でも、ここまで来たことに拍手を送りたいと思います。

お互い手の内を知った相手でもあり
 モチベーションの差が勝負にあらわれると言われていましたが
 アメリカの戦術に分があった結果だと思います。

背の高さで有利に立つアメリカは
 この高さを捨て
 地を這うような早いボールで攻めてきました。
 高さを意識したディフェンスのなでしこの裏をかく
 みごとな戦術に
 さすがのなでしこたちも慌ててしまったのでしょう。

前半3分5分と2ゴール。
 15分までに4ゴールを入れられました。
 
このあと2-4まで挽回しますが
 出目押しの5点目を入れられて万事休す。

でも予選リーグ、決勝トーナメントを通じて
無得点だったアメリカから2点をもぎ取ったのですから
立派な準優勝です。

それにしても
 アメリカの底力を見せつけられた試合でした。

 次に勝つにはどうするか…?

自分たちの強みを捨て
 あらたな強みを見出さないと
 なりません。
 さてどうするか?
 日本の底力が試される番です。

これって
 日本が世界経済で置かれた状況と似ているかも…
 ものづくりだけではダメ
 あらたに何をもって世界に貢献できるか?

 観光もあり
 安心な農作物もあり
 人づくりの教育システムもあるかもしれません。
 医療システムや鉄道システム、水道システムなど
 社会インフラの先進国でもあるので
 チャンスはあります。
 
スポーツを応援しながら
 日本の立ち位置を感じさせる
 そんな決勝戦でした。
 私たちに与えられた課題も小さくはありませんね。
 

なでしこジャパン
 準優勝おめでとう。
 お疲れ様でした。

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2015.07.06 Mon l スポ l COM(0) l top ▲
人は死んだら
 脳がとまり心臓が止まり
 肉体は朽ちていきます。

魂はどうなるのでしょう・・・?
 肉体と一緒に消えていくのでしょうか?

なんてことを
 ある雑誌の対談で話している方を知りました。
 筑波大学名誉教授の遺伝子工学の大家 村上和雄先生と
 都立駒込病院外科部長で脳外科医の篠浦伸禎先生です。

今NHKの大河ドラマでは
 吉田松陰の妹を主人公に話が進んでいますが
 吉田松陰亡き後、共に学んだ弟子たちが
 松陰先生だったらどう考えるだろう?
 松陰先生だったらどのように動くだろう? と
 考えながら維新に突き進んでいます。

 魂は生きている!
 そうです。吉田松陰の魂は亡きあとも
 彼の弟子たちの中で生きているのです。

私も今は亡きおやじのことが思い浮かぶことがあり
 おやじだったらどうしたかな? と思うことがあります。
 おやじだけでなく、その道の先生の顔を浮かべては
 その思考を真似てみようと思うことがあります。

こういう時に
 人の魂は生きている と感じるのだと思います。

日本人とその他の民族とを比較する話を耳にしますが
 日本人は先祖代々からの『教え』みたいなものが
 脈々と流れているように感じます。

私は商人ですので
 三方良し(売り手よし、買い手よし、世間よし)的な発想をしますし
 それが規範であって
 儲けるだけでは満足しないところがあります。

話が変りますが
 最近自分が死んだらどうなるんだろう
 肉体が無くなった後何が残るんだろう。などと考えるようになりました。
 祖先が積み上げてきた規範を変えたくないと言う思いと
 自分らしさを発揮していきたいと言う思いが交差していることに
 気づきます。

やっぱり自分のためではなく
 人を幸せにするためにやっていることが
 先祖代々つながっていくのですから
 自利ではダメで、利他でなければならないのでしょうね。

今やっているスポーツ少年団も
 学童保育や保育園も
 地域の自治会活動も
 自分のためではなく
 人のためかな・・・ なんて思いながら
 みんなが幸せになって欲しいと祈っています。

そうそう
 最近神社にいってお祈りする内容が変ってきました。
 自分が一番幸せな状態・・・ つまり
 大きな災害や戦争が無く
 人々が助け合う世界に生きていたいということです。

ちょっと前まで連載していた『おやじの子育て』も同じで
 自分の子供が成長するには
 周囲の子供たちも一緒に成長し
 お互いが感化されあい、切磋琢磨しながら学んでいく環境を
 求めていた自分がいたんだと気づいた次第です。

そういう人間関係の中で
 魂の行先が決まってくるのかもしれません。
 なんだか今日は明るい展望が見えてきたように感じます。


 
 
2015.07.03 Fri l つぶやき l COM(0) l top ▲
すごいですね
 なでしこジャパン!!
 あの落着き、あきらめない気持ち
 絶対に自分たちはできるんだという強い気持ち

だから最後のオウンゴールを誘ったのでしょう。
 イングランドとの差は無く
 あったのはプレッシャーを受けても落ち着いていたこと
 ほんの少しの微差でした。

2大会連続でワールドカップの決勝に進出ですから
 並大抵ではないことはだれもが理解できると思います。

野球も2回連続でワールドカップを制しましたが
 想像を絶するプレッシャーの中で戦ったこと
 王監督やイチロー選手たちの険しい顔をみていれば分かります。
 負ければおしまいの状態は
 正直胃に悪い。 そう思うことが既に凡人の証ですね。

しかし、なでしこは笑顔が多い
 大和撫子と言われる所以です。

ある英国紳士の言葉が忘れられません。
 英国人(男子)の望みは
 アメリカに住んで
 中国料理のコックを雇い
 日本人と結婚すること。

大和撫子は世界でもっとも高く評価されているのです。

私たち男性が
 亭主関白でいられるのも心深い女房のおかげ
 外には7人の敵がいるといって持ち上げてくれるのも
 掃除洗濯とがんばってくれるのも
 全て大和撫子のおかげなんです。

日本女性が覚悟を決めたら
 それはすごい
 あきらめないし
 要領もいいし
 私にはできそうにもないことをさっさとやってしまいます。

こんな女性は日本だけ…
 協力というフォローシップで
 人をリードしていくテクニックは
 大和撫子がもつ神技なのでしょう。

次は対アメリカ
 前回と同じ決勝相手です。
 下馬評はアメリカですが
 なんとこしてくれるのが大和撫子です。
 決勝戦がとても楽しみです。

2015.07.02 Thu l スポ l COM(0) l top ▲
新聞・テレビで報道されているように
 ギリシャがIMFから借りたお金を返さなかったことで
 大変なことになっています。

EUはギリシャが
 税金をUPし、年金を減額すれば
 追加で融資すると助け舟をだすのですが
 ギリシャは拒否しています。

借りたお金は
 当然返さなければならないと思うのですが
 EUに加盟していない中国が
 なんと「貸してもいいよ」とすり寄ってきています。

中国にとってEUは
 上得意先様で多くを輸出しています。
 なので混乱は好まないというのが理由のようですが
 真意は中国の仲間になるよう誘っているのでしょう。

もしギリシャが
 借りたお金を返すために
 あらたに中国からお金をかりると
 益々借金が増えていくことになります。
 するとIMFはギリシャを見切り
 ギリシャは中国と仲良くなっていきます。

中国は虎視眈々と
 自分の力がおよぶ国を増やし、仲間作りを行おうとしているのです。 
 資本主義陣営を切り崩そうとしている・・・
 だからギリシャはEUは見放さないと強気でいるのかもしれません。

日本はギリシャ以上に借金をしていますが
 借りている額の90%が自国民からで
 海外からではないので
 今のところ大丈夫なのですが
 いつ破たんするか分かりません。

借りたお金は返す
 この当たり前のことをせずに借金を重ねていくと
 だれも貸してくれなくなった瞬間に破産宣告となります。

ということで
 今のギリシャがどうなるか
 自分のことのように心配しています。

年金がどうなるのか
 雇用環境はどうなるのか
 国民健康保険などの制度は維持できるのか
 防衛や消防・警察などはどうなるのか
 とても心配です。

借金は返せるうちに返す
 新たに借りないように支出を抑える
 あたりまえだと思います。
 
借りたものを返さないと
 財産を没収されることになる家計とおんなじなのです。

そういう目でギリシャの動向を注視しています。

2015.07.01 Wed l Look Wide l COM(0) l top ▲
20年ほど地域のスポーツ少年団の子供たち(小学生)を見てきて
 思うことがあります。
 それは我々のころも今も子供は変わらないということです。
 最近の子どもは変った・・・ と言いますが 
 私は変化したのは親ではないかと思っています。

子どもは自ら体験することが大切で
 自分がやった結果から学ぶことが多い。
 子供が変ったのは学ぶ内容が変わったからと思うのです。

最近目にするのは
 我が子に失敗させないように手を尽くす親の姿。
 昔はグランドに連れて来たらそのまま放っておいたと思います。
 木陰に隠れて我が子の姿を追う… こういう親が多かった。

水筒を忘れたら
 携帯電話で連絡して持ってきてもらう
 グローブを忘れたら子供が取りに帰るのではなく親が取りに行く

夏の日に水筒に水分があるかないかチェックして
 少ないと補充して回る

練習が終わったら迎えに来た親が「疲れたでしょう」
 と言って道具を持ってあげる
 
水筒に水がなければ水道がある
 グローブをわすれたら素手でやればいい
 道具を大切にするとは本人がすべてに責任を持つことだ

失敗するから学ぶ
 自分でできないことを知るから
 やってくれる人のありがたみが分かる
 困っている友達を見つけた時何をすればいいか
 友達がどうしてくれた時嬉しかったか

全て失敗から学ぶと思うのです。

どこかの車の宣伝に
 「物より体験」というキャッチコピーがありましたが
 子どもにたくさんの体験をさせる意味は
 体験を通じていろんな失敗に遭遇することなのです。
 失敗から次にどうすればいいかを学ぶことなのです。

これを事前に親が察して
 上手くいくようにしてあげることは
 一人では何もできない子供を育てているようなものです。
 成績が良くて一流大学をでたけれど
 入社式に親が出てきて、上司が悪いと親が文句を言う
 私の周りにはいませんでしたが、良く聞く話題です。

そうならないために

おやじができる子育ては
 たくさんのミスをさせること
 たくさんのミスから解決策を見つけさせること
 たくさんのミスをしてもなんとかなると体験させること
 上手くなりたければ練習しかない
 2時間グランドにたっていたければ体力をつけるしかない
 相手に勝とうと思えば相手よりたくさん努力するしかない

これらを身を持って体験させることだと思います。

よく二日酔いで練習を休むという親コーチがいますが
 私は「二日酔いだったら休んでもいいという見本を見せているよね」と
 嫌味を言います。
 どんな子供に育ってほしいかがはっきりしていれば
 こんな姿は子供にみせてはなりません。
 イベントの前はお酒をひかるか それとも二日酔いでも普段通りにするか
 その選択肢の見本がおやじなのです。(反面教師もありますが)

なので私はいつも
 おやじたちにコーチになってもらいます
 コーチになってもらって
 自分の子供は教えず、他の子供を教えるように伝えます。
 子供にはけじめをつけさせ、グランド内では親をコーチと呼ばせます。

公の場ではコーチの役割
 家庭ではおとうさんの役割
 こうすることで
 家に帰った後子供はお父さんを独り占めにできることになり
 二人で今日できなかったことへの個人練習ができます。
 やっと自分を見てくれるおとうさんになるのですから…。

こうやって育った我が家の子供たち
 今のところ無難かな???

今日は私が今いちばん伝えたいことを
 書かせてもらいました。
 こういう話を中心に7月20日は話しようと思っています。

2015.06.30 Tue l 講話 l COM(0) l top ▲
日曜日の朝
 二日酔いを覚ますためにジョギングした時のことです。
 いつも走る農道にカメが甲羅干しをしていました。
 ミドリガメなのでどこかで飼われていたカメだと思います。
 道の真ん中で気持ちよさそうに・・・

このままそっとと思いましたが
 いままでに何匹ものカメやカエルが車にひかれているのを
 見てきていますので
 そのままにはできずに
 田んぼのあぜ道へ避難させました。

もしかしたら、恩返しで竜宮城に・・・ なんて思いながら。


さて、先週はおやじの子育てについて書いてきましたが
 最後に話が飛んだようなので
 この辺で軌道修正したいと思います。

そもそも父親の子育てとはなんだろう? と考えた時
 浮かんでくる答えは「子供に役に立つ何かをすればいい。」ということです。
 俺になにができるか? 
 考えるのが面倒… なんて思ってしまう人は
 ちょっと一緒に考えてみましょう。

おやじの子育てを子供目線で考えてみる。
 子供は父親に何を求めているか?
 「かっこいい」「つよい」「できないことができる」
 つまりヒーロー。
 おやじは小学校低学年までは「あこがれ」であり「なりたい」対象なのです。
 だから後をついてくるし、いっしょに体験することを求めてきます。

余談ですが、これを壊すのは母親
 「いつまで寝てるの」「今月足りないわよ」「ちゃんと片づけて」
 不平とグチ・・・
 挙句の果て子供に「こんなお父さんにならないでね」
 おやじの悪いところは置いといて
 良いところを引き上げてくれれば存在価値があがるのですが・・・。

それでも男の子はおやじが大好きだ。
 ただし低学年までは。

ゲームをするから とか
 テレビを見るから と理由を付けて行動をともにしなくなるのは
 高学年からだと思います。

でも、おやじと一緒に入ると面白い と思ってくれると
 高学年でも中学になっても
 おやじを認めてくれる。

やっぱり一番は体を使った遊び
 キャッチボール、サッカー、かけっこ
 魚釣りやキャンプ、ハイキング

知徳体と言いますが
 母親は「知」を求める傾向があり
 父親は「体」を求める傾向がある
 私が思う知徳体は
 やっぱり体が最初で知が最後
 体徳知の順です。

何をするにも体が資本で
 元気でなければ勉強する意欲はわきませんし
 学んだことを実践する意欲もわきません。
 だから体を作ることが一番だと考えています。

次は徳。
 やはり知の前に徳を養うことも大切です。

10年くらい前にホリエモンという事業家(投資家?)がいました。
 利益を出すことに一生懸命となり
 法律的に灰色と言われる手法で稼ぎました。
 が、ご存知の通り。

東大を始めとするすごい大学を出ても
 徳がなければ
 その知を犯罪に使ったり
 知ってはいるが人の役に立つように実行しなかったり
 このあたりも新聞をにぎわしているのでご存知ですね。

体・徳・知
 健康な体に
 徳が養われ
 その上に知が備わることで
 人物となる

なんだか論語みたいですが
 この通りではないでしょうか。

おやじは子供の体を作ることがNo1
 そして一緒に行動しながら
 世の中のルールを教えていく
 他の親父とつるむことで多様な価値観を感じさせ
 子供本人に徳を消化させていく

ゴミをポイ捨てしない
 ゴミは自ら拾う
 電車でお年寄りを見かけたら進んで席を譲る
 重たい荷物を持っていれば手伝う
 背中を見せるチャンスは世の中にたくさんあります。

母親が風邪を引けば
 代わりにご飯の支度や洗濯をし
 たまには家の掃除をする。

そして読書をしたり
 仕事の整理をしていると
 子供も一緒になって勉強するようになる

いっしょにやろう!
 この言葉に子供はよろこんでくれます。

「お父さんは忙しいから、お母さんに見てもらいなさい」などと
 母親に頼らせてはだめなんです。
 もし、自分に分からなければ母親に手伝わせるよう
 自分が動くことです。

体・徳・知
 バランスが大切ですが
 子供のころは体をしっかり作ることから
 おやじのすごさを教えていきたいものです。

2015.06.29 Mon l 講話 l COM(0) l top ▲
今日で「おやじの子育て」連載4日目。
 思い出すと止まらないものですね。
 毎朝起きると、何がしか思い出しているものです。
 不思議です。

さて、今朝起きて
 宋さん(中国から日本に留学して日本で起業し、今は日本と中国の評論家)
 のメールマガジンを読んだあと、なぜか涙がうかんでいる自分に気づきました。

その内容を要約すると
 中島幼八さんと言う方は
 両親が満州開拓に行き中国で生まれました。
 2歳の時、終戦で日本に引き上げることになったのですが
 万策尽き、中国の若い女性に預けられたそうです。
 その女性は養母として育てくれたそうですが
 最初の養父は貧しい農民にもかかわらず育ててくれましたが
 8歳の時に病気で帰らぬ人となります。
 2番目の養父は中島さんが12歳の時、重い病気になったのですが
 牛車に乗せていろいろな漢方医を廻ってくれたそうです。
 3番目の養父は日雇い労働者でしたが、わずかな稼ぎの中から
 学費を捻出し、中島さんを学校にいかせてくれたそうです。

 そして、この話が「この生あるは」という本として出版されています。

ここに出てくる3人の養父は
 他人の子である中島さんを立派に育てるために命を使っているんだ
 そう思うと同時に
 私の祖父母も終戦後に父を連れて京城から逃れてきたことがダブり
 涙が浮かんできました。
 私が話をしている「おやじの子育て」なんて比較にならない物語です。


子どもの頃祖父やその親戚から聞いた話ですが
 彼らが頑張ってきたおかげで今の自分がある
 つまり「この生がある」のは先祖が命をつないでくれたからだと思い
 ここに書いておきたいと感じた次第です。

私が知っていることは
 明治の初期に曽祖父(清次郎)が大阪で生まれました。
 たぶん武士あがりで商人の次男坊だったと思われます。
 次男坊ですので自分の道は自分で切り開くしかありません
 明治40年ごろ曽祖父は(祖父は明治39年生まれ)に大陸に行く決断をします。
 祖父は9人兄弟だったのですが、栄養不十分で4人が幼少で亡くなっていたと聞きました。

最初は京城(ソウル)に住み頑張ったようですが
 栄養失調のため曾祖母を亡くします。
 2番目の妻も亡くしたようです。
 なんとか商売(製粉業らしい?)も立ち上がり始めた時
 満州鉄道との取引のため、中国・奉天にも住みました。

昭和に入り商売も軌道に乗り
 曽祖父と3兄弟(祖父は3番目)で盛り上げたそうです。
 そして祖父は祖母と結婚
 でも最初に生まれ長男は乳がでない祖母を補うために与えたものにあたり
 そのまま亡くなってしまいます。
 そして昭和4年に京城で父が生まれたのですが
 終戦によりよかった生活をもぎ取られ
 着るもの以外すべて残して引き揚げ船で福岡に着きました。

親戚もだれもいない福岡で
 祖父はリヤカーをひいて日用品やおもちゃを行商して歩いたそうです。
 これも家族を養うため。
 超満員の汽車に乗って大阪に行き。リュック一杯のものを仕入れ
 この繰り返しで頑張り、とうとう自分の店を持つようになりました。
 祖父の取柄は「体」。
 国体選手並に10種競技で鍛えた体が一番の資本であり
 97の時に大腿骨をころんで骨折するまで、毎日10km歩いていたくらいです。

商売はものを買った時に入れる紙袋屋で
 包むという文化に支えられて商売繁盛していきます。
 パンの袋への印刷も手掛け、工場を持つまでになります。

父は京城時代はスケートの選手だったそうで
 もう少しで国体に行けるレベルだったとか・・・
 小学生のころスケートに連れて行ってくれましたが
 バックスケーティングしながら私と弟を指導してくれました。
 大学では野球部で楽しんだようです。
 私たち兄弟と時たまキャッチボールしてくれまた。

父は地元のカバン屋の娘と婚姻
 祖母が開いていた裏千家教室に通う良妻賢母型美人だったそうで
 銀行員であった我がままな父をしっかりサポートしてくれました。
 私に博多っ子の血が混じった由縁でもあります。

そして私が生まれます。昭和32年のことです。

おっと会議になるので続きは次回です。 

 終戦直後までは日本はまだまだ貧しくて
 栄養失調(つまり飢餓)で亡くなる人がいかに多かったか
 我が家の歴史を振り返ると実体が浮かんできます。
 そんななか命をつないでくれたのが祖先ですので
 今生きているのは先祖のおかげであり
 生きるために努力してきたことがDNAなのです。
 これを後世につなげていくことも「おやじの役目」だと思いながら書いています。

2015.06.26 Fri l 講話 l COM(0) l top ▲
昨日に引き続いて おやじの子育てです。

長男が生まれた時はあたふたとしていただけでしたが
 2年後に次男が生まれた時
 親父が子育てするにあたり
 何ができるんだろうと考えました。

入浴、オムツ替え… いやいや違う
 男親にもできることではなく
 男親だからできることなんだと考えました。

浮かんだことは
 最初にうかんだのは外遊びです。
 母親は危ないとか、汚しちゃダメとか制限をかけますが
 親父は気にしません。
 体を大きく使った遊び そして
 水遊び、山遊び、火遊び…。

プールは母親が苦手なのことのようで、水におぼれるとハラハラ見てるだけ
 だからこそ、まだ1-2歳の我が子を
 腕に浮き輪を付けてプールに投げ込むのはおやじの役目
 否、おやじにしかできません。
 最初は軽くプールに落とします。
 すぐに拾い上げて、泣き顔していても笑顔で「ワハハ」と笑いかけます。
 これが楽しんだと教え込むのです。
 すると「もっともっと」と言い始めますので思いっきり放り投げます。

やっぱり運動神経が良くなってほしいという気持ちがあったんだと思います。
 鍛えようと私も頑張っていました。
 おかげで水にすぐ慣れてくれ
 小学校に上がる前にクロールからバタフライまでできるようになりました。

だからかどうか… 当時は
 お風呂は私と入ることが多かったと思います。
 お風呂の中では息を止めて潜り競争です。
 たまに負けてあげるのがコツですが、おまけがつきます。
 私が潜っている間、一から数を数えてもらうのです。
 50まで数えることができたら、50から逆に数える。
 ついでにマイナスまで数えてもらう。
 
お風呂の仕上げは
 100まで一緒に数える
 あいうえお を一緒に言う
 ABCD アルファベットを一緒に言う
 九九を一緒に言う
 覚えたら少しずつ難しいことに挑戦です。

これで幼稚園の間に基本はOK。
 なんせおやじと一緒のお風呂で楽しみながら、遊ぶ感覚ですから
 覚えるのは早いと思います。
 楽しく、楽しく
 できないからと怒ってはいけません。

休日にドライブにいったときには車中でおさらいしてました。
 加えて
 前を走る車のナンバープレートを見て 足し算のお遊びです。
 最初は一桁から
 できるようになったら2桁の足し算、そして引き算
 暗算力+記憶力をつけるためには対向車のナンバーを読み取ってから計算してもらいます。

私も幼少の時
 祖父の配達についていき車の中でよくやっていました。
 おかげで算数・数学は得意
 中学2年の時に担任だった美術の先生から
 「おまえは数学だけいいから、大器晩成だな」と
 意味不明の褒め言葉をいただき
 更にヤル気になったことを覚えています。

一芸は身を助ける というように
 コンピュータの道に進んだのも数学のおかげかもしれません。
 つまり祖父が時間を使ってくれなかったら今の私は無いのかも。
 とても感謝しています。
2015.06.25 Thu l 講話 l COM(0) l top ▲
昨日の続きです。

おやじがする子育ては
 野外での体験
 体を大きく使うスポーツなどの遊び
 社会との接点から仲間作ること
 集団生活でのルール
 そして最終的にはおやじを超える人にすること だと思うのです。

その点キャンプは最高ですね。
 星空満点の中で星座の話をするなんてロマンチックです。
 自分で食材を調達し、調理して
 ちょっと煮えてないけど、焦げ付いたご飯だけど
 汗びっしょりで食べる食事は最高です。

私の場合は
 集団生活も兼ねてボーイスカウトに放り込まれましたので
 整地されていない山の中で
 草を刈り石をどけながらの設営からはじまり
 水道もないので近くの水場まで水汲み
 トイレもないので簡易トレを風下に掘り
 もちろん荷物を担いで数キロ山歩き・・・。

最初のキャンプは小5のときで
 先輩についていけずお荷物状態でした。
 お腹は痛くなるし
 テントで一人落ち込んでいました。

高校生になると訓練の一環で
 一人でキャンプなんてのもあり
 ポンチョという雨具で夜露をしのぎ
 雨が降れば神社やお寺の軒下を借りてしのぎ
 一人でも何でもできるという自信がついたものです。

家族から放して
 他人と生活を共にすることで
 社会というものを学んでいくのだと思います。

こういう環境を探してくるのもおやじの役目なのでしょう。

おっと会議の時間
 今日はこの辺で。

2015.06.24 Wed l 講話 l COM(0) l top ▲
「おやじの子育て」と題して話をしてくれと言われて
 何を話そうかと考えています。
 夜ベッドに入っても自分が幼少だった頃を思い出したりしていますが
 気付いたことはどれだけ親に恩があるのか ということです。

私という人物を作っってきたのは
 親が基礎を作ってくれたから と分かってきました。

別に親が引いたレールではありません。
 反面教師にしている部分も少なからずありますし
 両親だけでなく、祖父母や地域の方々の影響も大きいと思います。

特に父親の思い出としては
 良い悪いは別にして
 いろんな体験をさせてくれたことが残っています。

 酔っぱらって小6の私に中州まで迎えに来させ
  お姉ちゃんたちに紹介してくれたり(だから酒好き)
 ドレスアップしたかと思うとゴルフ場に連れて行って
  おじさんに交じってパターとかバンカーとか練習させてくれたり
 ボーイスカウトに入団させ
  自分は団委員長として気を配っていたり(結構気配り)

親父にしかできないことを
 いっぱいしてくれたことを思い出します。

親父の子育てって
 なにも母親と同じでなくてもいい
 むしろ親父にしかできないことをやる方が人間味があっていい

入浴、オムツ替え… いやいや違う
 男親にもできることではなく
 男親だからできることなんだと考えました。

しばし自分の幼少期
 そして私が子育てで考えてやったことを
 振り返りながらまとめてみようと思います。

2015.06.23 Tue l 講話 l COM(0) l top ▲