世界ふしぎ発見!【6000人の命のビザ 杉原千畝 もうひとつの真実】 2015.07.04


今から74年前1941年にここ京都の清水寺で撮影された1枚の写真があります
その写真がこちら
楽しそうに記念撮影をする外国人のグループ
しかしこの笑顔の裏にはある悲惨な歴史が
隠されているのです
実は彼ら第二次世界大戦中
ヒトラー率いるナチスドイツがポーランドに侵攻し
600万人ものユダヤ人が虐殺される中
はるか日本へと逃げ延びた
彼らがやってきた1941年は日本がハワイの真珠湾を攻撃し
太平洋戦争へ突入した年
開戦直前の混乱する日本になぜ彼らはやってきたのか
写真に写る一人の少女
当時7歳だった彼女が今もご健在だと聞いて
彼女が暮らすニューヨークへ向かいました
こんにちは
何とシルビアさんを救ったのは一人の日本人だった
第二次世界大戦のさなか
バルト三国の1つリトアニアに赴任していた杉原は
ナチスドイツの迫害から逃れてきたユダヤ難民に
独断で日本へ渡ることのできるビザを大量に発給
およそ6000人もの命を救ったそのビザは
と呼ばれている
しかし当時ドイツと同盟を結んでいた日本
ユダヤ人へのビザ発給は本国の命令に背くものだった
なぜそこまでして杉原はビザを書き続けたのか
すごいへ〜これが杉原さんが書かれたビザなんですね
ポーランドリトアニア日本そしてアメリカ
過酷な運命の中で生き延びたユダヤ人少女の足跡をたどるとき
一人の日本人とユダヤ難民の
奇跡の物語が浮かび上がる
さらに取材を進めると見えてきた
杉原千畝のもうひとつの顔
えッ諜報活動ですか?
大勢の命を救いヒューマニストとして知られる杉原
その任務が諜報活動とはどういうことなのか
彼が命がけでつかんだ情報とは何だったのか
その真相に迫るとき命のビザに隠された
知られざる真実が明らかになる
清水寺で撮影された写真の中でほほえむユダヤ人少女
彼女の足跡を追ってまず向かったのは
ポーランドの首都
作曲家・ショパンを生んだこの芸術の都には
17世紀18世紀様式の石造りの建物が立ち並び
初夏の今世界中から観光客が訪れます
しかしこの美しい街並みには
ある秘密が隠されているといいます
その秘密を求めてかつての王宮を訪ねました
きれいな部屋ですねわ〜この部屋壁一面が風景画で埋め尽くされてますねこれよ〜く見てみると建物の飾りですとかレンガの一つ一つとかものすごく細かく描かれてます1枚の写真みたいな絵です
ワルシャワは第二次世界大戦中
ドイツ軍によって街の90パーセントが焼き払われ
壊滅的な被害を受けた
しかし戦後絵画や写真などをもとに
市民総出で元通りに街をつくり直したのだ
同じように街をつくり直すなんて
復興にかける人々の思いは本当に熱かったんですね
日本へ逃げたユダヤ人少女シルビアさんは1933年にここワルシャワで生まれました
しかしどうして彼女はこの街を
逃げ出さなくてはならなかったのでしょうか
領土拡大を狙うドイツが
…の火ぶたが切られた
ヒトラー率いるナチスドイツはユダヤ人排斥運動を繰り広げ
ユダヤ人というだけの理由で人々を次々と拘束
強制収容所へ送り込んだ
シルビアさんも6歳のとき空襲に遭われたそうです
ドイツ軍がワルシャワを攻撃してきたときの印象は覚えてらっしゃいますか?どんな感じで記憶にあるんでしょうか
シルビアさんが逃げた道をたどって
ポーランドの隣国リトアニアへ向かいました
現在ポーランドとリトアニアはEUに加盟しているため
パスポートなしで簡単に行き来できるんです
しかしシルビアさん一家にとって
リトアニアへの道は命がけの逃避行でした
豊かな森と湖が点在する
美しい自然に恵まれたリトアニアは
九州と四国を合わせたほどの国土に
およそ300万人が暮らしている
第二次世界大戦が始まった当初
ドイツとソ連に挟まれたリトアニアは
中立国だった
そのためナチスドイツに追われた大勢のユダヤ人が押し寄せ
何とか命をつなごうとしていた
そのころもうひとつの家族がリトアニアにやってきます日本の外交官杉原千畝一家です
杉原が暮らしていたのが当時首都があった
街の人に彼のことを聞いてみると
杉原千畝という人物をご存じですか?ご存じなんですねへ〜
何とリトアニアでは高校の歴史の教科書に
杉原の功績が紹介されているんです
のちにシルビア一家を救うことになる杉原千畝は
早稲田大学高等師範部時代に
外務省による留学生公募に合格
その後満州国のハルビンでロシア語を学び
外務省に入省した
ロシア語をはじめ4ヵ国語に精通していた杉原は
その外交手腕を認められ
1939年8月
リトアニアのカウナスに開設された領事館の責任者として
家族とともに赴任することになった
杉原がいたカウナスの領事館は
現在記念館として保存されています
私達が取材に訪れた日地元の子供達が
6000人のユダヤ人を救った命のビザについて
教わっていました
今日はなぜこちらに生徒をたくさん連れてこようと思ったんですか?
リトアニアの人達は杉原のことを
次の世代にしっかりと伝えているんですね
ところで杉原のリトアニア赴任には
1つの謎がある
当時リトアニアには日本人は一人もいませんでしたなぜ日本はそんな場所に領事館を置いたのでしょうか
その秘密に迫る前にクエスチョンです
リトアニアにやってきた杉原一家は
日本人という珍しさから
地元の新聞にも取材を受けるほどだった
つかの間の平和の中で一家は
ユダヤ人とも交流を持つようになる
カウナスにやってきた杉原千畝はその年の12月ユダヤ人の家に招かれロウソクに明かりをともして祝う光の祭りハヌカを体験していますこのハヌカでユダヤ人の子供達は日本人にもなじみ深いある伝統的なおもちゃを使って遊ぶのですがではそのおもちゃとは一体何でしょうか皆さんこんばんは感動的な話もっと聞いていきたいと思っているところですが最初に問題が出てまいりました解かなくてはいけませんねそのおもちゃは1つのおもちゃをみんなで遊ぶのかそれとも一人一人が持っていてとか楽しみ方としては一人楽しむという方法もありますけれどもたくさんでやったほうが楽しむことができるということもあるんですここでプレゼントのお知らせです今週もパーフェクトが出ますと番組の最後にテレビの前の皆様に抽選で満足が見える旅へ海外旅行のLOOKJTBで行く音楽芸術伝統中世の趣が色濃く残る華麗なるウィーンの町5日間をプレゼントいたします第1問の皆さんの答えを開けますさあ野口さんめんこネパールとか行くじゃないですか子供達がパーンとやってひっくり返って取れるじゃないすか盛り上がるんですものすごくそれを見たことがあったので盛り上がるんですギャンブル性…ギャンブル性っていうか…他の皆さんはまったく同じことをイメージしたわけですね真君コマですか?よかったと思いましたよめんこかコマかと思ったんですあ〜めんこにしなくてよかった鈴木ちなみさん一瞬カルタというところに手が変わったりしましたけどコマという答えになりました草野さんがこういうジェスチャーを…しましたっけ?やってた気がしたのでそれなんですよ完全にこうしたんです草野さんがこれで俺これいったんすよあれでコマじゃなかったら責任取ってくださいよ私はもっと重大なヒントを言葉の上でさしあげていたんです一人で楽しむこともできると言ったんですけれども正解見てみましょうこんにちは
ワルシャワで暮らすユダヤ人ソコリンスカさん一家に
正解を教えていただきました
これから子供達にその遊びを見せてもらいますお願いします回ってる回ってるこれはコマですね
…と呼ばれるコマを使って
チョコレートのコインを取り合うこの遊び
コマにはヘブライ文字が書かれ
出た目によってもらえるコインの数が決まります
16世紀には大人の賭け事として流行していたドレイドル
のちに子供の遊びとして
ハヌカで行われるようになりました
このゲーム誰かがすべてのコインを取るまで続くんです
やった〜私の勝ちこのチョコレート全部私のもの!5人の方が正解残念ながら野口さんボッシュートになります真君コマは漢字で書くと?え〜コマですよ独りで楽しむホントだ独楽って書くんだヒントの中でおっしゃっていた一人で楽しめるという大きなヒントをさしあげたんでしたこのあとユダヤ人の命をつなぐビザの発給が始まります
リトアニアにある杉原記念館
ここで興味深いものを見つけました
これは明らかに表情が全然違う対照的な2枚の写真ですね晴れやかな感じですねこちら表情は生き生きとして喜んでいるような感じですけどこっちの写真は曇りがちな暗い表情です
命をつないだ者と希望を閉ざされた者
両者の運命を分けたものは
一体何だったのでしょうか
それは杉原がカウナスに来て1年後のことだった
こちらに来てごらんどうしたんですか?ナチスの迫害から逃れてきた人達だ恐らく近いうちには数千人に膨れ上がるはずだ
そこにはポーランドからリトアニアに逃れ
領事館を取り囲む大勢のユダヤ難民の姿があった
2008年に亡くなった杉原の妻幸子さんは
当時の状況をこう話している
清水寺で写真に写るユダヤ人少女シルビアさんも
そのとき領事館の外にいました
しかしなぜ彼らは日本の領事館の前に集まってきたのでしょうか
ナチスドイツに追われリトアニアに逃れてきたユダヤ難民達
彼らが生き延びる方法はただひとつ
モスクワからシベリア鉄道に乗ってウラジオストクまで行き
そこから日本を経由してアメリカなどへ渡ることだった
そのため彼らは日本の通過ビザを求めた
ビザとは訪問しようとする国の入国許可証のことで
日本の通過ビザさえあれば
リトアニアを脱出することができたのだ
それは命をつなぐ
杉原はすぐさま本国に電報を打った
しかしその要請も虚しく外務省からの返答は
最終的な受け入れ国の許可と十分な旅費がなければ
発給してはいけないという実質禁止に等しいものだった
しかもそのころソ連はリトアニアを含む
バルト三国の併合へと動いていた
そのため日本領事館にも退去を命じ
8月末までに閉鎖することが決まった
それはユダヤ難民の生きる道が
閉ざされることを意味していた
残された猶予はわずか1ヵ月杉原はここで夜も眠れない日々をすごします
見て見ぬふりをするか
それとも自らの信念に従うか
ナチスドイツの魔の手から逃れるため
日本の通過ビザを求めて押し寄せたユダヤ人達
杉原千畝が出した答えとは
のちに杉原が記した手記には
こうあります
そして杉原は本国の命令に反し独断でビザを発給することを決断したのです
杉原はビザを求めるユダヤ難民のために
連日深夜までペンを走らせた
そして領事館が閉鎖されたあとも
カウナスを旅立つ最後の瞬間まで渡航許可証を書き続け
一人でも多くの命を救おうとしたのだ
ユダヤ難民を救った命のビザ
極めて貴重な実物の1つが
何と日本にあると聞いて
杉原の故郷岐阜県の八百津町を訪ねました
普段は非公開のパスポートを
今回特別に見せていただきました
すごいへ〜これが杉原さんが書かれた直筆のビザですね限られた時間の中で急いで書いたっていう感じがすごくしますね
実はこのパスポート
あのユダヤ人少女シルビアさんが
八百津町に寄贈したもの
そしてこのパスポートにはある秘密がありました
3人分この1冊に?そうです1冊にホントにこの1冊で家族の命が救われたという1冊なんですねそうだったんですか
ここに杉原がリトアニアで発給した
ビザの記録が残されています
そこに並んでいる名前の数は2139人
1つのビザで家族数人が通過できるため
杉原のビザで救われた人々は
およそ6000人に及ぶといわれています
それでは命のビザの発給のエピソードからクエスチョンです不眠不休でビザを書き続ける杉原を見かねた領事館のスタッフはあるアイデアを提案しましたそれによってビザの発給がスピードアップしより多くの人にビザが行き渡るようになったのですがではその方法とは一体何でしょうか3択です
お手本をもとにみんなで
直筆と同じスタンプを作って押した
使い一度に何枚も作った
ビザの発給をスピードアップしてより多くの人達にビザが行き渡るようにということで実際にとった方法は3つの中のどれだったんでしょう3択はどうして質問はできないんでしょうね答えがあそこにあるからですよ第2問の皆さんの答えはこのようになりました2番をとった方が黒柳さんお一人だけですスタンプを作ってスピードアップこの方の性格としてはスタンプだろうと何だろうと自分で押したっていうことが大事なんじゃないかなと後々まで私が押しましたということではないかなと他の4人の皆さんはそうじゃなくて3番のカーボン紙という手法を考えました何となくですけど草野さんがこう…やったような気がするんすよねちょっと待ってくださいオンエア確認しますよホントにこうしてるかダイアモンド☆ユカイさん同じくカーボン紙を使ったんですかねスタンプとカーボン紙は迷ったんですよ草野さんがやっぱり俺も…こうやってました?長嶋監督の代打・淡口みたいにバントのマークしてるような気がしてという皆さんの答えですでは正解を見てみましょうどうぞこんにちは
それでは正解ですワルシャワ大学で杉原の研究をされている
エヴァ教授に伺いました
この2つ文字の色が違いますねこっちのほうがスラスラッと流れるように文字が書かれてますねこっちはちょっとキチッキチッと書かれた感じスタンプなんですか?これ
スタンプで押されたビザを重ね合わせると
確かに一致します
このスタンプ杉原が書いたひな型をもとに
何とポーランド人が作ったもの
これによりビザの大量発給が可能となったのだ
黒柳さんお一人だけ正解ということで迷った杉原千畝のこの決断なんですけども鈴木ちなみさんこれは同盟国・ドイツへの裏切りであったり様々負いこまなくてはいけない負担が山ほどあるわけです自分自身ならまだしも家族にも危害が加わる可能性があるかもしれないっていう中で選択を選ぶっていうのはすごく難しいですよね黒柳さん実際に「徹子の部屋」でですね杉原千畝さんの奥様の幸子さんとお話をされたことがあるんですけれども最後のところは汽車に乗っても汽車の窓からまだ書いてたってそこでもらうかもらわないかでユダヤ人の人は生きるか死ぬかですからそのとき一緒に悩んだしつらかったともおっしゃいましたけど夫のこととっても尊敬してるとおっしゃってましたそもそもなぜ杉原は日本人の誰もいなかったリトアニアに赴任することになったのでしょうかその謎に迫るときに杉原のもうひとつの顔が見えてきますではラストミステリーふしぎ発見!
本国の命令に背いてまで
大量のビザを発給した杉原千畝
ヒューマニストとして知られる杉原だが
そこには知られざるもうひとつの顔があるという
そもそも杉原は
なぜ日本人が一人もいないリトアニアに派遣されたのでしょうか
その謎をひもとく鍵が近年ポーランドで見つかりました
杉原がロシア語で書いたどんなことがこの中に書かれているんですか?
杉原がカウナスに派遣された1939年
急速に領土を拡大するドイツとソ連の動きに
世界が目を光らせていた
そのため両国に挟まれたリトアニアの首都・カウナスには
世界中の領事館が設置され
その動きを探っていた
杉原の報告書にはこうある
つまり杉原がリトアニアに派遣されたのは
情報収集が目的だったのだ
1枚の面白い写真をお見せしたいんですけどのんびりとピクニックしてるように見えて諜報活動を行っていたんですね
同盟国であるドイツの情報を探る杉原は
ドイツに快く思われずマークされていた
そのためピクニックなどを装い
カムフラージュする必要があったのだ
この真ん中に座っている外国人は誰なんですか?
何と杉原はドイツの敵国だったポーランドの情報将校から
情報を得ていた
しかもドイツ国内で諜報活動がしやすいよう
日本のパスポートまで与えていた
リトアニアを去ったあと
ドイツの領事館に赴任していた杉原は
ペシュとともにドイツ軍の動きを探っていた
それはドイツ秘密警察の尾行がつく
命がけの諜報活動だった
そして杉原はついにある重要な情報を手に入れる
そこまでして杉原がつかみたかった情報とは
何だったのでしょうか
それを知ると彼の本当の思いが見えてくると
長年杉原を研究されてきた白石さんは言います
杉原はそのときどういう情報をつかんだんでしょうか?
杉原がつかんだ情報
それは独ソ不可侵条約を結んでいたドイツが
ソ連侵攻の準備を進めているという
信じがたい動きだった
当時日本は日独伊三国同盟にソ連を加え
アメリカとの外交を有利に展開しようと考えていた
しかしドイツは同盟国である日本に
ソ連侵攻の計画を伝えていなかったのだ
しかし結局杉原のつかんだ情報が
生かされることはなかった
そして
日本は真珠湾攻撃を皮切りに
アメリカとの戦争に突入していった
戦後日本へ戻った杉原は外務省を追われることになる
しかしその人道的な行動が
イスラエル政府に認められ
1985年に賞を受賞
その翌年眠るように86歳でその生涯を閉じた
戦争の悲劇をヨーロッパで目の当たりにした杉原千畝
だからこそ彼は戦争を回避し
日本を救おうとしていたのかもしれません
野口さんのお父様外交官でいらっしゃいましたけど平和の方向に彼は導こうとしていたのではないかという白石さんのお話をお聞きになってどうですか?ちょうど湾岸戦争のときに親父がイエメンという国にいて親父が一番苦しんでたのが情報を集めようとする色んな国の情報機関がありますね接触しても情報機関の人は相手が情報機関じゃないと情報を提供しないその中で日本の外交官は色んな国の大使館から集めたり政府から情報を集めるんですがそれってマスコミがやってる程度の情報なんです日本の本国からも高度な情報を求められてこなかったともっとも大事なのは情報だとその情報ってのは日本はずっと戦中も戦後も重要視してこなかったということをずっと言ってますねダイアモンド☆ユカイさんもし杉原がつかんだ情報をもとに日本がナチスドイツとは手を結ぶべきではないという判断をしていたら実際にかなったかどうかは大変難しいところがあるんですけれども光あるところには影があるって歴史にも裏と表があって裏歴史…やってるんですけど表に見えてるだけの歴史じゃないものっていうのが今になって時代が変わると見えてくるものありますよねそのビザに命を救われたシルビアさんその後シルビアさんはどうなったのでしょうか
ナチスドイツの手を逃れ日本へやってきたユダヤ人少女
シルビアさん一家が日本に来て最初に降り立った場所それがここ
当時敦賀にはウラジオストクとの定期航路があった
シベリア鉄道を経由し日本とヨーロッパを最短15日で結ぶ
日本の玄関口だったのだ
何と今回の取材で実際にユダヤ難民を見た方に
お会いできました
彼らはどんな様子だったんでしょうか
シルビアさん一家も苦難の末に
日本へたどり着きました
そこで出会った初めての日本文化
この旅館にも宿泊したそうです
そして上陸から2ヵ月後
シルビアさん一家は無事アメリカへと渡っていきました
シルビアさんが大切にしている時間
それは離れて暮らす家族とのひととき
杉原が発行したビザというのはシルビアさんにとって今振り返ってみてどういうものだったと思いますか?
どんなときも希望を失わなかった6000人の人々
その子孫は今20万人を超えるといわれています
それでは過酷な戦時中でも希望を失わなかったもうひとつのエピソードからクエスチョンですドイツ軍の捕虜となったポーランドの軍人達は1940年に収容所であるイベントを行いましたそれは数多くの人が盛り上がる日本人にもおなじみのイベントをマネたもので彼らが収容所でも希望を失わずに生きた証しとして今も語り継がれていますではそのイベントとは一体何でしょうかそのイベントは世界的に見るととても有名なイベントを模倣してというかそういうつもりでこの塀の中でやったイベントなんです多分色んな競技というか種目というかそういうものが行われたんじゃないでしょうかでは最後の問題の皆さんの答えを開けますまずちなみさんに伺いましょうやっぱり音楽が一番心がひとつになりますか?と思ったんですけど草野さんが競技ってすごい言ってたから迷ったんですけどもうこれしか残ってなかったのでジュニアさんにいきますとそのイベントとはオリンピックをさしているとあとね草野さんが競技で何回かこうやってたんでマージャンかなとも…危ないとこでした引っ掛けやと思うんですあれは引っ掛けやと思うんすよね皆さんの答えこのようになりました正解はどうなってるんでしょう
本邦初公開
夢の世界をつくりあげる技術集団の実態とは
飛んでる
来園者が増え続けるディズニー成功の秘密に迫る
そのイベントが行われたときに作られたものが
ワルシャワの博物館に残されていました
ありがとうございます何だろうえ〜これですかこれってもしかして…そうです
…と名付けられたこのイベント
陸上競技やボクシングなど44種類の競技が行われた
優勝者にはメダルの代わりに
収容所を囲っていた有刺鉄線で作られた
タペストリーが贈られた
ジュニアさんそしてダイアモンド☆ユカイさん正解ということで今晩のトップ賞はどうなりましたか?今晩のトップ賞は4ポイント獲得の黒柳さんダイアモンド☆ユカイさんそして千原ジュニアさんですおめでとうございますトップ賞のお三方にはこちらですリトアニア特産のこはくのネックレスを差し上げますおめでとうございますおめでとうございますということで今晩は杉原千畝の命のビザとその裏に隠されたもうひとつの真実をご紹介してきたんですけど野口健さんいかがでした?千畝さん役人じゃないすか本来は役人は個人的な考えで動いてはいけないんですそれでもなぜやったかだと思うんですけどカーテン開けたときにユダヤ人の方がワッと来てあれを見てしまったというのが大きいと思うんですけど見るとそこで起きたことを知るじゃないですか知るということは同時に背負うことですよね多分ものすごく背負ってしまってそれでアクション起こしたんだろうなと思うんですそろそろお別れの時間ですまた来週ふしぎの世界でお会いしますさようならさようなら2015/07/04(土) 21:00〜21:54
MBS毎日放送
世界ふしぎ発見![字]【6000人の命のビザ 杉原千畝 もうひとつの真実】

第二次大戦中、ユダヤ難民に日本へ渡るビザを発給し大勢の命を救った外交官・杉原千畝。しかし、彼には日本の将来に関わる重大な任務があった。杉原千畝の意外な顔とは?

詳細情報
番組内容
第二次世界大戦中にリトアニアに赴任していた外交官で、ナチスドイツから逃れてきたユダヤ人たちにビザを発給し、6000人もの命を救った、杉原千畝にスポットを当てる。ミステリーハンターは、杉原発給のビザで救われ、今はニューヨークで暮らすシルビアさんを訪ねる。彼の半生、そしてリトアニアには日本人は一人もいなかったのになぜ、領事館を開いたのだろうか?情報収集のプロだった杉原の戦争を回避するの努力や活動を追う
出演者
【司会】
草野仁
【MCアシスタント】
出水麻衣(TBSアナウンサー)
【解答者】
黒柳徹子 野々村真 ダイアモンド☆ユカイ 野口健 千原ジュニア 鈴木ちなみ
【ミステリーハンター】
坂本三佳
おしらせ
視聴者プレゼントの応募は、電話とHPから。抽選で豪華賞品とクリスタルヒトシ君が当たります。全問正解者が出た場合のみ、海外旅行プレゼントもあります。
公式ページ
◇番組HP http://www.tbs.co.jp/f-hakken/
制作
テレビマンユニオン
動画公開中!
タイで日本との友好に貢献した人々…オフショット 6/20(土)『世界ふしぎ発見!』動画公開しました!

おことわり
番組の内容と放送時間は、変更になる場合があります。

ジャンル :
バラエティ – クイズ
バラエティ – 旅バラエティ
福祉 – 文字(字幕)

映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
音声 : 2/0モード(ステレオ)
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