なぜ? 日本の大動脈襲う新幹線放火事件
7月3日 21時07分
日本の大動脈、東海道新幹線の車内で起きた放火事件。放火によって乗客が犠牲になったのは新幹線では開業以来初めてのことです。
男はガソリンを新幹線に持ち込み、走行中の車内で焼身自殺を図ったとみられています。男はなぜ、誰も予測しえない行動に及んだのか。横浜放送局の井上圭介記者と山田宏茂記者が取材しました。
日本の大動脈を襲った放火事件
6月30日午前11時に、東京駅から新大阪駅に向かった東海道新幹線のぞみ225号。
停車駅の1つである新横浜駅を出発してからおよそ10分後、神奈川県小田原市周辺にさしかかった時、事件が起きました。
車内混乱伝えるツイッター
ツイッターでは車内の異常な状況を知らせるつぶやきが相次いで投稿されていました。
投稿では「のぞみ225号に乗っていたら急停車」、「油をまいて火をつけた」という内容や先頭の車両から流れてくる煙が写っていました。
火災 車内の被害は
午前11時半ごろ。先頭の1号車の前方で、男がポリタンクに入ったガソリンをかぶり、ライターでみずから火をつけたというのです。およそ800人が乗っていた「のぞみ225号」。熱風や煙が車内に広がりました。
乗客は後方の車両へ避難。男が死亡、逃げ遅れたとみられる横浜市の桑原佳子さん(52)が亡くなりました。煙や熱風を吸い込み、のどにやけどを負ったことによる窒息死だったということです。
このほか乗客と乗務員合わせて28人がのどにやけどを負うなどの重軽傷を負い、警察は殺人と放火の疑いで捜査しています。
新幹線で何が起きたのか
新幹線の車内で何が起きたのか。乗客の証言や車内に設置された防犯カメラの映像から徐々に明らかになっています。
火をつけたとされる東京・杉並区の林崎春生容疑者(71)。
事件当日、東京駅から新幹線に乗車していました。のぞみが出発する18分前の午前10時42分に、東京駅の新幹線ホームに通じる改札口に入る姿が防犯カメラに写っていました。このとき、リュックサックを背負っていて、ガソリンを入れたポリタンクを隠し持っていたとみられています。
乗客の証言や警察の調べなどによりますと、林崎容疑者が1号車で目撃されたのは、午前11時19分に新横浜駅を出て数分たってからでした。林崎容疑者の不審な行動を複数の乗客が目撃していました。林崎容疑者は1号車の通路をうろうろとしたあと、最前列にいた60代の女性に「拾ったからお金をあげる」と話しかけ、女性の座席のテーブルに数枚の千円札を置いたのです。女性が「いらない」と言うと、ふたたび通路をうろうろし、1列目と2列目の間付近でガソリンをかぶったということです。
車内に火 乗客の証言
車内の防犯カメラにも林崎容疑者がリュックサックからポリタンクを取り出し、液体をかぶる様子が写っていました。近くの席に座っていた28歳の男性は「男が大きなポリタンクを持って私のすぐそばで自分の肩口に油のようなものをかけ始めた。終始無言で淡々とした様子だった」と話していました。
千円札を渡されたという女性は林崎容疑者がガソリンをかぶったのを見て「やめなさい」と言いましたが、林崎容疑者は「あなたも危ないから逃げなさい」と言い、女性が後方に逃げて振り向いたときには火が出ていたということです。
火災 その影響は
火は一瞬にして広がったということです。消防によりますと、1号車では前から中央付近までの半分ほどが焼けていました。このうち3列目までの座席は、シートの金属部分がむき出しの状態になって焼けているということです。
また、前方の天井板が数メートルにわたって焼け落ちていたということです。
死亡した乗客の女性は1号車と2号車の間のデッキに倒れていましたが、このデッキでもすすが確認され、熱風が黒煙とともにここまで達したとみられています。
警察は7月3日、静岡県のJRの車両所で火災が起きた車両の検証を始めました。
死亡した女性が出火当時どこにいたかや、なぜ巻き込まれたのか、これまでのところ分かっておらず、警察は女性が死亡した状況や車内で熱風や煙が広がった詳しい状況を調べています。
計画的な犯行か
事件の状況とともに、捜査の焦点は動機です。
岩手県遠野市出身の林崎容疑者。先月、75歳の姉と電話で話をした際、金銭的な不満をもらしていたということです。林崎容疑者の姉は、「年金の額が月に18万円だったのに12万円にされたと言っていた。年金の担当者に『自殺するから』と言ったことを明かしていた」と話していました。
さらに知人などによりますと、林崎容疑者は周囲に対して、年金の受給額が少ないことや家賃の支払いに困っていることなどをもらしていたということです。警察は生活の苦しさが動機につながった疑いもあるとみています。
また、犯行は計画的だったとみられています。事件前日の6月29日の午前、林崎容疑者は自宅近くのガソリンスタンドにカートを持って現れたといいます。林崎容疑者は、「車がガス欠なのでポリタンクとガソリンを購入したい」と伝えましたが、店員が「ポリタンクでは売れない」と答えると、ガソリンを入れる金属製の携行缶を1万円で買ったということです。そして、1000円分、およそ7リットルのガソリンを携行缶に入れて購入したということです。
さらに、この日の夕方には、東京・杉並の自宅から数百メートルのところにあるJR西荻窪駅のみどりの窓口で、新幹線の切符を購入する姿が防犯カメラに写っていました。購入した特急券つきの乗車券は死亡した林崎容疑者のズボンのポケットから見つかりました。
なぜ通過駅の切符?
しかし、購入した乗車券は、「のぞみ」が停車しない静岡県の掛川駅行きの自由席の切符でした。
事件が起きた「のぞみ225号」が出発する4分前の午前10時56分に、東京駅からは「こだま649号」が出発していました。この新幹線は掛川駅にも停車しますが、林崎容疑者が乗ったのは掛川駅を通過する「のぞみ」でした。
なぜ、掛川駅行きの切符を購入したのか分かっておらず、警察が調べています。
今後の捜査は?
今回の事件では、乗客の女性が巻き込まれて死亡し、28人が重軽傷を負いました。
なぜ、多くの乗客が巻き込まれる危険性が高い走行中の新幹線の車内で自殺を図ったのか、警察は林崎容疑者の遺留品などを調べるともに知人など周囲にも話を聞くなどして解明したいとしています。
一方、新幹線の火災対策や海外で強化されている鉄道などを狙ったテロ事件への対策などさまざまな課題が浮かび上がっています。日本の大動脈、東海道新幹線の車内で起きた今回の事件。事件の解明とともにさまざまな課題の解決に向けた議論が求められていると思います。