昔の言葉と悪口

三代目 三遊亭金馬

 現在、各大学に落語研究会というものがあり、中学・高校の教科書にも江戸小咄がのっている。近頃落語の寄席へ若いお客が多くくるようになった。誠に喜ばしいことだ。ぼくは一般のお客から「落語はどういうところがお好きでおいでになりますか」とアンケートの投書をいただいた。そのなかに「昔の言葉が覚えられるから」というのが多くあった。
 
われわれ商売人の若い咄家が聞いてもすでにわからなくなった言葉がある。土地の名前もわれわれはうっかり昔の町名をいって自動車の運ちゃんに聞きかえされる。
「妻恋坂」「湯島大根畑」「切り通し」。万世橋から上野までが「御成街道」。「筋違すじかい」「講武所こうぶしょ」。現万世橋が「眼鏡橋」。「御隠殿ごいんでん」「喰違くいちがい」「鉄砲洲」「お玉ヶ池」「新堀端」「大根河岸」「竹河岸」「白魚河岸」「へっつい河岸」。「ヤッチャ場」も「青果市場」と改名した。

 ついうっかり「二足三文だよ」といってしまう。これも下駄の鼻緒が二足分三文で買えた時代の言葉であるから、今は通用しないがついうっかり喋ってしまう。ためしに古い咄家が高座で使っている昔のことばを調べてみた。
「俺がいおうと思っていたがお株をとられてしまった」(先にやられて)
「いかなこっても」(何がなんでも)
「権助の話は裏がかえらねえ」(二度目にやることができない)
 権助とは何ですかと聞きかえされて、作男で台所で働いている男だ。台所とは何です、勝手、といってやっとわかった。

 昔の悪口には面白いのがずいぶんある。
 今は恐妻家、女天下というが、昔は「からすの昆布巻」(かかあまかれだ)
「ずいぶん歩いたがまだよほど遠方なのかね」
「なーに、台屋のお鉢だ」(じき底、すぐ底)
 吉原の料理屋からとる飯櫃めしびつは上げ底になっていた。いちいち説明をつけると長くなるが、現代人にはぴったりこない。
・・・以下略
底本:「日本の名随筆52 話」作品社    1987(昭和62)年2月25日第1刷発行 底本の親本:「浮世断語」旺文社文庫、旺文社    1981(昭和56)年7月 ※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。 入力:門田裕志 校正:noriko saito 2015年1月16日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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