NNNドキュメント「90歳のサッカー記者 -日韓 歴史の宿命-」
2015年7月5日(日) 24時55分~25時25分 の放送内容
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2015年7月5日(日)
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最終更新日:2015年6月29日(月) 17時30分
番組詳細説明(内容)
【見どころ】
日本最高齢のサッカー記者、賀川浩氏(90)。長年に渡る国際取材が評価され今年、FIFA国際サッカー連盟・会長賞の栄誉を受けた。ルーツとなる少年時代。神戸一中(現神戸高校)で選手として全国制覇、ライバル校は当時日本の植民地だった朝鮮半島の代表校だった。その後、学徒出陣で賀川氏は陸軍の特攻隊に入隊、奇しくも出征先は朝鮮半島だった。しかし出撃の直前に終戦。「平和がなければサッカーは出来ない」。戦後、記者となり日韓サッカーの歩みを特別な思いで記録し続けた70年。残された記者人生、宿命と向き合うため、日本統治下で日の丸を背負い国際舞台で戦った朝鮮人選手の足跡を追うため再び朝鮮半島(韓国)に向かった。人生をサッカーに賭けた90歳の記者が平和の意味を問う。
【内容】
戦後70年、日韓国交正常化50年。日韓サッカーもまた数奇な運命を辿りながら歴史を重ねてきた。国際サッカージャーナリスト・賀川浩(かがわ・ひろし)氏(90)。通算10回のW杯取材などサッカー界への貢献が認められ今年、FIFA国際サッカー連盟の会長賞の栄誉に輝いた。日本人初の快挙である。地元神戸で盛大な祝賀会が開かれた。賀川氏の原点は、選手として活躍した神戸一中(現在の神戸高校)時代に遡る。戦時中、サッカーに没頭し、本土では敵なしの神戸一中。しかしライバルは海の向こうにいた。日本統治下の朝鮮半島から来る代表校と全国大会で死闘を繰り広げた。しかし戦局の悪化で全国大会は中止。賀川氏も学徒出陣で戦地へ、学生が徴兵された「陸軍特別操縦見習士官」として陸軍の特攻隊に入隊する。奇しくも出征先は朝鮮半島。出撃の数日前、訓練中に終戦を迎えた。大勢の戦友たちが戦場に命を捧げた。今年も彼らの御霊が眠る京都・護国神社に生き残った戦友たちが集まった。終戦の二か月後、賀川氏は復員。ともに生き残った兄と一緒に、親戚に預けてあったシューズとボールで再びボールを蹴った。「平和でなければサッカーはできない」。賀川氏の信念となった。そして兄は日本代表選手となり、独立した韓国と戦うことになる。そして弟・賀川氏は記者として日韓サッカーを追い続けた。
日本サッカーが初めて国際舞台に出場した1936年ベルリン五輪。強豪スウェーデンを倒した「ベルリンの奇跡」はサッカー史に語り継がれる伝説だ。イレブンの中にひとりの朝鮮人がいた。「金容植(キム・ヨンシク)」。卓越した技術と豊富な運動量で勝利の立役者となった。キムの同僚で元日本代表のただ一人の生き残りイ・ユヒョン氏。13年前、日韓の歴史的転換点となった「日韓共催W杯」の時、我々はイ氏を取材(当時91歳)。その翌年、イ氏は他界。旧植民地時代を語る肉声が残っている。キムは韓国独立後、代表選手、代表監督を務め「韓国サッカーの父」となった。戦後、何度も日本と対戦、日韓の関係者をつないだ生涯だった。
なぜキムはあえて日の丸を背負ったのか。そしてどんな生涯だったのか。賀川氏は残された記者人生、歴史の空白を埋めるため今年6月、再び朝鮮半島(韓国)に向かった。出会ったのは、キムからサッカーを学んだ「教え子」たち。キムは30年前、75歳の生涯を閉じるまで、ひたむきにサッカーに取り組んだ人生だったという。キムの墓前に立った賀川氏。墓石には自分が日本代表選手だったことが刻み込まれていた。戦後、日本代表としてキム率いる韓国と戦った賀川氏の兄・太郎氏。日本サッカーの殿堂入りした名選手となり、67歳の生涯を閉じた。今年は日本サッカーリーグ創設、50周年。賀川氏は記念パーティーに招待され、歴史の生き証人として節目の年を迎えた。
賀川氏が見守り続けてきた若い選手たちが今、世界の舞台で活躍している。神戸は女子サッカー発祥の地でもあり、澤穂希選手は子供の頃から見てきた愛娘の様な存在。W杯連覇を目指す戦いを前に激励に向かう賀川氏。現役の記者としての輝きは今も健在だ。去年4月には、神戸市立中央図書館に蔵書や関連資料等5000点を寄贈、「神戸賀川サッカー文庫」を作った。戦中、戦後をサッカーとともにくぐり抜けてきた90歳のサッカー記者。後世を継ぐ若者たちに向けてどんなメッセージを発信しようとしているのか。人生の集大成に挑む、賀川氏の思いに迫りたい。
日本最高齢のサッカー記者、賀川浩氏90歳。今年、FIFA国際サッカー連盟会長賞を受賞した。戦後70年、韓国人の元日本代表選手の足跡を追い歴史の宿命を解き明かす。
出演者
- ナレーター
- 安富史郎
番組内容
日本最高齢のサッカー記者、賀川浩氏90歳。長年にわたる国際取材が評価され今年、FIFA国際サッカー連盟会長賞を受賞した。神戸の強豪校で活躍した少年時代。全国大会のライバルは日本統治下の朝鮮半島代表校だった。その後戦争の激化で陸軍の特攻隊員として朝鮮半島に出征。数奇な運命をたどる。戦後70年、戦時下で日本代表選手となり戦後「韓国サッカーの父」と呼ばれた一人の韓国人。足跡を追い歴史の宿命を解き明かす。
制作
読売テレビ
その他
- 属性情報?
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- ジャンル
- ドキュメンタリー/教養 - ドキュメンタリー全般 ニュース/報道 - 特集・ドキュメント
人物情報
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