2015年07月05日

智頭往来・智頭宿     (鳥取県智頭町)

鳥取県智頭町にある智頭宿を散策してきました。

<智頭宿>
智頭宿.jpg
住所:鳥取県八頭郡智頭町智頭
駐車場あり(無料・観光駐車場あり)

<現地解説>
古くは『日本書紀』の大同三年(808年)6月、「因幡国智頭郡道俣駅馬二匹
を省く」と記された、その道俣という呼び名が智頭の事で、由来は道が分かれる
所といいます。
その後、上方街道と備前街道が分岐する要衝の地となったのは藩政時代ですが、
参勤交代の道筋、藩主池田候の宿泊地として本陣が置かれると商人や旅人の宿場
町として栄えました。あまり繁盛したので、1844年にはとうとう小売り商人
の逗留を禁止しました。今日、宿場町の面影が近隣の家並みに残っています。
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上方街道(智頭往来・因幡街道)と備前街道が分岐する宿場として栄えた智頭宿
を散策してきました。
ここに来る直前、10キロほど北の道の駅で豪雨にあいどうなる事かと思いました
が、智頭に着いたときには雨があがりました。最近局地的な雨が多いですね。

智頭宿は一本道をずっと見渡せる宿場町です。
遠くに見える山と昔ながらの町並みがとても良い雰囲気をかもしていました。
あまりお店はありませんが、宿場の中にあった造り酒屋の諏訪泉酒造さんで
お土産の日本酒を買ってきました(^-^)

<智頭宿>
智頭宿2.jpg

智頭宿3.jpg

智頭宿5.jpg

智頭宿4.jpg

智頭宿8.jpg

智頭宿6.jpg

平成27年GWの旅
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日本の古い町並み
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2015年07月01日

仁風閣      (鳥取県鳥取市)

鳥取城の敷地内にある仁風閣に行ってきました。

<仁風閣>
仁風閣.jpg
住所:鳥取県鳥取市東町2−121
駐車場あり(無料)
営業:9時〜17時 150円

<現地解説>
この建物は明治40年5月、時の皇太子殿下(のちの大正天皇)の山陰行幸に際し、
ご宿舎として、もと鳥取藩主池田仲博侯爵によって、扇御所跡に建てられた。
設計は明治建築最高の傑作である赤坂離宮の設計者として有名な宮廷建築家橋本
平蔵が補佐し、地元の工匠浜田芳蔵が施工にあたったものであり、フレンチ
ルネッサンス様式を基調とする木造二階建の本格的洋風建築で、中国地方屈指の
明治建築として著名である。
櫛型ペディメントを主要なモチーフにした瑞正な正面のたたずまいに、屋上の棟
飾りや階段室の八角尖頭屋根が変化を与え、背面一・二階吹き抜けのベランダは、
軽快で美しい構成を示している。
内部は、御座所・謁見所・御食堂の主要室をはじめとして、一・二階各室とも
室内装飾に意が払われ、マントルピース・カーテンボックス・シャンデリアなど
細部意匠にも見るべきものが多い。殿下ご到着の当日に、鳥取県下ではじめて
電灯がともされるなど、明治の文明開化を華々しくうたいあげた記念建築でもある。
「仁風閣」の名は、行啓に随行した海軍大将東郷平八郎によって命名されたもので
、その直筆の額は二階ホールに現在も掲げられている。

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仁風閣に行ってきました。ここも平成9年の訪問以来です。
一昨年見た映画『るろうに剣心』でこの仁風閣がロケ地として使われていたので、
非常に懐かしく、久しぶりに行きたいなという気がおこりました。

鳥取では他に洋館って残ってるのかな。僕は少なくとも他は知りません。
山陰では珍しい現存する明治の洋館です。

仁風閣3.jpg

仁風閣5.jpg

仁風閣4.jpg
洋館なんだけど、畳の部屋があります。

<るろうに剣心ロケ>
仁風閣 るろうにロケ2.jpg

仁風閣 るろうにロケ.jpg
映画のシーンやロケの模様など写真が飾ってありました。

平成27年GWの旅
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鳥取城      (鳥取県鳥取市)

鳥取市にある鳥取城に行ってきました。

<鳥取城>
鳥取城.jpg
住所:鳥取県鳥取市東町
駐車場あり(無料)

<現地解説>
現在見られる石垣で作られた城の姿は1582年から1849年の約270年の間に
段階的に整備されたものです。特に1617年に入城した池田光政は、それまで5〜
6万石規模であった城を32万石の居城として一新します。
中野御門から続く大手登城路や、天球丸・二の丸も整備し、城の主要な部分はこの時
に完成しました。城内には、幕府の規制で三階以上の建物はありませんが、二ノ丸に
は創建時、最新の建築様式だった層塔型の三階櫓が山陰地方で初めて建てられました。
その後鳥取城は、藩主の生活と藩の役所を担った御殿を中心に増改築されていきます。
江戸時代の終わりには二ノ丸や三の丸が大きく拡張されたほか、三の丸の南側には
凶作に備えて籾を保管する倉庫群が造られました。
城内の建物は明治時代に大半が壊され、残った石垣も1943年の鳥取大地震で多く
が崩れました。

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鳥取城に行ってきました。
平成9年に行っていらいなので、18年ぶりの訪問となりました。
いやはやほんとに久しぶりです。
鳥取城に行こうと思ったきっかけは、一度行ったきりでもう本当に行っていないな
という事もありましたが、最近大河ドラマ『黄金の日日』を見ており、そこで鳥取城
攻防戦が出てきたからです。
昨年の大河ドラマ『軍師官兵衛』では、鳥取城の兵糧攻めは割愛されました。
「鳥取の渇え殺し」と言われる凄惨な戦い、ほとんどの映画やドラマではあえて外さ
れる戦いですが、『黄金の日日』ではそのシーンがギリギリのラインでえがかれてお
り、NHK大河の作品の中ではチャレンジした作品ではないかと思います。

現在残るのは石垣のみ。その石垣も秀吉の鳥取攻めの後から整備されたものです。
近代城郭として、機能的そして美しい石垣から江戸時代の実用的な城と見てとれ
ます。

<鳥取城>
鳥取城4.jpg

鳥取城3.jpg

鳥取城5.jpg

鳥取城6.jpg

鳥取城2.jpg

<鳥取城前の吉川経家像>
吉川経家像 鳥取城.jpg
鳥取城攻防戦で鳥取城の城将だった吉川経家の銅像です。

平成27年GWの旅
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日本の城を巡る
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銅像めぐり
http://rover.seesaa.net/article/142026310.html

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2015年06月28日

株主優待シーズンにつき

3月末決算企業の株主総会もほぼ終わり、株主優待が到着のピークになってます。

その為、資産運用ブログの更新がメインになって、旅ブログは更新が遅くなって
ます。株の方が落ち着いたら旅ブログの更新をまた頑張ろうと思います。
まだGWの記事も書き切れてないですし(^^;

資産運用ブログ
http://318is.seesaa.net/

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多摩川台公園のアジサイ    (東京都大田区)

東京都大田区にある多摩川台公園でアジサイを見てきました。

<多摩川台公園のアジサイ>
多摩川台公園のアジサイ.jpg
住所:東京都大田区田園調布1-63-1
駐車場なし
東急東横線・目黒線・多摩川線「多摩川」駅徒歩2分

田園調布にある多摩川台公園に行ってきました。
春先に桜を見に行きましたが、アジサイもこんなに綺麗とは知りませんでした。
ちょっとしたアジサイの名所です。
多摩川台公園のアジサイ園には7種類3000株のアジサイが植えられているそうです。
毎年見頃は6月中旬〜7月上旬との事です。

<多摩川台公園のアジサイ・平成27年6月26日撮影>
多摩川台公園のアジサイ3.jpg

多摩川台公園のアジサイ5.jpg

多摩川台公園のアジサイ2.jpg

多摩川台公園のアジサイ6.jpg

多摩川台公園のアジサイ4.jpg

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2015年06月25日

たま駅長天国へ

和歌山電鐵貴志川線貴志駅の駅長をつとめていた、たま駅長が先日亡くなった
そうです。16歳という事で、ネコだと大往生ですね。

たま駅長は海外からも取材が来るほど有名なねこ駅長でした。

僕も5年前にたま駅長に会いに貴志駅に行ってきました。
たま駅長の死という寂しさもそうですが、その時の事を思い返して時の流れを
感じました。もうあれから5年もたったんだな〜と。
たまと会ったのは2年位前の事だったかと思ってました。もう5年も経っていた
とは・・・・。何はともあれ、たま駅長のご冥福をお祈りしたいと思います。

<貴志駅>
貴志駅.jpg
貴志駅はネコ型の駅舎です

貴志駅2.jpg

<たま電車>
たま電車.jpg
たまデザインの電車です。

たま電車2.jpg
たま電車は中もかわいいんです。

<ありし日のたま駅長>
たま駅長.jpg
この日はオフィスの中でお昼寝中でした。

たま駅長2.jpg

<たま駅長亡くなる>
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150624-00000091-mai-soci

<ニタマ駅長出勤>
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20150625/k10010127401000.html
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2015年06月24日

醤遊王国オープン

今日は良い天気でした

梅雨の中休みですね。
こういう日は洗濯をしなくてはと朝から洗濯。天気良かったですが遠出はしま
せんでした。

川越にある宇和島海賊どんぶりで昼食。今日食べた本マグロ丼は本当においしかった
です(^-^)

本マグロ丼.jpg

午後、気になっていた菓子屋横町の様子を見に行ってきました。
菓子屋横町前の県道はまだ封鎖中。
現場検証が行われていました。

菓子屋横町2.jpg
火元の室岡製菓、その隣の吉仁製菓、稲葉屋は全焼と思われます。
吉仁製菓はいろんな種類のお菓子を売っていて面白いお店でしたし、
稲葉屋さんは僕も何度も食べてるむらさきいも饅頭を売っていたお店。
とても残念です。稲葉屋さんは復活すると思いますが、吉仁製菓さんは
店主も歳とってたし、復活するのか気になります。

菓子屋横町 奥の.jpg
奥の方は火事の影響は無さそうです。安心しました。
菓子屋横町内及び近隣のお店は自粛も含めてでしょうけど、今日はお休みして
いました。

さて、今日は時の鐘の近くに新店が出来たのでご紹介。

醤遊王国.jpg
埼玉県日高市にある、弓削田醤油さんの醤遊王国が川越にもオープンしま
した。以前サンドイッチのちちぶやさんがあった場所です。
醤油のお店ですので、醤油を売っているのはそうなんですが、目玉で醤油ソフト
クリームというのがあるので、久しぶりに食べてみました。

醤遊王国 醤油ソフト.jpg
こちら醤油ソフトクリーム(300円)です。
色はほんのり醤油の様な色をしていますが、キワモノではありません。
醤油がいいコクをだして、おいしく仕上がってます。

川越に新名所がまた出来ました(^-^)

彩の国 醤遊王国 川越時の鐘店
住所:埼玉県川越市大手町14-5
http://yugeta.com/
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鹿野城      (鳥取県鳥取市)

鳥取県鳥取市にある鹿野城に行ってきました。

<鹿野城>
鹿野城3.jpg
住所:鳥取県鳥取市鹿野町鹿野
駐車場あり(無料)

<現地解説>
1578年、羽柴秀吉が亀井茲矩等を先駆けとして毛利氏の支城となっていた鹿
野城を攻め落とし、羽柴軍山陰攻めの前線基地の役割を持ちました。
亀井茲矩は鹿野城の城番を命ぜられ、翌年の再出陣までの間、鹿野城を守るのみ
でなく、近くの諸城を攻め落とし、これらの功により城主に任命されました。
関ヶ原の戦いの後、世の中が落ち着くと、亀井茲矩は城の大拡張を行いました。
古い鹿野城は山頂に近い部分だけの山城でしたが、山麓を中心に本丸、周囲に
薬研堀、内堀、その外側に外堀を作り近世の城として面目を一新しました。
その一方でまえからの山城を整備しました。
城は仏教思想にもとづく「王舎城」の名が、また、櫓には南蛮貿易を物語る
「朝鮮櫓」「オランダ櫓」の名が残っている。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
鹿野城に行ってきました。
鹿野城の創建年代は不明との事で、毛利氏の山陰の拠点として存在していた様です。
亀井茲矩入城後に近世城郭として整備されたそうです。

今は建物は残っておらず、石垣などで往時をしのぶのみになっています。
公園として整備されていますが、出丸の中には鹿野中学校があったりして不思議な
感じのお城です(笑)

鹿野城2.jpg

<鹿野城>
鹿野城 二の丸.jpg

鹿野城.jpg

鹿野城4.jpg

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2015年06月21日

菓子屋横町が火事

今日、15時半位に川越の蔵の町を車で走っていたんですが、大渋滞。

まあ休日はいつも渋滞してますが、今日はぴくりとも動かない。
少し走ったら消防車が何台も来ており、町の一部が封鎖されていました。

あとで確認したら何と菓子屋横町が火事。
http://www.saitama-np.co.jp/news/2015/06/21/12.html

5軒全焼ですか。地元民としてとてもショックです。
燃えたのは県道側入り口付近のお店。菓子屋横町の奥は無事の模様。
それが不幸中の幸いですね。玉力製菓さんとかは無事の様です。

再建という事になるんでしょうけど、どうなっていくのか。
川越市民として何か力になれればと思います。
posted by けんけんけん at 23:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

城下町鹿野      (鳥取県鳥取市)

鳥取県鳥取市(旧鹿野町)にある城下町鹿野を散策してきました。

<城下町鹿野>
城下町鹿野1.jpg
住所:鳥取県鳥取市鹿野町
駐車場あり(城下町内に何ヶ所か観光用駐車場あり)

<現地解説>
古くから因幡国西部の中心都市で、江戸時代初頭に亀井茲矩によって鹿野城が築か
れ城下町として整備された。町中には京格子のある町屋が点在している。
鹿野城が軍事上の拠点であったことにより、道はT字路・L字路などが多く、進入
経路にも工夫が見られる。
また、お寺は侵入者の発見などの目的で、城下町の至る所に点在している。

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鳥取市の西部、旧鹿野町にある城下町鹿野を散策してきました。
ここは江戸時代初期に亀井茲矩によって鹿野城の整備が行われ、それにあわせ町
も作られたものです。
山中鹿之助の墓のある幸盛寺などもあり、歴史を感じる事が出来る城下町です。

<城下町鹿野>
城下町鹿野3.jpg

城下町鹿野6.jpg

城下町鹿野2.jpg

城下町鹿野5.jpg

城下町鹿野4.jpg

城下町鹿野7.jpg

平成27年GWの旅
http://rover.seesaa.net/article/418505052.html

日本の古い町並み
http://rover.seesaa.net/article/21960937.html

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