「キャリアを築くとは本能に逆らう行為だ」元Apple前刀禎明氏×メタップス佐藤航陽氏が語るグローバル人材論
2015/07/03公開
元Apple日本法人社長の前刀禎明氏(右)とメタップス代表の佐藤航陽氏
元Apple米国本社副社長兼日本法人社長の前刀禎明氏とメタップス代表の佐藤航陽氏が、自身の経験を基に「グローバルキャリア」を語るイベントが6月25日、都内で開かれた。
前刀氏はソニー、ディズニーといった世界的企業を経て、2004年にAppleに入社。日本独自のマーケティング手法を用いることで『iPod mini』を爆発的ヒットに導いた。そのAppleを辞し、2007年には自身が代表を務めるリアルディアを創業。まさに世界を股に掛けてキャリアを築いてきた人物だ。
一方の佐藤氏は2007年にメタップスを起業。人工知能を用いたアプリ収益化支援事業を軸に、東京、シンガポール、サンフランシスコ、韓国、上海など国内8拠点で幅広い事業展開を行っている。若くして世界を知る人物と呼べるだろう。
このたび弊誌では、主催者であるメタップスの好意で、イベント前に2人に単独取材する機会を得た。
Appleではスティーブ・ジョブズをはじめ多くのトップクリエイターと仕事をしてきた前刀氏、文化の違うさまざまな国でエンジニアを見てきた佐藤氏に、「エンジニアがグローバルに活躍するための条件」をテーマに話を聞いた。
自分の意見を持っていることは必須
—— お2方とも、これまでのキャリアで世界中の多くのエンジニアを実際に目にしてこられたと思います。まずは、日本のエンジニアが海外で働く上での心理的障壁を打破するために、必要な行動や心構えについてお聞きしたいのですが。
佐藤 海外でフィットする人としない人の違いなんてないんじゃないですか? あるとすればそれは単純に、各国のバックグラウンドをどれだけ知っているかの違いぐらいだと思います。例えばプロダクトを作る時に、中国市場に合うのはこういうもの、アメリカはこう、日本はこうとぼんやりとでも頭に浮かぶ人は、設計もできるし実装もできる。エンジニアのマネジメントだってできるでしょう。
—— メタップスさんの海外拠点では、エンジニアを現地で採用しているんですか?
佐藤 基本的には現地採用です。8拠点それぞれカルチャーが違うため、支社というよりは現地の会社が「メタップス」の看板で別々にやっているのに近いです。シンガポール人、アメリカ人、中国人でそれぞれ価値観は違いますから、日本の会社のやり方を押し付けるのでは、うまくマネジメントできない。だからかなりの権限を任せています。
現状、クロスボーダーで仕事をしている人を見てみると、違った環境で生活したことのある人は圧倒的に強いですね。人はそれぞれ違うものということを知っているから。人間は皆同じものと考えている人は、新しい環境になじむのが難しいと感じているように映りますね。
「海外に出る上では自分の考えを持っていることが必須」と前刀氏
前刀 だから日本人はダイバーシティが苦手なんだと思いますよ。ヨーロッパ大陸の人たちは、もともとさまざまな民族が入り乱れるから「ダイバーシティ」なんて当たり前すぎて口にしない。単一の民族である日本人だけが必死に「ダイバーシティ」を過度に強調しているんです。
今回のイベントのテーマである「グローバル」にしても、日本企業は「グローバル」であることを特別なことだと思っているから、声高に主張する。「世界の当たり前」が日本では当たり前になっていないから、国内では雇用の面でアドバンテージになっているんでしょう。
その上で海外に出て行くための条件を考えると、エンジニアに限った話ではありませんが、自分の意見がしっかりあって、それをちゃんと伝えられるというのはあるかと思います。自分の考えを持てない人は、そもそもいても意味がない。
確かにここで言語が通じるかというのは問題になるんですが、ことエンジニアに関して言えば、コードという共通言語を持っているわけですから、他の職種の人たちと比べて、英語が流暢じゃなくても通じ合えるんです。
だからこそ、ポリシーや考えがあるかというのは、より大事になってくると思いますね。
佐藤 おっしゃる通りだと思います。日本人が自己主張が下手だというのは、海外と比べて日本ではあまり競争がないからという理由かもしれません。
例えば中国の学校では、一クラス80人いたとして、全員分のあめ玉が用意されることはない。だから手を挙げない人間は基本的にいないという感覚で教育されている。
一方で日本人や韓国人は協調を尊ぶ文化なので、教室の全員分、お菓子が用意されている。アメリカ、中国など競争が激しいところで教育を受けて育った人は、自然と自己主張が激しくなるというわけです。
欧米コンプレックスは捨てた方がいい
前刀 そう。ただ、その時にもう一つ気を付けてほしいのは、シリコンバレーやアメリカを見すぎないということです。アメリカ人と中国人は「俺たちがやっていることがグローバルスタンダードだ」と思って疑わないので、それほどスゴくない人たちが作ったプロダクトでもグローバルスタンダードになってしまっているという側面がある。
日本人はその点で最初から負けている。やるなら最初から世界制覇するくらいの気概でやらないと。
佐藤氏は実際に海外に出てみて、米国と並ぶ中国の圧倒的なパワーに驚かされたという
佐藤 英語圏は冷静に見ればそこまで大きいわけじゃないし、中国語圏だって大きいけれども想像しているほどじゃない。世界の多くをその他大勢が占めているのに、自己主張の強い人たちが「おれたちがスタンダードだ」と言っているというのが現実ですよね。
前刀 スティーブ・ジョブズに「これからはこれだ!」とか言われたら、みんな「そうか、そうだな」と思ってしまいますからね(笑)。
まず、欧米コンプレックスは捨てた方がいい。アメリカ人は確かにすごいけれど、彼らには絶対にできないことがある。
それは、彼らには繊細なところが分からないということです。多くの日本人が「NYのセレブ御用達のカップケーキです」と言ってありがたがって長い行列を作っているけれど、僕の私見だと、日本人のパティシエが作ったケーキの方が断然おいしい。そういうものを捨ててまで欧米の後追いをするメンタリティを変えないと、これからは世界でなんて通用しません。
佐藤 彼らは他人に合わさせるのが圧倒的にうまいですからね。うまく引き込んで、自分の場で勝負しようというスタンス。だからマーケティングがうまい。
前刀 最近の例で言えばブルーボトルコーヒーがそうですよね。「サードウエーブコーヒー」と謳ってうまいことやっているけれど、ちょっと待ってよ、と。日本の喫茶店はもともとドリップで入れていましたよ。マーケティングについては日本人は学んだ方が良いですね。
—— お2人にはいろいろな方とお仕事をされてきたからこそ、今のようなお考えを持つに至ったという側面があるかと思いますが、振り返っていただいて、最初に世界に出た時の衝撃はどんなものでしたか? それをどうやって乗り越えたのでしょうか。
佐藤 無知だったのでそこまでのギャップというものはなかった気がしますが、偏っているな、とは感じましたね。日本にいる間は外のことが分からなかったので、世界はいろいろな国がバランスを持って成り立っているものだと思っていました。
でも実際は、強い国は圧倒的に強くて、その他の国は強い国の影響を受けて成り立っている。台湾なんて良い例で、どこかの国からカルチャーを輸入することで成立している。
—— 圧倒的な存在という意味ではシリコンバレーがテクノロジーの象徴として扱われるのは一般的かと思いますが、一方でアジアについてはどんな感想をお持ちですか?
佐藤 中国の力は圧倒的でしたね。日本から見ると、中国って「アメリカのやり方に反対する人」ってイメージがあるじゃないですか。でも実際の力はイーブン。アメリカと中国が世界を分けながら、インターネット市場を食い合っているというのが本当のところです。
アメリカはマーケティングがうまいから、中国が世界のスタンダードに逆らっているように見せているだけ。中国人は賢いですよ。アメリカが自分たちのやり方に持っていこうとしていることに気付いて、それに対抗するために臨戦態勢を整えている。
自ら環境を選び取れ
前刀氏はセルフ・イノベーションとチャレンジをテーマに、世界を股に掛けた「Connecting the Dots」を実現してきた
—— 前刀さんは最初にどんなギャップを感じましたか?
前刀 海外、特にアメリカの会社を見ていて驚いたのは、海外マーケティング部門の仕事を、パスポートを持ってさえいない人がやっていたりすることです。どういう意味か分かりますか? アメリカから一歩も出たことがない人が、世界向けのマーケティングを担当しているんですよ。その裏側に何があるかと言えば、「アメリカのやり方が世界で通用する」と信じきっているということです。彼らはそこが強い。
日本人は真面目だから、海外マーケティングの仕事に就いたら、各国に出張してその土地土地を知ろうとする。それは正しい行動だとは思うのですが、そこがないとできないとは思わない方がいい。知らないことがあったって、それは仕方がないんだから。そこはアメリカから学んだ方がいいと思いますね。
佐藤 重要な部分さえ抑えておけば、それ以外を知らないことはあまり問題にはならないですよね。
前刀 そう。日本人は10あったら10知らないと動けないタイプの人が多いでしょう? でも、キーとなるポイントが3つくらい分かっていればGoサインを出すという判断の仕方や思考パターンにならないと、動きはどんどん遅くなりますよ。
—— 職業によって重要なポイントが変わるのは承知の上でお聞きしますが、世界に出るには最低限持っていなければならない心得やスキルはありますか?
前刀 さっきも言ったように、自分の主張を持たずに出ることはしない方がいい。「お前はどう思う?」って聞かれた時に困ることは目に見えていますからね。
そしてその主張を伝えるという意味で、プレゼンテーションのスキルが日本人にはなさ過ぎると思う。日本企業は社長からしてプレゼンが下手です。
ソフトバンクの孫さん(孫正義氏)はスティーブのプレゼンをすごく研究していて、ある時から明らかに変わりました(前刀氏の言う「伝える力」は、最新著『心が動く伝え方』で触れることができる)。
さらに、これも当たり前のことですが、ロジカルシンキングも絶対に必要です。みんなそう思ってやっているだろうけれど、ちゃんと習得できている人が少ない。ロジカルに考えられない人の言っていることは、聞いていても意味が分からないですから、アメリカ人はそれをすごく嫌がって、すぐに「So,What?」となる。気弱な日本人はそれで心が折れてしまう(笑)。
佐藤 だから逆にアメリカ人の面接をする立場としては苦労しますね。みんなプレゼンがうまいから。人間、印象というのはすごく大事ですよ。パっと見の印象で自信たっぷりだと、ついつい仕事を任せてしまう。アメリカ人が大見得切って仕事を手に入れるのがすごくうまいのに対して、真面目な日本人はその下請けになってしまうという構図があります。
前刀 その生真面目さが最近はまた評価されているとかも言うけれど、使い勝手がいいから、結局使われる側に回ってしまうね。
—— そういった能力やマインドは後天的に鍛えられるものですか?
前刀 そう思いますよ。生まれながらにそんな自己主張の塊みたいな人なんていないのでは? 環境であったり、小さな自信を積み重ねたりしていくことによって、成長していくんだと思います。
海外では必ず自分の意見を聞かれるし、会議で発言しないような人には次のチャンスはない。そういう厳しさに触れることです。日本企業はそういう人のクビを切れないから、ぬるま湯なんです。
佐藤 韓国、台湾、日本は労働法が厳しいので、それに従ってカルチャーができている気もしますね。逆にアメリカやシンガポールはドライなので、契約を結んでもダメだと分かれば「さようなら。また機会があったら会いましょう」となる。切られる側も結果を出していない以上、次はないという自覚があるので、感情的になることもないのだと思います。
前刀 日本人はその辺、ウエットだからね。
佐藤 シンガポール人はマレーシアとか周辺の国も含めて広い範囲で動いているので、今回うまくいかずに別れても、行き場は他にあると思って、お互いにドライに判断できる。日本だと一度東京で働くと決めるとなかなか東京という狭い範囲から離れられないので、ドライになり切れないというのもあるかもしれません。
—— 環境で決まってしまっていることも少なくないということだとすると、自ら環境を選び取るということが重要になってきますね。
佐藤 そうですね。人間は同じような環境に閉じたままだと、同じような性格だったり感情だったりを持つようになるということを、韓国、日本、ドイツを見て思いましたね。生まれつきに個性があるのではなく、環境によって性質がついてしまうのだと。
前刀 だから自ら飛びこまきゃダメなんだよね。気心知れた1社でずーっとやっていた方がラクというのは当たり前だから、なかなか挑戦できないという気持ちは分かるのだけれど。
佐藤 生物はそういう風にプログラムされていますからね。ラクな方、安全な方を選ぶっていう風に。
前刀 身を危険にさらすような選択をしないようにね。動物だったら食われちゃうかもしれないわけだから。
佐藤 だから、キャリアを積み上げるってのは「本能に逆らうこと」なんでしょうね。自分が安全だと思う方とは違う場所をわざわざ選ばないといけない。そこじゃないと成長できない。
前刀 うん、いっそ、新しいことに挑戦する時は“回路”を切っておいた方がいいのかもしれない。僕の人生のテーマはセルフ・イノベーションとチャレンジというものだし、Appleを辞めたのは、Appleはしょせんスティーブの会社でしかないから、人の土俵の上で仕事をしても燃えないという自分の価値観にしたがったまで。
もし、今この瞬間までAppleに居続けていたら、きっとストックオプションだけで10億円くらい稼いでいたかもしれません。その点は、自分にもう少しサラリーマン的な思考回路があったらなあと思います(笑)。
取材/伊藤健吾 構成・撮影/鈴木陸夫(ともに編集部)
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