コンビニのパンは危険であるという記事。
先日、Yahooニュースに下記のような記事が掲載された。
例によって、Yahooニュースは掲載期間が過ぎてしまうと記事が見られなくなってしまうので、元記事を貼っておく。
元記事は、「ビジネスジャーナル」というサイトに掲載されている。筆者は「食品ジャーナリスト郡司和夫」とある。
一見真面目そうな「ビジネスジャーナル」なるサイトに掲載されたこの記事は、それなりの説得力を持っているように見えるのだが、問題はこの「郡司和夫」という人物のこれまでの経歴だ。
試しにAmazonで、彼が書いた本を検索してみると以下の様な結果になる。
そう、彼はいわゆる「買ってはいけない」系の本を書く専門のジャーナリストなのである。
ベストセラーとなった「買ってはいけない」
1999年、株式会社週刊金曜日が出版した「買ってはいけない」は、 こういうニッチなジャンルの本としては異例の200万部以上を売り上げるベストセラーとなった。
だが、その内容はかなり酷いもので、保存料として使われている化学成分を皮下注射したらマウスが癌になった…などの実験の結果「こんなものが含まれているこの商品は買ってはいけない」と断じていたりするのだ。なんで口から摂取するものを皮下注射するのか、まったく意味がわからない。
他にも、日常生活では摂取不可能な大量の化学物質をマウスなどに投与し、「障害が発生したので危険である」と結論付けるような、安易な批判がかなり多く見られる。
それどころか「味の素を酒に入れて客を酔わせて金品を強奪する」だの、「大手ハンバーガーチェーンでは食用ミミズが使われている」などという低俗な都市伝説が、事実として紹介される始末である。ちなみに、食用ミミズは高級食材なので、普通に牛肉を使ったほうが遥かに安い。
そんな杜撰な内容の本でも、何故か大衆は騙されて買ってしまい、2014年までにパート10まで発行されている人気シリーズとなった。
見る人の不安を煽る姑息な商売。
こういった、「既存の食品は危険なもので、そんな物を食べてはいけない」と、不安を煽るような扇動方法や、それに騙されて実践してしまうような事を「フードファディズム」という。
冒頭の郡司和夫氏の記事の場合、pH調整剤に食品衛生法上一括表示が認められているのも事実だし、リン酸塩が「カルシウムの吸収を妨げる」のも事実だ。だが、この場合で問題になるのは、「添加されている事実」ではなく、「どの程度添加すれば危険なのか」でなければならない。それがこの記事では、ぼんやりとした表現で、はっきりとデータで言及はしない。「なんとなく危険」というイメージを抱かせるためだ。これでは、オヤジ週刊誌レベルの記事である。
だが、リン酸塩は添加などしなくても元々食肉などに含まれているものなのだ。その割合は、最もリン酸塩を多用していると言われているコーラの20倍程度の量になる。つまり、添加されている量よりも、元々含まれている量のほうが遥かに多いのだ。ぶっちゃけていってしまうと、コーラを一日何十リットルも飲む人でなければ、そこまで気にする必要のない話なのである。
そもそもpH調整剤は、FAO/WHO合同食品添加物専門家委員会(JECFA)で審議、評価され、現時点では安全性が確認されている。添加物の複合摂取もきちんと研究されており、一日摂取許容量(ADI)の範囲内であれば、健康被害が出る可能性は少ない(ゼロとはいえないが、限りなくゼロに近い)。
正直言って
「pH調整剤」や「調味料(アミノ酸等)」に隠されたリン酸塩に要注意だ。
なんてことを心配するより、バランスよく栄養を摂ることを心がけるほうがよっぽど重要である。
郡司和夫氏とは何者なのか。
この記事を書いた郡司和夫氏は、色々と問題の多い記事を書くことで有名な人物である。というより、自分の書きたい結論が先にあって、それに合わせて事実をねじ曲げてしまうタイプの人であるといったほうがいいだろう。
たとえば、野口種苗研究所のサイトにあるタネへの恐怖を煽る女性自身の記事を検証するというページには、郡司氏にかなり恣意的な記事を書かれたという被害のほどが綴られている。このページの「取材過程」というところの野口氏と郡司氏のやりとりをみていると、郡司氏がどういう結果を求めて取材をしに来たかが手に取るようにわかる。
ちなみに、この郡司氏、例の「家庭で手作りのパンはすぐカビるのに、ヤマザキパンは添加物満載だからカビない」というトンデモを広めた人の一人でもある。
ヤマザキパンをはじめとする大手パンメーカーのパンがカビないのは、「クリーンルーム」という極限まで滅菌された工場で、雑菌が入り込まないように品質管理されて作られているからであり、家庭のパンがすぐカビるのは、家庭には雑菌が満載だからなのだ。
下記のYouTubeの郡司氏への動画インタビューもなかなか凄い。
彼いわく「最近訳の分からない(少年の)犯罪が増えてますが、それにも食生活が影響している」のだそうだ。
彼は法務省が毎年発表している犯罪白書を読んだことがないのだろうか。彼の理論は「少年の凶悪犯罪が増えている」という話に立脚しているが、むしろ少年の凶悪犯罪は近年ほぼ右肩下がりで減っている。
少年犯罪データベースによると、殺人、強盗などの凶悪犯罪が最も多かったのは昭和30年〜40年代、つまり、郡司氏ら団塊世代が少年だった頃が一番多いのである。これは件数の話ではなくて、人口比発生率の話なので、「今は少子化しているので犯罪の数が減っているが、発生率は増えているはず」という理論は成り立たない。昔は少年凶悪犯罪そのものの発生率が多かったのだ。
現代の少年少女の食生活を心配する前に、自分たちが子供の頃の犯罪率の高さを反省してほしいものである。
※ちなみに、1997年辺りから少年の強盗件数が増えているのは、「少年非行総合対策推進要綱」が制定され、従来は窃盗に分類されていた、かすり傷程度の傷害事件も強盗にカテゴライズされるようになったためである。
ジハイドロジェンモノオキサイドが教えてくれること。
1997年にアメリカのアイダホ州で開かれた科学博で、若干14歳のネイザン・ゾナーという少年の研究が最優秀賞を受賞した。
彼はまず、ジハイドロジェンモノオキサイド(DHMO)という化学物質の持つ、下記のような性質を説明した。
水酸と呼ばれ、酸性雨の主成分である。
温室効果を引き起こす。
重篤なやけどの原因となりうる。
地形の侵食を引き起こす。
多くの材料の腐食を進行させ、さび付かせる。
電気事故の原因となり、自動車のブレーキの効果を低下させる。
末期がん患者の悪性腫瘍から検出される。
その危険性に反して、DHMOは頻繁に用いられている。工業用の溶媒、冷却材として用いられる。
原子力発電所で用いられる。
発泡スチロールの製造に用いられる。
防火剤として用いられる。
各種の残酷な動物実験に用いられる。
防虫剤の散布に用いられる。洗浄した後も産物はDHMOによる汚染状態のままである。
各種のジャンクフードや、その他の食品に添加されている。
その上で、セッションに参加していた50人の大人たちに、DHMOの使用禁止に賛成するか否かの決を採ったところ、43人が賛成し、6人が決断を保留、1人は反対した。
この反対した唯一の人間は、このDHMOが二つの水素原子に一つの酸素原子が結合した化学物質、つまり水(H2O)であることを知っていた。残りはみんな騙されたわけである。
ちなみに、このゾナー少年のパネルセッションの題名は「我々はどのようにして騙されるのか」であった。
人類最大の発明であり、集合知でもあるインターネット。
人は弱い生き物である。
個人個人では当然知識量にも限界があるし、それぞれ興味のあるジャンルも違う。なので、知らないことがあっても決して恥ずかしいことではない。だが、だからといって何でもかんでも言われたことを信用していては駄目だということを、1997年当時のゾナー少年は示したのだ。
だが、今の我々にはインターネットという、人類史上最大の集合知とも言える武器がある。世界のあらゆる情報を、手元のスマートフォンでも手軽に検索できるようになった現在、たとえそれらしい肩書を持った人物が、自分の信じていたことを覆すようなセンセーショナルな事を語っていたとしても、まずはそれが本当なのか、あるいは信じるに足る情報なのかを調べることはそれほど難しいことではない。
勿論、ネットに書かれていることが全て真実という訳ではないのも事実だ。だが、それでも冒頭の記事のような「明らかに人を扇動しようとしている記事」などから身を守るには、例えば著者の名前を検索してみるなどの対策だけでも非常に有効である。
ネットで情報を調べるにあたっては、それが確かなのかどうかを見極めるリテラシーも必要になってくるが、そういう事を繰り返していくうちに、必然的に身についてくるだろう。要は、何でもかんでも鵜呑みにしないことが大切なのだ。
先人の努力を踏みにじる行為は許されない。
日本が世界トップクラスの長寿・健康大国になり得たのは、勿論医療技術の発達などが最大の原因だが、日頃食べるものを作っている人たちの、それはそれは地道な品質管理の努力が実を結んだ結果であることを忘れてはいけない。
だが、今回の記事のような安易な扇動論を始めとするフードファディズムは、それらを踏みにじる卑劣な行為である。それを忘れてはならないし、ましてや加担することなどは許されないのだ。