こんにちは、YU@K(@slinky_dog_s11)です。
あと数日で、ドラマ版「デスノート」の放送が開始される。まさかドラマで「デスノート」をやるだなんて初報で知った時は驚いたが、むしろ元が週刊連載なので、細かく区切れるドラマの方が映画より相性良いんじゃないかと思えてならない。私は「デスノート」リアルタイム世代で、ちょうど高校時代にこの作品に熱中していた。振り返れば、原作はもちろん、関連本もほとんど買っていたし、映画は3作とも公開日に観に行ったし、小説もアニメも全部目を通していた。今でも「デスノート」については三日三晩語れるくらいに思い入れがある。
そんな「デスノート」の新たなメディアミックスとなるドラマ版。ネットでは不安視する声が多いけれど私はとても楽しみにしていて、今回はその個人的に注目している見所をいくつか挙げていきたい。
【1】夜神月は決して「頭がいい」だけが個性ではない
ドラマ版「デスノート」の設定で「主人公・月(ライト)は平凡な大学生」と明かされた際に、ネットでは批難の声が爆発した。「デスノート」の魅力は「天才vs天才」であり、その最大の売りを消してしまってはダメだろ、というものだ。確かにそれはそうなのだが、私はむしろこの思い切りのよい設定改変に興味をそそられた。というのも、「デスノート」の魅力は何も「天才vs天才」だけではないからだ。この物語の魅力は、頭脳戦といったロジックの部分だけではない。もうひとつ、倫理問題的な面白さからくる、段々と堕ちていく夜神月の人間性の変化も魅力ポイントだ。
人生に退屈していた高校生・夜神月が、同じく退屈に苛まれていた死神・リュークが落としたデスノートを拾う。いとも簡単に人を殺せるそのノートを前にして、最初は半信半疑ながらも立てこもり犯を殺害。その後、罪悪感の重圧を克服し、彼は犯罪者を裁く新世界の神を目指すことになる。やがて世界的に有名な名探偵・Lとの勝負に物語はシフトしていくが、第一部中盤、月は自らデスノートの所有権を手放す。Lからの疑いを晴らすためにノートに関する記憶を消し、大企業ヨツバの重役を新たなキラに仕立て、そいつを捕まえることで疑惑を掻い潜る作戦に出た。その後記憶を取り戻した月は、死神・レムのミサへの感情を利用し、Lの殺害を達成する。
注目したいのは、記憶を無くしている時の月の言動だ。自分はキラじゃないと主張する彼は、「ズームでもなんでもして僕の目を見ろ!これが嘘をついている人間の目か!」と監禁を監視するLに詰め寄る。この時の月は、自分は絶対にキラじゃないと確信しているし、同時に、“自分は絶対にキラになんてならない”とも確信している。解放されLと合同でヨツバを捜査している際にも、大真面目に「自らが殺人犯になって悪を裁く事で世の中を変えようとまで僕は思わない…」などと独白しているのだ。
その後第二部で、月はキラとしての行動がエスカレートしていく。自身の保身のために実の父親に死神の目の契約をさせ、死の間際でさえ潔白を立証させ利用した。自らを愛して止まなかった高田も何の情も無く利用して殺し、最後には銃で撃たれ醜くもリュークにすがり、死亡した。しかし彼のキラとしての行動は世界のどこかで信者を生み、その精神は月の夜に神と崇められるようになった。夜神月は、どこで人生を踏み外したのか。それは、デスノートというあまりにも簡単に(そして自由に)殺人を行えるアイテムを手に入れてしまったからに他ならない。
この物語は単に「天才vs天才」のロジック的な駆け引きだけでなく、夜神月という人間が辿り見せる変化と堕落っぷりを楽しむのも、大きな魅力なのだ。この点を考えると、ドラマ版で月が「平凡な大学生」という設定を与えられているのは、むしろその後の堕落を思わせる良改変にすら思える。そりゃあ、アイドルのライブくらいは行くでしょう、普通の大学生なら。公式の予告を観てみると、自らの手を押さえながらノートの使用に葛藤する姿や、建物の屋上で世の中を憂うようなシーンもあったりで、腰を据えて「堕ちていく夜神月」というテーマを描こうとしているのではないかと思えてならない。それなら「ごく普通」がスタート地点としてこの上なく望ましいのだ。
決して、頭が良いことだけが夜神月のキャラクターではない。誰もが持っていた「悪い奴は死ねばいい」を簡単に実行できてしまうアイテムを手にした青年が、段々とその本性を堕落させていく(歪んだ正義感を身に付けていく)。そんな人間性の変化も、夜神月の重要な要素のひとつだ。それに、原作通りの「頭の良い夜神月」は映画版で一度見事に映像化されたので、今度は精神面に重きを置くという判断だとしたら、私はむしろ称賛すら送りたい。まあ、観てみなければ本当のところは分からないのだけど。公式サイトには「隠れた天才」という文字も踊っているので、決して平凡ではあれど馬鹿には描かれないかと…。悪の能力、ダークヒーローとしての才覚を覚醒させる成長型の月も、それはそれで大いに観てみたい。
【2】ニアが予感させる原作一部&二部再編成
優希美青演じるドラマ版ニア。「今回のドラマ版で初めて映像化されるニアの活躍にも注目」というような煽りで報道されていたが、実は厳密には「ニア」の映像化はこれが初めてではない。スピンオフの映画版「L change the WorLd」の終盤で、Lがとある少年に「ニア」の名を与えるシーンがあり、見方によっては彼が今後「ニア」を名乗って活躍していくとも考えられる。しかし、この「L change the WorLd」は映画版前後編の設定と地続きであり、原作の「ニア」ことネイト・リバーを直接指すものではないので、一応ノーカウントといったところだろうか。(「L change the WorLd」は原作のワイミーズハウスの設定を独自に広げているので、そういった意味ではかなりオススメだが、映画単体としてはあまり出来は良くない)
今回ドラマ版で活躍するニアだが、何が面白そうかというと、ニアを完全に原作第一部の状況に放り込んでいること。ドラマ公式サイトの相関図を見れば一目瞭然だが、ニア以外はかなり原作第一部準拠なのである。もうひとつの付加ポイントは、原作第二部でキラの盲目的な信者として機械的な活躍を見せた魅上照。つまり、月陣営・L陣営ともにキャラクターが増えた状態での第一部、ということだ。ニアはおそらくそう簡単にLと共同戦線にはならないだろうし(むしろ「どちらが先にキラを捕まえるか勝負です」とか言い出しそう)、キラを盲信する魅上という駒を手に入れた月は、人を支配・指示する快感を知って尚更人間性が歪んでいきそうだ。月が平凡だとしたら、足りない頭脳は魅上という絶対的な信者(都合の良い駒)で補い、Lの知略はニアが状況をかき回すことで良い具合に水を差す結果になり、三つ巴の良いパワーバランスが築かれそうな気がしてならない。
むしろ、原作の第一部・第二部をドラマの1クールとしてまとめあげ、更に新たなアイデアや駆け引きをそこにプラスすれば、それだけでかなり面白いものになるはず。原作第二部で交わされた知略の数々を全てニア・メロではなくLに寄せ、ドラマ版ニアは原作メロのようなイレギュラーポジション、そして最後の最後に倉庫で対峙するのはやはり月とL!とか!妄想なのに燃えてきたぞ!
【3】主演・窪田正孝の新たな活躍
夜神月役を務めるのは、今飛ぶ鳥を落とす勢いで活躍の場を広げる窪田正孝。個人的にはドラマ「ST 赤と白の捜査ファイル」の黒崎さん役が印象深いが、彼の演技はなかなか良い。線は細く、パッと見は今時のイケメンなのだが、結構堅実な演技をしてくる。なんというか、決してチャラくないし、軽くない。改めて来歴を見てみると2006年からドラマの出演を重ねており、大河ドラマも経験、映画の場数も多く踏んでいる。
先日観た映画「予告犯」でも、脇役ながら重要なキャラクターを演じていた。世間を騒がせるダークヒーロー・新聞男を警察の手から庇う役どころで、奇しくもデスノートの月のように「歪んだ正義に毒された人間」を好演。時に力強く時に儚く、虚ろな目で新聞男への崇拝を語る彼の演技は、短い出演時間ながらも「予告犯」の重要なテーマ部分を担っていた。要は何が言いたいかというと、彼の演技は夜神月にピッタリだということだ。彼は今後高確率で「くる」タイプの俳優であり、今回の「デスノート」は広く名を知らしめるチャンスでもある。窪田正孝の演技の幅を、しかと目撃したい。(むしろビジュアルだけ見ると藤原竜也よりはるかに原作の月に似ているのが良い!)
【4】2015年に再熱する「デスノート」コンテンツ
原作「デスノート」が連載終了したのは2006年。映画シリーズが終了したのは2008年。およそ7年もの間、新たな「デスノート」が描かれることはなかった。7年とは長いもので、私もいつの間にか結婚してしまったし、映画やドラマを観る年齢層もガラッと変わったことだろう。例えば高校一年生の15歳の子がいたとすると、「デスノート」連載時は6歳の計算になる。つまり、今の若い子にとって「デスノート」はもはや古いコンテンツのひとつであり、「名前は知ってるけどちゃんと読んだ(観た)ことはない」にカウントしている人も多いだろう。
だからこそ、7年ぶりの新たな「デスノート」には意味がある。一度完全に終わったコンテンツが、再熱する機会なのだ。実は同じく2015年に舞台版の「デスノート」も公演されており、2015年が新たな“デスノートイヤー”となる可能性もある。個人的には、満を持しての完全版の発売を希望したいし、「L change the WorLd」公開時の2008年に週刊少年ジャンプに掲載されたコミックス未収録の短編も、これを機にどうにか再度世に出して欲しい。この短編は短いながら、新たなキラである「Cキラ」が登場し、Lの名で活躍するニアのスタンスが表明されるファンには垂涎の内容だ。小説版「L change the WorLd」の著者もそろそろ明かして欲しいが、まあ、これは望み薄だろう…。
むしろ2015年に改めて「デスノート」をやることで、新たな魅力に繋がる可能性も大きい。それは、連載当時と違ってSNSが発展しているからだ。LINE、Facebook、Twitterといった形でネットに個人情報が蔓延する近年、キラの殺人は容易になるし、むしろキラに殺人を依頼するのも容易くなる。Twitterに顔写真付きで「この人を殺してください。名前は◯◯です。キラ様に届けたいので拡散希望です」といった頭の痛いツイートする人がいるかもしれない。それが炎上して、逆に依頼者の個人情報が晒され、関係者皆が見せしめに粛清される地獄絵図という可能性も...。原作の月は囚人を使ってノートの効力(死ぬ前の行動など)を確かめ、警察のデータをハッキングして答え合わせしていたが、今ならむしろ「◯◯の写真を添付して◯◯とツイートした後に飛び降りて死亡」とノートに書いた後に文面で検索してノートの効力を確認することもできる。2015年だからこそのデスノートが描かれたら、それはそれでかなり面白くなる予感がしてならない。
熱狂的な「デスノートファン」を自覚する私としては、この度のドラマ化は再度世間が「デスノート」で賑わうかもしれない大きなチャンスだ。もちろん、上に挙げた期待ポイントは大部分が妄想込みなので、もし結果として残念なクオリティだったらファンとして滅多糞に叩く可能性は高い…。むしろその場合はもう避けられない…。ある意味、これは私とドラマ版との、劇中さながらの真剣勝負だ。ぜひ、唸らせてくれることを大いに期待したい。
ドラマ版「デスノート」は、2015年7月5日夜10時から放送開始。
<予告映像>
(あわせて読みたい)
・アニメ・漫画実写映画化作品のクオリティは年々上がっていると証明されました(10年271作品集計結果)
※映画・特撮の感想など、全記事一覧はこちら。 【Twitter ID : @slinky_dog_s11】【はてなブックマーク ID : slinky_dog_s11】
【過去記事】
・いじめ制度web漫画から考える「いじめは絶対に無くせない」という現実
・2015年上半期 新作映画マイベスト5は「狂気」のラインナップ!(全23作品レビュー&ランキング)
・「踊る大捜査線」とキャラ萌え理論