高橋万見子 田中郁也 高橋万見子 嘉幡久敬
2015年6月21日05時11分
革新的な技術であるからこそ、ロボットは人間社会に大きな変革を迫ります。ロボットがもたらす影響を見据える確かな目、変革を受け入れる柔軟さ、さらには人間への深い洞察。様々な課題が浮かび上がります。私たちは、ロボットとどうつきあえばいいのでしょうか。みなさんのご意見をもとに、これからも考え続けます。
18日、ヒト型ロボット「ペッパー」の一般販売を発表したソフトバンクの孫正義社長は「世界で初めての、愛をもったロボットだ」と繰り返しました。
ペッパーは会話や外からの情報に合わせて自分の「感情」をつくり出し反応する機能をもちます。人が泣くと励まし、ひいきの球団が負けるとがっかりする、といった具合です。ロボットをめぐる社会規範に詳しい小林正啓弁護士は「コンピューターとITが情報・知識の革命を起こしたとすれば、ロボットは人間感情に革命を起こすかもしれない」と話します。人間とモノの間に感情を介した関係が築かれれば社会が変わる、というわけです。
人形をかわいく思う気持ちなどはこれまでもありました。自ら動くロボットは、より強く人間の心に働きかけてきます。ロボットとの関係に気をもむ、あるいは家族同然に感じるようになる。モノとして扱うこと自体に抵抗を感じる、という人が増えるかもしれません。
では、ロボットとの関係が原因で人間が傷ついたり犯罪を犯したりした場合、ロボットに責任を問えるのでしょうか。これは、ロボットに人格や意識はあるのか、という議論につながります。
ロボットの判断に道徳をどう織り込むか、という課題もあります。例えば兵士ロボットです。「味方は守り、敵は殺す」と判断するプログラムは軍事的には正しいかもしれませんが、本当にいいのでしょうか。
障害による行動の制約や負担を和らげたり、重労働を軽減したりする装着型ロボットは今後の発展が期待される分野です。では同じ技術を、健康な体を改造して身体機能を強化するために使うことは許されるのか。
ロボット倫理を研究する東北大学の村上祐子准教授は「ロボットと共存する社会をつくるうえでは、技術的な課題だけでなく、社会的な公正さとは何かを広く議論して、一定の規範をつくることが不可欠」と指摘します。
SF作家アイザック・アシモフが作品の中で打ち出した「3原則」は主にロボットを作る側の倫理をうたったものですが、今後はロボットを使う側の心構えも含めた共通の認識を、社会として育てていく必要がありそうです。
金沢医科大学の本田康二郎講師は、20~40代の研究者仲間と新しい「ロボット倫理憲章」をつくろうと活動しています。今年9月には人文系の学者を中心にサマースクール「ロボット社会のゆくえ」を企画。一般市民も含めて、ロボットに関する哲学・倫理の話題を情報発信していく考えです。(高橋万見子)
■自動走行車の事故、責任は?
法律も不十分です。世界に先駆け、様々なロボットをつくってきた日本ですが、「制度的な問題はほとんど議論してこなかった」と慶応大学の新保史生教授は指摘します。
自動走行車もロボットといえますが、事故を起こしたら責任はメーカーか、所有者か。自動走行車同士の衝突ならどうなるか。小林正啓弁護士も「技術的に可能だというだけでは、公道は走れない。法を整備しないと、新しい技術は社会とのかかわりをもてません」と言います。
対話型ロボットには、プライバシーの問題が潜みます。相手に応じて、きめ細かい対応をするために顔認識用カメラを据え付ける場合、見方を変えれば監視カメラに手足がついて歩いているのと同じです。ルールを作るか、あるいは、プライバシーのとらえ方を変える必要があるかもしれません。
遠隔操縦ロボットでは、国をまたぐ問題が生じる可能性も。日本にあるロボットや機械を海外から動かす。あるいはその逆。「居場所と行為の場所が一致しない状態が、やがて日常化するかもしれない」。慶応大学の稲見昌彦教授は、ロボット研究者の立場から、そんな未来を予測します。では事故が起きたら、どちらの国の法律で対応するのか。もし公海上からの操作だったら、どう裁くのか。
すでに法整備が現実に追いつかない事態も起きています。この4月、ドローンが首相官邸の屋上で見つかりましたが、規制する法律がない状態でした。
「後追いの拙速な対応は、過剰規制につながり、ロボット産業の発展や技術革新を妨げる懸念もあります」。そう語る新保教授は、慶応大学の若手研究者らとともに、ロボット法学会の設立を準備しています。法学者、ロボット研究者、メーカー、消費者ら、様々な立場の人が参加して、「ロボットに関連した法制度を包括的に考える場にしたい」と言います。(田中郁也)
■「人がやる仕事」に価値
ロボットや人工知能(AI)の発達に合わせ、経済や雇用の姿はがらりと変わるのではと言われます。私たちの仕事の多くが、取って代わられる、という指摘です。
「ホワイトカラーの5割が仕事を奪われる」という新井紀子・国立情報学研究所教授は5月、朝日新聞未来メディア塾のイベントで「半沢直樹さんのお仕事はだめになる」。テレビドラマの主人公は、銀行で融資先の信用を見極める与信担当ですが、企業分析といった能力はいずれAIが人間を追い越すと見ます。
2013年にオックスフォード大学の研究者が発表して話題になった論文「雇用の未来」は、702の職種を分析。今後10~20年のうちに消滅の危機を迎える確率が高い仕事として保険の査定担当者、不動産ブローカー、会計士、ツアーガイドなどを挙げています。
ロボットやAIの上を行く人材になれば生き残れるでしょうが、むしろ強みを発揮するのは、機械に任せられない分野。人の感情や心理と深く関わるなど、人間を理解することで成り立つ仕事や能力です。
正確な外科手術はロボットが代行できても、患者や家族の気持ちをくみ、親身に相談にのるのは人間ならでは、でしょう。大学でも、今は理系のほうが「就職に有利」とされますが、将来は人文科学系の学部の方が人気を集めるかもしれません。
自動翻訳機が発達したときに、語学教育は今ほど熱を帯びるでしょうか。むしろ母国語で論理的に考え、表現できる力がより大事になり、そうした力を伸ばせる教員が必要にならないでしょうか。
ロボットのいる暮らしは、今の常識を覆すことを迫ってくるのかもしれません。(高橋万見子)
■技術開発、コンテストが後押し
技術面での日本の優位は、どうでしょうか。今月上旬、災害対応ロボットのコンテストが米国西海岸で開かれました。米国防総省の国防高等研究計画局(DARPA)が主催、日本の5チーム(うち1チームは棄権)を含め世界の24チームが参加。ヒト型ロボットが車を運転し、バルブを操作し、階段を上る技術を競いました。
2013年12月の予選では日本のベンチャーが1位でしたが、今回は最高で10位。優勝は韓国のチームで、上位に米国のチームが並びました。日本チームの一つの代表、東京大学の中村仁彦教授は「将来を見据えてヒト型の研究開発を一気に加速させる米国の狙いを感じた」と話しました。技術開発を加速する装置として、米国が用いるのがコンテストです。世界の一流どころがそろい、同じルールで競う大会は、研究者が自分の水準を知るまたとない機会です。
参加チームに対して、米国は国内外を問わず何億円もの研究費を支給し、開発の成果は米国の企業にも移転します。米国はこれまでにも、コンテストをてこに自動走行車や人工知能の開発で世界をリードしてきました。
大会が終了した7日、経済産業省が東京五輪と同じ20年に「ロボット五輪」を開くと発表しました。どんな国際大会に育てられるか、注目しています。(嘉幡久敬)
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朝日新聞デジタルでのアンケートや、メール、手紙でいただいたみなさんの意見から、ロボットが身近な存在になっていくことへの懸念や課題を探ってみました。
・ロボットが人間の職を奪う
・有能なロボットを持てる人間と、持たざる人間の「格差」
・ロボットにまねできない仕事を教える教育投資の必要性
・ロボットの判断や行為に対する法的な責任問題
・軍事利用への危惧
・小型無人飛行機(ドローン)によるストーカー行為やプライバシー侵害
・ロボットへの過度な依存による、人間の孤立
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