こうした形の棺は全国でも例がなく、巨大な古墳作りが衰退し、埋葬方法が変化する時期の貴重な資料と期待されています。
(森)うわー!
(黒柳)デビューの頃のお写真ですね。
歌手生活50年。
よくここまで…という感じがいたしますけれども。
『女のためいき』から。
森進一さん今日のお客様です。
よろしくお願いします。
私とは家族ぐるみのお付き合いということでもあるんですけどもまああの…結婚前から悩み事とか色々伺ってきましたけどお坊ちゃんたちのご活躍目覚ましく。
色々伺います。
森進一さんです。
歌手生活50年だそうでございます。
それも大変なことなんですけどNHKで「じゃがいもの会」をあなたがずっとやっていらっしゃる時ちっちゃかった子供が…。
私のことを「NHKのおばちゃん」って。
私がNHKでしか会わないもんだからNHKに住んでるんだと思うらしくて「NHKのおばちゃん」って言ってた長男が今もうバンドすごいんですってね大人気で。
はい。
おかげさまで。
ね。
ONEOKROCKってバンド。
ボーカルで。
この右側の子なんだけど。
「ワンオク」ってみんなが言うようですけどTAKAって呼ばれてるって?はい。
へえー。
すごいんですってね切符あっという間に売れて。
外国のコンサートもやって。
そうですね。
ヨーロッパアメリカ…。
すごいね。
その切符もまたパッて売れちゃうんですってね。
そうですねなんか…。
彼作曲もしてるんでしょ?自分で。
そうです。
すごいね。
彼の音楽聴いてどう思います?いや…ちょっとあの…わからないところもあるんですけどパワー的なものはすごい感じますね。
あっそう。
ただ本人も言ってるんですけど僕の歌ずっと子供の頃から聴いてるのでそれはもう歌詞見ないでも歌えるんだと言ってるんですけど。
そういうものが下にあってああいう新しい音楽をね…。
それすごいですよね。
だから本当にすごいと思いますね。
あなたの歌はもう本当に全部歌えるぐらいわかっていて全然違う音楽をやってるっていう…。
横浜アリーナでやってもどこでやってもすぐチケットが売り切れるというロックバンド。
世の中にいい曲を残したいという思いで作ってるって?そうですね。
本当にこう音楽好きで頑張っているので応援したいですはい。
「お父さん何かひと言」…何ていうの?「お父さんからひと言」って言ったら「手洗いとうがいはちゃんとしなさい」って言ったんだって。
すごいおかしいでしょ。
ね。
やっぱりね僕たち風邪引くとね…。
特に僕よりもハードだからつらいじゃないですか。
ロックはね。
自分がつらいからね。
そう言って…。
でもさほらもっと違うことを言ってくれるんだと思ったらさ「手洗いとうがいは」…。
他に言うことないんですよ。
またそれでその下の子供は…次男の子もやっぱり「NHKのおばちゃん」って言ってた可愛い子は数学がとてもよくできたと思ったらやっぱりその子会社へ勤めてる。
はい。
それで三男がいるんですけどこれは本当に…下のほう随分ちっちゃい赤ん坊みたいだったね。
ええ。
でね「NHKのおばちゃん」っていつも3人とも私のことを呼んでたんだけど一回武道館にあなたが出た時に私がそこに行ったらねみんなねやっぱり子供たちは武道館ってわかってるらしいのよ。
だから私のことを「NHKのおばちゃん」って言いながらここはちょっと違うんだなって思ってる感じがしてね。
そんな小さかったのよ。
そうですね。
その子たちがね…。
三男がまたバンドをやって人気ね。
Hiroっていうんだって?この子は。
なんかMYFIRSTSTORYっていうバンドのボーカル。
だから上のお兄ちゃんのほうはTAKAっていうんですよ。
下の弟さんはHiroっていうんですよ。
全然違うバンドで。
そうですね。
似たようなバンドですけどね。
両方とも人気?はい。
すごいですよね。
この間もね台湾に行ってきたんですけども若い人がね「あっ!TAKAのお父さんだ」って言うんですよね。
あなたのことを?昔はね「森進一の何とか」って言ってたんだけどもう今は「TAKAのお父さん」だって。
そう。
どういうの?そういうのってうれしい?うれしいですよ。
でも本当によかったなって私も心からうれしく思います。
ありがとうございます。
そういうなんか仕事のことそういうことであなたが心配しなくていいっていうねなんかね。
はいそうですね。
それで気をつけることは手洗いとうがいっていうぐらいであとは言うことないっていうのは本当にお父さんとしてはよかったなと思います。
じゃあその子たちのコンサートによく行く?機会があれば行きます。
あっそう。
うれしいでしょうね子供たちもねお父さん来てくれると。
そうですかね?なんか…。
わかりませんけど僕はうれしいです。
でも他のお客さんあなた見ると「わあお父さん来てる」と思うでしょうね。
いやそうでもないですよ。
もうみんなもう夢中になってますから。
あっそう。
ワーワー言ってるから。
僕もこうやってやってますから。
あなたもやってる?ハハハッ。
そうそうですか。
それじゃあね。
でも台湾に行って「あっHiroのお父さんだ」「TAKAのお父さんだ」って言われちゃうとあれだけどできることなら森進一と言ってもらいたいという気持ちはわかりますけどね。
でも台湾でコンサートなすったんでしょ?あの人。
はいそうですね。
だから森さんは森さんでファンはいらっしゃるようだからいいんですけど。
でもあれですよねなんか…あなたテレサ・テンさんが亡くなったりなんかしたんだけどテレサ・テンさんとも仲よかった?そうですね。
彼女は日本に初めて来た時に僕のファンだっていうことで会ったんです。
それで僕の歌はほとんど猪俣先生が作ってたのでそれで猪俣先生に『空港』を作ってもらって。
彼女がね。
ええ。
レコーディングの時に日本語なんかを教えに行ってたんです。
行ってあげたの?そう…。
まあ残念でしたけどね。
そしたらなんかレコード会社の守衛さんみたいな人が「懐かしいです」って。
そうなんです。
僕がたまたまそのスタジオに行ったら「久しぶりですね」って言うから「えっ?」って言ったら「テレサがねレコーディングの時に来て一生懸命教えてましたよ」って言われてそれで僕あっそうだったって思い出して。
そんなことがあったんだなって。
やっぱりそういう人っていうのはそういう大事な思い出としてねそういうものを残していらっしゃるんでしょうからね。
でもそのスタジオの中にいた人が今は守衛さんやってるっていうのも…。
ディレクターだったんですけどね。
ディレクターの人が。
時間がそれだけね経ってるっていうことですね。
でもあなたはその間ずっと歌い続けてるっていうのはやっぱり考えてみるとね本当…。
でもあれですよね自炊するような生活になるっていうことも考えてなかったでしょうからね。
そうですね。
でも結構楽しいです。
そう?はい。
まあ自分の好きなものをね…。
自分で食べたいものがね食べれますからやっぱり一番いいですね。
この10年ぐらいそうやってる?はい。
特にこの1〜2年ですね。
この1〜2年?ええ。
それまではまあ外行ったり色んな人と食べたりすること多かったですけど。
これ何作ってるところ?これは。
これはね野菜を煮てるんですね。
ふーん。
煮て…毎日大変だから冷蔵庫に…。
冷凍して?冷凍じゃない。
普通の冷蔵庫に入れてそれでチンして食べるんです。
チンして。
これを食べようか…。
あっ本当だ本当だ。
きちんとしてますねあなたね。
おお…へえー。
でも考えてみたらほらあなた昔若い時さ私に「炒飯作ってくれる」「炒飯作ってくれる」って言ってたじゃん?そういえば。
そうでしたかね?そうですよ。
あなたさ中国料理屋に勤めてたから「炒飯作ってあげる」って。
「すごくうまいから」とかって言ってたねそういえば。
上手ですよ。
上手?今でも。
こんなおかずいっぱい作って。
そうですね。
うん。
お魚の焼いたのとか。
ええ。
ふーん。
納豆とかお肉とか?ええ。
健康的でしょ?随分いいみたいよお野菜のスープとかね。
へえー。
ご飯もちゃんと食べて偉い。
こんなもの全部自分でやるなんて私なんてもう信じられない。
私は全然もうこういうのを自分でやんない…。
なんか焼き肉ばかり食べてるんですってね。
ハハハ…!聞きましたけど。
あんまり焼き肉ばかりじゃまずい…。
そうよね。
でもばかりっていうわけでもないんですけど。
「何がいいですか?」って…「何か食べに行こう」ってみんながさスタッフが言うじゃない。
「焼き肉」って私が言うのよ。
だからどうしても焼き肉食べに行く…。
そうなんですよ。
人と食べるとねつい気ぃ使ってね。
若い人いると食べようってなるじゃないですか。
僕もそれでねちょっとこれ以上もう駄目だなと思って自分でこう切り替えて。
そうなの。
ふーん。
でも私が一人の時はやっぱり家でもうすごい地道に…。
前ねお弁当をよくね…。
よく覚えていらっしゃるね。
僕あれがすごいヒントでした。
あっそう?ああこういうふうにしなきゃいけないと思ってそれで今僕家でああやって作って。
昔は私ねちゃんときちっとねプラスチックの中にね…サラダとかちょっとお魚とかそういう体によさそうなものだけ持ってNHKだのなんだの行ったりして…。
見てました。
見てた?そこで一人で食べてたでしょ。
そういうのを見てた。
見てました。
随分長いことご一緒に仕事いっぱいやってますので。
でもそういうのがやっぱり今になってみるとよかったんだなと思います。
そうですねはい。
でもたまにはね本当にお肉食べますけど毎日食べなきゃまあねいいじゃないって思ってね。
お魚はね骨を喉に引っ掛けてですね3度も耳鼻咽喉科行ったことがあるんでそれが心配。
そうですか。
ちゃんとね口の中で回してもう飲み込んでもいいっていう時に飲み込めばいいんですけど…。
その前にちょっと骨をよく取って食べなきゃ駄目ですよ。
だけど見えない骨があるじゃないの。
そんなことないですよ。
見える?見えますよ骨。
骨?でも食べてみないとわかんないのがあるのよ。
見えない隠れてる骨が。
そうですか。
とにかく3度も行ったからそれで私用心してね食べてるんですけどね。
まあそんなことで暮らしておりますが…。
お互いって言うと変だけどあなたもお一人の生活で伸び伸びと。
そしたらもう寝たい時に寝たりとか起きたい時に起きてっていう感じ?でもね若い時はね結構ルーズでね本当に…人が寝る時間でも起きてたりしてたんですけど。
だんだんこう年取ってくるとなんかきちっとこう決めて自分をそこに置かないと安心しないんですね。
あっそう。
朝は何時に起きるとか何時にちょっと歩きに…ウォーキング行くとかそういう決まった生活が今は好きですね。
そうですか。
いいですよね。
これ歩いていらっしゃるの?あなた。
これ歩いてるんです。
自分で…。
自分で撮ったの?撮った。
自分で。
フフフッ。
元気がいい朝からね。
へえー。
元気よくないけど元気な顔してるんです。
でもまあいいじゃない。
こうやって…。
自分で撮る時に。
でもあなたお部屋のお掃除なんかもよくなさるんですって?ええ。
よくっていうかねやっぱり一人でいるとなんか…汚れがちなので。
そうなの?わあー!奇麗だ。
これまた奇麗な家だわね。
へえー。
でも掃除のしがいがあるような家だわね。
へえー。
お掃除君がよくやってくれる…。
お掃除君がね。
あそこに…丸いやつ?はい。
あれがクルクル回って?そうです。
ふーん。
あっそうなの。
へえー奇麗なお家ね。
まあ…前はここにいっぱいいたのにと思うと寂しい時もあるでしょうけども。
そうですね。
でも前はまあね家族用の家だったのを全部改築して一人用にしたんです。
一人用にしたの?そうですか。
じゃあまあねそれはいいかもしれない。
2〜3年ほっといたんですけどねもう諦めて。
奇麗にしようって…。
奇麗にして縮小しよう。
はい。
それはいいと思います。
でも話全然違うんですけどあなたのお父様とお母様は本当に仲がよくて。
前に聞いてたのは本当にもう駆け落ちするぐらい仲がよくて。
そうですね。
まあ結婚するにはね…。
ねえそうだって。
お米屋さんと…?青果店っていうんですか?青果店か。
片っぽがお米屋さんで…。
隣同士だったんですね。
そうですってね。
それで父親が戦争に行って帰ってきてそれで駆け落ちみたいな形で反対を押し切って結婚したんですけど僕が小学校4年の時に離婚しました。
そうだったのね。
そんなに駆け落ちするぐらい仲がよくてもなんかうまくいかないことがあるんだわね。
なんかよくわかんないけど。
そうですね。
人のこと…。
んっ?自分のこともありますんであんまり言えませんけど。
そうかそうか人のこと…。
そうそうそうそう。
あんまり言えない。
そうね忘れて…そうよね。
まあご自分のこともあるからあれですけど…。
まあね僕もちょうど小学校4年の時だったんですよ親が離婚したのが。
離婚したのが。
離婚したっていうか母親が僕がちょうど小学校からランドセル背負って帰ってきた時に出ていくところだったんですよ。
お父様が?いやあの…。
お母様が?母が…妹と弟を連れて。
弟をおんぶしてね。
僕が帰ってきたら「お前も行くか?」って言うんですね。
「えっ?」って言って。
それが考えてみたら出ていくところだったんですね。
随分偶然だったわね。
それ間に合わなかったら一緒に行けなかった…。
置いていかれちゃう…。
「僕も行く」って言ったの?そのままランドセル背負って沼津から下関に汽車に乗って行ったんです。
あっそう。
僕小学校4年だったからこれからはもう自分も小学校4年じゃいられないなと思いながら汽車で弟のおむつなんか替えてたんですけど。
僕が離婚した時もね下の子が小学校4年だったんですよ。
あらー…。
だから僕どうしても離婚したくなかったんですけど。
その気持ち思い出したらね。
この間ね三男にお正月「お前には本当悪いことをした」って言ったんですよ。
「お父さんも小学校4年の時にね両親が離婚して」って言ったら「大丈夫だよ」って言うんです。
「あのままね自分がいたらねちょっと世間わからなかった」って言うんですよ。
僕たちこういう芸能の世界だからちょっと甘やかされてっていうことだと思うんですけどね。
「だからあれで自分が目が覚めてよかった」って言ってくれたからなんかよかったのか悪かったのか複雑な気持ちでしたけど…。
でもまあね。
そのあとその息子さんがロックをやって成功したのはもう本当に私何よりよかったと思いますよね。
お兄ちゃんも成功弟も成功。
真ん中の子はちゃんとしたお勤めっていうようなね。
秋に結婚しますから。
結婚するの?秋に?次男がはい。
孫もできるかも?そうですね。
あの子…結婚。
はい。
NHKのおばちゃんよろしく言ったって言っておいてくれる?おめでとうって。
何かプレゼントしなきゃね。
いえいえ。
ありがとうございます。
ああ結婚。
よかったね。
まあでもあなたの人生も本当に大変でしたよね。
私もう本当にあなた…よく昔電話で話したんだけど結婚する前に。
酔っ払って帰ってきてもさどんなに酔っ払って仕事みんなで…帰ってきても弟と妹の勉強を見てやんなきゃいけないし「宿題やったのか?」とか言わなきゃいけないから家に帰ってももうすごい酔っ払ったのを我慢して「宿題やったのか?」とかなんか言ってね。
ええそうです。
忘れてました。
そうですね。
そうでしょう?よく黒柳さんに電話してね。
そうよ。
色んなこと聞きました。
それでそんなこと言ってそれで下2人とも勉強…。
帰ってきたら「じゃあもう…寝ていいぞ」って言って。
2人が寝たとわかったらもうすごい酔っ払ってるんだからすぐ寝たとかいう話は聞きましたよね。
色々あったし。
弟ももう亡くなっちゃいましたからね。
んっ?弟もね…。
亡くなったの?はい。
お医者様になった弟さん?はい。
あらー…私知らなかった。
今その娘たちがお医者さんになって。
この間長女が結婚しました。
ああそう…よかったね。
じゃあほとんどあなたが育てたみたいなもんじゃない終わりのほうちょっとね。
そうだったの…。
人生色々ですけど。
本当に人生色々よね。
私本当にそう思います。
あなたがチャーリー石黒さんっていう方に会わなかったら今日なかったってねいつか仰ってたけど。
はいそうです。
そう。
だってあれでしょ?集団就職みたいのでね九州から大阪へいらっしゃって。
ちょっとでも高ければそっちのお店のほう…何ていうの?お寿司屋さんの出前持ちからちょっとでも高ければ次のお店へ行くようなそういう生活の中から歌手としてねあなたを見つけてくださった方がいたんですもんね。
それは本当にすごかったと思いますよね。
でもみんなその時…チャーリー石黒さんがあなたを歌手にしようとした時みんな「あんなの駄目」って言ったってね。
そうなんですよね。
もうそれが聞こえてくるもんですからね。
いやー本当に駄目だなと思ってましたけど。
でもそれでね50年いらっしゃれたんですからそりゃね。
本当にありがたいです。
でもそういう時にお母様の手紙っていうのが随分励ましになったんですって?はい。
まあそういうことで職を転々としていたんですけどまあ母親から手紙が来てねその内容は土を掘ってみろっていうんですね。
最初は泥みたいに…泥水になってくるけどそれをもっともっとね掘っていけばやがてその泥水が奇麗な水の…泉のように湧いてくるんだって。
自分を掘り下げる…一つのことを一生懸命やるっていうことはこういうことだよっていう手紙だったんですね。
あっそう。
それでまあ僕もああ本当に…もうその日暮らしみたいにあちこちしてたらいけないんだっていうことで…最後にこの歌のお仕事に就けたんですけど。
僕も近頃思うんですけどねまああの…歌…音楽がもうすごい好きで本当にもっともっと…歌手になったんだから色々努力しなきゃいけないんですけど僕はそんなに努力してなくて。
でもこの声もこの体も全部両親からもらったものでそれで50年やってこれたんですね。
そうですよね。
だからほとんどもう親のおかげで今があるみたいなことに気づきましてね。
ありがたいと思います。
懐かしいですよね。
でもまあ今…。
今本当に幸せです。
そうよね。
現在が一番大事ですからね。
健康もねうまくいったんだったらね。
もうこれで子供たちの成長を見守りながら…。
子供たちに迷惑かけないようにやっていきます。
一人でね。
今度ゆっくりご飯でも食べましょうよね。
はいわかりました。
本当にそんなことしたこともないようないつも忙しいせこせこせこせこした時でね。
あとNHKに出る時でも2人で会うと…。
そこで写真撮ったりしながら「じゃあまたね!」っていう感じだったでしょ。
あの頃はほらボランティアのねあれで色々忙しかったじゃないですか。
そうですそうです。
そうですよね。
「じゃがいもの会」の時やなんかね。
はい。
50年になって歌をお作りになりました。
そのね歌詞がすごくいい歌詞なの。
ちょっとコマーシャル挟んで…。
芸能生活50年の今年思いを込めて新曲をお作りになったんですけどそれは作詞作曲もご自分で…。
『あるがままに生きる』という曲なんですけど。
この歌詞すごく素敵だって思ったんだけど。
この曲作る時なんか息子さんが…?ええ。
あの…曲をね作るのにこの詞だから演歌っぽくないのでちょっと色々長男にアドバイスもらってコード進行とかねそういうものを…。
弟…弟じゃないわ。
息子が。
ええ。
もう弟ぐらいにね大きくなっちゃうみたいな…。
息子が。
こうああだって教えてくれて。
役に立った?それは。
ええ。
もうすごく。
アレンジからみんなこんな感じがいいとかね。
あっそう。
ええ。
あの…「NHKのおばちゃん」って言ってた子がお父さんにそんなこと言えるようになったんだね。
ええ。
言えるっていうかねやっぱりその…自分の音楽をね。
分野が違うし…。
違いますからね。
その歌詞がとてもいい…今じゃなきゃ作れない歌詞だと思うんですがちょっと聴いていただきます。
はい。
すごいいい。
『あるがままに生きる』っていう。
息子さんこの曲聴いて何て言ってた?「いいんじゃない?」とかって言ってました。
「いいんじゃない?」って軽く言ってくれた。
ええ。
でも本当にあなた歌うまいなと思う。
こういうのねよくああいうふうな声で歌えるなと思いますよね。
いやいやありがとうございます。
でもまあ…50年目の曲だからやっぱりヒットすればいいって?そうですね。
まあ自分自身にこう歌いかけてる…。
それからあなた自身がとても歌いやすそうな歌だと思うのね。
そうですねはい。
コンサートもおやりになるんですよ。
中野サンプラザ。
はいそうです。
中野サンプラザで50周年のコンサートというので…。
「家族のためにやってきた」「今は何のためにやってるのか」というような…。
そうですね。
フフフ…。
「自分のために生きる」といったようなコンサートをなさるそうです。
まあね本当にさっきも申し上げたように声があなたの場合自然にああいう声がずっと出てそれが駄目にならないっていうのがすごいよね。
やっぱりうまく使えばねいいと思うんですね。
感心する。
ハハハ…。
それでああいうふうに自分の気持ちをこう…感情をねうまく乗せられるっていうこともすごいなっていうふうに思います。
ありがとうございます。
でもまあ色んな苦労したことも何もかもが全部入って今のあなたがあるんでしょうからね。
そうですね。
私忘れられないの。
あなたが東京にそのみんなと一緒に「根っこの会」みたいなので汽車に乗っていく時にお母様が働いているところから走って汽車を送りに…。
そこから前掛けを取って走りながらこうしてね。
送ってくれたんです。
泣いちゃう…。
いつも拝見してますよ。
どうぞ。
2015/06/30(火) 12:00〜12:30
ABCテレビ1
徹子の部屋 森進一[字]
〜3人の息子の成長に…初公開の自宅で作る自慢料理〜森進一さんが今日のゲストです。
詳細情報
◇ゲスト
今年、歌手生活50年を迎えた森進一さんがゲスト。
◇番組内容
3人の息子も成人し、長男と三男はロックバンドのボーカリストになった。ライブのチケットは直ぐに売れてしまうほど大人気で、森さんも息子たちのライブに足を運んではその成長に驚きの日々だという。特に長男とは音楽の相談をすることも多く、最新曲の作曲の際はアドバイスしてくれたと語る。また、一人暮らしも10年近くなり、やっと生活にも慣れて食事も自分で作るようになったとか。今日はキッチンでの様子や自宅を公開する。
◇おしらせ
☆『徹子の部屋』番組HP
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