「ニセ科学本」はデータの扱い方に特徴がある。普通のデータを普通に扱うだけでは、常識をくつがえす大胆な主張は展開できないからである。ここでは『早死にしたくなければ、タバコはやめないほうがいい』(武田邦彦著/竹書房新書)を題材に考察してみる。
世界の男性喫煙率について武田氏はモンゴル、中国、韓国、トルコ、トンガ…というランキングを示し、「ややアジア系の国が多いことがわかる」と主張している。しかし出典の「タバコアトラス2002」をみると、4位に入るべきロシアが抜けている。
(p45)
出典:『WHO:タバコアトラス2002』
世界の肺がん死亡率について武田氏は「世界地図『肺がん死亡率トップ10』」からデータを引用している。ところがこれは正式なデータではなくネット地図ショップのもの。すべて男女が逆になっているというお粗末な間違いがある。 武田氏はそのまま著書に用いているので、ここだけ女性のデータになっている。
(p46)
武田氏の出典:世界地図『肺がん死亡率トップ10』
参考 OECD:Mortality from cancer
民族ごとの肺がん死亡者数について「武田研究室調べ」と記載されているが、出典不明。OECD(経済協力機構)などの公的な数字と比較すると全体的に数字が1桁多い。
(p51)
参考 OECD:Mortality from cancer
武田氏は国立がん研究センターのグラフを引用して、「痩せすぎの女性たちのグループでは、タバコを吸っている方が危険度が小さい。むしろ、タバコを吸っていない女性のほうが危険度が高い」と主張している。しかしこの解釈はデタラメ。本来は、喫煙の有無にかかわらず、太り過ぎ・痩せすぎは死亡リスクが上昇することを示している。
※武田本のグラフ(p57)
※国立がん研究センターのグラフ。「全対象者」であれ「非喫煙者」であれ、BMI 23.0-24.9 を基準=1とすると、太り過ぎ・痩せすぎの人は死亡率が高くなっている。
中年期男女におけるBMIと死亡率との関連(詳細板) リンク先PDFのp11
国立がん研究センター・予防研究グループ「中年期における体重変化と死亡率との関連について」
国立がん研究センターの記事は 「約4万人を調査。4386人に何らかのがんが発生。そのうち681人には肺がんが発生」となっている。それを武田氏は「4386人を調査。681人に肺がんが発生」と歪曲したうえで、「そんなことはありえない」「メチャクチャぶりにあきれ果てた」と主張している。 (参考)最弱のヒーロー!?「ストローマン」とは
(p58〜59)
国立がん研究センター・予防研究グループ「喫煙開始年齢とがん発生率の関連について」
受動喫煙と肺がん死との関連を示した平山雄博士の論文(1981年)の女性グループの肺がん死亡率について、武田氏は「14倍も高い」「こんな異常に高いグループをどこから探してきたのか」と批判している。しかし これは14年間調査した結果(0.14%)なので、年間の死亡率(0.01%)の14倍程度になるのはごく自然なこと。
(P75)
Non-smoking wives of heavy smokers have a higher risk of lung cancer: a study from Japan.
上記(6)で武田氏は平山論文を批判している(←まったく的外れではあるが)。それにもかかわらず、別のページでは、まるで自分が作成したような書きぶりで、平山論文からグラフを盗用している。武田氏は「30年間に渡る男女の『肺がんの粗死亡率』の推移」と説明しているが、これは平山論文にある「年齢調整死亡率」のグラフそのまま。つまりグラフを盗用し、間違った説明を加えている。
※武田本のグラフ(p84)。「粗死亡率」(年齢調整していない死亡率)という間違った説明になっている。
※平山論文(1981)に登場するグラフ。日本における肺がんの年齢調整死亡率(1947〜1978年)
Non-smoking wives of heavy smokers have a higher risk of lung cancer: a study from Japan.
以上、ニセ科学本のデータ・資料の扱い方について、武田邦彦氏の著書を例に考察してみた。
データの扱い方
(1)データのモレ
(2)元データが不正確
(3)出典不明
資料の読み方
(4)グラフの読み方が間違い
(5)資料を歪曲したうえで批判
(6)論文の誤読
(7)盗用
科学を標榜した「ニセ科学本」を鵜呑みにして、ご自身や周りの人の命を縮めることがないように、皆様くれぐれもお気をつけください。