ぼくは物書きという職業柄、毎年かなりの冊数の本を読みます。
年末になると、いろいろなメディアからその年のベストブックを聞かれることが多いのですが、2014年にぼくが選んだ一冊は、『データの見えざる手』という奇妙な本でした。
2006年に開発されたリストバンド型のウエアラブルセンサ。このセンサを使って、日立の研究所が人の行動のデータ「ヒューマンビッグデータ」を集めてそれを解析した結果、人間の行動に関するさまざまな法則が見えてきました。本書にはその行動法則の数々が、詳細なデータとともに書かれていました。
人間の行動に法則がある——これは人の「自由意思」に関わってくる問題です。
人は毎日の生活を自らの意思で決定して行い、その行動に責任を持って生きている——と思っています。もし行動に「法則」があるとしたら、ぼくらが自由意思だと思っているものは一体なんなのでしょう? 人間も機械のように「プログラム」のような法則で動いているだけなのでしょうか?
一見ビジネス書のようにも、研究書のようにも見えるこの本のなかで語られている内容は、とにかく衝撃的で、驚きの連続です。なかでもぼくが一番興味をそそられたのは、人の行動をデータに還元して行くと、なんと「幸福」や「運」の正体までもが科学的に研究可能であるという部分です。
主観的な心の問題とされている人の「幸福」や、コントロールできないとされている「運」、それらを科学的に研究することが、本当に可能なのでしょうか?
前回の人工知能、前々回のアンドロイドと、「機械の人間化」という方向を見てきましたが、今回は人間のメカニズムを計算で探る「人間の機械化」の方向を探ってみようと思います。
話を詳しく聞くために、さっそくぼくは本の著者、日立製作所研究開発グループの技師長である矢野和男さんに会いに行きました。
『データの見えざる手』とぼくの不思議な関係
研究所は中央線の国分寺駅から徒歩で10分。どこか大学のキャンパスを思わせる守衛さんのいる大きな門と、自然にあふれた敷地内。昭和30年代に建てられたという建物も、やはり古い大学のように風格があります。
秘書の方に連れられ、別棟の真新しいオフィスに入ると、部屋の隅にあるミーティングスペースには、腕に白いウェアラブルセンサをつけた矢野さんが座っていました。
——いやあ……敷地がとても広いので驚きました。
矢野和男(以下、矢野) 迷いませんでしたか?
——大丈夫です。お話を聞かせていただく前に、ちょっとした私事を……実は『データの見えざる手』を初めて読んだときに、びっくりしたんですよ。というのも、内容にすごい既視感があったんです。三年前くらいに矢野さんの同僚のMさんに一度お会いしたことがありまして。
cakesに登録すると、多彩なジャンルのコンテンツをお楽しみいただけます。 cakesには他にも以下のような記事があります。