心の動揺や不安をなくす呼吸の方法(Yogasūtra1.34)


योगसूत्रम्SangamBあるいは、息を吐き切ることや止めることによって、心は穏やかになる。

心の乱れを防ぐための2つめの方法です。日常の中で気持ちが動揺していると感じたら、この方法を行ってみましょう。漠然とした不安や落ち着きのなさを収めるのにも効果的です。

ヨーガと呼吸の方法は密接な関係にあります。その基本は、口を閉じて鼻で吐き切ること、そして吐き切った後に、息が出るのでもない入ってくるのでもない静止状態を保つことです。ヨーガを行っていない人の場合、通常は吐く息よりも吸う息のほうが長く、浅くて不規則な胸式の呼吸になっています。

ヨーガを長らく行っていると、いかに周りの人の呼吸が浅くて不規則かよく分かります。例えば、電車に乗っていると向かいに座っている人が、まるで駅まで猛ダッシュをした揚げ句に駆け込み乗車でもしてきたんじゃないかと思えるほど、呼吸が荒れているというふうに「ひとの呼吸が見える」時があります。実際にはずっと座っているので、そういうわけではないんですが。普段の呼吸がそういう状態では、本当に心は落ち着くことがないだろうなあと思います。

気持ちを調えようとする時に深呼吸をするように、呼吸と心は非常に密接な関係にあります。呼吸が乱れると気持ちも乱れて動揺する、逆に心が落ち着いている時は呼吸も静かです。

特に1つのことに集中して取り組んでいるときには、呼吸が自然に止まります。針の穴に糸を通すとか、機械の細かい部品を設置するとか、そういうような時は息が止まっていませんか? たぶん集中に対して呼吸さえも邪魔になるのだと思います。陸上の100m走で世界記録を出すような人は、その間呼吸が止まっているそうですよ。

また呼吸法といえば、映画「グラン・ブルー」のモデルになったジャック・マイヨールが有名です。彼は素潜りで人類初の100m越えを記録した人ですが、海に潜る前にはヨーガの呼吸法を行っていました。それは単に長く息を止める訓練をしているだけではありません。

人間の体のなかで最も酸素を消費するのは脳です。全体重の2〜3%の重量しかない脳が、酸素消費全体の20〜25%を占めるそうです。そして脳が最も酸素を消費するのは、恐怖を感じた時だそうです。

真っ暗闇の海の中に一人で潜っていくと、ものすごい恐怖心が湧き上がってきてパニックになってしまうことがあるということですから、酸素をできるだけ消費せず長く潜ろうと思えば、恐怖心の克服が必須なのだそうです。それでジャック・マイヨールは呼吸法を行ったようです。このように、呼吸と恐怖心つまり心の状態が、非常に密接に関わっていることが科学的にも分かっています。

ヨーガ行者の場合はそうした外面的目的ではなく、心を静めるという内面的な目的で呼吸の秘密を解き明かしてきました。瞑想で集中の精度を上げ、より深い境地に達するために呼吸を重要視したのです。

瞑想の準備段階にあたるアーサナ(ポーズ)では、今回のスートラ(経文)にあるように、息を長く伸ばしていって吐き切るようにしていきます。それが十分に慣れてくると、吐き切った後に呼吸が静止する状態が自然に生まれてきます。これは意識的に息を止めるのではなく、自然におとずれるものです。

また、アーサナを1年〜数年以上にわたって(伝統的に言われるのは12年か16年間)熱心に行い、呼吸が深く安定したものに変化してくると、呼吸法(プラーナーヤーマ)を実習できるようになります。その時には、アーサナと同じように、吐く息と止める息の長さを適切な長さまで伸ばしていくのですが、それに十分習熟してくると、さらに意識的に呼吸を止める操作も行っていきます。

意識的な止息に関しては、古くから独習すると危険があると言われていて、脳に異常をきたす場合があると言われています。僕は独習したわけではないので、どういう危険があるのか経験的には語れませんが、古来の教えですから、まず守った方がいいと思います。きちんと呼吸法を実践した経験のある指導者から教えてもらってください。

日常的に危険なく行うことができ、そして大変効果的なのが、今回のスートラで言われている息を吐き切ることと、そしてその後に呼吸の静止状態が生まれることです。これはヨーガの実践を行っている時だけでなく、普段の生活の中でも意識することで、心の動揺や不安といった乱れをなくすことができます。

僕もヨーガを始めた頃に試したことがあります。何か理由の分からない漠然とした不安があって気持ちが晴れない時に、しばらくの間(たぶん1〜2時間くらいかな)、息を吐き切って止めるのを意識してみました。そうすると特別なポーズを取ったり、瞑想に座ったりしていなくても、心の雲が晴れていくのを経験しました。「うーむ、ヨーガすごい!」と思った初期の頃の体験です。

心が激しく動いて動揺する時にも、暗く重たい気分の時にも効果的です。深呼吸とかため息というのも、心を調えるために呼吸の調整を行おうとする自然な働きなのだろうと思います。でも深呼吸の場合は、たいてい大きく吸うことに意識があり、ため息は、口から一気に吐き出してしまいます。これからはもっと良い方法として、口を閉じて鼻から、息を長く伸ばして吐き切るようにしてやってみてください。