マスメディアの視聴率主義がすごい国アメリカ。そこへ東欧から2人の凶悪な男が降り立った。アメリカで殺人を犯した2人は気付いた。”ここでは犯罪者でも金持ちになれる”と。すごい犯罪を犯してそれをビデオに撮ってマスメディアに売り込んで、自分らは”精神障害者”とでっち上げて無罪になって金持ちになろうと企てた2人。狙われたニューヨーク警察の刑事。彼の運命は?そして彼とタッグを組む消防局の捜査官はマスメディアに鉄槌を下す!
極上のスリラー。果たしてロバート・デニーロ演じる男はどうなるのであろうか楽しみである。また、エドワード・バーンズの最後の行動にはスカッとする!
- 主要登場人物配役(役名/俳優)
受賞:なし
ノミネート:なし
<ストーリー>(あらすじ,ネタバレ)
マスメディアが視聴率でしのぎを削る自由の国、アメリカ。このアメリカに東欧から2人の男、エミルとウルグがやってきた。彼らは以前強盗をしたが服役後、捕まらなかった男を追って、金を求めてアメリカへと来たのだ。キレやすいエミルと、ビデオカメラを万引きして自分の映画を撮ろうというバカのウルグ。そんな2人が男の元へ行くと、男は金はないという。キレたエミルは男と彼の妻をも殺してしまった。この時から常にビデオを回し続けるウルグ。それを見ていた女性がいた。不法滞在のダフネだった。彼女は身の危険を感じ逃げるが、財布をおいてきたために2人に素性は割れてしまう。2人は事故に見せかけて男のアパートに火をつけたのだった。
全焼は免れたが死体は黒こげのアパート。そこへやってきたのは難事件を次々と解決しマスコミでも紹介される有名人のNYPD刑事エディと、消防局に勤めながらも銃の携帯を許される捜査官ジョーディだった。初対面の2人だが、”放火殺人”だというジョーディの観察力にエディは感心し、エディの刑事としての腕に惚れるジョーディ。そして彼らは事件について共同捜査を始める。
最初にダフネを見つけたのはエミルとウルグだった。”警察に言うと殺すぞ”と脅すエミルに従うしかないダフネ。2人が逃げた直後にあらわれたエディとジョーディ。ダフネを保護すると共に、近くで様子を疑っていたエミルたちを追うが、寸前のところで逃げられてしまった。
やがて彼らは第2の犯行を起こすと共に、アメリカの”不思議な実状”に気づく。”アメリカでは殺人鬼さえも有名になれば金持ちになれる”と。犯罪者が自分のエッセイや、映画化権で金が入ることを知ったのだ。そこで彼らはとんでもないことを思いつく。有名人であるエディの殺害をビデオに撮りTV局に売りつけようと。ただそれだけだったら逮捕されてしまうが、エミルは悪魔的な計画を立てたのだ。逮捕されても精神病患者を装い、無罪となり病院に入り、「正常だ!」と明かして出てくればいいと。ダブル・ジョパディー法により同一の罪で2度裁かれることはないのだ。つまり犯罪を犯しながらも無実となり大金を手に出来る寸法だ。
そんなことを知りもしないエディは恋人のTVリポーター・ニコールに結婚の申し込みをしようと自宅のアパートで待っていた。そこに2人は押し入った。イスにエディを縛り付けて、彼の一部始終をビデオに収めるのだ。縛られながらも必死の抵抗をしたエディだったがやはりかなわず、命を落としてしまう。葬式の後の故人をしのぶ会では悲しみに打ちひしがれるニコールと無力感におそわれるジョーディーの姿があった。
次に2人組は、衝撃な映像を紹介する番組の司会者ホーキンスと連絡を取りビデオの買い取りを迫る。視聴率第1主義のホーキンスは倫理的に問題があろうが関係ない。大金を積み上げてビデオを買い取り、そしてそれを放映してしまう。「Hard to believe, watch(信じられませんが、ご覧ください。)」。これを見た視聴者は、有名刑事の死の真相にショックを受ける。公然と招待を隠さず視聴者の反応を見た2人組は満足げだったが、自分が監督だと言うウルグとエミルが仲間割れをおこし、ウルグは逃亡してしまう。テレビを見て激怒したジョーディーはホーキンスの後を付けエミルの所にたどり着き彼を逮捕する。怒りの収まらない彼は署に向かわずに廃工場へと向かいエミルを撃ち殺そうと銃を向ける。だがそれだけはできずに、駆けつけた警官により署に連行されるエミル。
やりて弁護士をたてて精神病を理由に計画どおり病院に送られることになったエミル。それをどうにか阻止しようと、彼が船に乗る港へとやってきたジョーディー。そこへやってきたのはウルグだった。エミルの計画と彼が正常であることをばらしたのだ。計画の覆ったエミルは現場にリポーターとしてきていたニコールを羽交い締めにし銃を突きつける。「エディの敵をとって!」というニコールに、ジョーディーは応え、エディを倒し、またウルグも倒れるのだった。そして、エディの死を放映した倫理観も何もないホーキンスに鉄拳を食らわして去っていくのであった。
<感想>(レビュー,批評,評論,解説)
ロバート・デニーロと「マクマレン兄弟」などのエドワード・バーンズが共演したスリラー。
視聴率主義のマスコミが痛烈な描写で描かれている。放送倫理について考えさせられるだけでなく、「ダブル・ジョパディー」でも描かれる、ダブル・ジョパディー法の問題点など大いに関心を持たされた。しかし、いくら法律だからといってこの映画の計画が仮に巧くいったとしてもどうにか対処は出来ないものであろうか?
CMやらでデニーロは殺されるのではなどと思って見た映画、案の定殺されていた。恋人に結婚を申し込みたくてもなかなか出来ないなど人間性を丹念に描写された後の”死”だったので、見る方としても大変辛く感情移入させられた。
デニーロの半ばでのご退場だったが後はバーンズが巧く引き受けた形となり映画をしめた。
しかし、なにか不思議な感じのする映画であった。1つの映画なのに複数の映画を見たような気分だったのだ。よくある複数のジャンルを絡めた映画、例えばアクション・コメディ、ラブコメなどといった感覚とは全く違うのである。短編オムニバスと言えば、一番近いかもしれない。見た後そんな不思議な感覚にさせられた映画であった。
”15ミニッツ”とは、”現代では誰しもが15分間だけは有名になれる”という意味である。
2001/06/04
by toikun.